140 再会と説得②






わたしは小さく、しかししっかりと呼吸をして、気を落ち着ける。


黒い大鎌が突きつけられた首筋に、鋭い痛みが走っている。


つきつけているのは、かつて出会ったーーさっきルゥと呼ばれていたーー『星影の女』。


そして、『月詠』を名乗る男性は、判断を保留しているのか、わたしの近くにありながらも、『星影の女』の質問に対する、わたしの回答に注目している。


わたしは背後に立つ豪奢な髪の『星影の女』に一度殺されかけていて、前方に立つ『月詠』さまに二度、命を助けられている。


さて、どう答えようかしら。


言葉を選ぼうとしたそのとき、努めて明るく振る舞おうとしているのだろう、朗らかな若者の声が響く。


「師匠! お久しぶりっス! あと、仮面のドレスの人も、お久しぶりです!」


それは勇者ルークのものだった。彼は剣を腰の鞘に収め、地面に空いた大穴を避けて、縁を歩いてきている。


「やあルーク。久しぶりだね。元気そうだ」


答えたのは、月詠さまだ。星影の女は、ろくに反応した様子がない。


月詠さまとルークは、知り合いみたいだ。それも、ルークは月詠さまを師匠と呼んだ。でも星影の女を仮面のドレスの人と呼んだということは、こちらとは顔をあわせたことはあっても疎遠、ということかしらーー?


場が変わることを期待して、わたしは、ふたりの会話を見守ることにした。


「2年ぶりっス。あのときはお世話になりました。お蔭で魔王との戦いも順調に進んでいるっス」


「ちょうどよかった。君に聞こう。彼女はーー」と、月詠さまはわたしに視線を向けて言った。「どういう人なのかな。君の仲間かい? 一般の人よりも、持っているちからがちょっぴり多いようだけど」


「えっと、そのーー」ルークは近づく足を止め。いきなり言葉に詰まる。「その人は、貴族のーーええと、大貴族のひとで。仲間というわけではないんですけど、オレたちと親しい人でーー。そう、一党パーティのメアリのご主人さまだったひとです」


ちょっと。ルークってば、いきなり説明が曖昧じゃない?


しどろもどろになりながら、それでも勇者ルークは言葉をつなげる。


「なんで力を持っているかっていとーーええと、そう、さっき教えてくれました。『想いの強さ』で、人は、強くなれるって!」


「うん・・・『想い』ね。そうだね、それはそうだ」


月詠さまは頷きつつも。なんかわたしへの疑いが濃くなったような気がする。


「想い」云々の話も、そもそもルークをごまかすための言い訳だったわけだし。


ルークが喋ればしゃべるほど、状況が悪くなっていくような・・・。


突きつけられた黒鎌の刃は、わたしの首筋にぴたりと狙いをつけられたまま、動く気配がない。


「『黄昏の楽園』について、ルーク、君には簡単に説明したと思うけれど・・・この彼女と、『黄昏の楽園』の接点に心当たりはあるかな?」


「うーん・・・実を言うと、その人とは、今朝、数年ぶりに再会して、それでここまで来ているので、一緒にいた時間が短すぎて、それまでのことは知らないッス。でも頭が良いから、オレが知らないこともたくさん知ってるみたいッス」


「じゃあ・・・彼女は、信頼できる人かな」


「えーと・・・できると思います」


あっ。そこは『思います』じゃなくて、『信頼できる』と言い切ってもらわないと。


いや、頭をかいている場合じゃないから、勇者ルーク!


わたしが心の中できーっとしていると、彼は言葉を重ねた。


「師匠、どうしてこんなことになっているっすか? その方が、なにかしたんすか?」


こんなこと、というのはわたしに黒の大鎌が突きつけられている構図を指している。それはわたしも同感だ。


そして、彼の質問に答えたのは、星影の女だった。


「まだなにも。しかし、この娘が知りうべきことでないことを知っている。しかも詳しすぎる。不自然だ。尋問せねばならない」


そう言われて、ルークはしばらく黙り込んだあと。とつとつと、彼は言葉を続けた。


「オレは・・・数回顔を合わせただけなんで、そのひと・・・その方のこと、直接は良く知らなくて。だから、しっかりしたことは言えないっス。でも、オレの仲間のメアリが、元ご主人のその方のことを、すごく深く信頼していて・・・だから、その方は、悪い人じゃないと思うッス。怪しい人でもないと思います。脅さなくても、話せと言われたことは、すべて話してくれると思うッス・・・なので、一度解放してもらえませんか?」


おお・・・さすが勇者。ちゃんと言ってくれた。見直したわ。


月詠さまが口を開く。


「・・・この人は、君の仲間じゃないんだろう?」


「でも仲間の大切なひとです。悪い人じゃないです」


ルークが言い募る。


「そうか。別に彼女が悪い人だと決まったわけじゃない。ただ事情を聞いているだけだよ。

ーー聞いただろう? 今代の勇者によると、そういうわけだそうだ。どうだろう、ルゥ」


ルゥと呼びかけられた星影の女は、ええと声を出したが、そこに好意的なものはなかった。むしろ首筋の大鎌はぴたりとつけられたまま、揺れもしない。


けれど、星影の女の口調は、ゆったりとしたものに戻っていた。蝶の仮面の下で、この女はいったいどんな表情をしているのだろうーー仮面を取ってもらっても、いまは後ろを振り向けないから、見えないけれど。


「今代じゃない勇者の意見も。聞きたいわぁ」


月詠さまは苦笑する。


「必要ないよ。でもあえて言わせてもらえるなら、僕の意見は昔と変わりない。彼女は安全だと思うよ」


ふぅん、という女の声は、なんだかつまらなそうだ。


そして、彼女ーー星影の女から、ルークに質問する。今度はまた低い声に戻っている。


「この娘が貴族というなら、家名は?」


その質問に、ルークは恥ずかしげに一度下を向いて、答える。


「そのぅ、貴族の家名って長ったらしくて、オレ、覚えるのが苦手で」


やっぱりそうか。そんな気はしていたわ。


「でも、名前は覚えています。本当は一番はじめに言っとくべきだったっスね・・・。その方は、です」



「「!!!」」



ルークは普通にわたしの名前を言っただけなのにーー。


月詠さまも、それだけでなく後ろの星影の女も。ひどく驚いたように、身動ぎした。


星影の女に至っては、わたしの首筋に当てる黒の大鎌を構えなおしたほどだ。いやさっきから怖いから!


怪しい二重人格的な低い声で、彼女は勇者ルークを問い詰める。


「それは確かか! 間違いないだろうな!」


勇者ルークは心外そうに、


「さすがに名前は間違えないっス。オレが苦手なのは、貴族様の家名だけで、相手の名前を間違えたことは無いっス」


そのとき。


魂力エテルナの薄膜が、風のように通り抜けていくのを感じた。


そして風に乗ってここまで遠く響いてくる、鷹の警告音。


気配を探れば、空を大きなエテルナの気配が移動している。


ーー時間だ。魔王が来たのだ。


魔王の気配は、勇者ルークが、一番親しんでいる気配だ。


ルークも気づいたようだ。空の気配を探って、そして起こりつつある出来事に、彼も確信を深めている。


わたしも何が起こっているのか把握しているけれど、時間遡行の経験で知ったことなので、わたしからなにか言うべきじゃないだろう。だから、ルークへと水を向ける。


「どうかしたの? ルーク」


「リュミフォンセ様、いや、これは・・・。うん、間違いないっス。魔王が来てる。向かう先は・・・さっき居た枯れ谷・・・? まずい」


ルークは一度歯噛みするように空を見上げ、そしていまだ大鎌を突きつけられている状態のわたしを見て。


「師匠。魔王が近くに来ているみたいっス。しかも仲間が居る方向に向かってる。こんなことをしている場合じゃない、いますぐリュミフォンセ様を解放してください」


魔王が来た。この事実を、さっきのわたしのお願いと合わせて、調律者ふたりはどう判断するのかしら。


けれど、調律者ふたりは、取り立てて反応を見せなかった。仮面の星影の女は特に。


「それはこちらには関係の無いことだ。この娘が早く話せばいいだけだ」


その答えに、ルークは悩むような表情を見せる。


この世界のことはこの世界の者で、と言っていたから、調律者たちにとって、魔王のことは、それほど重要ではない。一方でルークにとってはそうではない。わたしが人質にとられたような状況と、襲来してきている魔王とを天秤にかけているはず。


この場をすぐに収められるのが一番良いけれど、魔王到来を理由に、この尋問を打ち切るのは難しそうだ。


そして、重要な戦力である勇者をこれ以上ここに留め置くのは、損失が大きい。


そう判断して、わたしは口を開く。頸に漆黒の大鎌の刃を当てられ、両手をあげたままの姿勢で。


「ルーク。お行きなさい」


「えっ!?」ルークは目を白黒させる。「リュミフォンセ様、それは・・・」


「魔王が来ているのでしょう? 貴方だけでも、戻るべきよ。このお二人は、まだわたしにお話があるようです」


「いやリュミフォンセ様こそ、自分が何を言っているのか、わかっているのか?この状況で置いていけるわけないだろ!」


ルークはわたしの物言いによほど驚いたのか、最低限の敬語もどこかへ行ってしまっている。


「魔王が来ていると、自分で言ったのでしょう? 貴方が戦わず、いったい誰が戦うの? メアリひとりだけで魔王と戦わせるつもり?!」


語気を鋭くして言うと、ルークは一瞬うなだれるようにして、そして顔をあげた。


「・・・。・・・。わかったッス」


ルークは状況判断と意識の切り替えが速い。


言いたいことはまだありそうだったけれど、それを封じ込めて了解してくれた。


そして、わたしは近くまで来ていたバウとサフィリアに視線を向ける。黒鎌を首筋に当てられたままで。


「サフィリア。貴女も戻って、みんなを守ってあげて。向こうでは手が足りなくなると思うから」


突然にわたしに話を向けられて、サフィリアはたじろいだ。


「おっ・・・おお。了解じゃ。あるじさま、何か考えがあるようじゃの。じゃが、必ず生きて追いついてきてくれると約束してたもれ」


わたしは頷こうとして・・・大鎌が邪魔で頷けなかったので、視線でサフィリアに了解の意志を伝える。


「バウ、あなたは残って。申し訳ないけど、あとでわたしを運んでもらいたいから」


(・・・しょ、承知した)


なぜか引き気味に、バウが了解の念話を寄越してくる。


こうして、わたしは首に大鎌をつきつけられながら、皆への指示を終えた。


「一番危険なのはリュミフォンセ様なのに、逆に皆に指示を出して・・・こういう肝の太すぎるところが、リュミフォンセ様のすごいところッス。得体・・・じゃなかった、底が知れないッス」


ちょっとルーク。尋問されて殺されそうのに、得体が知れないとか言わないで、もっと良いこと言ってよ!









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