124 枯れ谷の奥へ①







『クロネ村近くの枯れ谷』。


たまたま通りがかった旅人に聞いたところによると、ここは『隠し去りの枯れ谷』という名前があるそうだ。なんでも、ここで人がしばしば行方不明になるのが名前の由来らしい。不吉な名前だ。


けれど、勇者ルークは「まあそういうは、冒険してればよくあることっス」と言ってまったく意に介さなかった。


その言葉がなんとなくわたしたちの合意になって、そういうわけで、わたしたちは立ち止まることなく、『隠し去りの枯れ谷』の奥へと進んでいた。


隊列はここに来るまでと同じ。先頭に騎乗鳥獣ウリッシュに乗ったオーギュ様とヴィクト様。そして勇者ルークが馭者を務めるウリッシュ車が続く。そのウリッシュ車に乗るのは、メアリさんとシノンと鷹のいーちゃん、そしてわたしとサフィと仔狼姿のバウだ。


枯れ谷の名前の通り、どのくらい昔かはわからないけれど、ここは河であったらしい。進む両側は草木が茂ってわかりにくいけれど、水で削られた段丘の地形になっており、歩く地面は粘土質の土と摩耗した丸石が転がっている。つまりわたしたちは、大昔の河の川底を歩いているというわけだ。


「この枯れ谷の入り口近くでは、割と良い粘土が取れるので、近くの村人がしばしば取りに来るそうです。けれど奥のほうには手強いモンスターが住み着いているため、地元の人は近づかないとか」


「じゃあ奥にいる手強いモンスターを倒せば、近所の人たちのためになるな。人助け、人助け!」


さっき通りがかりの旅人と話をして情報を集めてくれたメアリさんがそう言うと、嬉しそうに無邪気に、馭者台で勇者ルークが応える。人助けが趣味とは、なんて勇者らしいのかしら。


「魔王の手がかりはありそうですか? 何か感じますか?」


「うーん。まだ何も感じないなぁ。でも、奥に行けばなにかあるんじゃないか? うん、きっとなにかあるさ! 大丈夫。オレたちなら、見つけられる。さあ、とにかく前へ!」


メアリさんの問いかけに、とにかく前向きな回答をする勇者ルーク。勇者たちが此処に来た目的は、シノンが望んだからということもあるけれど、魔王の手がかりを探しに来たのだ。けれどルークの様子を見るに、何も考えていないのでは・・・という感じがするけど、気の所為ということにしておこう。


そんなことを考えていると、メアリさんとばっちり目があった。


「大丈夫ですよ。あんなふうに振る舞っていても、ちゃんと決めるときは決めてくれる人ですから」


考えていることが顔に出てしまっていたらしいーーいや、そんなことはない。メアリさんの、わたしの表情から感情を読み取るスキルが高すぎるのだ。


わたしは悪びれるように肩をすくめ、謝罪のジェスチャーをすると、メアリさんはそれも読み取ってくれたらしく、微笑して頷いた。許してくれたということに違いない。わたしはほっと胸を撫で下ろす。


「けれど、進むにつれて、だんだんと瘴気が濃くなってきた気がします」


「しょうき?」とわたしが問うと、


メアリさんは頷きつつ、腰の革帯にある魔法鞄ポシェットに手をやり。そして中から何かを取り出すと、彼女は手先の動きだけで何かを投げた。ものすごい早業だ。


「ええ。うまく説明できないのですけれど、『嫌な感じ』、『匂いのついた魂力エテルナ』とでも言いましょうか。これを私たちは『瘴気』と呼んでいて、これが強く濃く感じられるところほど、経験上、強いモンスターが出やすいのです」


メアリさんが何かを投げた先では、オーギュ様とヴィクト様がモンスターと戦っていたが、そのうちの一頭が突然虹の泡になって弾けて消えた。あとに残っているのは、地面に突き刺さっている一本の手投げナイフ。


「・・・。なるほどね。この谷はまだまだ続くのかしら?」


メアリさんは風魔法を応用した引き寄せの魔法で、援護に使った投げナイフを回収し、魔法鞄の中にしまうと、ぱちんと留め金を下げる。


「地形からすると、だいぶ奥に深そうに思えますが・・・」


呟きつつ、メアリさんは、一緒の車に乗っているシノンへとちら視線を走らせた。


シノンに頼まれた通り、『隠し去りの枯れ谷』まで来たが、何を目的にしているか、何があるのかを聞いていない。それはつまり、どこまで行けばいいのかもわからないということだ。


じゃあどうすればいいか・・・まあ、材料が少ないなかで考えても仕方ないか。聞きながら進むしかないよね。


「シノン。この枯れ谷をどこまで進めばいいの?」


率直に聞くことにしたわたし。シノンはびくりとしたあとに、崩した膝に止まっていた、鷹のいーちゃんに向かって呟きかける。そして、


「えっと・・・『近づいてきてる』・・・そうです」


ふぅん。朗報かしら。全然違うって言われるよりは断然いいわ。


「それならよかったわ。じゃあ、目的地に到着したら知らせて欲しいっていーちゃんに伝えておいてね。通りすぎてしまっては困りますから」


わたしが言うと、シノンは素直に首をぶんぶんと縦に振った。緊張してるのかな。そんなに大きく反応しなくてもいいのに。


そんな話をしているときに、馭者台に座る勇者が声をあげた。


「おぅい、お二方、交代だ! メアリ、そろそろオレたちの出番だぞ!」


台詞の前半は前を行くふたりの貴公子に向けて、後半は後ろの仲間に向けて。


見れば、ウリッシュ車の前方には、人間よりも大きい、巨大な蜂のようなモンスターが降り立って来ていた。ヴィクト様の氷の精霊の効果だろうか。巨大蜂の羽根の半分が凍てついていて、動きが鈍ってはいるが、仕留め切れていない。


そして、その後ろから同じような巨大蜂がーー4、5・・・群れで迫ってきている。さらに、遠くに巨大芋虫の群れが近づいてきているのが見えた。


「リュミィ様、いったん失礼致します。ーーサフィリアさん、手綱をお願いします」


身が軽い。戦闘侍女であるメアリさんは、一礼をすると、ウリッシュ車から空高く一跳び。あっという間に、先に飛び出していた勇者に空中で並び、侍女服の裾をはためかせ接敵する。


「投擲術ーー刃時雨やいばしぐれ」「聖剣技ーー大地連牙!」


メアリさんの両手から放たれた投げナイフが分裂し、その名の通り時雨のように巨大蜂の群れを貫く。さらに勇者ルークが下段から剣を振り上げると、光の牙がいくつも突き上がり、地面を疾走する。刃の時雨に撃たれて落ちた巨大蜂が、地を走る光の連牙の餌食になる。その牙は巨大芋虫の先頭にまで届き、先制に成功。


わあ。すごい連携技だわ。


けれど、まだまだ終わりそうにない。


なぜなら、その後ろからはまだまだ虫型のモンスターが集まってきているからだ。


どうやらわたしたちは、本格的に「枯れ谷の奥」に足を踏み入れたらしい。


「あるじさま、わらわも前に出るぞ」


渦巻く水を両拳にまとわせながら、そう言ったのは同じ車に乗っていたサフィリアだった。言葉が終わるころには、拳の水は、青く鈍色に光る戦闘篭手ガントレットになっていた。「水渡り」の応用で武器を召喚したのだ。


がつん、と両手の戦闘篭手を打ち合わせると、まるでいくさの始まりの銅鑼ような音があたりに響いた。


「おい、ロウプ。わらわの代わりに、手綱とあるじさまを頼んだぞ」


承知。などは言わないバウだけれど、サフィリアに言われずとも、それが自分の役割だと言わんばかりに、仔狼姿のまま、とてちとてちと車内を走り抜け。そして馭者台にバウがちょこんと座る。仔狼姿でも中身は精霊の眷属だ。動物には威圧が伝わるらしく、車を牽引している二頭のウリッシュの背筋が心なしか伸びたように思う。


「どっ・・・ぱーーん!!!」


サフィリアは、メアリさんのように車から宙へと飛び出し。そしてそのまま拳を振り下ろすと、滝のような水塊が現れ、敵モンスターを圧し流していく。芋虫型のうち直撃したものは何匹か虹の泡になって消えた。


これで前衛は、メアリさん、勇者ルーク、サフィリアの3人。


入れ替わったオーギュ様とヴィクト様が、こちらへと戻ってくる。ふたりとも汗と返り血で塗れていて、人鳥ひととりともに息が荒い。ずっと戦っていてくれていたのだから、当然だろう。体力的にもちょうどよい時宜で入れ替わったようだ。


「お疲れ様です。どうぞこちらへ。癒やしをかけます」


ウリッシュ車に近寄ってきたお二人に向けて、わたしは水の治癒魔法を使う。さらについでに洗浄魔法も使って、さっぱりしてもらう。


それで一息つけたのだろう。オーギュ様もヴィクト様も水筒の水をあおり、渇きを潤して口元を袖で乱暴にぬぐった。さすがに貴族然と振る舞える状況じゃないよね。


「リュミフォンセ様の癒やしは染み渡ります。まさに地獄で光を見た思いです」


ヴィクト様がわたしに向けて言うので、微笑んで頷いてみせた。


オーギュ様は持っていた剣を重さを確かめるようにして握り直し、


「御身は私がお守りしますので、ご安心を。リュミフォンセ様」


わたしは、「頼りにしております」と言葉を返す。


・・・うその言葉じゃないよ。ほんとうに頼りにしているんだよ。敵は前からだけくるとは限らないし、まだわたしは戦う気もないし。


ところでシノンは車の中で頭を低くして張り付くようにしながら、それでも前方の激しい戦いを目を逸らさないようにして見ている。その姿が健気なので、わたしは言ってやる。


「シノン。怖ければ、無理に見ている必要は無いわよ。目をつむって耳を押さえておきなさい。ちゃんと守ってあげるし、すべて終わったら教えてあげるから・・・」


「い、いいえ。あたしが連れてきてもらっているんですから、見ているのは当然ですっ」


「でも、ここに来るようにと言ったのは、あなたではなくて、いーちゃんなんでしょう?」


シノンといつも一緒にいる、フコンのいーちゃん。


この鷹が、どこかにつながる何かを握っていることは間違いないのだけれど、それがまったくわからない。


鷹が握るもの、わたしたちと鷹とのつながり。


奇縁ーー。そんな言葉がわたしとしては一番しっくりくる。まさに旅は奇縁だ。


シノンにーーいや、鷹のいーちゃんに言わせれば、それを『運命』だと言うのだろうか。


『私達は互いの道標みちしるべとなる』


と、シノンは最初に出会ったときに言った。


きっとこれも鷹のいーちゃんの伝言なのだろうけれど、むしろシノンといーちゃんの関係にこそ、ぴったりな気がしていた。


わたしとシノンたち。その結末を確認するには、このまま最後まで付き合ってみるしかないのだろう。


「あたしは、小さなころか、ずっといーちゃんと一緒だったんです。幼馴染で、親友ですから、いーちゃんの責任は、あたしの責任なんです」


戦いは怖い。普通の人が戦場に立てば、当たり前の感情だ。けれど、膝は震えながらも、シノンの応える声と瞳はしっかりとしている。


親友のためにーーね。


シノンと鷹のいーちゃんとの関係がわかって、わたしは好ましい思いで、彼女たちを見て。


そして、枯れ谷の奥から湧き出るように迫ってくる、巨大虫型モンスターの群れを遠望する。








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