123 お客様のお腹に穴を開けてはいけません






村を出る前に、食料品などの必要な消耗品を買い込む時間に、わたしはオーギュ様とヴィクト様から、話を聞いた。そう長い時間ではなかったので、議論をする暇はなく、それぞれのお話を伺っただけだ。


まず、ふたりはわたしを心配して、供も連れずにここまで来てくれたこと。王都の別邸からは、サフィリアに先導されてきたこと。


そしてオーギュ様はわたしが王都に戻ることを望み、ヴィクト様は、王都に戻ってもこのままリンゲンに向かってもどちらでも良いが、北部辺境伯としてわたしの立場を支持してくれることを約束してくれた。


さらにオーギュ様が言うには、王城であのヒゲモジャ貴族とオーギュ様が交渉し、シノンの所有権をいまはオーギュ様が譲り受けたらしい。この所有権をわたしに渡したことにすれれば、王城夜会での一件は違法ではなくなるというのだ。そしてオーギュ様は、その場でシノンの所有権を無条件でわたしに譲ると宣言してくれた。シノンはわたしのものになり、わたしのものを王城から連れ去っても問題ない。これで、中央の論理から見ても、わたしの咎が無くなったことになった。


しかし。


「殿下のその差配は、無用のことだ」とヴィクト様は言う。


わたしが夜会で主張したことは、突き詰めれば中央の規則自体が非違だと言っているのだから、オーギュ様の処置は、些末な辻褄を合わせに過ぎないというのだ。辻褄合わせによってわたしの主張の正義が薄まるので、それは無用だというのだ。


それに対してオーギュ様は当然に反論し、ヴィクト様と議論・・・というか口論をした。



そのときから、わたしは、うーんと悩み続けている。


わたしの目的から言えば、シノンが助けられれば良いのだから、どちらでもいい。この事件を無難に治めたいのであれば、オーギュ様の段取りに沿えばいい。


けれど、後始末の事を考えると、話は違ってくる。かりにも一代公の名を与(あずか)りながら、王城で騒ぎを起こしたわたしの地位と役割ステイタスから言えば、自分の正義を通し、ヴィクト様のやり方を採用すべきなのだろう。しかし、この方法だと、進め方がまずければ、西部と王都との争いになるかも知れない。


どうしたらいいだろう。シノンのような虐げられる存在を、もう出してはいけないと思うのだけれどーー。


「リュミィ様? 車酔いですか?」


声をかけられて、はっと顔をあげる。


眼の前には、メアリさんの心配そうな顔があった。


わたしたちの乗るウリッシュ車は順調に進み。街道から細道に入り、網の目のような葉陰を進んでいる。


強い初夏の光を下草が跳ね返し、鬱蒼とした森でも青く明るい。


車に乗っているのは、わたし、メアリさん、シノンと鷹、サフィリアと仔狼姿のバウ。一人乗りの御者台にはルークが二羽のウリッシュを操っている。


ウリッシュ車につけられている車は、実は貨車用のを改造したものだ。ルークが気を利かせて、借りてきたものらしい。乗り込む場所には敷物が敷かれ、かろうじて天蓋がついている。


乗り心地は良いとは言えなかったけれど、好意で乗せてもらっているもので文句は言えない。それにメアリさんはわたしのためにたくさんのクッションまで用意してくれたのだ。


「いいえ。大丈夫よ。少し考え事をしていただけだから」


そうですか? とメアリさんは軽く首を傾けながら言う。あ、もうだいたいお見通しの表情だ。


この姉のような存在には、わたしが何かで悩んでいることは、だいたい把握されてしまっているのだろう。


でも、相談して変に心配をかけるのも嫌だ。相談をするにしても、もう少し自分の中で煮詰めなくては、良い結論にたどり着けないような気がしている。


「お。もうモンスターを仕留めてる。リュミフォンセ様の仲間のあの二人。結構やるッスねぇ」


前方の馭者台に座る、勇者ルークが、手綱を握りながらのんびりとした口調で言った。


その言葉に前方を見ると、二騎のウリッシュに乗った貴公子が、虹色の泡が漂う風に包まれているところだった。オーギュ様とヴィクト様だ。なんとあの二人はシノンを送り届ける旅に同行するだけでなく、わたしたちが乗るウリッシュ車の護衛と露払いまで買って出てくれたのだ。


と、思えば、ヴィクト様が従える氷の精霊が、氷柱の散弾を奥の茂みにいきなり撃ち込んだ。次の瞬間にはそこから虹色の泡があがっている。どうやらそこにモンスターが潜んでいたらしい。続けてオーギュ様が剣先から稲妻を飛ばし、さらに虹色の泡があがる。


「索敵も上手い。あの黒髪の人、精霊使いだね。あんなに”らしい”精霊使いを見るのは初めて・・・」


そこで言葉を切って、彼はわたしの方を振り向いた。


「・・・いや、二人目っスね」


そして彼は正面に向き直り、ゆるゆるとウリッシュ車を前に進める。


「でもあのお二人が露払いをしていただいて本当に助かっています。おかげで予定よりも早く目的の場所に着きそうです」


太陽のある方角を見ながら、メアリさんが言う。


「あのお二人があれだけ協力してくれるのは、やはりリュミフォンセ様が理由ですか?」


その問いはわたしに向けてのものだったけれど、答えたのはサフィリアだった。


「うむ。やはり男性をのこは自分が好きな女性おなごに好かれようと必死になるものじゃからなぁ。つがいになれるかどうかの瀬戸際なら、尚更じゃ」


メアリさんは、あの二人がわたしの婚約者候補であることを知っている。微妙な味のするものを口に含んだような表情だ。


サフィリアは、得意そうに続ける。


女性おなごは強い男性をのこが好きじゃからな。あるじさまを求めるのならば、あの二人のうちどちらが強いか、確認せねばならん。そうじゃろ? 昨晩は、王都から宿のある村までの短いあいだじゃったが、いろいろと『精霊の試練』を与えてな。あの黒髪のほうがいくさの実力は上じゃが、金髪のほうは機転が利く」


・・・なんですって? 『精霊の試練』を与えた? あのふたりに?


「じゃがあのふたりは見どころがある。わらわがいくら地べたに転がしても、なんども向かって・・・ふぃふぇっ?」


精霊の試練とやらがなんだかわからないけれど、なにか良くないことを聞いた気がした。わたしは、しゃべっている途中のサフィリアのほっぺたを脇からつまんでぐぃぃと伸ばす。


「あ・・・あるふぃひゃま?」


「話しなさい、サフィリア。・・・あのお二人に、なにをしたの?」


「ふぁっ・・・わらわは、ただ、あるじさまのために、あのふたりを試しただけじゃっ」


会話のために、つまんでいたほっぺたを放す。


「具体的には、なにを?」


「あ、あるじさま、怖いのじゃ・・・なんかごごごとか音がするのじゃ・・・笑ったほうが綺麗で好かれるぞ? ほら、にこー」


「具体的には、なにを?」


「あの・・・その・・・。わらわとその・・・くっ・・・組手とか・・・。でも、水槍で腹に穴を開けても、ちゃんと臓物まで癒やしたぞ! 誓って言うが、痕も残っとら・・・んじょぅぅ?」


お腹に・・・穴ですって?


「あのふたりは大事なお客様なの!  お客様のお腹に穴とか開けたらダメでしょー!! 絶対ダメでしょー!!!」


「ふぁばばばばばばば!!!!」


わたしはサフィリアの両頬を思い切り引っ張り・・・そしてそこからおしおきの電撃を流したのだった。





■□■





休み無しに進んだため、昼前には目的地である『クロネ村近くの枯れ谷』の入り口まで来た。予定を上回るペースだ。


そこで、昼食を取るために休息することになった。メアリさんが皆の分まとめて腕をふるって昼食を用意してくれるので、それを待つ間の時間ができた。なので、わたしはサフィリアが『精霊の試験』とやらについて、貴公子ふたりに謝罪することにした。もちろんサフィリアを連れてだ。


オーギュ様とヴィクト様は、同じ木陰にいた。オーギュ様は革袋から水をあおり、ヴィクト様はウリッシュの羽をブラシで整えてやっていた。


わたしが近づくと、ふたりはそれぞれ動きをやめて、こちらへ向かってきてくれた。


そのふたりに向けて、わたしはばっと頭を下げる。


「この度はうちのサフィリアが、お二人にとんでもないことをしたと聞きました。とてつもない非礼。謝って済むことではないかも知れませんが、主人であるわたしの謝罪に免じて、どうか許していただけないでしょうか。誠に申し訳御座いません」


ほら、貴女も! と、わたしは無理やりサフィリアの頭を掴んで下げさせる。


「ご、ごめんなさいなのじゃあ・・・」


ふたりから反応はすぐには無かった。が、オーギュ様が戸惑い気味に、


「リュミフォンセ様。お顔をあげてください。それから、大精霊様も」


わたしは顔をあげて、ふたりのそれぞれに青い瞳をじっと見返す。こうして間近で見ると、同じ青い瞳でも、オーギュ様の瞳はサファイアブルーで、ヴィクト様の瞳はそれより薄いコーラルブルーに見えた。


ふたりの反応を見るに、驚きの感情が一番大きいようだ。けれど、少なくとも怒ってはいないらしい。お腹に穴まで開けられて怒っていない寛大なふたりの心に感謝しつつ、わたしはさらに謝罪の言葉を重ねる。


「リュミフォンセ様。大精霊様の試練は、私たちは納得ずくで挑んだのです。そこでの結果がどうであれ、文句などあるはずもありません。きっかけはどうあれ、我々の判断の結果ですから、リュミフォンセ様が気に病まれるようなことはありません」


ヴィクト様はそう言ってくれたが、それではわたしの気が済まない。


「ですけれど・・・」


なおも言い募ったけれど、我々の判断だから謝罪は不要ときっぱりと拒絶された。


そうまで言われては仕方がない。


ちゃんと謝ることはできたし、わたしは彼らの意志を尊重して、サフィリアに二度と試練などしないことを約束させて、それで引き下がることにした。



そのあとメアリさんの美味しい炙った干し肉と野菜を粗挽き麦の麺麭パンで挟んだもので昼食にした。香りの良いお茶も淹れてくれて満足だ。




そして改めて出発をしたあと、わたしは知らぬことだったけれど、ウリッシュを並べて進みつつ、オーギュ様とヴィクト様はこんな会話をかわしたのだという。




「見たか? 我々が束になってもまるでかなわなかった『あの』大精霊様にだ。むりやり頭を下げさせていたぞ」


鞍上で体を揺らしながら言うオーギュに、隣のヴィクトが答える。


「ああ。やはりというか、彼女は、ただ者ではないな・・・」








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