121 幾分か爽やかな朝②
「おなつかしゅうございます、リュミィ様。しばらく見ないあいだに、立派になられて・・・」
優しい瞳。姉のような。昔通りの黄金色の瞳。2年ぶりに見るメアリさんの表情は、前と変わらずとても優しい。見られているだけで、保護されているのだと安心できる。
自然、お互いに両手を握り合う。メアリさんは前よりも小さくなった・・・いえ、わたしの背が伸びたのね。中背のメアリさんの頭半分低いところにわたしの頭がある。
王都郊外の名も知らぬ村にある宿。その屋上の朝食を摂っているとこで彼女に出会った。わたしがそこに居たのはごくごく偶然だけど。メアリさんはどうしてこんなところにいるのだろうか。『勇者新時報』によれば、勇者一行は魔王に最後の決戦を挑むために旅をしているとのことだったが・・・。
メアリさんは、あたりを伺うと、わたしに顔を近づけて小声で囁いた。
「その魔王の居所を探しているところなのです。先月、魔王城へと暗黒荒野を旅したのですが、魔王は翼竜の群れにまぎれて空を飛び、どこかへ飛び去ってしまったのです」
「へ、へえ・・・」翼竜の群れ・・・どこかで聞いた話だ。
「翼竜の群れはいくつかに分かれたそうですが、魔王がどこに行ったのかはわかりません。ただこのアクウィ王国内に身を隠している可能性が高いので、仲間たちと手分けをして探しているところなのです」
なるほど。翼竜の群れもいくつかに分かれたというなら、リンゲンで討ち果たしたなかに魔王は居なかったに違いない。ちょっとほっとするわたしである。
「では、この宿には仲間とともに宿泊しているのかしら?」
「ええ。はい」メアリさんは結い上げた金髪を揺らして頷いた。囁きから普段の会話のトーンだ。「いま私は王都周辺を探索しています。普段はこのような高級宿に泊まることはないのですが、ここのご主人がたまたま困っているところを助けたというご縁で、使わせていただいているのです」
「そうだったの。本当にたまたまなのね」
わたしが本当になんて偶然なのだと感激して頷いたとき、また声をかけられた。
「こんにちは。あ、いや、おはようございますっス。公爵家のリュミフォンセお嬢様・・・ですよね?」
かけられた声に、わたしは声のほうを振り向いた。
向いた先には、どこにでもいそうな中肉中背、丈夫そうな綿の平服に身を包んだ黒髪黒目の青年。目立つ容姿ではないのに、何故か目を引き付けられるのは、その意志の強そうな瞳のためだろうか。長い旅が彼を鍛えたのだろう。経験を積んだのがわかる、重厚感のあるたたずまい。
「お久しぶりですね、勇者ルーク=ロック。活躍は風に聞こえています。壮健そうでなによりです」
「リュミフォンセ様は、背が伸びて、ずいぶん変わりましたね。メアリと一緒にいなかったら、正直、わからなかったっす」
「ルーク」静かにメアリさんが名前を呼ぶと、ルークはきまり悪そうに頬を掻いた。そしてメアリさんはわたしのほうを再び向く「言葉遣いが粗くて申し訳ありません。けれど悪気はまったく無いのです。いまはこれが冒険者のーー私たちの流儀でして。お許しいただけますか?」
「もちろん。・・・いえ、許すも許さないも、世界を救う英雄を前に、言葉遣いをどうこう言うことは無いわ。他のお仲間はまだお部屋にいらっしゃるの?」
「いえ、オレたちはふたりなんです」ルークが答えた。
ふたり? わたしは胸中首をかしげる。さっき一党を手分けして魔王を探していると聞いたけれど、ずいぶんと細かく人数をわけているのね。
「リュミフォンセ様は、どうしてこちらへ?」
そして、メアリさんがそう聞いた。そうだよね。それは聞かれるよね。どう答えるか軽く視線を外して逡巡したあと、わたしは答える。
「・・・偶然。あるいは運命によって、かしら」
「哲学的なお答えですね?」
メアリさんは首を傾げて言う。
「これからすることは具体的に言えるわ。助け出したこの子を、お家に送り届けようと思っているの」
わたしは視線で、テーブルの向かいに座って成り行きを見守っていたシノンを示す。それで全部が了解できたわけではないだろうが、メアリさんは、なるほどと頷いた。そして同席していたメンバーを見て、彼女はスカートの裾をあげて淑女の礼をする。
「サフィリアさん。お久しぶりです。それにバウも」
「おう、メアリどのか。久しいのう」『・・・』
呼びかけられた精霊チームはそれぞれに反応する。
そして、突然水を向けられたシノンは、しばらく目を白黒させていたけれど、まるで天啓でも得たように、彼女は椅子からとつぜん立ち上がった。
「あっ・・・あの! 私、皆さんについてきてもらいたい場所があるんです!」
■□■
「いいよ。一緒に行こう・・・っス」
要領を得ないシノンの説明に、真っ先に頷いたのは勇者ルーク=ロックだった。
立ち話もなんなので、椅子を増やして、わたしたちは同じ卓を5人と1匹と1羽で囲んでいた。朝食を食べながら話を進める。
「目指す場所の目処はつくかしら? ルーク」
とメアリさんが勇者ルークに聞く。
「ああ、うん。この・・・シノンが言っているのは、クロネ村近くの枯れ谷のことだと思う。いまいるルーヴ村からなら、北西だな。そこは街道が通っていないから、オレたちなら歩いて1日、ウリッシュを使えば半日ってところだ」
「そう。いつもの勘が働いているのかしら?」メアリさんが聞く。
「そうだな。びんびんにキテる。なにかでかい手がかりがある気がする」ルークが頷く。「情けは人のためならず、誰かを助けて巡り巡って、皆が世界が幸せになる!」
ぐっと拳を突き上げるルークに、メアリさんはやれやれと苦笑。けれど、黄金色の瞳は優しい。その瞳は、かつてわたしだけに向けられたものだったのに。少しの嫉心を果実水で飲みこむ。
「あの・・・リュミフォンセ様も一緒で大丈夫ですか?」
おずおずと、シノンが聞いてくる。彼女は、『クロネ村近くの枯れ谷』に一緒に来て欲しいとお願いしたのだ。それを勇者は受け入れた。わたしとしては、彼女を送り届ける義務はあるが、寄り道にまで付き合う義理はないけれど。
わたしはシノンと初めて会ったときのことを思い出す。王都郊外の森、狩りの場で出会ったとき、シノンはーーというよりいーちゃんの伝言なのだろうけれど、こんなことを叫んでいた。
ーー『私達は互いの
気になる言葉だが、意味はまったくわからない。ただ、心当たりはある。特に『世界を渡るもの』という言葉は、『
あの規格外の存在が関わっているとなると、シノンの話を捨て置いて良いとは言いにくい。たとえ関連や脈絡が全くわからなかったとしても、だ。
「わたしは3日後にヴィエナで待ち合わせの約束があるの。それに間に合うなら、一緒に行くのはやぶさかじゃないわ。でも、そこに行きたい理由は・・・やっぱりわからないの?」
わたしが問うと、シノンは悲しそうにふるふると首を横にふる。
「いーちゃんに、なんど聞いても、ちゃんと答えてくれないんです。『そこへ今いる皆で行くべきだ』って繰り返すだけで。いつもそうなんですけど」
いーちゃんはシノンと一緒に居る鷹だが、話が通じるのはシノンだけだ。運命という言葉を多用するし、どうやっても誰からも発言の裏付けが取れないので、ちょっと怪しい宗教に騙されているような気がしてきた。
王都の郊外の森でモンスターの襲撃を言い当てた実績があるけれど、あれもレーゼが風の亜精霊の噂を聞いていたあとだったので、驚くほどの情報とも言えない。シノンといーちゃんはセットで『運命の精霊』だと言う者もいるけれど、眉唾ものだ。実はわたし、助けておいてなんだけど、シノンたちを持て余し気味になってきている。
「ちゃんと答えてくれない・・・ということは、ちゃんとじゃない風には答えてくれているということ? なんて言っているの?」
わたしが聞くと、シノンは、困った眉を八の字にしたユニークな顔で、汗を垂らしながら、けれど明瞭に言う。
「『良さそうな枝に視える』と、言っています」
『良さそうな枝に視える』。
うーん。さっぱりわからない。どうしてそんな発言になるのか。鷹だから? 捕まりやすい枝ってこと? でも、バウやサフィは話をきけばわかることを言ってくれるわよね・・・。うん、わからないことだけがわかった。
「いいわ。あなたを連れてきたのは、わたしの責任だから・・・『クロネ村近くの枯れ谷』までは付き合うけれど、でもそのあとはまっすぐ家に送り届けるからね。家もそこから近いのでしょう?」
「・・・。はい。でもありがとうございます、リュミフォンセ様」
シノンはやっぱり困った顔で、こくりと頷いた。
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