111 王城夜会 第二王子と③






『黒と始原の間』の窓辺。開け放たれた大窓からは、満天の星空と夏の風。


生徒会楽隊はすでに壇上から降りていて、女性歌手のささやくような歌声に入れ替わっていた。


わたしの隣に並ぶオーギュ様。額の汗を袖で拭い、冷たい飲み物を一気に喉に流し込んだ。演奏が終わったあとで暑いのだろうけれど、襟元を緩めないのはさすがに王子様だと思う。


演奏のあと、わたしはオーギュ様に少し話をしようと呼びかけられた。ざわめく人垣から抜け、この窓際に移動してきた。


皆、礼儀正しく第二王子にも遠慮して、寄ってこずに距離をとってくれているけれど、こちらに興味を向けているのはわかる。流石に貴族の皆様なので、これみよがしに視線を寄越してはこないけれど、聞き耳を立てているのはわかる。


ちらちらと視線だけで探すと、ポーリーヌ様は別のところで貴公子を中心にした人垣にとり囲まれてひっきりなしに杯を合わせていた。彼女は彼女で、人気があるようだ。


「はーっ。緊張しました。我々の演奏は、いかがでしたか?」


そんなことを知ってか知らずか、オーギュ様は息をついて話始めた。いや、周囲が野次馬興味を持っているとわかっていても、いちいち気にしたら王子としてなんて生きていけないのだろう。


「素晴らしい演奏でしたわ。とても情熱的でした」


わたしが言うと、それは良かったとオーギュ様ははにかみを含んだ笑顔を見せた。


「生徒会での思いつきが発端で、今夜の演奏となったのです。恥をかかないように、せめて皆の足を引っ張らないようにと、必死に練習したのですよ」


殊勝な第二王子の言葉に、わたしはちょっと意外な思いがした。


「てっきりもともとお出来になるものとばかり・・・とても堂に入った演奏でしたわ」


「そう褒めてもらうと、報われた想いがしますね」


その第二王子の言葉は、本心からのようだった。なんでも余裕でこなす文武両道の優れた王子・・・というイメージを持っていたけれど、思っていたよりも人間味のある人らしい。


「・・・ところで、リュミフォンセ様は、さきほど『縁は一緒に過ごす時間では決まらない』と話されましたね」


先程の挨拶のときに話をしたことだ。わたしはそのことを思い出しながら言う。


「そうですね。咄嗟に出てきた言葉ですけれど」


「私はその言葉がとても気になりました。ともに過ごす時間が縁を決めるのでなければーー、何が縁を決めるのでしょうか」


「それはーー」


言いかけて、はたとわたしは悩む。縁というのは不思議なもので、ふとしたきっかけで深まる縁があり、長くともにあっても深まらない縁がある。その差はなんだろうか。神さまが決める? 相性? 自分がなにかとても軽い言葉を言ってしまいそうで、わたしは言葉を変えた。


「実は、わたしにもよくわかりません。それを答えるだけの経験を、まだわたしは持ち合わせていないのです」


わたしがそう答えると、オーギュ様はいまほどまでの安堵の笑顔を、興味深そうな笑いに変えた。

「深遠な回答ですね。しかし、私は問いの答えがなにか、今夜わかったような気がしているのですよ」


そう言って、オーギュ様は碧い瞳でわたしをじっと見つめた。急速に凝った空気に、わたしは背筋を伸ばして身構える。さすがのわたしも場数を踏んできてわかる。これは何か大切なことを言おうとしている空気だ。と、そこにーー。


「おや? そこな窓辺に立つ夜の森の精は、我がリュミフォンセ様ではありませんか」


軽薄そうな声。わたしが振り返ると、見覚えのある貴公子が立っていた。


頭ひとつ飛び抜けるすらりとした長身、薄暗い部屋でもわかる金髪に黒目。


叙勲式で突然の求婚劇を演じた、第一王子のセブール様だ。


この突然の登場に、後ろの人垣のひそひそ声がさわりと高まる。


セブール様はわたしの首元を見下ろすと、腕を一度組んで、考えるように彼自身の拳を軽く自分の顎につける姿勢をとった。


「・・・ふむ。私の心づくしの贈り物はお気に召しませんでしたかな?」


第一王子のセブール様は、わたしが彼の贈り物の首飾りを身に着けていないことを言っているのだ。


けれど、あんな『わたしは彼のものです』みたいなものを、これみよがしに身につけられるような極太の精神は、持ち合わせてないよ。


とはいえ、相手は太子候補の王子様。正面きって贈り物の首飾りの話題にしたくはない。なのではぐらかす。


「今晩は、ご機嫌ようセブール様」軽く淑女の礼を入れる。「相変わらずお上手ですね。夜の精といえば、さきほどディアヌ様にお会いしました。おきれいな方ですね」


第一王子は、とっさに笑顔で取り繕ったが、ぎこちない。現妻のことを持ち出されるのは、さすがにばつが悪いらしい。よし、まず先制成功だ。


「貴女と妻が、さっそく仲良くなってもらったようで大変喜ばしいことだね。ところでどんな話をしたのかな? ・・・いや、その話をここで掘り下げるのはやめておこうか」


そのセブール様の流し目的な視線は、わたしの背後へと移動した。


わたしが振り返ると、ごごご、と音がしそうなオーラを出しているオーギュ様が居た。おおう、すごい不機嫌そうだ。


他人ひとの会話の最中に割り込むのは無作法な振る舞いだと、ご存知ないのですかな、兄上?」


かろうじて平静を装いながら、腹の底から絞り出すようなオーギュ様の声。


対するセブール様はわざとらしく肩をすくめてみせる。


「おお、これはこれは。その怒りようを見るに、どうも大事なところを妨げることができたみたいだな。いやまったく、どうしても外せない用事で遅参してしまったが、私はツイているようだ」


にらみ合うふたり。位置関係から、わたしがあいだに挟まれるように立っている。お願いだから巻き込まないでほしい・・・。ん? いや、そういえばわたしも当事者なんだっけ?


「・・・兄上。いまわたしはリュミフォンセ様と大事なお話をしているところでしてね。いま来たばかりでは、関係者への挨拶もまだでしょう。そのあたりをひとまわりしていらしたらいかがです?」


「いやぁ。大事な話とは捨て置け無いな。ぜひ、その話に、私も加えてくれたまえよ」


「兄上と懇意のノーフォーク伯家のご令嬢が、今夜の宴に参加されていますよ。ご挨拶されてきたらいかがです?」


辛抱づよくーーという形容が妥当な調子で、オーギュ様が言葉を重ねる。が、セブール様は意に介す様子はない。


「はっはっ。オーギュ、我が弟君よ。かのご令嬢とは話が合って楽しい時間を過ごしたことがあるだけで、特別な関係ではないよ。お前こそ、列席のお歴々にご挨拶してきたらどうだい? 遅参と言えば、辺境伯の子も遅れてここに来たらしいぞ。振られ男同士、話が合うのではないか?」


ばちばちと、見えない火花がふたりの間に飛んでいる。


いまにも噛みつきそうなオーギュ様と、それを適当に受け流すセブール様。


この場合、わたしはどうしたらいいだろうか、と思っているとーー。


『淑女および紳士の皆様! お待たせいたしました!』


拡声魔法の声が響き、会場の皆の注意も一瞬そちらに引きつけられた。


「あっ、あれはなんでしょう?」


わたしは助かったとばかり、王子ふたりの諍いの矛先をそらすように、夜会の会場の正面に据え付けられた壇を指差す。多少の棒読みセリフは許してもらいたい。


楽団はいつの間にかはけて、壇上には、高さ2メートルほどの、大きな紡錘型のかたちをしたものが乗せられていた。それには目隠しのために絢爛な赤布がかけられ、中身が見えないようになっており、ぱっと見は小さな天幕のように見えた。


『皆様にこれからご覧にいれますのは、さる筋より入手しました、とても珍しく、貴重な逸品』


拡声魔法の声とともに、ひとりの中年男性が壇上へとあがった。綺麗な身なりをした、濃い顔をしたもじゃもじゃした髪の毛と髭の持ち主だった。よく見れば造作は結構な美男子で、若い頃はそれなりにモテたのだろうと思う。


そういえば、会の最初にオーギュ様に挨拶をしたとき、『飛び入りの東部の貴族が、珍しいものを見せたいと言っている』と言っていた。あれがそれだろうか。


『こちらは、実は王への献上物で御座います。しかし、今宵は特別に。この高貴な夜会にご参加された皆様に、一足先に、貴重な逸品をお目にかけたいと思います』


王への献上物を、このような場で先に皆に披露してもいいものなのかしら、とわたしが思っていると、オーギュ様が不快げにつぶやいた。


「皆が集まる場で物を先に見せて、評判をあげてから献上しようという魂胆か。品の良いやり方とは言えないな」


「王とその一族に気に入られたいという姿勢の現れじゃないか。これを可愛いと思うのが、上に立つものの器量じゃないかな?」


いつの間にドリンクを取ったのか、カクテルグラスを手にしたセブール様の、かばうような余裕の口ぶり。


壇上にいるのは東部の貴族。この言葉を聞くに、セブール様と東部の関係は、悪化しているわけではないようだ。そして東部の貴族が動いているということは、これもポタジュネット家の一策だったりするのだろうか。


『これよりお見せしますのはーー『運命の精霊』。この王国の王が持つに相応しい精霊です』








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