110 王城夜会 第二王子と②




第二王子のオーギュ様へのご挨拶のあと、また多くの貴族のご挨拶を受けた。どこどこの伯爵や子爵御本人ではなく、そのご令息ご令嬢が集まっていて、どうもこの夜会は第二王子が主催するだけに、貴族の若年層が集まっているようだった。村でやる若衆の集まりを貴族でやると、夜会になるのかも知れないと思った。


それでも13歳のわたしは最年少に属するようで、わたしよりも年下らしき人は見なかった。ということで、第三王子もこの場にはいない。第一王子のセブール様は見当たらないけれど、ひょっとしたら後で参加してもおかしくない。


わたしはなんとか先行していたチェセ・レーゼ・モルシェの侍女たちレディーズメイドを見つけ、合流することで、ひっきりなしの挨拶から解放されることができた。


「た、楽しいですね、夜会って・・・素敵な殿方たちからこんなに声をかけられたのは、初めてです・・・」


夜会の開幕の賑やかな音楽から一転、静かな音楽が流れる中、カクテルグラスを片手にしたモルシェが頬に手を当ててほうと息を吐く。顔が上気しているのは、どうもお酒のせいだけでは無いらしい。


夜会では軽食とお酒をつまみながら、思い思いに会話を楽しむというスタイルだった。気の合う仲間と話すも良し、お気に入りの異性と知り合うも良し・・・。


音楽が常に流れているので、ダンススペースで踊ることも可能だ。演壇上で音楽を奏でる演者たちは、王都で有名な新進気鋭の演奏家の一団らしい。若者の主催する宴らしく、お洒落で自由な雰囲気が漂っている。


「最初にリュミフォンセ様から引き離されたので、どうなることかと思いましたが、合流できてよかったです。初めてなので気にかけておりましたが、心配せずとも見事に夜会を楽しまれていらっしゃいましたね」


冷たい飲み物をわたしに差し出しながら、レーゼが声をかけてくれた。カクテルグラスに入った、水色の不思議な飲み物だ。甘い味がするそれに口をつけながら、わたしは答える。


「楽しめているかはどうかしら。あまりたくさん人がいる場というのは、わたしはあまり得意じゃないみたい」


「大勢の素敵な貴公子が、リュミフォンセ様を取り囲んでいらっしゃいましたから・・・。切れ目なく誰かの笑い声が聞こえてきたので、てっきり楽しまれているかと思いました」


「もちろん場に合わせて楽しくお話はするわ。でもそれが好きかどうかは別の話よ。それに、貴公子の方だけじゃないわ。ご令嬢もいらっしゃったわよ」


そういって、わたしがお友達になった令嬢の名前を指折り数えながらあげていると。


「ーー調子に乗りすぎよ。『ててしらずのお芋姫』」


という声が聞こえて。


さっと後ろを振り返った。周りにいるのは、会場の薄闇の中、談笑し合う貴族たち。流れる音楽。誰が言ったかはわからない。


いまのは・・・わたしのことを言われたのよね。


リンゲンから南瓜芋をたくさん出荷しているから、蔑まれるときにお芋姫と呼ばれているのは知っているし、父知らず・・・。わたしの母はロンファーレンス家の令嬢ルーナリィだが、その彼女が旅先で身ごもったのがわたしなのだけれど、その相手の男の素性がわからない。父が当時の魔王だと知っているのは、わたし自身のステイタスカード・オリジンを見たことのある、わたしだけだ。


わたしの身元を確定させるために、お祖父様は孫娘のわたしを養女にして、娘とした。なので、公的にはわたしの父親は、お祖父様になっている。これで公的、手続き的には問題なくなったが、口さがない陰口を消すことは難しい。


多くの人は面と向かっては言わないけれど、わたしの影の部分はちゃんと知っているだろう。みなの綺麗な笑顔の裏に、消しようのない侮蔑が隠れていることを知ると、初夏の夜のはずなのに、わたしは寒気を覚えて思わず両腕をさする。


そんなわたしの肩に、薄手のショールをそっとかけて、触れてくる手があった。チェセだ。


「大丈夫ですよ、リュミフォンセ様」優しい声。けれど瞳にさっと暗い影が宿る。「誰が言ったかはわかりませんが、ここにいらっしゃる方のお家の大半は、我が家の商会に借財がありますから、どうとでも仕返しできます」


チェセは、平民ながら大商会フジャス家の娘だ。王国中にネットワークを持つフジャス家は、支店ごとに諸侯と付き合いがあり、年中物入りの諸侯は、しょっちゅうフジャス家のような大商会から借財をしている。特に近年は魔王軍との戦いの戦費を捻出するため、借財をしていない諸侯のほうが珍しい。


その借財の帳簿がすべて頭の中に入っているわけではないだろうけれどーーいや、優秀なチェセなら本当に頭の中に入っているかも知れない。仕返し云々の話も、彼女が本気になればすぐできるのかも知れない。穏やかだけれど、とても能力のある娘さんなので、本気になるとなんでもできてしまいそうだ。


そういうわけで、わたしは緩んだ気を引き締め、チェセを刺激しない言葉を選ぶ。そうだ、そもそも悪口ひとつ言われたくらいで、わたしの何が揺らぐわけでもないのだ。


「チェセ、心配してくれてありがとう。でもあれくらいなら、言わせておいても害はないし、わたしはぜんぜん気にしていないから」


「さすがリュミフォンセ様、お心が広くていらっしゃいます」そういうチェセの綺麗な笑顔が、切り替わるように闇が宿る。「けれど、その優しい心遣いを踏みにじる輩はやっぱり許せません・・・」


「チェセ。本当にわたしは大丈夫だからね? だから考え直して許してあげて?」


そのときだった。もともと薄暗かった室内の照度がさらにさがる。灯りのいくつかが消されたのだ。闇が深くなる。


ざわめく城内に、拡声魔法を使った司会者の声が響く。


『今宵お集まりの、淑女および紳士の皆様。お楽しみでしょうか。この場をより素敵な場とするため、これより、小さな驚きを皆様にお届けします。ーー願わくば、これが皆様のささやかな思い出となりますよう』


ばつん、と音がして、壁にあった緞帳が落とされた。小さな驚きの声ともに現れた、開け放たれた5つの大きな扉窓ーーそしてその向こうには、夏の星空と王都の夜景が広がっている。


部屋が暗いからこそ、美しく際立つ景色だ。


この趣向を褒める声が広がり切らぬうちに、壇上から楽器の音が響いた。


組打楽器、撥弦楽器、弦鳴楽器、洋琴の順に鳴らされた楽器の音。振り返ってみれば、照明魔法によって鋭い光に照らされた壇上には、第二王子オーギュ様を始めとした5人がそこにいた。


案内役による説明によると、学院生徒会による楽隊らしい。よく見れば、鍵盤楽器を演奏している女性は、先程お話したポーリーヌ嬢だ。とすると、先程からずっと壇の中央に立っている熟練の歌姫以外の、楽器を持つ4人は、王立学院の生徒会メンバーということか。


放たれる情熱的な声。それに負けない楽器の演奏。オーギュ様は楽器を四弦楽器に持ち替えての演奏だ。軽快な音楽が場を占拠し、この場にいる誰もが壇上の演奏に、動きに、魅了されていく。音楽の波に体を揺らし、夜の闇とそれを切り裂く閃光に目を奪われる。


オーギュ様の言っていた、『美しい夜景と素晴らしい音楽の共演』の趣向とは、これのことなのだろう。


そして独奏の時間がやってくる。まずはポーリーヌ嬢の洋琴。第一奏者にふさわしく、激しく情熱的な速弾き。汗を珠のよう輝かせ、見事に弾ききった彼女に称賛が送られる。続いて、長身の女性の組打楽器。細身の男性の撥弦楽器。


そして、オーギュ様は弦鳴楽器に持ち替えて、弓を構える。


軽快な演目に、弦鳴楽器が追いつけるものなのかと思いきや。これまでの演奏に負けない、速弾きの技巧を披露する。驚いた。楽器のひとつは貴族の嗜みとして、オーギュ様は熟練の楽師並の腕前があるのだ。


早業で動く指、角度を切り替えて押し引きされる弓、そして奏でられる明晰な音。額に浮かぶ汗、振り乱される透き通る金髪、呼吸を忘れたような唇、弦の動き以外は碧い瞳に映らない。


そして独奏の時間が終わり、最後は歌姫の熱唱に合わせて壇上の全員が精魂を振り絞るように楽器を奏でる。


そしてすべてが終わった時、わたしも心から手を叩いて、称賛の拍手を送っていた。





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