93 叙勲の知らせ




リンゲンに戻り、しばらくして、季節が変わった。春が過ぎて初夏が訪れつつある。


今年はちょっと暑いくらいの気候で、夏の訪れが早そうなことを予感させる。つまりは日照が多いので、農作物の作柄が良く収穫量があがるだろうーーなどと、天気と生産をついつい結びつけてしまうくせがついたわたしである。


毎朝、居室で朝の支度を整え、同じ館のなかの執務室に移動する。そこで、チェセがいろいろつてを辿って探し回って手にれてくる珍しい茶葉で、彼女てづから淹れたお茶を飲み、しばしぼうっとする。その間に、その前に食べた胃の中の朝食を消化し、頭を起こす。それが最近のわたしの日課だ。


今朝もそんなふうにぼうっとしている横で、お茶を淹れ終えたチェセは、わたし宛に来た手紙ーー私信以外に軽く目を通し、重要なものとそうでないものを事前により分けてくれる。


手際よくペーパーナイフで手紙の封印を切り、あるいは封蝋を外し、中身を取り出してより分けている。手際が良く、見てて気持ちがいい。


なおチェセの作業よりも前に、サフィリアによる手紙に仕掛けられた魔法罠の感知という作業が新しく加わったということだ。わたしが有名になり、よくわからない差出人の手紙が増えてきたことへの対処だと説明を受けた。


まだわたしのところでの事案は無いけれど、世間では手紙に魔法の罠を仕掛け、手紙を開くと毒が出たり爆発したり・・・ということができるらしい。


ひとつ、他よりも立派に見える白い封筒を手に取り、チェセの目が見張られたのがわかった。驚きと手際というのは別のようで、チェセは手早く封蝋を確認、外し、中の手紙にざっと目を通す。そしてその手紙を銀盆の手紙のなかの一番上においたーーつまり、最重要の案件としたのだ。


「リュミフォンセ様、どうぞ。本日のお手紙です」


銀盆に重ねられた手紙を、わたしは受け取る。そして一番上にある、白く立派な封筒を手近でまじまじと見る。それには王家の封蝋がついていた。


「・・・・・・」


封筒の中に入っているのは、一枚の手紙だった。取り出し、目を通す。


「おめでとうございます! リュミフォンセ様」


わたしが読み進めたタイミングを見計らって、チェセが言った。わたしは微笑して、


「ありがとう。皆のおかげよ」


その手紙には、わたしを『一代公爵』に叙勲することが決定したことが書いてあった。お祖父様たちから事前に聞いていた情報どおりだ。


ついては、叙勲式を行うので、王都まで来るように、とあった。時期はいまからだとおよそ一ヶ月後。夏のはじめぐらいの時期にあたる。


「リュミフォンセ様がついに中央にも認められたのです! 感無量ですーー。


思えば、食料問題でも難民問題でも経済問題でも、そして魔王軍との戦いでも。大きな功績をあげていながら、中央から遠いために陽の目を見ることはありませんでしたがーーこの叙勲で西部だけでなく、王国すべてにリュミフォンセ様のお名前を轟かせることができます!」


そんなに名前を広げなくていいんだけどーーと思ったけれど、チェセが本当に嬉しそうなので、言わないでおく。


「わたしが叙勲されているけれど、皆が支えてくれたから出来たことよ。特にチェセ。ふだんの貴女の働きはとても大きいわ。この機会に礼を言います。本当にありがとう」


「そ、そんな・・・。リュミフォンセ様、あまりにももったいないお言葉です」


感激のあまり泣き出してしまったチェセ。ーーが、感情モードだったのはそこまで。あとは実務モードに頭を切り替えたらしく、両手を胸元でかまえ、ふん、と可愛らしく気合を入れる。


「・・・あと1ヶ月で、王都での叙勲式ですね。新しいお召し物も必要でしょうし、あまり時間がありません。急いで準備いたしましょう!」




■□■




その日が始まり、わたしの執務室に続々と人が集まってきたところだった。わたしの叙勲を皆に知らせ、喜びを分かち合い、さて王都に随行する人員を決めましょうという話をしたところ、なんと皆が、立候補に手をあげたのだ。


たまたま巡回の報告日だったということもある。騎士団のアセレア、ハンス、ブゥランだけでなく、自警団のモルシェまでいたし、内政担当はレオンにその補助役の男女、メイドはチェセ、レーゼと新しく雇ったサポートメイド数名、精霊チームもサフィリアとバウ、遊びに来ていたらしいパッファムもいた。


「あ・・・あの、せっかくのリュミフォンセ様の晴れの舞台ですから・・・現地でみんなでお祝いしたいです」


と発言したのは、自警団の新任団長、モルシェだ。といっても新団長になってから2年も経つのだから新任もなにも無いかも知れないが、どこか初々しさが残る娘さんだ。もっともこの少し頼りない感じが助けてあげたいという気持ちを引き起こすのか、自警団の統率も、リンゲン住民の人気も上々だという。


そして人気団長の言葉は皆の気持ちを射抜いたらしく、そうだそうすべきだとの声が執務室に満ちる。


「姫御前が出世とは! こりゃあ目出度い、ド派手にめいっぱいに祝おうぜ!」

「どうせなら王都で祝会はどうです? ふふ、久しぶりの都会だ」

「王都・・・って行ったことないっス! 楽しそうッス! 大姉御おめでとうございます!」

「祭りじゃな! よいのう、賑やかなのは大好きじゃ!」


まさかわたしの叙勲が、これほど皆に喜んでもらえるとは思ってもみなかった。わたしは幸せ者だ。この叙勲がみなの頑張りによるものだというわたしの気持ちを、改めて伝える。わたしの言葉を、みな感激を持って受け止めてくれた。


高まりすぎた場に、冷水を打ったのは、やはりと言っては失礼かも知れないけど、レオンだ。


「せっかくのご主君の晴れの舞台、みながついて行きたいのはわかりますが。しかし、ご主君が不在のあいだ、リンゲンの活動を滞らせるわけにはいきません」


じつにもっともな指摘だ。わたしがいないあいだの留守も守ってもらわなければいけない。しん、となった場に、それに、とアセレアがあとを受ける。


「それに、王前の式典だ。私の経験からいえば、実際にその場に参加できる者は、ごくごく限られるだろう。当事者と、護衛と、介添え。となると、皆でぞろぞろ行っても仕方がないということもにもなりそうだ。モルシェの気持ちはよくわかるが」


熱狂は一瞬で冷め、そうかぁ・・・というしんみりとした空気になった場。


そして、レオンは眼鏡を直し、アセレアは赤の前髪をぱっと払い。それぞれ宣言する。


「私は随行を辞退し、リンゲンで執務に専念します」

「そういうわけで、私は式典に随行するぞ。護衛が必要だ」


さすがレオンの宣言は言行一致、皆に受け入れられたが、後者のアセレアの宣言は受け入れられなかった。普段の行いの違いだろうか。


ぎゃいぎゃいと活発な言い合いが再開される。


護衛という役割には立候補がたくさんあがった。特にサフィリアは有力な対抗馬だ。アセレアとの言い合いが白熱している。ちょっとハンス・・・「リュミフォンセ様には護衛は必要ない」とか・・・。なにその珍説。か弱いお嬢様たるわたしになんたることを。ちゃーんと覚えておくからね。


「あの。発言してもよろしいでしょうか」


あげられた白い掌は、緑がかった黒髪の侍女レディーズメイド。レーゼだ。


「実は、今回のリュミフォンセ様の王都行きには、叙勲だけでなく、ひとつの使命ミッションがあるのです」


話してもよろしいでしょうか? と彼女が目で問う。これはメイドチーム・・・具体的には、レーゼとチェセとサフィリアだけが知っている話だ。わたしは導入だけお話することにした。


「お祖父様ーー公爵様から、ご指示をいただいているの。『王族とつながりを作るように』と。今回の王前の叙勲式は、王族にお目通りする良い機会だから、その機会を活用できるようにするという仕事があるの」


そしてわたしは視線をチェセとレーゼに向ける。続きはよろしく、という思いを込めて。


わたしたちのアイコンタクトはばっちりで、チェセとレーゼは代わる代わる、足りない情報を補うかたちで説明してくれた。要は、わたしの婚約者候補である第二王子、もしくは第三王子と仲良くなる、ということだけど。


このシチュエーションは、モルシェの乙女心をいたく刺激したらしい。両頬を自分の手で押さえてもじもじと悶えている。


「王子さまと、いいなづけ、結婚・・・! ひょっとして、夜会で王子様に見初められて、おふたりで、み、密会とか・・・」


「あり得るでしょうね。そういう場を準備・演出するのが、私達の仕事です」


レーゼが淡々と頷くと、モルシェはきゃーと声をあげた。


「すみません私ったら、大声を出して。はしたない。でも、物語そのままの世界で・・・憧れます。やっぱり、リュミフォンセ様はすごいです」


どのあたりがどうすごいのか、わたしにはいまいちわからなったけど、頷いておいた。でもこの場で一番乙女なのは、モルシェなのだと痛感した。


わたしの周りの人は、恋愛や結婚にまったく憧れを持っていないのか、興味がないっていうか、どこか割り切った、冷たい感じなんだよね・・・。モルシェは自分のことでもないのに、顔まで上気させて盛り上がって、かわいいな。


「そういうわけなので、王族との関係の構築に向いた人材が必要ということを念頭に置いて、王都の叙勲式の随行者は一度こちらで検討します。そういうこと良いでしょうか?」


さまざまな議論のあと、チェセがそうまとめてくれた。


わたしは頷くことで承認を出す。でも、この場の皆を納得させる人選は、かなり大変そう。







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