71 試行





爆ぜ実の山の、爆ぜ実の木の伐採が終わり、わたしが『リンゲンの将来を考えよう 殖産施策の会議』でした提案を試す日がやってきた。


わたしのした提案はこうだ。


木を切り倒しても、爆ぜ実という爆発物を処理しなければならない。ならば、その処理を、ウドナ河の大瀬でやってみてはどうか? という案だ。


ひょっとしたら大瀬をうまく破壊できて、ウドナ河上流域を開鑿かいさくできるかも知れない。


爆ぜ実の木はどんぶらことウドナ河に流し捨てる。そして、『大瀬』にひっかかったところに魔砲を打ち込み、誘爆させようという作戦である。


先日から爆ぜ実の木はウドナ河上流に流し捨てて、予定通り、大瀬に爆ぜ実の木(実付き)がひっかかっているという報告だ。


爆ぜ実の山の天幕で一泊したあと、わたしは、騎士団に守られつつ、期待の魔法部隊とともに、意気揚々と大瀬に向かったのだった。




ウドナ河の上流域は、いつも水靄に包まれ、水音が轟いている。雄大な清水が勢いをつけて岩にぶつかり、白波を立てながら大きく広がり、流れていく。ウドナ河は王国西部を東流して王都に至り、そのさきには南部をさらに南に下りつつ東流して、大洋に至っている。


この山深い白波逆巻く大自然の先に、繁華な王都、異国情緒あふれる南部、そして海がつながっているなど、よく説明されてもそう信じられるものではない。それほどに、目の前の自然は存在感のあるものだった。


けれど、この大瀬さえなくなれば、川舟でのウドナ河の通行が可能になるのだろう。レオンは『中央王都・南部経済圏との接続』と表現し、もし実現したら、それがどれほどすごいことなのかを熱弁してくれた。まあ・・・とにかくすごいらしい。


「リュミフォンセ様。予定どおり、大瀬の各所に爆ぜ実の木が引っかかっています。さっそく魔砲による砲撃を始めますか?」


わたしにそう指示を仰ぐのは、副隊長で魔法師隊の隊長、ハンスである。坊ちゃん刈りですごくいい人そうな空気が出ている。


「ええ。さっそく始めましょう」


わたしが頷くと、魔法師8名に、わたしが加わり、大瀬を遠望する、崖のような河岸に並ぶ。


それを見守るのは、護衛役の騎士小班5名とサフィリアである。


「よし、まず一番手前に固まって引っかかっている爆ぜ実の木が標的だーー総員、魔砲準備、構えっ!」


ハンスの意外と凛々しい声が、ウドナ河上流、河面に響く。


「狙えーー放てっ!」


少し間をおいたあとに、強力な火弾が、放物線を描いて標的へと襲いかかる。




■□■





「意外に壊れないものですね、川底の岩ってやつは」


それが3回の試行を経たあとの、ハンスの言葉だった。


それは皆の意見を代表していたし、わたしもそれに同意せざるを得なかった。


魔砲が爆ぜ実の木を襲い、木は炎上し実は誘爆するものの、肝心の河床の岩を砕くことができないのだ。表面を削ることはできるのだけれど、一回の斉射で台車くらいの岩を半分くらい砕くのがせいぜいで、これでは河の開鑿にはならない。


魔砲の着弾地点は集まっているように見えて、砕岩工事ほどの精度はないから威力を生かしきれていないし、流れる水によって爆発の威力も抑えられてしまっているという見解だった。


わたしの提案は、思ったほどの効果はないことはわかった。ただ爆ぜ実の木の処分の仕方としては安全で優れているので、処分の一環としてはこの方策を続けることになった。


とはいえ、自分の案でウドナ河の開鑿の打開策になるのではと思っていたわたしは、今日の結果にがっくり気落ちして、肩を落として爆ぜ実の山の天幕に戻ったのだった。



■□■



戻った天幕陣地では、栗色の髪の双房を揺らし、チェセが出迎えてくれた。


「おかえりなさいませ。ご首尾はいかがでしたか?」


天幕の中は火が焚かれ暖かい。専用の騎士団外套を脱がせてもらいながら、わたしは今日の出来事をお話した。


「そうですか、それは残念でしたね。でも、爆ぜ実の木の処分はこのまま同じように続行されるのですから、リュミフォンセ様の案が無駄になったわけではありませんよ。爆ぜ実の木が無くなるだけでも、夏の間のリンゲンまでの通行が確保されるわけですから」


「そうね・・・」


いつもと変わらないふうを装いながらわたしは答えて、どさりと椅子に腰をおろした。


いまも伐採された爆ぜ実の木は、もよりの河岸からウドナ河に投げ込まれている。伐採が完全に終わるころには、たくさんの爆ぜ実の木が、大瀬に流れ着いていることだろう。それを順々に魔砲を撃ち込んで処理することになる。


「魔砲の訓練にはちょうど良いから、それは良かったけれど・・・それだけじゃ寂しいわね」


わたしは、チェセからお茶を受け取りながらぼやく。チェセは苦笑した。


「そうだ、リュミフォンセ様。ちょっと驚くことがあったんですよ? ぜひお見せしたくて」


「あら、なにかしら」


言うと、チェセは天幕の隅に置かれていた箱ーー毛布にくるまれているーーから、ひょいと黒い毛玉を取り出した。


「ほら、バウが荷物にまぎれてついて来ていたんですよ。まったく、持ってくる荷物は何度も確認したはずなのに、どうやって私達の目をごまかしたのか・・・。とにかく、心強い仲間でございましょう?」


言いながら、両手に持った黒い仔狼のバウを、チェセは椅子に身体を沈めるわたしに渡してくれた。


わたしも両手で受け取ったバウと目を合わせる。


バウは人間形態で冒険者に混じって、爆ぜ実の木の伐採作業に加わっていたはずだが・・・。


(向こうの作業は一段落したので、こちらに来た。何か我が役に立てることはあるか?)


(うーん・・・そうねー)


そうバウが語りかけてくる。とりあえずひざ掛けの上に置き、黒い毛皮の手触りを堪能する。


そうして、黒い背中をなでなでしながら考えていると、チェセが銀盆に乗った手紙束を差し出してくれた。封は切られており、それはチェセ選別済みの、わたしが目を通すべき報告の手紙だということだ。


わたしはありがとうと手紙束を受け取ると、その場で目をさっと目を通す。


判断が求められるような案件はなくて助かったけれど・・・ひとつ気になった情報。


(『勇者新時報』。勇者一党(パーティ)と2週間に渡り連絡取れず・・・上級迷宮ダンジョン『世界の大十字路』に入り、それ以後音信不通続く、か)


勇者一行の行き先は時折、情報が入ってくる。魔王討伐の進捗は王侯の関心事だ。なので、王侯間ネットワークとでも言おうか、そこでこうして勇者一行の動向が情報共有されているわけである。『勇者新時報』はそこで流れてくる情報媒体のひとつである。


どこそこの街を訪れたとか、魔王軍の幹部誰それを倒したという情報も多いけれど、一番最近は、魔王竜帝の眷属と戦い勝利した、という内容だったと思う。しかしそこでかなり苦戦したため、竜の鱗を切り裂ける武器を求め、高難易度迷宮に向かった・・・という流れだったと思う。まるで続きものの物語のようだが、この世界の主人公である勇者の動向なので仕方がない。


勇者の動向は、所詮、人伝手の話を集めただけなので、よく途絶える。きっと今回のことももそうだと思うのだけれど、音信不通続くなどと言われると、ぎょっとしてしまう。


なにしろ、勇者一行にはウチのメアリさんに行ってもらっているのだ。勇者などはどうでも良いーーとは言わないしまあ無事であればいいけれど、メアリさんに何かあったら大変だ。


心配だなあ。


わたしは手紙束をチェセに返すと、バウの黒い毛皮を撫でて心を沈めながら、ふっと天幕の天井を睨む。


考えは戻り、今日の昼間のウドナ河の大瀬破壊ことだ。


昼間の試験では、魔砲の貫通力が足りなかったのだろう。もっと高い出力でーーつまり普通の人間の威力を超えた魔砲を河底の岩にえぐるように撃ち込み、内部から爆発させれば、あの大瀬を壊すことはできるのではないだろうか? そうしたら爆ぜ実の木の誘爆の効果も出てくるだろう。

あと、河の水によって、爆発の威力が抑えられたという意見があがっていた。確かに開鑿のときは水をせき止めたりするらしいし・・・どうにか工夫ができないだろうか? 一時的に水量を減らすだけでも効果があると思うのだけれど・・・。


考えながらなでなですると、短い毛玉の黒いしっぽがぴくぴく動く。


そうしているうちに心が落ち着き、考えがまとまってきた。


ようし、夜になったら、またあの大瀬に行ってみよう。


それにはバウと・・・サフィリアが必要だ。


そこまで考えて、ふと気がついた。護衛役なのに、サフィリアが傍にいないじゃない。


「チェセ。サフィリアがどこに行ったか知らない?」


わたしは近くに控えているーーまあ天幕がそう広くないけどーーチェセに聞いた。


「ええと、こちらに戻ってきてからすぐに、用事があるということでそちらに行きました。なんでも、弟分の火の精霊からの呼び出しだとか。代わりの護衛には、ふたりの騎士の方に天幕の入り口の前に立っていてもらっています」


うーん、仕事が雑だなー。


サフィリアの功績は大きいのだけれど、日常の仕事では粗が目立つ。いや、本当はこういう日常のこまごまとしたことを彼女にやらせること自体が間違いなのかも知れないけれど・・・。


とにかくチェセには教えてくれたお礼を言う。そしてひざ掛けの上のバウが、腹ばいの姿勢のまま、こちらに念話を飛ばしてきた。


(あの水精霊に用事か? 我が使い魔を通して呼び出そうか?)


(使い魔? そんなことができるの?)


(動物の視界や翼を借りるくらいしか出来ぬので、単純な命令しかこなせないが・・・ここに来て鳥を2、3手なづけているから、それを使う。水精霊のエテルナの匂いは覚えているし、念話を中継するくらいはできるだろう)


じゃあお願いと頼んで見ると、ものの数分でサフィリアと連絡が取れたらしい。


さらにそれから数分で、サフィリアがわたしの天幕に戻ってきた。この天幕には水渡り用の水盆を用意していなかったので、走ってきたようだ。


いや彼女の話をよく聞くと、地面ではなく樹上を走るように跳んできたらしい。それはさぞ他のみんなの注目を集めたことだろう。なにしろ夕闇のなか、銀髪のメイドが空を飛ぶように樹上を飛び跳ねていくのだから。


「この山の火の精霊たちからの献上物を確認していたのじゃ。じゃが、献上物が地に埋まっているものじゃから叱りつけておいたわ。あとのことは、あのなよっとした眼鏡の鉄面皮に報告させるようにしておいたぞ」


えへんと胸を張る、銀髪のサフィリア。相変わらず元気いっぱいだ。なよっとした眼鏡の鉄面皮とは、レオンのことだろう。


いつもこんな感じで騎士団や冒険者の皆の注目を集めるサフィリア。昨日の火の精霊退治といい、大目立ちだ。見た目も可憐な美少女だし、騎士団のイメージキャラクターとして定着しつつある。


わたしが本当の力と素性を隠している一方で、サフィリアは本当に自由に振る舞うものだから、いろいろと考えてしまう。放縦は美徳だと言い切る精霊の価値観には、正直うらやましいものを感じる。わたしもこのまま力と魔王の娘であることをを隠し、忍ぶ人生で本当にいいのだろうか。


まあ、それはそれとしてーー。


「サフィ、お仕事よ。夜にこっそりお出かけするから、ついてきて」


そう伝えると、最近絶好調の銀髪のメイドは、「任せるのじゃ」とあっけらかんとした笑顔で胸を叩いてみせた。






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