55 来た、見た、勝った





(へー、リンゲンは200年前まで王国だったんだ)


(小さな王国だったらしい。流行り病で王族が死んで、捨てられていたようになっていた土地を何十年前にか今のアクウィ王国が接収して、いまのようになったのだそうだぞ)


リンゲンへの途上。わたしは鞍上のバウと世間話をしながら細い街道を駆けている。バウは事前に土地について調べてくれたらしく、その知識を披露してくれる。優秀な仔だ。


騎走鳥獣(ウリッシュ)で駆ける土を押し固めただけの街道はだんだんと傾斜して、いまはもう完全な山道になっている。つづら折りで続く道を駆け続ける。


ウリッシュのクルルもかなりわたしに馴れてくれたようで、バウの指示を介さなくてもわたしのいうことを聞いてくれるようになった。嬉しい。


昨晩は細い道沿いにある名もなき宿場街ーー1軒しか宿屋がない集落を宿場街と呼んでもいいものか迷うけれどーーに宿泊して、あと1日、騎走鳥獣ウリッシュで山越えの旅程だ。


相変わらず1列になってわたしたちは細い街道を駆けていく。街道はほとんど人がおらず、ときおり行商人の小型のケル車を追い越す。それ以外には人はいない。本当にどこでも儲けてやろうという商売魂には頭がさがる。


街道ではときおりモンスターに遭遇したけれど、いままでいずれも駆け抜けざまに勝負がついている。馬上からの大剣の一振り、槍の一突き、魔法の一撃、弓の一矢。ほとんど速度を落とさずにアセレアの指示でそれをするのだから、この部隊はかなり練度が高いみたいだ。さすがに先遣隊と銘打っているだけある。


(ちなみに、200名弱の本隊は徒歩と輸送ケル車の混合部隊だから、わたしたちの到着から3日から4日後にリンゲンにつく予定なのよ)


(なるほど・・・ではモンスター討伐は本隊と合流してからか)


(そう。本隊の到着を待つあいだ、わたしたちは現地の戦力と交流を持って、情報を集める予定なの)


リンゲン現地とは伝書鳥を使った情報のやり取りをしているらしいけれど、複雑な状況はわからないので、現地に到着したら行き違いがないか確認する必要があった。モンスターが増えて苦戦しているのは間違いないみたいだけど・・・。


(王国時代は、豊かな資源と森の恵みでリンゲンはだいぶ栄えたらしい。ポルクという森に住む動物が居てだな、こいつを秋に木の実を食べさせて肥えさせてから、冬に潰し、腸詰めにして保存するのだそうだ。潰した芋と腸詰めの塩茹でを合わせて食べると絶品だと物語にあった)


バウの話はたいがい固いけど、ためになる。というか、物語にまで目を通しているのね。まあ人の姿にもなれるし、この仔なりにいろいろ情報の伝手がありそうだ。いまの見た目はただの子犬と大差ないけど。


(ふうん・・・それは楽しみね。それにしても、精霊の眷属は食べる必要がないのに、バウはずいぶんと食べ物に詳しくなったのね)


(うむ。確かに食べる必要は無いのだが・・・最近わかったが、食事とはささやかな娯楽だ。生活に潤いを与え、精神を豊かにしてくれる。旨い物を食べたときの満足感は、なかなか他では得られん)


どこかの美食家グルメみたいなことを言い出してるわ。まっすぐ育ってくれればいいけれど。でも美味しいものを食べるのは楽しいというのは同意できる。


(そうね、リンゲンについたらポルク?の腸詰めを探してみましょう。そのくらいの余裕はあると思うわ)


(うむ、楽しみである)


念話の調子は冷静だが、鞍上の小さなしっぽがぱたぱたと揺れている。本当に楽しみなんだろうな。




■□■





峠の頂上。登りきった先には、青い空の下、一面に広がる森と平野が見えた。


樹々に囲まれた斜面と、紅葉した葉と緑の森の海のなかに、ぽっかりと浮かぶ薄い黄色と赤の島が見えた。


「あれがリンゲン・・・」


「おお・・・すごい」

「あれがそうか」

「美しい街だ」


わたしの周りの騎士からも声があがる。きっとわたしと同じようにリンゲンを初めて見たのだろう。


それは小さな城塞都市のように見えた。遠目には重厚に見える石材を積み上げた八角形の城壁に囲まれ、中にも赤い瓦屋根の石造りの家が並んでいる。その中央には往時の城がーーところどころ崩れているようにも見えるがーー立派に建っている。


街壁の外には小麦畑があるようで、すでに収穫を終えた黄色い四角が並んでいる。これまでずっと森の中を通ってきて突然現れた文明の香りに、わたしでなくとも期待が高まる。長旅の目的地に相応しい街の姿。


はやくあそこに行って旅の疲れを癒やしたいーー誰もがそう思っただろう。




けれど、アセレアの指摘ひとつで、緩んだ雰囲気が霧散してしまった。


冷静な、そしてよく通る声だった。


「モンスターが街を襲っている。数と陣形からして、魔王軍だな」


「えっ?」


モンスター?


わたしを含め、ざわめく騎士の先遣隊。


リンゲンの街は目に見えるものの遠く小さく、人の動きまではわたしには見えない。けれど、風に乗って聞こえる声がーーこれが、戦いの声?


見れば、アセレアの右目あたりを濃いエテルナが覆っている。


遠くまで見渡せるような、アセレアの特殊能力だろうか?


わたしが何かを言うよりも前に、隊長としてのアセレアの声が凛と鳴る。


「北門のあたりか・・・守備側は壁外に出て戦っているが不利なようだ。部隊を分ける。第1から第4班は、第5班に渡せる荷物を渡し、軽くしろ!」


赤髪のアセレア隊長の指示が、騎士たちにより忠実に実行されていく。先遣隊は練度の高い部隊だ。突然の指示だからと戸惑う素振りはない。


「第5班は荷物を持ってあとから追って来い。それとリュミフォンセ様をお護りしろ。第1から第4班は、全速でついてこい! モンスター軍のケツに喰らいついてそのまま食い破るぞ!」


乱暴な言葉を聞かせてしまい失礼、とアセレアはわたしに向かって謝るけれど、訂正はしない。この流儀に慣れてくれ、ということなのだろう。


「続け!」


勇ましい声と共に、アセレアが街道を駆け下りる。それを追って、およそ20騎が一斉に駆ける。道はつづら折りなのだが、アセレアの騎乗技術が巧みなようで、道から道へと飛び越え、街道をショートカットしてどんどんと突出していく。それを残りの騎士が必死で追っていくという構図だ。


どんどんと遠くへ、小さな影になっていく先行した味方の後ろ姿を見守っていると、わたしに声がかけられた。


「騎上で失礼致します。第5班班長のシスと申します。これから御身をお護り致します」


「ええ。よろしくお願いします」


指示により残った第5班、5騎のうち1騎が歩み出てきて挨拶してくれた。顔は知っている人だから安心だ。


状況は戦時に準じるのだろう。略式の礼でもって受け入れる。わたしを守るのは荷物を抱えた5騎。周辺には、確かに敵の気配は感じない。そのあたりのアセレアの判断も、彼女の能力に関わりがあるのかも知れない。


「では向かいましょう。副団長の指示通りに」


そう言って、わたしは第5班の先頭を行き、騎走鳥獣ウリッシュのクルルを早駆けで、街道を下りていく。


おそらく一番騎乗技術が劣る、わたしの騎行速度に付いて来てもらうのが合理的なのだろう。




■□■




わたしたちが先行隊を追って、リンゲンの北門付近についたころには、すでに挟撃が始まっていた。付近の丘から見下ろしながら、わたしたちは戦況を見る。


門の前に浅い横陣を敷いて都市を守るのは、リンゲンの冒険者たちだろうか。装備はばらばら、剣盾を持った近距離兵種と、魔法師と思しきローブをまとった遠距離兵種が見るからに混在し、練度が明らかに低く、ただ並んでいるだけで、隊列にはなっていなかった。


けれど一応は肉の壁の役割を果たすことができているようで、モンスター軍の進撃をなんとか受け止めていた。


足が止まったモンスター軍の背後から、アセレア率いる騎走鳥獣ウリッシュ部隊が背面をつくかたちで突っ込み、敵陣をすばやく切り裂き、そして横に抜けている。


そして機動力を活かして後方に周り、また突撃を仕掛け、途中で軌道を変えて横に抜ける。その繰り返しだ。


かたちとしては挟撃だし、敵陣はほころんでいるように見えるけれど、自軍に比べてモンスターの数が多すぎて、混乱は一部分にとどまり、なかなか戦況が動かない。


「敵の数が多いですな」


隣に並ぶ第5班の班長が、そんなことを言う。


「どのくらいの数なの?」


慣れていないと、ぱっと見で軍隊の数がどのくらいかなんてわからない。少なくともわたしでは無理だ。


「敵は数を減らしているようですが、まだ500体は居るでしょう。対して、我々の騎走鳥獣兵が20騎、ここに5騎・・・リンゲンを守っているのは冒険者でしょう、練度がばらばらなので、かなり無理をしてかき集めたのでしょうが・・・これが100人はいない。・・・6、70人ほどです」


「5倍以上・・・どうしましょう?」


「モンスターの一体一体はさほど強くないもようです。相手は数頼みですね。いま戦力は互角だと思います。

なんとかしてアセレア隊長に合流して援護したいところですが、この戦況では簡単ではありません。どのみち、リュミフォンセ様をお護りしなければなりません」


たしかに、騎乗技術に劣るわたしを連れて敵軍のなかに突撃はできないだろう。わたしとしても、そんなことをされても困る。突撃速度についていけなくて、真面目に敵の真っ只中に取り残されそうだ。


班長は、わたしたちは見守るのが最善、と結論付けたようだ。けれど、見守るのは歯がゆい、という顔をしている。戦力は互角なら、練度の高い5騎が居ればこちらの勝率があがり、被害がすくなくなるのだから。


うーん、わたしを置いていってくださいと頼んでも、きっと無理だよね。第5班への命令は、わたしを守ることも含まれているわけだから。


仕方がない。ここはわたしが暴走することにしよう。


「わかりました。わたしはここから魔法で敵を攻撃し、援護します。敵モンスターがこちらを向いたら、わたしを守ってくださいませ」


「は? リュミフォンセ様、それは危険です、敵モンスターへの挑発になる可能性が。それに、この距離で魔法は・・・」


わたしは班長の止める言葉を首を横に振って拒絶し、エテルナを籠めて魔法の準備をする。


わたしの力のすべてを見せるつもりはない。けれど、あくまで『人間の魔法師レベルで、周囲に才能を認められている人間』程度の力を見せるのは問題ないはずだ。仲間が苦戦している状況で、何もしないのはさすがに後味が悪い。


長距離の砲撃援護なら、問題ないはず。たぶん。きっと。


思いながら、魔法を扱うエテルナの量を調整する。・・・この程度に抑えておけば、人間を辞めているとは言われないかな。


敵軍との距離は300メートルは離れている。普通の魔法では届かない。


だから、二段構えだ。


「混色魔法ーー緋硬炸弾」


魔法で作り出した椎の実型の砲弾。具現化にエテルナを使って、砲弾の形を維持している。


まず砲弾づくりにひとつの魔法。


それを維持しつつ、さらにもうひとつ別に魔法。


「緑魔法 緑巻風・・・球陣」


椎の実を緑の風が包む。


空中で浮く砲弾、包む風の量を調整して、少しずつ射角をあげていく。


もう少し上・・・。このくらいかな。


ついでに途中まで風の流れを作って、軌道の精度をあげておく。


敵のほうが多いので、的が大きいのはありがたい。なるべく敵陣のど真ん中に落ちるように調整する。


「角度よし・・・発射!」


風の余波が、ぼふんとわたしたちを通り抜け、丘に広がる。


そして、ひゅーんと空高く打ち上がった魔法の弾丸は。


狙い通り放物線を描いて敵陣のほぼ中央に落下し、空を焦がすかと思うほどに、高く火柱をあげた。


「おおぅ・・・」

「あんなところまで届くのか」

「人間大砲・・・」


第5班の面々が、うめき声をあげる。


ところで、最後に発言した人。いったい誰かしら?







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