30 いっしょに、来る?
「ご無事でしたかあるじ」
戦いのあった小島で、魔法の焚き火を前に座っていたわたし。水龍との戦いで消耗して、ぼんやりしていたらしい。背後にバウの声を聞いて、首をまわして振り向く。
「ああ、バウ・・・。来たのね。あのふたりはぶじな・・・えっ? だれ? あなた」
振り返ってみると、そこにいたのは見慣れた黒狼ではなく、黒目黒髪の青年だった。長い前髪で片目が隠れている。整った顔立ちで、黒尽くめの服装、詰め襟の服に革の軽鎧を身に着け、帯剣していた。
一見して、冒険者の風体の美青年。ちょっといかがわしそうなところも含めて冒険者っぽい。
「ふふん。我があるじにこの姿を見せるのは初めてだな。これが我の人間擬態形態である。はじめまして。どうだ? ふふん、どうかな? どこからどう見ても人間だろう?」
このうざったい調子の乗り方・・・。たしかにバウだと考えて良さそうだ。だがしかし、バウは擬態と言ったがこれは再現度がすごい。元が黒狼だなどと、言われなければわからない。外見は普通に人間だった。
「
「そう、よかった。バウは人間形態にもなれたのね・・・」
「うむ。そうである。どうも二足歩行は好かぬので、
つい、黒狼のぶんぶんと勢いよく振れている尻尾を、幻視してしまう。人間形態なので無論そんなものはないのだが。・・・ようは、褒めてほしいんだよね?
「バウ。よくやったわね。えらいわ」
「ふふん、ふふふん!」
褒めてあげて彼はご満悦そうだが、まだ何かをねだるようにちらちらとこちらを見ている。
「バウは賢いわね。すごい」
「ふふふふん、ふふふん!」
思い切り胸をそらしたあと、まだ期待してこちらを見ている。まあ確かに、これだけの規模の戦いはとても久しぶりだったけど、これ以上なにを言おう。ごほうびとか必要かな? 思いを巡らしたとき、鼻がむずむずしてくしゃみがでた。
「くしゅん!」
「おお、あるじ。よく見れば服も髪もずぶ濡れだ。狼は平気だが、人間は濡れたままだと良くないと聞いた。乾かしたほうがいい。水に落ちたのか?」
「ええ、ちょっとね・・・魔法で焚き火をしているけれど、このままじゃあ風邪をひきそう」
「混色魔法 『温風侵包』」
バウの魔法。温風がわたしの体を包み、そしてわたしを中心にして吹き出して服を乾かす。ちょっと乱暴で髪も乱れちゃったけれど、非常事態だ、仕方ない。冷えた体もあたたまったのでよしとする。初めて見るけど、便利な魔法だ。これ、いいな。
「ありがとう、バウ。良い魔法ね。これ、ふたりにもかけてもらえる?」
わたしは『ふたり』を視線で指し示す。
地面には、支配を解いたけど気を失ったままのメアリさんと。
さっきまで戦っていた、湖畔の銀髪の少女が。
魔法の焚き火を挟んで横たわっていた。
■□■
「・・・む。あるじ、こやつ、気がついたようだぞ」
乾燥魔法をかけようとしていたバウが、そんなことを言ってきた。
地面に横たわった銀髪の少女は、薄く目を開き、周囲を目だけで窺うと、突然がばりと跳ね起きた。ぺたぺたと自分の体を触り、しばらくなにかを整理するように目を閉じたあと、わたしのほうを見て言った。
「ふん・・・へったくそな癒やしじゃの」
水龍を討ったあとに現れた、銀髪の少女を湖から拾い上げたあと、わたしは彼女に癒やしの魔法をかけたのだ。彼女はきっとそのことを言っている。
「なんだと! あるじ、こやつ許せん! 助けてもらっておきながら、この言い草・・・!」
「バウ。少し黙ってて」
バウは急速にトーンダウンし、小さくなって、はい、と言って黙った。
上体を起こした銀髪の少女と、わたしは座った姿勢で向かい合う。
「まず濡れた体をーー」
「ハン。及ばぬわ。青色魔法 『水相転移』」
しゅわっ、と音がして、一瞬で銀髪の少女の服と髪、体から水分が消える。さっきまで湖に落ちていたとは思えない小綺麗さだ。
銀髪の少女は戸惑うように目を伏せたあと、わたしとは目を合わせずに、聞いてきた。
「・・・なぜわらわを助けた」
「あなたは縄張りを荒らされたことを怒っていた。でもわたしたちは、旅行でここを訪れただけで、あなたの縄張りを荒らすつもりなんてなかったの。わたしたちは確かに戦ったけれど、実は戦う理由はなかった。だから」
わたしは言葉を探す。
「死ぬことはないんじゃないかって思っただけよ。生きられる可能性があるなら、助けたほうがいいと思ったの」
「・・・フン。わらわを一度殺したやつの言葉とは思えん言い草だ」
「先に襲ってきたのは貴女だわ。正当防衛よ、手加減ができる相手じゃなかったし・・・一度殺した? なのに生きている、貴女はなにものなの?」
「答える義理はない」
そこにバウが口を挟んできた。
「あるじ、この者はこの湖に住まう水精霊だ。一度殺しても消滅しないことといい、持っている力からみて、この地に住み着いて長いのだろう」
「だまれ
「何をほざく、瀕死の
「やめて! ふたりとも!」
そこに、小さなうめき声。大きな声で怒鳴り合っていたので、メアリさんが目を覚ましたのだ。
「う・・・」
小さくうめいて、長いまつげにふち取られた黄色い瞳が開かれる。
「メアリ、大丈夫?」
起き上がると、メアリさんの乾いた金の前髪が揺れた。きっと銀髪の少女が一緒に乾かしてくれたのだと思いそちらを見ると、彼女はぷいとそっぽを向いた。
メアリさんはほんの少しのあいだ自分の体を検めて、
「ええ、平気なようです。どこも痛みません・・・あの、いまはどういう状況でしょうか?」
問われて、わたしは記憶をたどる。メアリさんに精神支配の魔法をかけたのは、半魚人たちを倒して、湖の銀髪の少女と会話に入ったあたりだったから・・・。
「そこに座っている銀髪の彼女と戦闘になったの。メアリは眠ったようになったけれど、ちゃんと戦ってくれていたよ? おかげで勝てたわ。今は、彼女と和解のさいちゅう」
メアリさんは恥ずかしそうに口に手を当てて、目を伏せる。最近、鳴りを潜めていた『
「そうなのですか、私はちゃんと戦えていましたか・・・正直なところ、サギハンを倒したあとから、まったく記憶が飛んでいまして・・・お恥ずかしいです」
「そこな魔法師の言うことに間違いないぞ。そなたには腹に蹴りをいただいた。重くて良い蹴りだった」
腕を組んで、銀髪の少女。どういうつもりか、話を合わせてくれている。魔法師とはわたしのことを言っているのだろう。
けれど、自分が覚えていない間の蹴りが良かったと聞かされて、どう答えたらいいかわからないという想いはわかる。メアリさんは、なんともいえない曖昧な笑顔で2、3回頷いたあと、結局、話題を転じた。
「そして、あの・・・そちらの方は、どなたでしょう?」
メアリは黒衣の美青年に視線を向ける。彼はバウなんだけど、メアリさんもバウは知らないし。でもぜんぜん知らない人がいたら、気になるよね。
「我は、たまたま通りかかった冒険者だ。手助けさせてもらったが、名乗るほどでもない。・・・それより、小舟を調達してきている。みな目が覚めて体に異常がないなら、宿のあるところに送るが、どうだ?」
素晴らしくまともなバウの提案。体が大丈夫なら帰ろう、という内容にメアリさんは頷き、わたしも同意した。
ふたりそれぞれに立ち上がったときに、こちらを見ようともしない湖の銀髪の少女に、どうしてわたしが声をかけたのかは、わたし自身にもわからない。
つんと向いた横顔が、突っ張っているようで、どこか寂しそうに見えたからかも知れない。
「いっしょに、来る?」
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