27 白いドレスの湖畔の少女②




「リュミィ様、おさがりください」


ダガーを逆手に握った両腕を交差させ、メアリさんは襲って来た半魚人と対峙する。


感覚ではぜんぶで20頭ぐらいだが、まず襲ってくるのは3頭。知能は高くない、様子見などせずにこちらに突っ込んでくる!


メアリさんが軽くその場で跳んだーーように見えた。


次の瞬間には、先頭を切っていた半魚人とメアリさんが接敵する。間髪入れずに繰り出された半魚人の鋭い爪を、体を傾けるだけで紙一重で避けると、そのまま最初の一匹の喉笛にダガーを突き立てる。


おそらく即死だろう半魚人の結末は見届けずに、メアリさんはそのまま続く二頭に向かう。体を沈めると同時に足払いを仕掛け。二頭目は三頭目の前に倒れ込むように転倒した。ぎょっとして足を緩めた三頭目。メアリさんはその脇を音も無くすり抜けたあとに、血しぶきが飛ぶ。だがそのときにはメアリさんはさらに移動し、転倒した二頭目の半魚人にダガーを突き立てているところだった。


三頭がほぼ同時に虹色の泡に変わる。華麗だ。


「紫色魔法ーー紫雷時雨」


わたしはいかづちの魔法を発動させ、さらに湖からあがってきた後続の5頭に向けて魔法の雷を落とす。弱点属性の雷撃の奇襲を受けた半魚人たちは一斉に虹色の泡に変わる。


ところで、わたしが魔法を使える人だっていうことを、3年かけてお屋敷の皆に少しずつ頑張って浸透させた。その結果、いまは将来有望な魔法師の卵なのだという評判をもらっている。


だからこうしてわたしが中級魔法を使ってモンスターを倒してみせても、不自然じゃないんだよ! まあ上級魔法をばんばん使ったらさすがにマズそうなので、その姿は見せないようにーーというのが、今のわたしの魔法使用におけるガイドラインだ。


メアリさんはダガーを回収し、わたしを背にかばいつつ構えた。


「このあたりはモンスターはほとんど出ないと聞いていましたが、ブルーサギハンの群生とは、妙ですね」


突然のモンスターの襲撃に、メアリさんも違和感を覚えている。さっきまでは、モンスターの気配などまったくなかったのだから、当然だろう。


おそらくこの半魚人たちは、召喚魔法で喚び出されたのだ。あの銀髪の生首に。そういう魔法があると、授業で習ったことがある。召喚魔法で喚び出されたモンスターを戻すには、モンスター自身を倒すか、召喚契約を破棄させるか、召喚魔法を使った術者を倒すかすればいい。


今回はたくさんのモンスターが召喚されているので、術者を倒すのが一番いい。召喚契約は術者しか内容がわからないので最初から除外。そしたら召喚モンスターか術者を倒すことになるけれど、モンスターはたくさんいるし、術者はひとり。だから術者を倒すのが効率が良いのだ。どうにかして術者を探し出して仕留めなきゃいけないけれど・・・あの銀髪の生首が召喚魔法の術者ということでいいと思うんだけど、なぜわたしたちを襲うんだろう?



きゃぁああああっ!


そのとき、遠くから絹を割くような悲鳴。チェセたちも半魚人に襲われているのだ。向こうには護衛騎士アセレアがいるからそうそう心配はいないだろうけれどーー、ここに術者がいないいうことは、向こうに行っている可能性? いえ、向こうからも術者の気配は感じない。きっと湖の底に潜っているのだ。どちらにしろーー


(バウ!)


わたしは自分の影に潜っているはず暗黒狼の従者ーーバウに向けて念話を飛ばす。


3年前に主従契約した精霊の眷属である黒狼のバウは、今もわたしとともにいる。


護衛と偵察が仕事と言いながら、ここ3年はそういうたぐいの荒ごとはほとんどなく、わたしの話し相手になってくれたり、おやつをあげると尻尾を振ってよろこんだりと、ほとんどワンコ状態になっていたけれど、久しぶりの仕事だ。


(あるじ。お呼びか? 眼の前の魚どもを食いちぎってやればよろしいか?)


(こちらはメアリとわたしで対処するわ。それよりもあっちのチェセとアセレアを助けてあげて)

(御意に)


そして影から気配が消える。バウは影に潜ったまま移動して、向こうを助けに行ってくれたのだろう。あの黒狼にはそういう特技がある。


おそらくあちらにも召喚された半魚人が現れたのだろう。アセレアも腕利きの騎士だしそうそう遅れは取らないと思うけれど、非戦闘員であるチェセを守りながらだと厳しい戦いを強いられるかも知れない。バウが助けられるならそのほうが安心だ。


向こうの手当はこれでよし。なのでーー


「メアリ。向こうも気になるかも知れないけれど、まずはこちらをたおしきってしまいましょう」

そうすれば、召喚魔法師が出てこざるを得なくなるからね。


「ええ。向こうはアセレアに任せます。守りに徹すれば、彼女はそうそう崩れません」


言いながら、メアリさんがまとうエテルナの動きが変わった。何か技を放つつもりだ。


前衛職がよく使う、体技と合わせて放つ特技は、魔法に比べて初出が早い。


「特技 風乱刃!」


メアリさんが腕を交差させた構えから、舞うように振り抜いたダガーから斬撃が飛んでいく。一刃では終わらず、二刃、三刃と積み上がり、10を超す斬撃が半魚人の群れへと突き刺さる。陸にあがってきた半魚人の半数がその特技で虹色の泡に変わった。


さらに連発できるタイプの特技らしい。メアリさんが技を放つたび、半魚人の群れが派手に吹っ飛び消えていく。


わたしは雷の矢で討ち漏らした半魚人を撃つ。殲滅までそうたいした時間はかからなかった。


「・・・来ないね」


わたしとメアリさんは戦闘姿勢は崩さずにその場にとどまっていた。そうしていた時間は数十秒に満たなかったはずだけれど、緊張していたから長い時間に感じられた。



だがそのうち、湖面がざわめき、あちらこちらで魚が逃げるように水面で跳ね出した。同時に、湖の底にあったエテルナの反応が、強くなった。そして急速にこちらに向かってくるのを感じる!


ざばり、と湖面を割って出てきたのは、やはり先程の白いドレス、銀色の髪の少女だった。


生首じゃなくて、ちゃんと体はついていた。さっきは光の屈折魔法を使って体を隠していたんだろうか。


見た目は14、5歳といったところ。


わたしよりは年上だけれど、お姉さんという感じはあまりしない。


さきほどは閉じていた瞳は、今は開かれていて、勝ち気そうな鋭く青い瞳がこちらを見ている。


「あたしの可愛いしもべたちをあっさり片付けたのはおまえたちじゃな!


おぬし! 『不可知の小公女』じゃろ! 『つぶやけ精霊』で人気で『じぇむさ』5K超えの! ふ・・・ふん、見目は悪くないようじゃの! だっ、だが、わらわほどではない! つけあがるでないぞ!」


びしりとわたしに指を突きつけて、その銀髪の少女は言ってくる。


え・・・なに? 言われていることがほとんどわかんないんだけど・・・?


「な・・・なによ! なんじゃおぬし! 『すんっ・・・』って塩反応してからに! せっかく褒めてつかわせたのじゃ、もっとこう喜ぶとか、なにか反応があるじゃろう! きーっ、お高くとまってみせおってからに!」


えー・・・。勝手に話を進められて、怒られてるんだけど、わたし。すごい理不尽じゃない?


「あのー、おこらせちゃったみたいでごめんなさい。でも、お話がまったくみえないんですけど・・・」


「あーもー! おぬしこそ、ここに何しにきたんじゃ! 魔王トーナメント本戦にも出ずおとなしく消えたと思ったら、こそこそわらわの縄張りを荒らし、挙げ句の果てにわらわの可愛いしもべどもを壊滅させてくれおってからに! うむ、決めたぞっ! おぬしらは、ここでわらわが成敗してくれるわ!」


あー、魔王トーナメント関係者かー。そんな気はしてたんだよ、うん。


可愛いしもべどもを壊滅って、そっちが先に襲ってきたんだから、正当防衛だと思うんだけど。


だが話をする間もなく、銀髪の少女が戦闘態勢に入る。エテルナが高まり、突如として彼女は巨大化ーーいや違う。


湖の水が、銀髪の少女を中心に集まり山のように盛り上がっている。


その高さは建物よりも高く、太陽の光すら遮ってしまう。わたしは見上げるばかりだ。


「押し流されるがいい!」


山のてっぺんに浮かび上がっていた銀髪の少女が、勢いよく両腕を振り下ろす。


どどどっ、と瀑布が小島の岸を叩く。大質量の水が荒れ狂い、わたしたちが立っていた場所も含め、岸をごっそりと削り取っちゃった。すごい威力だ。直撃していれば、生命は無かっただろう。

わたしはメアリさんにお姫様抱っこしてもらって、倒木しなかった木の枝の上にあがり、水没から免れていた。


メアリさんには申し訳ないが、また精神支配の魔法で操らせてもらっている。ちなみに、先手を打って、銀髪の女の子との会話を始めたところから精神支配の魔法をかけさせてもらった。


銀髪の少女は宙に浮いたまま、敵意をあらわにわたしを睨みつけている。


「一発をかわしたぐらいで、いい気になるのはまだ早いぞ?」


銀髪の少女は魔法を発動させる。言葉に違わず、複数を、連発して。


今度は水塊、高波、水竜巻が襲ってくる。さらに隙間を縫って水の刃がひっきりなしに迫る。


なるほど、ここは完全にあちらのフィールドってことね。


炎の盾を呼び出して彼女の魔法を相殺したり、足場にしている木が倒されるたびに別の木に飛び移って足場にしていたけれど、彼女の魔法は終わらない。これではすぐに残った木もなくなっちゃう。


こちらから攻めないと、キリがない。


「青色魔法 水面滑飛」「緑色魔法 飛々加速」


支援魔法をわたしとメアリさんにかけ、そしてすでに湖と一体化してしまっている小島へと木の上から飛び降りる。既に地面は水没しているので、水面に着水。だが魔法の効果で沈むことはない。そのまま地面があるかのように、わたしを抱いたままメアリさんが水面の上を駆け、銀髪の少女へと突進する。


「なめるな! 速さに任せて突っ切るなどかなわぬわ!」


わたしたちと銀髪の少女の中間、水面が垂直に盛り上がって壁のようにそそり立った。行き場を制限された先に、水竜巻と水の刃が襲いかかる。


わたしを抱いたメアリさんは両足の靴のエッジを効かせるように急停止して直角に方向転換。足裏に浮かぶ魔法紋で水しぶきをあげながら水面を滑り、体勢を低くして片手をついて、水竜巻の隙間をくぐり抜ける。ふう、あぶなかった。たしかに速度だけで突っ切ろうとするのは甘い考えだったらしい。反省だ。


「黒色魔法 黒槍 六連」


わたしはお姫様抱っこされたの姿勢から、魔法を行使。空中に魔法の黒槍が浮かぶ。


そして、わたしは、メアリさんの腕の中から飛び降りる。ここからはふたりで別行動だ。


わたしは水面を魔法ですべりつつ右腕を思い切り振り、周りに浮かべた黒槍に命じる。


征けチャージ!」


わたしのエテルナによって生み出された6本の黒槍。今回のは、刃の鋼鉄の質感、持ち手の長柄の装飾もこだわった特別製だ。魔法はイメージによって威力が上乗せされる。放った黒槍は、敵の水壁や水竜巻を砕き、ぶち抜いていく。うん、だいぶ視界が開けたね。


「・・・・・・!!!」


銀髪の少女は防御魔法を使った迎え撃とうとしていた。湖面が蠢き、水は巨大な華のつぼみを象る。強力なエテルナが籠められた花弁は、ひとめ見るだにわかる、強力な防御魔法だ。


もしもう少し時間があって、エテルナの充填が間に合っていたなら、わたしの黒槍も防げていたかも知れないね。


ドスッ!


黒槍の5本は水の花弁に弾かれてしまったが、一本だけが、まだ未完成だった水花弁の防御魔法を突き抜け、銀髪の彼女の腹部を貫いて飛び抜けた。


向こう側が見えるような拳大の穴が彼女の体に空き、赤い血が吹き出る。人間だったらそのまま死んでいてもおかしくないけれど・・・。


「・・・カハッ! や、やりおるではないか・・・」


宙に浮いていられなくなった銀髪の少女は落下するが、水の花弁が生き物のように動いて彼女の体を優しく受け止めた。さらに花弁を絞りこみ、守りを固くする。あの大規模な防御魔法を維持できているということは、彼女は見た目ほど傷ついていないということだろう。


「くはっ・・・混色魔法 霊輝癒水」


わずかな輝きのあと、むくりと銀髪の少女は水の蕾のなかで起き上がった。腹部の風穴はすっかりふさがっている。癒やしの魔法はわたしよりも上手いかも知れない。


「あれだけの魔法で攻撃したのに、ぜんぶさばくなんて、本当に、ニンゲンか・・・? でも、これで終わりだとは思うなよッ! まだ攻め手はあるのじゃ!」




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