第50話 私は本殿を前に大きく深呼吸する
私は本殿を前に大きく深呼吸する。周りを見渡すとみんな準備はできたようだ。本殿の裏に回った田中と高橋も大丈夫よね?
ん? 2礼2拍手1礼でいいのよね? 慌てて一番近くの長君の方を見たが、長田君は早くやれと右手を振って促してくる。
チッ、使えない奴! 私は心の中で毒づき、覚悟を決める。
大きくお辞儀をした後、両手を開いて柏手(かしわで)を打つ。その音が、神呪の森に響き、私は深く頭を下げた。
「どうか、中高生ダンスコンクールで優勝できますように……」
(やっと、ここまで来ましたね。私は待ち焦がれてましたよ)
頭を下げた私の中で懐かしい声を聞いた。この声って、私が前世の記憶を思い出した時に聞いたもう一人の私の声……?
(何なの? 今更!)
(ここに来てもらえないと、元の世界に返せないのよ。この六星剣の場所こそが、私が「アメリーナ王国の花嫁」のインスピレーションが湧いた場所。唯一、あの異世界につながる場所なの)
(異世界?)
(そうよ。あなたの前世。アメリーナ王国の花嫁の世界)
(はーあっ、あんな世界、未練なんてないわよ!)
(もう遅いの、きりきり舞いでどうにも止まらない!)
そう聞こえたと同時に、本殿を囲むようにご神体が光を放ち、地面に魔法陣が浮かびあがった。田中君のセリフって何か魔法を発動させる呪文なの?
(一体、何が起こっているの?! )
(今、異世界とこの世界の時空が繋がったの。あなたの魂のアンナ・ガルシアの部分だけ、前世の世界に返すの。ここに揃ったメンバーは、あなたが薄々は気が付いているとおり、みんなアメリーナ王国の登場人物の生まれ代わりなの。みんな無念の思いで死んだから、無意識のうちに私に協力してくれたみたい。ここに来てあなたを中心に昴を形作るなんて……。特にシンディ・エルテは前世の記憶まで蘇っちゃったし。でも、大丈夫よ。私とアンナがこの世界から消えれば、その記憶もまた忘れ去られるから)
(なに言ってるのよ。ダンスコンクールはどうなるの? ここまで練習したのに)
(それは大丈夫。あなたたち、いえ杏奈たちは全国大会で優勝するわよ。全国的に注目されて越山町も有名になるし、杏奈たちだってテレビとかに引っ張りだこ、今年の紅白で山本リンダのバックでダンスをすることになるわ)
(待ってよ。私はどうなるのよ? また、首を刎ねられに戻るわけ!! いい加減にして欲しいんだけど! 大体、あなた何者なの? 無断で私の頭の中に入り込んできて!!)
(そうね。私は「アメリーナ王国の花嫁」の世界の創始者、神なのよ)
(あなたが神?)
(まあ、立場上、神になっちゃたんだけど、ただの「アメリーナ王国の花嫁」の作者よ。世界の理(ことわり)っていうのは人の想像を絶するものなの。私が創った物語に読者の気持ちがシンクロして強大になっていくと、その思いがやがて別の時空に虚構の世界を作り上げる。説明は省くけど量子論の超ひも理論は正しかった。目に見えない異世界は私たちのすぐ隣に在って、大勢の思いが観測者となって異次元世界を確立させている。
神となって初めて気が付いたのよ。
実は、この現実だって思っている世界だって初めは誰かが紡いだ物語だったかもよ?)
(……信じられない……)
でも問題が在ったの……。みんなの思いが強くなればなるほど作者のコントロールが効かなくなる。
私だって、びっくりしたわよ。私が作り出したキャラクターのはずが、私の意思を無視してかってに動き出すんだもの。何度も軌道修正しようとしたんだけど……。アメリーナ王国が滅びることになって……。それで、もう一度、リベンジさせようとアンナを転生させるプロットを書いていたところで、交通事故にあって死んじゃったみたいなのよ。
車に引かれたところで記憶が無くなっていて……、気が付いたら異世界のアメリーナ王国の創造神に祭り上げられてたの。てへっ)
(てへっ、じゃない! それで私を一旦現代に転生させて、再び戻すことにしたのね。今までのことは全てあなたの筋書き通りってわけね)
(その通り、ほら、大体、現代知識とストーリーの先読みのせいで、チートで生まれ変わるって云うのが悪役令嬢物語の鉄板じゃん。異世界に戻ったあなたが記憶を思い出すタイミングもちゃんと考えていて、なんと貴族学園に入学式でーす!)
はーっ、そのタイミングで何ができるのよ。罪を断罪されて、ギロチンが落ちてくる寸前じゃなくてよかったけど……。
私はすでに強い光に包まれていて、もう、意識が飛びそうだ。でも諦めない、まだ抵抗しないと。だって無理だって!! 大勢の人が望む結末を変えるなんて……。
(私の現代知識程度じゃ、ストーリーだって変えられない!! チートな魔力だってないんだから!!)
(だから失顔症のままなんじゃない。アンナ、イケメンに弱いから……、のぼせなければ頭使って交渉できるでしょ。手相と八卦も役に立ちそう……。あっ、そうそう美晴杏奈の失顔症はアンナがいなくなれば治るから。それに、あなたはローマニア帝国の陰謀を阻止する新たな六星剣を集める最初の一人となるの)
交渉術と手相と八卦占いってそこはどうなの? ちゃんとした未来視ができる魔法の方が良くない。いかにもしょぼそうなんですけど……。
でも、確かに私は違和感を、ずーっと感じていたのよね。この世界に私の居場所はないって……。
(神様! あなた、実はこの越山町の出身なんでしょう? それで杏奈たちはダンスコンクールで優勝して、越山町は有名になるのよね)
(それは間違いないよ。私、これでも神様だから)
そっか、杏奈たちコンクールで優勝するんだ。越山中も全国から注目を浴びるし、この昴神社も参拝者が大勢来たりして……。だったら、もういっか……。
杏奈はしっかりしているから私がいなくても大丈夫よね。それに失顔症だって治るって。良いこと尽くめじゃない……。
――杏奈、絶対に幸せになるんだよ。もう一人の私なんだから……。
――私だって幸せになるために、もう一度運命に抗ってみるから!
そう呟くと私の意識は遠のいていった。
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