第28話 ビデオを持って戻ってきた長田君に

 ビデオを持って戻ってきた長田君に、私は指示してビデオを回させます。

 私はビデオの前で、先ほどと同じようにダンスを踊る。足を上げるのも、パンツまでは写らないように、角度を調整しておもいっきりセクシーに決めてみます。

 どお、長田君を悩殺できたかしら?

 さらに、ステップや振付を変えて、何度も長田君にダンスのビデオに撮らせて、その度ごとにビデオをチェックする。大体、頭でイメージした動きを体もトレースしています。

 ボディコントロールは完璧だわ。

 そうして、私の約15分程度のイメージビデオが完成した。


それでは脳みそと体が神経じゃなく、針金で繋がっている人に反省を促しますか!

私は長田君の歩行訓練の様子をビデオに収め、長田君に見せた。

「ねえ、なんで猫背で俯き加減になるの? だめでしょ。視線は真っ直ぐ、足裏で床をしっかり押すの! そして背中、腰じゃあないのよ。鳩尾の裏側、ここを反るの!」

「おかしいな~。自分ではそうしているつもりなのに?」

「脳と神経が繋がってないのよ。解る? 何度も反復して、何回も繋げることで、神経を太くしていく努力をするしかないのよ。一回繋がった神経回路も使わなければ、無くなってしまうんだからね! 勉強も一緒なの」

「うん。そうだね」

「そうだ。神経が早く太く繋がるようにするために、火責めとかすればいいかも?」

 私は、悪そうな顔でにやりと笑う。

「ち、ちょっと待ってよ。それって反射だよね。神経伝達は脊椎までしか行ってないんだから、脳みそには関係ないよな」

「ちっ、へんなところで記憶力が良いんだから。でも、ほら人間って追い詰められると、隠れていた力が解放されて、凄いことになるかもよ」

「美晴さん。それ、マンガの見過ぎだよ」

「まあ、仕方ない。何時まで経っても出来なかったら、この人類の進化の過程のビデオを、早送りやコマ送りにして、ユーチューブにアップするわよ!」

「わ、わかったから、それだけはやめてください」

 長田君は、そこで私に向かって、ジャンピング土下座を敢行する。

「ほほっ、だったら、早く出来るようになることね。それから勉強の方もね」

 私は勝ち誇ったように、扇子を口元に当て笑うのだ。

 あら、いつの間にエクスカリバーを抜いたのかしら? 条件反射って怖いわよね。


 ――長田君サイド――


 美晴さんの教え方はとにかく厳しい。何が酷いって言葉嬲りが。

「このバカ! 受け狙ってんの? ちっとも笑えないんだけど!」そんなことを言いながら、さっきから肩が震えている。

「この龍宮バカ! スリーXなんて、物体Xがフィバーしてるわけ?!」

龍宮バカって言うのは、絵にも描けない例えようのないバカのことらしい。

「アホんだら! 脳みそ混ぜて、ブレンドにしたろうかい!」なんか大阪弁が混じっているような、せめて合わせみそとか言ってください。そうかと思うといきなり、インテリ発言もする。

「無始無終バカ! 永遠にムシゴロシの年号、ループしとけ!」

無味無臭? 害が無くていいんじゃないかと思ったけど、始まりが無くて終わりが無い、いわゆる無限バカということらしい。

「もう、本当に、無双バカよね。バカ一直線!」

 そう言われると、なんか無敵で強そうな気がするんだけど……。


 そうかと思うと、ダンスの時は擬音ばかりを駆使してくる。

「背筋をスッと伸ばして、ダンと床を踏むの。グッと踏み込んだら、床からガンと跳ね返ってくるから、全身がブアッとせり上がってくるでしょう!」

「……?……」

 僕が黙り込んでいると、

「あーあっ、もう言っても分からないんなら、見るしかないか?」


 そう言うと、僕に視聴覚室からビデオを借りてこいと、命令してきた。確か部長は僕だったはずなんだが? まあ、膝もガクガクしてきたところだから、喜んでいきますけど……。一息付けると、部室から出ようとすると、後ろから罵声が飛んできた。

「こら、背筋を伸ばして、親指の付け根で、床を押すのよ。類猿人!」

 類猿人? ああっ、猿に似た人っていう意味か!

 僕が、先生に事情を話して、やっとビデオを借りて来ると、ビデオで美晴さんの姿を撮れと命令してくる。

 ダンスを踊る美晴さんを撮ると、その出来栄えを美晴さんは僕の隣で覗きこんでくる。顔が近い、僕は内心焦るのだが、美晴さんのその瞳は真剣そのものだ。

また、同じように踊りだすのだが、さらにその踊りは進化を遂げている。


その手足を伸ばし、縮め、そして休めるその姿は、まるで妖精のようだ。静と動、陰と陽、その正邪を併せ持つ美晴さんの本質は、ダンスの中でしか見ることはできない。

僕はそのビデオを編集して、美晴さんプロモーションビデオを制作することにしたのだ。

編集時間六時間、やっと完成した15分ほどのプロモーションビデオは、僕の周りで、僕の動向に目を光らせている「美晴さんの純潔を守る会」に脅し取られてしまった。

そのビデオが数十枚ダビングされ、越山中地下マーケットで、高額で売買されることになってしまったのは、僕の預かり知らないことである。

そして、もちろん編集の段階で、僕の進化の過程ビデオはユーチューブにアップされる前に削除しておいた。美晴さんがレッグホルダーから扇子を抜くときは本気なんだ。あの人は、やるときはやる。

そんな仕打ちをされたのに、扇子をもてあそぶ美晴さんは、妖艶な年上のお姉さんに見えて、遥か高みに立つ高嶺の華に見えるのだ。


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