第26話 美晴さんじゃあ何を言っているのかわからないわ

「美晴さんじゃあ何を言っているのかわからないわ。部長の長田君はどう?」

「えっと、何時から僕が部長になったんですか? 僕の一存では……、やっぱり、美晴さんに色々と事情があるようだし」

 僕は振られた話を、また美晴さんに振り返す。山本先生も何か思案しているようだった。

「三好真理さん。この件は、私が預かるということでいいかな? あとで私の所に来るように。雄二君は顧問の先生の了解を得ること」

 山本先生がなんとかこの場を治めてくれた。

 まったく、三好っていうやつは、自分の影響力を考えずに行動するな! なんで、私が底辺まで落ちたのか、意味がなくなっちゃうでしょ。

 なんとか、再びいじめ戦争が勃発することだけは、避けられたみたいね。


 ――長田君サイド――


 職員室では、美晴さんの独断場だった。ダンスに批判的な先生たちを、他の部活と社会的損失という尺度を使って比較することで、単なる思い込みだということを証明し、さらに、この世の中には絶対的に健全で有益なものはないと証明して見せた。結局、健全で有益と思われる物でも、それと付き合う人の心が得え一つで、不健全で害悪に変わると論破してみせ、先生たちからダンス部の創部の許可をもぎ取ってしまった。

 まあ、僕にはハードルが高い中間テストで平均80点以上取るという条件付きだったんだけど……。僕が足を引っ張ることが確実だ。

 それにしても、美晴さんって、なんでこんなにディベートが得意なんだ。都会の人って、いつもこんなことやってんのか? 確かに美晴さんの前の学校は、私立の進学中学だったから、高校の入試対策で討論とかの勉強もやっていたのかな。最近では面接に集団面接やグループディスカッションがあるところもあるからなあ。

 まあ、なんにしてもよかった。部室も使用できるようになったし。

 それで、長いこと使われていなかった教室を掃除していると、三好兄妹がやってきて、入部希望だと飛んでもないこと言ってきた。

 もっとも、美晴さんはいじめのこともあって、すぐにNOの回答をしていたけど、山本先生は回答を保留にして、預かりということでこの場を治めていた。

 それにしても、ダンス部の部長が僕だとは、晴天の霹靂(へきれき)だ。確かにポスターには、代表者って書いてあったけど……

 どちらにしたって、ダンス部は美晴さんによる美晴さんのための美晴さんの部だ。

 僕に決定権があるわけではない。でも、三好真理さんはすっごい美人で、一年生の中でも一番人気があって、誰からも好かれている越山中のアイドル的存在だ。

 美晴さんと真理さんが、二人でダンスを踊れば、それは凄い光景になるとは思うんだけどな。

 でも、そうなると、僕が二人を独り占めすることになるのか?

 現実的じゃないな、これは。絶対に死亡フラグだ。僕のような凡人が望んではいけない結末のような気がする。今後の平穏のためにも三好兄妹には近づかない。きっと、美晴さんもそうするはずなんだ。


 :**********************


 なんやかんやで、やっと得ることが出来た平穏。まあ、私はシカトされつつも、実害がないレベルで学校生活を続けています。

取り敢えず困るのは、体育の時に二人組になってと言われた時だけです。

 でも、ダンス同好会については、思ったより風当たりが強い。他のクラスの子が、いきなりぶつかってきたと思ったら、私の顔を見て、怒ったように言葉を吐き捨てていく。

「そんなところに突っ立ってると、邪魔になるのよ。この不良が!」

「そうそう、ダンスなんてする人は、どうしようもなく爛れた生活をしているのよ」

「なに、やっぱり、ビッチなの? キモ長田相手にダンス? ダンスに寝技なんてあるのかしら?」

「都会の人は、進んでいるらしいから……」 

 もお、聞くに堪えない、いえ、私の口からとてもいえない下ネタです。


 悪いんだけど、偏差値30台の人たちが見るような雑誌のネタを本気にしないでよ。一部の悪目立ちする人たちの生活が、都会のスタンダードってわけじゃないんだから。

 もっとも、そんな情報を欲しがるあなたたちも、頭が悪いことを証明しているのよ。最近は真面目な雑誌は売れないらしいから。

 そう言えば、視聴率を取るためには三タンが大事だって言っていた人気プロデューサーがいたわね。確か、「簡単、極端、大胆」だったかしら? この人たちに教えてあげたいわ。あなたが面白いって感じる情報って、バカにも分かる表現で、極端に振られた常識で、小さなことを大袈裟に言っているだけだって!

 そう考えると、このくらいの誹謗中傷、聞き流すなんてわけないわ。だって、全部嘘なんですもの。聞いているの! そこのあなたに言っているのよ! 都会の女学生は、男連れて、おしゃれな服を着て、素敵な店に毎日出入りしている訳じゃないのよ。大部分の学生は、毎日毎日、学校と家を往復しているだけなんだから!

でも、クラスの中には変ってきている人もいるのよね。


なにやら、私の周りに男子がちらほら、やってくるようになってます。

どうやら、三国さんや江坂さんが私との会話を邪魔するほどの価値もない男たちの様ですけどね。

うーん、私は顔の良し悪しがわからないから、誰とでも平等に付き合えるんだけど、ここに居る男子って、女子の眼中にはないタイプ? 

だったら、ダンス部に誘ってみようかしら? でも、バカだと困るし、手相では頭の良し悪しと違って、テストの点は占えないし。ちょっと試してみようかしら。


「ねえ、神奈川県の県庁所在地ってどこだっけ?」

「神奈川県? 神奈川市じゃないか?」

「大体、神奈川ってどこにあったっけ?」

 なに、こいつら神奈川県の場所もよくわからないのですか?

「ほら、東京の南西にあるでしょ」

「ああっ、横浜の隣にある県か!」

(ばか、神奈川県の県庁所在地が横浜市なの! この人たちって、愛知県と名古屋市の位置関係もきっと分かってないわね。これはダンス部に誘う訳にはいかないわ。校長に出された創部の条件、平均80点以上がさらに遠のいてしまう)


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