第25話 えへへ……

「えへへ……」

 長田君、「えへへ」じゃないのよ。これはとんだところに伏兵が現れました。手相でも頭はあんまり良い方じゃあなかったのは確かだけど、「御意に」って言っちゃった私って、やっぱり未熟です……。

「長田君、勉強の特訓もするわよ。でも、今日の所は部室の掃除ね」

「うん。わかったよ。それにしても美晴さん凄かったね。なにを言ってるのかよくわからなかったけど」

「別に大したことじゃないわ。議論って感情論的になるけど、対象の比較とそれを計る尺度をはっきりさせれば、大抵は論破できるわよ」

「あれか、他の部活の比較と社会的損失っていう尺度ってやつか?」

「そう、尺度は具体的で、数値化で来る方がより説得力があるんですけど、まあ、社会的損失の金額まで調べる時間がなかったしね。

例えば、よく議論されることで、お金と時間はどちらが大切かって言うのがあるでしょ。長田君ならどっちが大切?」

「時間かな。時間はお金で買えないからね」

「なるほどね、この議論で大体、争点になるのは、時間がお金で買えるか買えないかを、事例を挙げながら、感情的に話しあうことが多いわね。でも、これじゃあ比較検討する基準や尺度がないのよね」

「お金が基準になってないかな?」

「違うわよ。例えばね、今勤務している会社から、通勤で2時間通う家賃の安いアパートと通勤に30分しかかからない家賃の高いアパートと、どちらから通っていますかっと言った時、お金と答えた人も、時間と答えた人も大部分は、家賃は高いけれども、近い方から通っているのよ」

「だから、時間が大切なんじゃないか? でも時間はお金で買えるから、お金が大切とも言えるのか?」

「そこで、誰にでも比較検討できる尺度が必要になるの。そこで、発想を変えて、大事じゃなくて、犠牲に出来るかということを尺度にすれば、比較しやすくなるのよ。

例えば、会社の近くに住むってことは、仕事にしろ、プライベートにしろ充実させたいって気持ちがあるってことでしょ。言い換えれば快適な生活を送りたいということよ。だったら、それを尺度にするの。その尺度だと、お金はその手段であり、時間そのものは目的であると言えるわ。だって何かをしたいことには時間が必要で、タイミングを外せば、二度と出来ない場合もあるんだから。

 だから、私は時間が大事よ。もっとも人それぞれだけどね。すべてを犠牲にして、通帳の0の数が増えていくことだけが、楽しみっていう人もいるからね。

でも、私の場合は、何かするためにお金は犠牲に出来るけど、時間を犠牲にすると、そのやりたいことが出来なくなるもの」

「そっか、なるほどな。今のは僕でも納得できたよ」

「これが、相手を納得させる議論よ」

「ふーん、そうなんだ」

 もっとも前に生きた時は全ての行動原理は世系のためのみ、だからみんなシンプルだったし、爵位こそが尺度だったんだけど……。こんな小娘が偉そう言えるのは自分がその頂点にいたから……。

 私と長田君とこんなことを話しながら、山本先生に付いていき、ダンス部の部室となる空き教室についた。


空き教室のカギを開け、山本先生から使用方法についての注意を受ける。まあ、物を壊すなとか、綺麗に使えとか、使用しないときはカギをかけるとか、私物は持ちこむなとかである。

 もちろん、CDとCDプレーヤーについては、部の備品として持ち込みの許可を申請しました。

 そうして、埃の積もった部室の掃除を始めた時に、男女のペアが部室を覗いていることに気が付きました。ひょっとして入部希望者かもしれない。力いっぱい優しくしないと。


「なにか、ご用ですか?」

「……あの……、ダンス同好会の部室ってここですよね」

「ええ、そうよ。それで、ダンス同好会になにか用ですか?」

 なに、この子ハッキリしないな。


「ほら、聞かれているぞ。ちゃんと答えないか、真理(まり)」

「あの、私、昨日、美晴さんが渡り廊下で、ダンスを踊っているのを見て、凄く綺麗だなって……、それで、私もダンスを習いたいんです」

「やだ、昨日、踊った所を見られていたなんて」

「そういうことらしい。俺は見ていないからわからないんだけど、妹が言うには、引き込まれるぐらい凄かったって、それで妹だけじゃなく、俺も出来るなら、ダンスをやってみようかなって。部員募集していただろ」


 なになに、私の気まぐれ、やや、八つ当たり気味に踊ったダンスで、部員が兄妹で二人も入ってくれちゃうの? 興奮したところで、山本先生が不思議そうに言葉を掛けて来る。

「三好君、あなた、野球部はどうするんです? 野球部では一年からレギュラーで、時期エース候補なんでしょう」

 えーっ、こいつ三好なの。まさかの雄二君! それは絶対にかかわりたくない。

 それに、三好君の妹ってことは、けっこう美人さんなの? まさかこの人たち、何か企んでいるんですか? 表情がわからないから、言葉の裏読みとかもできないんですよね。

 何とか手相を見せてもらわないと。

「いや、俺も野球が好きなんだけど、このままだと試合で勝てないって言うかさ……。

俺、もっと上を目指したいんだけど、もっと厳しい練習をしようとすると、みんな嫌がるし、和気あいあい、ぬるい部活の方が楽しいっていうのが、部全体の意見でさー」

なるほど、部活の社会的損失原因の一つですね。部活をリクレーションの一つとしてしか考えてなくて……。こんな奴らが、別の楽しいことを見つけるとそっちの方に行っちゃう。その楽しいことが悪いことなら、悪の道一直線なんですよね。

「でも、顧問の先生とも話し合ってきめないとね。美晴さんもそう思うでしょ」

「うん。三好雄二君なら入部はお断りします。それから妹さんも同じです」

「私もダメなんですか? 部に入っていないのに……、どうして?」

「いやほら、三好君の妹となると、他の部員が……。いやダンス同好会の発足自体が危ぶまれる……」

 三好君との接点を持つ妹の真理さんが、ダンス部に入る? 問題が大きすぎるでしょ。

 一年生とはいえ、三好君が好きな女の子からは注目されているでしょう。

変に勘繰られ、将を射んと欲すればまず馬を射んって、妹に取り入って、三好君を落とそうとか、勝手に思われたらどうするのよ。シカトの対象が部活にまで及んで、他の部員が入ってこられなくなっちゃうでしょ。


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