第24話 な、なにを!
「な、なにを!」
私は、何か言いかけた校長を無視して、話を続ける。
「その場合、ダンスをしている人の犯罪率や社会的問題など、まあここは、社会的損失という物差しを使わせていただきましょうか。その社会的損失は、例えば、野球をやっていた人やサッカーをやっていた人と比べて高かったのですか?」
「き、きみ、何を言っているんだ?」
「だから、ダンス部の部員は野球部やサッカー部の部員と比べて、不良になる割合が高いというデーターがあるのですか?」
「そんなデーターなんて」
「データーを出していただかないと議論になりませんよ。もし、ダンス部より野球部の方が不良になる割合が高いのなら、ダンス部がだめなら、野球部もダメだという理屈になりますから」
「いや、野球やサッカーは、そもそもスポーツを通して、健全な生活を得るという目的が……」
「さあ、どうでしょうか? 先ほど、健全という言葉が聞こえたようですが、世の中で、完全に健全な物ってあるのですか? わたしは、それこそ幻想だと思うんですけど」
「そんなことはない。健全な物はある」
「それは例えば、太陽とか水、それとも酸素かしら」
「そ、そうだ。人間の生活には、必要不可欠だ!」
「先生、太陽は、今、オゾンホールの損失で、紫外線が問題になっていますよね。皮膚癌の原因らしいですよ。それに水は水難事故はゆうに及ばず、水分の取り過ぎで中毒症をおこします。また、体中のナトリウムやマグネシュウムなどの物質が排出され、細胞内の濃度が低下し、最悪死に至る場合もあるとか。
それに、酸素はすべての物質を酸化させてしまいます。錆はもちろん、人間の老化は酸化が原因ですしね。それから、この国の主食であるお米、コメを主食にしない国と比べて、一割以上糖尿病になる確率が高いらしいです。お酒なんかいうに及ばず、飲酒事故に、それにまつわる犯罪、これら社会的損失を経済効果で考えると、大変なマイナス金額になりますよね。
先生の理屈だと、これらの社会損失より、ダンスの方がその影響は高いということになるんですが? そもそも健全な物など幻想で、どこにもないというのに」
「な、なに屁理屈を! 必要なんだから、害悪にならないように、付き合い方に気を付けてだな……」
もう、ここまで来たら、私の独断場だ、私は口元の扇子を校長に向ける。
「その通りです。物事に対してどう付き合うかは、付き合おうとする本人しだいです。
ダンスにしたって、野球にしたって、その他のスポーツにしたって成果を出している人は最初から志と心構えが違うんです。いかがわしいことを考える志の低い輩は、ダンスだって下手なんです。
私は違います。これだけ虐められ白い目で見られるているのに、ダンスを通して、みんなに私を認めてもらいたいと思っているんです。こんなに真剣にダンスと向き合っている私たちが、ダンスで風紀を乱すなんてはずがないのです」
もちろん半分は嘘です。別に越山中の人に認めてもらわなくても結構。でも権威が認めたとたん、今まで下げずんでいた人が掌返しをしても、寛大に受け入れてあげるわぐらいの気分ですから。
「……」
いじめ問題まで出したのに無言ですか? あなたたちの理論だと、虐められる側にも問題があるんでしょうか?
もう一押しです。さあ、学校という特殊な環境から一度も抜けたことがない、大人になり切れない子供たちの先生たちに、救いの手を刺しのべてあげます。議論で論破したあと、救いの手を差し伸べて、ディベートは完成するのです。
「私の努力しようとする場さえ、前例がないと取り上げてしまうのは……。お願いします。許してください」
議論は私の圧勝。そしてお願いするという立場で手を差し伸べる。
先生というのは、教育という名の元、形のない理想を押し付けられ、出口のない迷路を右往左往する哀れな人種。要求すればサービスの枠がどんどん広げられ、でも、本当の問題が解決するわけでもなく、さらに要求がエスカレートする。
それは、一体なにを目的に、何に向かっているの? そして全体としてなんの成果を得たの? そんな答えは誰にも分らない。取り繕うだけの対処主義がはびこっている……。
それは、きっと誰もが健全なものなんてないことに気付かず、幻想に踊らされ、理想という得体の知れない物との健全(・・)な付き合い方が出来なくて……。
私は、乾いた喉を悟られないように、扇子を口元に戻し唾を飲む。
沈黙が流れ、その沈黙に耐えられないように校長が、言葉を口に出す。
「君たちの言い分は、分かった。では、君たちの心意気をためさせてもらおう。今度の中間試験で、ダンス部全員の平均点が80点を超える様なら、ダンス部の発足を許可しよう。
認められるための努力をすると言ったね。なら、まずは点数を上げて認められてみたまえ」
「……御意に……」
私、校長の挑発を完全肯定しちゃいます。
あら、王様とケルンとマリアのことで、口論になった後、マリアの真意を測ることを命令されて、自信満々に言った言葉じゃない。
でも、嫉妬で目がくらんで、まさかマリアがスパイだったことまでは調べられなかったけど……。マンガの伏線には色々気がついていたのに、くそっ、あの時はまだまだ未熟でした。
臨時の職員会議が終わり、私は、山本先生からカギを受け取った。
「美晴さん。今日の会議はなかなか有意義だった。そうだな、色々外野が、あれが良い、これをしろとか言ってくるけど、与える側がその気でも、受ける側にその覚悟が無ければ、何一つ成功しない。なんか成果も見えないのに、取り繕ってばっかりだった」
「まあ、先生、文句を言う方は言いっぱなしですから」
「美晴さん、しかし、美晴さんは言いっぱなしという訳にはいかないぞ。長田の学力じゃあ、平均80点は厳しいぞ。あなたが、全教科百点をとっても、平均すれば、60点ぐらいになるな」
はーあっ? 長田君の点数って20点ぐらいってこと~!
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