第20話 今日の美晴さんはすごかった

――長田君サイド――


今日の美晴さんはすごかった。登校してきた時は、他のクラスの女子を引き連れ教室に入って来るし、しかも、美晴さんについて来た女子の目は、まるで美晴さんを殺そうとしている狂気の目だし。

よく、美晴さんは平然としていられるんだ。僕だったらあれだけの人数の殺意の目にさらされたら、確実に心臓が止まっているところだ。

他のクラスの人は、別のクラスに入ってはいけないという校則があるので、僕は教室の端からその目を見ただけだったが……。あの目を至近距離で見ていたら、今日生きて教室を出る自信がない。

さらに、2時限目が終わった休憩時間にどこかに行ったかと思ったら、びしょびしょになって教室に帰ってきて、ロッカーからナップサックを抱えて、また教室を出て行った。

それで、3時限目が始まっても教室に戻ってこない。

どうしたんだろうと考えていたら、戻ってきた美晴さんは体操服に着替えていた。

それで、遅れた理由を聞かれた美晴さんは、白々しく蛇口から凄い勢いで水が出たって言い訳をしている。

どう蛇口をひねったら、そんなにびしょびしょになるんだよ。絶対おかしいと僕は思ったんだけど、先生はその理由に納得して授業を始めてしまった。

そのせいかもしれないけど、休み時間は美晴さんの周りに集まる女子たちが、かなり数を減らしている。

おかげで、3時限目の休み時間は平穏に過ごせたんだけど、今度は昼休みには廊下が凄いことになっていた。今までは男子が数人、美晴さんを見に来ていたみたいだったけど、今は女子が群がって、凄い目で美晴さんを睨んでいる。

その中を悠々と出ていく美晴さん。

しばらくして、教室に帰ってくると、めちゃめちゃ機嫌がよさそうだ。

そして、森さんと美晴さんが二言三言は話したかと思うと、黙り込んで何かを思案している。そして、僕の方を向いて話しかけてくるのだ。

「手を出して」と突然言われた。どうすればいいんだろうと考えたが、無邪気な表情の美晴さんを見て、僕は無意識に幽霊の手のように腕を突き出していた。その手を掴むので、僕はもう心臓がドキドキしてたぶん顔は真っ赤にのぼせていただろう。

 女の子と手を繋ぐなんて何年振りだろう。思わずびっくりして手を引こうとする僕を、「手相を見るだけだから」とさらに、手を引き寄せ顔を近づけてくる。僕は恥ずかしさで美晴さんのキレイな顔や髪を正視することも出来ないでいた。

 そして、しばらく唸っていた美晴さんが突然話し掛けてくる。

 僕の手相に何かあったんだろうか?

「明日の放課後、空いているかしら?」

 ああっ、昨日の約束の事ね。僕は、一瞬息が詰まりそうになったけど、これはアレだよね。何か用事があって、聞けるのが僕しかいないから声を掛けて来たんだよね。

 それで、用事を聞こうとしたら、「ちょっと、恥かしいしから」だって、「明日、言う」って、ここじゃあ、人に聞かれて不味いことなのか?

 逸る自分を制して、過去の僕と未来の僕を招集しようとしたら、すでに過去の僕がでてきていた。

過去の僕「お前は、振られることに関しては、百戦錬磨の恋愛指南役だろ。なにを慌ててるんだ。ばか! どうせ、誰かに告るために、お前から情報を聞きだそうとしているんだよ」

現在の僕「確かに、森さんとの話の中で、三好君の名前が出ていた」

過去の僕「だろ? お前は、とにかく騙されないように、女性の言葉の裏を読め! そして、警戒しろ!」

 速攻で結論が出た脳内会議は、僕に、「と、とにかく、あ、あしたは空けておくよ」と言わせただけだった。


 **************


私の昼からの授業は平穏だった。

どうやら、私と長田君が付き合っているという噂は、長田君の前に座っている男子や、私の前に座っている森さんが、あっと言う間にクラス中に広めてくれたらしい。

というのも、5限目の休み時間や放課後など、いままで女子が陣取っていた長田君の周りに男子がやって来るようになっているのだ。

しかも、長田君、「よかったな」とか言われながら、結構本気で、背中とか肩を叩かれていた。

前の席の男子なんか、露骨に「お前、美晴さんと付き合うことにしたの?」とかストレートに聞いている。

それに対して、長田君は、「そんなことないよ」とか「なんか、美晴さんが聞きたいことが在るみたいで」とか言葉を濁している。

まあ、私は我関せずで、相変わらず小説を読んでいます。こうやって、無言のバリアを張っていれば、私に話しかけてくる人もいないしね。

それでも聞き耳を立てていると、長田君の周りの男子の話が聞こえてきます。

「美晴さんって、男の趣味が悪いよな」

「まったく、よりによって、長田なんて」

「もっといい男が、周りにいるのに……」

「まあ、三好に取られなくてよかったよ」

「そうだな。長田なんて、すぐ飽きられそうだし」

「長田、美晴さんに嫌われないように、下品なことするんじゃないぞ」

「よし、ここで、美晴さんの純潔を守る会を発足しよう!」

「「「「賛成!」」」」

 なになに、私の趣味が悪いですって? 私にとっては誰が来たって同じなの! みんな、へのへのもへじだしね。あなたたちが名前を出した三好君だって同じだから。でも、三好君相手なら敗北を認めるんだ。男ならいい女が居れば自分から行くべきでしょ。なにが起こるか分からないのが人生なんだから、試合終了のホイッスルが無い人生は、諦めたらそこで試合終了よ。

 あれ、話が私の純潔を守る会の発足に行っているわ。

 ふふっ、これってあれね。モテてない男子たちが結束を立てて、俺たちはいつまでも友達だとかいう訳の分からない同盟を結んだ挙句、同盟を反故にした男子に制裁を加えるために、相手の女子を女神に祭り上げて、不可侵にするという美しい男の友情が展開されるやつですよね。 

 あくまで、フリの私にとっては、都合の良い展開だわ。これで長田君は私に指一本触れることができないもの。

 もっとも、長田君がそういう性格じゃないから利用させて貰ったんだけど……。

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