第19話 私は職員室からの帰り道、ルンルン気分で

 私は職員室からの帰り道、ルンルン気分で、二年一組の階段を挟んだ隣にある空き教室を覗いてみた。今は鍵が掛かって入れないけど、ここから、私はスターダムに上り詰めるのです。明日からCDプレーヤーを持ってこなくっちゃ。それから、家に帰ったら、さっそく、ポスターを書かないといけないわね。八月の全国大会まで、あと四か月、死に物狂いで練習しなくちゃいけないわ。

 その前に、4人の部員を見つけなくっちゃ! それが難航しそうなんですけどね。

 浮かれたまま教室に帰り、自分の席に座ると、前に座っている森さんが、私に声を掛けてきました。

「美晴さん、何かいいことでもあった?」

「別に何もありませんよ」

「そう、あまり調子に乗らないでね。三好君はみんなの物なんだから。周りでうろつくと、酷い目に遭うわよ」

「そんな気はないから、安心して」

 まったく忠告なら、水をぶっかけられる前に言って欲しかった。

「私だって、こんなこと言いたくなんだから……」

 そういうと、森さんは、前を向いて、自分の前の女の子とおしゃべりを始めていた。

 あれ、なんか声のトーンが下がっている。いくらヒール役の私でも、こう立て続けにひどい目に遭えば、さすがに同情を集めてしまいますか? まあ自分がいじめの標的にならないように、足並みをそろえている人が大部分でしょうしね。

 実際に、自分の手を汚してまでとなるとなかなかの大物です。それに森さんには昨日物差しを突きつけています。私との格の違いも分かったんでしょう。うんうん。そうやっておとなしく、私をシカトしていればいいのよ。これで私の相手は、三好教の過激派だけですよね。

さて、この過激派の矛先を変える大いなる一手が有るにはあるんですが……。それは、私に返ってくるダメージというか、風評被害というのも大きいのですが……。どうしましょう。

 えーい、私は、今、この時代や次の転生で幸せを掴むために、この世界で自分を磨かないとダメなんです。派閥争い? 男の取り合い? そんなもの眼中にないんです。


私は、意を決して長田君に声を掛けます。

「長田君、手を出して」

 長田君は、少し戸惑った後、おっかなびっくり私に向かって幽霊のように手を垂らして両手をつきだしてきた。全く女の子に手を出すのにこんな出し方をするなんて? 普通ここは私の手を取るように出してくるのが普通じゃない?

 私はその手首を掴むとこちらに引き寄せて掌(てのひら)が上になるように捻じ曲げた。

「ちょっ、ちょっと……」

 長田君の声、おびえているようね別に何もしないのに

「大丈夫、手相を見るだけだから!」

「て、手相?」

 そうよ。もしあなたが私に危害を加えるような手相なら、この後の話は無し。だから

「ちょっと、黙っていて!!」

 減るもんでもないのに、ごちゃごちゃ言いそうだから、きつく言って黙らせる。用が終わればすぐに開放してあげるわよ。

 私は手の平に顔を近づけて、長田君の掌を観る。あれ、どんなに目を凝らしても、手相の基本線である生命線も頭脳線も感情線も薄くてほとんど出ていない。すぐに人に依存して自分では何も決められない優柔不断タイプね。何でも言うことを聞いてくれる便利な人だったけ? それに生命線の薄い人は、自己否定感が強くてM気質だったはず。

 そして、心配していたストーカー相は全くなし。掌全体がふっくらしているのに細かいしわが多い。誠実でいい人ポイけど苦労が絶えないって、他人に振り回される人生を暗示しているわ。

 味方としては頼り無いけど、私の言うことを何でも聞いてくれるなら、この作戦に持ってこいだわ。

 そういえば、当たってないと思って、昨日は無視していたんだけど、私って運命線が一本手首から中指に向かってまっすぐに伸びてているの。それに、生命線と頭脳線の起点が大きく離れているから自己中かつ下げマンだったわけよね。まったく自覚はないんだけど。

これって前世の性格が、今世の手相に反映しているのかしら? もしそうだとしたら、因果応報な手相ってことよね。

手相って人生の設計図。今世で前世の因果を持った手相を努力によっていい方向に変えていく。その手相を来世に持っていくとしたらちょっとロマンチックよね。

私ってなにを考えているんだろう。いくら私が前世の記憶を持っているからって……。

そういえば、私って掌の真ん中に十字の線があるのよ。これって目には見えないことを信じるスピリチャル相なんだって。


話が飛んでしまったけど、過激派の矛先を変える一手を、長田君の手を取ったまま発動します。

「長田君、明日の放課後、空いているかしら?」

「うん、ちょっと待ってね。……たまたま空いているよ」

「じゃあ決まり、放課後ちょっと付き合って!」

「わかった。なにに付き合えばいい?」

「それは、明日に言うわ……。ちょっと恥かしいから」

 私は、ちょっと顔を赤らめてみせる。

 すると予想通り、長田君は焦りまくって返事をくれる。しかも、ちょっと噛んでるわよ。

「と、とにかく、あ、あしたは空けておくよ」

 予定通りに会話が進んでいます。長田君、手相の通りの性格ですね。それに、この会話は、きっと周りの人も聞こえているはず。

 そうです。女の子のステータスは付き合っている男によって決まるのです。

 このクラスで彼女もいない、しかも、女の子に2度もキモいと念押しされる。きっと、いえ、間違いなく、いや、絶対に長田君は、このクラスの男子のヒエラルギーの最底辺に間違いありません。

 さっきの意味深な会話、きっと、私と長田君が付き合っていると、周りの人たちは勘違いしている筈です。そうすることで、私は長田君と同じヒエラルギーの底辺に、自ら落ちていくのです。どうだ! 私の足を引っ張りたかった女子諸君。私は自ら野に降(くだ)ったぞ!

 もし、前世のケルンにもこの覚悟があったなのなら、次期アメリーナ王国の王の座を捨て、マリアの身分まで落ちて、駆け落ちでもしていれば、アメリーナ王国の滅亡という事態は避けられたのに……。バカなあいつの手相を、一度じっくり見てやりたいところです。

ふんふん。胸を反り返す私。いや、今更ケルンに説教しても遅いんですが。

 ただし、あくまでフリですからね。フリ。長田君。あなたは周りと違ってそこのところは勘違いしないように。この年頃の男の子って、8割がた自分に話しかけてきた女は自分に気があるとか勘違いするらしいのよね。長田君に限っては残り2割の方よね。手相から言って!

ドゥ ユー アンダスタン?

 私は、ちょっと心配になって、長田君を見る。

 ――あーっ、私は、人の表情が読めないんだった。


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