第18話 ――イジメラレテナイワヨ
「――イジメラレテナイワヨ」
なに、今、喋っている人って三好君なの? そう言えば、このイケボ間違いなく三好君だわ。なんで私は関わり合いになるのよ。神様、偶然って怖いよ!
思わず、セリフが棒読みになっちゃたじゃない。
「いや、絶対に虐められているだろ? なんか、以前に同じような場面に出くわしたことがあるんだ。実際にあったかどうかもわからない昔なんだけど」
「気のせいじゃないの? 記憶にないような昔なら、幼いころの話でしょ。さすがに、保育園児は靴を隠したり、水を掛けたりしないわよ」
「だよなー。テレビでみたドラマの印象が強く残っているのかな」
「きっと、そうでしょ。ほら、終わったわよ」
私は三好君の傷の手当が終わり、三好君に声を掛けた。その時、チラっと見た三好君の手相は、なるほど、頭脳線が切れて、運動神経は抜群、何より目立つのは人差し指の付け根にあるソロモンの輪、天才肌で信者を増やし、カリスマと呼ばれる手相を持っている。
それに、感情線が二股になっているから、人情味と冷静さを兼ね備えている、少年漫画によくある暑苦しい熱血野郎でもない。
「ありがとう。助かったよ」
なんて、爽やかなお礼なんでしょ。普通の女子ならイチコロね。でも私は違うわ。三好教異端児としては、これ以上あなたにかかわりたくないのよ。
「別にお礼なんていいわよ。それより、今朝のお礼はこれでチャラにして貰っていいかしら?」
「ああっ、あんなこと気にしてたのか? わかったよ。これでおあいこだ」
爽やかに言い放つと、三好君は保健室を出て行った。
私は廊下の気配を伺い、頭だけ出して、廊下の左右を確認する。まったく、三好君と保健室で二人きりって、誰かに見られたら、さらにいじめが激しくなって、ダンス部を作るどころじゃなくなっちゃうわ。
彼、ダンス部に欲しい人材なんだけどな……。
私は目撃者を警戒するあまり、次の授業に少し遅れてしまった。
後ろのドアから、こっそり教室に入ったのだが、そこは授業が始まっていて、シーンとしている教室です。すぐに私は山本先生に見つかってしました。
そうです。この時間は、担任の山本先生の理科の時間でした。
「なんだ、美晴さん。あなた、授業に遅れてきて。おまけに、なんで体操服を着ているんです?」
「あの……、お手洗いで、手を洗おうと蛇口をひねったら、凄い勢いで水が出てきて、頭から水を被ってしまって……。それで、保健室で制服から体操服に着替えていたんです」
「そうですか、わかりました。今度からは、教室の誰かに言ってから行くように」
「はい、わかりました」
お願い、山本先生、難しいことを言わないで、たとえあの時、お手洗いの周りに同級生が居たとしても、私には見分けがつかないんだから。
それにしても、私の発言で先生は救われましたよね。上履きを隠されたとか、水をぶっかけられたとか、私が騒いだら、たとえおざなりとはいえ、調査のためアンケートを取って、事実の確認をしないといけないんですものね。
事実なんだから、犯人探しもしないといけないし、動機の追及も必要でしょう。あーあっ、私なら面倒事が一気に増えて、転職したくなるレベルです。
ふふっ、山本先生、ここは貸しにしておきます。
私の表情が悪そうに崩れたのだろう。山本先生が私を当てて来た。
「美晴さん。なにかいいことでもあったの?」
「はい、先生、ここは貸しということで」
「はっ、貸し?」
あっ、しまった! 心の声が漏れてしまいました。
「いえ、元素記号って、どうやって覚えたら覚えやすいかなって考えてて……」
「そういうことなら、まだ、元素の話に入ったばっかりですが、スイ、ヘィ、リー、ベ、ボ、ク、ノ、オ、フネ……。っていう覚え方が在りますね。また、必要になったら教えてあげます」
ふふっ、私は知っているのだ。ナナ、マガ、アリ、シッ、フス、クラ、アク、カ……ってやつですよね。有名中学の入試には簡単な化学式が出ますので、当然、私は予習済みです。これでうまく誤魔化せましたかね?
うん、上手く誤魔化せたみたいです。その後は追及もなく、たんたんと授業が進み、気が付くとお昼休みになっています。
休み時間は、少し私の周りの女子たちのガードが甘くなっているのかしら? その分男の方のガードは固くなっているようですけど。
でも長い昼休みには、廊下の方では、いままでの男の子たちの集団に交じって、女子が何人もいるようです。
きっと、今朝の上履きの件が発端ですね。
あーあっ、クラスの中に敵がいると思ったら、クラスの外にも敵がいるって、これがいわゆる内憂外患(ないゆうがいかん)ってやつですかね。
お父様も、間抜けな王子様のおかげで、苦労が絶えなかったことでしょう。
でも、私にはやらなければならないことがあります。お弁当を食べ終わった後、廊下に群がっている生徒たちをかき分け、職員室に向かいます。
鉄は熱いうちに打て! さっきの貸しを利子を付けて返済してもらいます。
「山本先生、ダンス部を作りたいですが、まだ、部員が5名集まっていません。それで、掲示版へ部員勧誘のポスターの掲示の許可と、空き教室の使用許可を頂きたいのです。
ついでに、先生、ダンス部の顧問になって頂けませんか?」
「ついでって、美晴さん。あまりにも急な話ですね。私にも色々と用事が在りますし、空き教室といったって、実体の無い部では許可できませんよ。部員を集めてから、もう一度いらっしゃい。ポスターの掲示については許可しますから」
そう言われると思っていました。部活の顧問って面倒くさいですもんね。しかし、私には秘策がある。前世の貴族仕込みの交渉術。相手の失態をその場では見逃し、後日の交渉の席で持ち出し有利にことを進める。先生、生徒に貸しを作るものではありません。
「先生、今朝のずぶ濡れになった件なんですけど……、実は……」
「ああっ、そのことね。いや、あれは美晴さんが自分で水を被ったことにして……」
先生、被ったことにしてって、もう別の誰かにされたことに気が付いていますよね。
「だ・か・ら、みんなと仲良くしたいなあーと思って、ダンス部を立ち上げたいんです」
「わ、わかったわ。教室の許可について、2年1組の隣にある空き教室を使っていいわよ。顧問の件は考えておくわ……」
先生、最後の方は、良く聞こえませんでしたので念を押しておきますね。
「先生、顧問になって頂いて、ありがとうございます。わたし、絶対に5人の部員を集めて見せます」
私はにっこり笑って、山本先生に返事を返します。
「あっ、あーあっ……」
なんか、声のトーンが沈んでいるんですけど、いずれにしろ言質は取りました。
「先生、それでは、失礼します」
私は、完全勝利宣言をして職員室を出た。
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