第15話 学校に向かういつもの坂道も
翌朝、学校に向かういつもの坂道も、ダンスの基礎鍛錬という目的が出来たので、休まないで一生懸命登ります。そして、息も絶え絶えに校舎に入り、下駄箱に行くと、なんと私の上履きが無くなっているのです。
私の「庄田君、かっこいいよね」発言で、教室での口撃や無視してハブる心理的嫌がらせから、物を取る物理的嫌がらせに変わった? でも、大丈夫です。これはアンナがマリアにやったこと、当然、想定内の出来事です。
私は学校指定のリュックから、替えの上履きと取り出し履き替えました。そして、外履きをそのシューズ入れに入れて、カバンの中にしまいます。これで外履きが隠されることは有りません。
それにしても、私があなたたちのコンプレックスを除いてあげようと色々考えてあげているのに、まったく異分子を排除することに必死になって、自分たちの問題の根幹を探そうともしないし、それを克服する努力もしない。
それでは、まったく進歩がありません。
はーっ、進歩が無いついでに言わせて貰えば、隠された上履きは、すぐに見つかるんだけど、手の届かない場所に隠されている筈です。だってマリアにしたアンナがそうだったのですから。
私は校舎の階段や廊下を歩きながら、庇(ひさし)になった屋根の部分を注視します。
やっぱり有りました。二年生の教室が並ぶ廊下の中ほど、庇の上に、上履きが放り投げられています。さすがに教室側だと、犯人がどのクラスか特定されてしまいますから、私の想定通り、割とすぐに見つかって、なかなか取れないところに在りましたね。
さて、どうやって取りましょうか?
廊下を歩く生徒たちは、途方に暮れる私と庇に乗っている上履きを交互に見て、通り過ぎて行きます。
きっと、にやにやしながら通っているのでしょうけど、私には誰が誰だか、その表情もわかりません。笑われる方がまだましです。
これはキツイです。誰ひとり頼る相手も分からず、愚痴る相手もいない凄い孤独感です。これは知らない場所で途方に暮れる孤独感です。ここは私の学校なのに……。
私、これからこの学校や地域のために頑張ろうと思っていたのに……。ちょっと、泣きそうになりました。
そんな時、私に声を掛けてきた男子が居たのです。
「どうしたの? なにかあった?」
身構えて、声の方に振り返った私は、そこに立っている背の高い男子を見ました。
背が高いけど、顔の良し悪しの判断がつかないわ。でも、声は優しくってイケボです。
思わず口元を手で隠した私。扇子が使えればよかったんだけど……。泣きそうになっていたことは気付かれてないよね。
「ほほほっ、上履きが、なぜかあそこに在って、どうやって取ろうかなって考えていたのよ」
ほほほって、男の子に声を掛けられて、なに余裕を見せているのよ。ここは、か弱い少女ぶって同情を引き、上履きを取ってもらうのが定石でしょうが!
「へーぇ、なんか、あまり困って無いようだけど?」
「めちゃくちゃ困ってるんですけど! あれがないとおかあさんに怒られるし、大体、被害者の私が怒られるって理屈に合ってないし」
「あれ、君、被害者なんだ。誰かに上履きを隠されたとか?」
「断言は出来ないわね。上履きがひとりでに歩いていって、あそこで、日向ぼっこしているかも知れないですし」
この会話、誰に聞かれているかもわからないので、あくまで、犯人が居ることは断定しません。だって、チクって倍返しとか怖いもの。
「上履きが一人で歩いて行くわけないだろ? 誰を庇っているのか知らないけど、そこまで言うなら、俺が上履きを捕まえて、良く言い聞かせてやるよ」
そういうと、イケボの彼は、2年3組の教室に入り、掃除に使うモップを取って戻ってきた。
なんか、2年3組の女子が、「キャー」とか「うらやましい」とか騒いでいる気がする。
そして、イケボの彼は、ギャラリーが増えた中、窓から身を乗り出し、モップの柄を上履きに突っ込もうと手を伸ばしているのです。
「あぶない!」
窓から身を乗り出しすぎて、バランスを崩した彼の腰に、思わずしがみ付いてしまった私。
「よっと、ありがとう。ほら、取れたよ」
私の目の前に、上履きを差し出すイケボの彼。私はしがみ付いていた腰から手を離し、彼からしっかり距離をとります。ここに来て、初めて受けた優しさに戸惑う私。
「あ、ありがと……」
「ああっ、もううろうろしないように、上履きに、よく言って聞かせたから」
声が笑っているから、きっと、にっこり笑っているのよね。爽やかな笑顔に違いないわ。
私の目の前で、へのへのもへじの口元から白い歯が覗き、キラッと輝いている。あっ、戸惑いから、急に気持ちが冷めたかも知れない。
「それじゃあ、もう上履き無くすなよ」
彼は後ろ手に手を振って、私とは反対の方に歩いて行く。
「こんどお礼をします。名前を教えてください」
「大したことじゃない。困ったことがあったらいつでも言ってよ」
声を掛けた私の方を見向きもしないで返事を返すと、イケボの彼は2年1組の教室に入っていった。
しまった、手相を見せて貰えば良かった。きっといい人に違いないもの。そんなことを考えてほっこりする私。でも、そのギャラリーの中に、草書の山中が居て、鋭い視線で私を射抜いているのに気が付いていたなら、イケボの彼が誰なのか、私は気が付いていたかもしれない。
そして、上手く対処していれば、物理的嫌がらせは、これで終わっていたかも知れない。
後になって考えてみれば、そりゃそうだよね。上履きを隠した相手が、こんな美味しい目にあったら、次からは絶対に見つからないところに隠すよね。
マリアの時もそうだったもの。もっとも、マリアは最初から、ケルン王子を頼っていたけどね。だから、アンナも次からは、絶対みつかならない焼却炉とか、校外の山の中とか池の中に捨ててましたからね。
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