第10話 美晴さんが難しい顔をして

――長田君サイド――


 美晴さんが難しい顔をして、教室に戻って来て、自分の席に着いた。

 これは、きっと山本先生にきつく叱られたんだろう。慰めたほうがいいのか? いや、さっきの会議で、僕にとりわけ関心があるわけじゃないと結論がでたはずだ。

 しかし、ここでポイントを稼げば、僕にも明るい未来が……。

 そんなことを考えている内に、次の授業のチャイムが鳴って、先生が教室に入ってきた。

 そして、授業に集中していると、また僕の机の上に手紙が置かれたのだ。美晴さんの方を見ると、美晴さんが不安そうに僕の方を見ている。やっぱり、山本先生にこっぴどく怒られたんだ。

 僕は慌てて手紙を開いた。そこにはクラスの席次表と、「両想いなら両矢印 片思いなら片矢印を書いて。他のクラスの子なら、枠外にクラスと名前を書いて矢印を付けてね。それで、席次表、出来あがったら返してね」と書かれた付箋が、張られていた。

「……?……」

 なんだかわからないけど、クラスの恋愛相関図を書けという事か? まあ、そのくらいなら訳ないことだ。僕はサムズアップを美晴さんに返した。

 すると、美晴さんは、満面の笑みを僕に返してくれたんだ。


 美晴さんの要求に、僕は期待に沿うことができるだろうか? 実際のところ、自意識過剰な僕は、クラスの人間関係については深い洞察力を持っている。噂話に対してアンテナもかなり高いし。ただし、僕自身が噂の対象になったことはない。いや、本人の噂はなかなか本人には伝わらないだろうし。

 ダメだ。こういうところが自意識が高いっていうんだ。僕は頭を振って、席次表に両矢印や片矢印を書きこんでいく。さらに別のクラスの男の子の名前とかも書き加える。

 こうして改めて見ると、このクラスって3分の1ぐらい両思いなんだ。それに、二年一組の三好雄二君は相変わらずモテているな。彼氏のいない女子の半分ぐらいは、三好君狙いじゃないか。

 そして、最後に自分の所を書こうとして、ハタっと考えた。

 まさか、これは僕の気持ちを知るために、美晴さんが考えたカモフラージュ? 

 僕のところから、誰宛にどんな矢印が出るかが、実は美晴さんの最大の関心事?

 ならば、僕はどうすればいい? このまま白紙で出すか、それとも、美晴さんに向かって片思いの片矢印を書くか?

 僕は再び、脳内会議の招集した。


過去の僕「なんだ、何回も呼び出すなよ」

現在の僕「そんなことを言うなよ。美晴さんから来たクラスの恋愛相関図で、僕の所をどう

書けばいいか相談したいんだ」

過去の僕「そんなもん、白紙だ、白紙! なあー、未来の」

未来の僕「白紙にしておけば、その後の美晴さんの反応で、美晴さんの気持ちが分かるな」

現在の僕「そうだよな。どうして、和田君の所は何も書いていないの?って聞かれるかな」

過去の僕「そんな過去があったかよ。こちらから動いて、相手に何かアクションがあったことなんて! たしか、自分から噂を流した美香の時だって、結局、向うからは何の反応もなくて、恥ずかしくなって自分で噂を否定してもみ消しただろうが!」

現在の僕「だ、だよね。だったら、思いきって美晴さんに向かって片思いの矢印を書くか?」

未来の僕「それだけは止めてくれ。悲惨な未来しか見えてこない!」


 僕たち三人は、がっくりと膝をついた。

 そして、僕の所は空欄のまま、一縷(いちる)の望みを賭けて、美晴さんに席次表を返したのだった。


 ******************


 しばらくすると、やっと長田君から席次表が帰って来た。休み時間まであまり時間がありません。やっぱり使えないか? しかし、戻ってきた席次表は見事な恋愛相関図になっている。意外と長田君のアンテナが高いことを見直している。あれ、見直しているってことは、私は長田君を相当低く見積もっていた?

 まあ、そんなことはどうでもいいです。全部覚えきるのはとてもできそうにありません。大事な所だけさっと確認しておきましょう。

 それにしても、クラスの三分の一が両想いですか……。羨ましい、いえ、ド田舎のくせに生意気です。ますます、遺伝子が濃くなって、一〇〇年後には、私みたいな失顔症だけでなく、地域の人みんなが似たような顔になって、誰も見分けが付かなくなるんじゃないですか? 私みたいな新しい血を、積極的に取り入れないとねえ……。

 こほん、話が逸れました。まずゴシック三国はなんと庄田という男子と両想いです。それに、明朝江坂も田中という男子と両想いです。草書書きの山中はっと、ププッ、予想通り、片思いです。なになに、相手は、二年一組の三好雄二ですか。それに、この三好って言う人に、彼氏のいない女子の半分ぐらいは片思いじゃない。

 さて困った。三好君からからめ手で山中を攻めようにも、下手に攻めるとクラスの女子の大部分を敵に回してしまいます。

 そして、今度は右前の方に座っている庄田君と田中君の方を見ます。

 うーん。後ろ姿だけではかっこいいのかどうか分かりません。でも、前からみても同じですよね、私の場合は……。

 まあ、とにかく、長田君はいい仕事をしてくれました。今日のお弁当で持ってきたデザートのプリンをあげようかしら?

(アンナは、席次表の長田君の所は、華麗にスルーして、また長田君の内心をぐちゃぐちゃとかき乱すようなことを考えているのでした)

 うん。天の声? それとも幻聴? なんていったか良く聞こえなかったわ。


 2時限目の終了のチャイムが、再びこのクラスの女子と私のバトルを始めるゴングとなります。

 まあ、私は自分探しの旅に出るのですが。

「美晴さん。あなた、扇子はどうしたの? もう出さないのかしら?」

「先生にきつく注意されたんでしょ。扇子、没収されたとか?」

「お気の毒、あなたが扇子を出した時には、一瞬焦ったけど、所詮はこけおどしの道具よね」

 誰かが何かを言っていますが、そんなことは知ったことではありません。まあ、扇子は貴族の家柄というバックボーンがあって、初めて実弾になるわけで、現代ではおっしゃる通り、ただのこけおどしです。まったく、実際に格差があるのに、平等とか公平とかを盾にする社会って窮屈で仕方ない。

 でも、あんたたち、ビビッてったでしょ。まあ私の場合は、本物の悪役令嬢でしたからね。あくまで前世ですけど。




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