第9話 教室を出た私は

 教室を出た私は、職員室の扉に貼ってある先生たちの席次表をしっかり頭に入れてから、職員室の扉を開け、服装と髪形から山本先生の見当を付けます。

 そして、山本先生の机に行き、緊張しながら声を掛けます。

「山本先生、美晴です。何かご用でしょうか?」

「ああっ、美晴さん。今朝、山中さんから聞いたのですが、扇子で山中さんの手を叩いたとか?」

「あの……、私が肩を叩こうとして、たまたま、山田さんが私の肩に手を置いたタイミングが一緒だったんです」

「肩を叩く? その割には山田さんの手、結構赤くなっていたわよ?」

「そうなんですか? 結構、強く叩きますからね。私、肩こりが酷くて……」

 そんな、扇子で叩いたぐらいで、そんなに赤くなるわけがありません。音だけは派手ですけど……。だから、大阪名物ハリセンチョップが受けるんですから。

草書山中のやつ、自分で抓(つね)って、赤くしたわね。まるで広島カープの達川みたいなせこいやつ。

「肩こりが酷くても、扇子を学校に持ってくるのはどうかと思うの。大体、生徒手帳にも書いてあるでしょ。勉学に必要ない物は持ってこないようにって」

「先生、私には扇子が必要なんです。ほら、肩たたき以外にも、私、アトピー肌で、背中のかゆい所を掻くときとか……、孫の手みたいに便利なんです」

「美晴さん。背中を掻くときには、私みたいに物差しを使えばいいでしょ! 良いですか!扇子は学校に不必要なものですので、没収します」

 あーあっ、声が怒っている。きっと、顔も険しいものになっているに違いないわね。でも、表情が分からないから、ビビることなく平常心で対応できるわ。

「先生、それだけは許してください。この扇子、亡くなった祖母の形見なんです。祖母のこの扇子、ロシアのロマノフ王朝時代から使われていた扇子で、うちの家宝なんです」

 私は、今にも泣きそうな演技をします。

 そこに、山本先生の隣に座っている先生が、私に助け舟を出してくれました。

「山本先生、ロシアのロマノフ王朝時代と言えば、貴族が全盛期の時で、美晴さんの先祖って、実は貴族じゃないんですか。そんな貴重な物を没収したとなると、美晴さんの家からの抗議とかあったりしたら、国際問題に発展しかねないですよ。ここは穏便に済ませた方が……。ほら、教師って、事なかれ主義が基本ですから」

「うーん。原田先生の言う通りですね。美晴さん。とりあえず没収は許してあげるわ。でも、学校には、二度と扇子を持ってこないこと。それから、今日はカバンにしまって絶対にださないこと。いいですか!」

「はい」

 私は、愁傷な顔で返事をして、やっと説教から解放されて職員室をでました。


 やっぱり社会の時間に考えた祖母の形見だという言い訳が効きましたね。それとも私が醸し出す高貴な雰囲気のせいでしょうか? 隣に座っていた先生、私の出まかせを間に受けて、私の弁護までしてくれました。やっぱり、教師ってバカですね。大体、ロマノフ王朝ってなんなの? 私だって良く知りません。たまたま、教科書で目についたから、出まかせを言っただけです。

それに、ロシアに革命が起きてソ連になったのは一九一七年、私の祖母が生きていた時代は、もちろんまだ祖母は生きているのですが、すでに土地や産業は国営になっています。確かに、祖父母は国際結婚で苦労したようですが、もはや日本でも戦後の高度成長期です。国際結婚も珍しくなくなり、祖母の家系がその昔、貴族だったという話も聞いたことがありません。

やはり、私自信の前世の貴族だった頃の面影がまだ残っていることが、わが身を助けたようですね。

 それにしても、扇子が学校で使えないとなると……。伝家の宝刀が抜けません。それどころか永遠に抜けなくなるなんて、まるで、台座に刺さった聖剣エクスカリバーです。

 扇子とともに、アンナ・ガレシアの扇子さばきという異能は、先生により封印されてしまいました。ついでに、アンナ・ガレシアも封印してくれると、私はもっと、クラスに馴染めると思うんですが……。

 それに、代用品が物差しですか? 確かに、人を指すには使えますが、物差しでは、口元を隠すことができません。どうしましょうか、これから……? 私は途方に暮れてしまいます。


 しかも、説教のため、ほとんど休み時間が終わってしまっています。お手洗いに寄ってから教室に帰りましょうか。そう考えてトイレに寄ったのですが……。

 そうです。この鏡で、私は前世を思い出したのです。今の私は杏奈とアンナの記憶が融合して、どちらの人格なのか私にもわかりません。アイデンティクライシスです。扇子さばきという異能を無くした今、新しい芯となるものが私には必要です。貴族だった私に扇子さばき以外に得意なものってあったかしら?

 そうだ! 私はこれから自分探しの旅に出ることにします。でもその前に、クラスの女の子には大人しくなってもらわないと……。


 私が教室に帰って、自分の席に座ると同時に、授業開始のチャイムが鳴りました。

 さて、まずは、クラスの女子に大人しくなってもらう策を練りましょう。

 私は、ちらっと横に座っている和田君を見た。こいつ、クラスの事業通と言えるほど、アンテナが高いのか? でも私が頼れる人間は長田君しかいない。


 私は筆箱から可愛らしい付箋を取り出して、その付箋に、「両想いなら両矢印 片思いなら片矢印を書いて。他のクラスの子なら、枠外にクラスと名前を書いて矢印を付けてね。それで、席次表が出来あがったら返してね」と書いて、席次表に張り付け、先生の目を盗んで、長田君の机の上に置きます。

 すると、長田君は驚いて私の方を見ています。メモの内容は分かって貰えたかな? 私は不安そうな顔で、和田君を見ます。長田君は私を見て、親指をサムズアップしています。

 よかった。分かって貰えたんだ。私はにっこり長田君に向かって微笑みます。

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