第8話 ――長田君サイド――
――長田君サイド――
今朝、教室にくると、三国さんが僕の机に腰掛け、一方的に、美晴さんに話しかけている場面に出くわした。何を話しているんだろう?
僕は、さすがに自分の席の方にはいけなくて、教室の出入り口の付近にカバンを抱えてどうしようか思案していた。すると美晴さんは、おもむろに内ポケットからバラが描かれた派手な扇子を取り出し、口元を隠して話をしだしたのだ。――扇子!?
その扇子裁きの優雅なこと、流れるような動作にはよどみはなく、まるで、どこかのセレブのお嬢様だ。
これはあれか? マウンドで、グローブで口元を隠して、バッテリーが話し合うような感じなのか。もっともこの教室には、読唇術が使えるような奴はいないと思われるのだが……。それに、話の内容は僕にもまる聞こえなのだ。
そんなことを考えていると、美晴さんは、三国さんののど元にいきなり扇子を突きつけた。それになにやら僕の名前も出ているようだ。
聞こえてくる会話では、僕の机に座っている三国さんに対して抗議しているようなのだ。
思わず腰を浮かした三国さんに対して、美晴さんの後ろから、美晴さん肩を掴んだ山中さん。ピシャと言う音が響いて、山中さんが手を押さえている。
美晴さんが、山中さんの手を扇子で叩いたようなのだが……。あまりの速さに僕の目には、扇子の動きがまるで見えなかった。優雅さと素早さを兼ね備えているその動きは、まるで武道の達人のようであった……。
美晴さんって一体何者なんだ。美晴さんのミステリアスな一面を見てしまった。
あーっ、美しいだけでなく神秘的だなんて、僕はますます美晴さんに興味が湧く。
何やら、美晴さんを取り囲んだ女の子たちが騒いでしたが、美晴さんは扇子を口元にたたえ、優雅な様子でわれ関せずを貫いている。
そのうち予鈴が鳴って、美晴さんを取り巻いていた女の子たちが、自分の席へと帰って行った。そして帰り際に、ものすごい形相で僕を睨むのだった。
なんで?
その理由はすぐに分かった。担任の先生に、山中さんが今朝のことをチクったみたいなのだ。可哀そうに美晴さんは職員室に呼び出しを喰らっていた。
僕は、先生にことのあらましを告げるべきだろうか? でも、帰り際の形相を考えると、女子のもめごとに男が首を突っ込むべきではないかな……。――でも、と考えていると、僕の机に美晴さんからメモが回ってきた。
ウインクをして、かわいいい笑顔で僕の方を見るから、てっきり、僕に弁護を頼む内容が書かれていると考えたのに、「和田君、休み時間に自分の席を離れないようにして、お願い♡」と可愛らしい丸文字で書かれていた。しかも文末には、ハート文字だ。
彼女は、自分のことより、いつも、休み時間に席を占領されている僕の事を心配して、手紙をくれたんだ。これは……、僕に気があるのか?
僕は、一生の宝物にしようと、美晴さんから来た手紙を大事にポケットにしまった。
そして、僕の脳内は現在の僕を相手に、過去の僕と未来の僕が会議を始めていた。
現在の僕「それでは、美晴さんから来た手紙の真意を探る会を始めたいと思います」
過去の僕「はい」
現在の僕「はい、過去の僕さん」
過去の僕「えっと、美晴さんからのメモの切れ端で一喜一憂して、こんな会議を開くなんて、
自意識過剰でしょう」
現在の僕「自意識過剰でしょうか? 手紙は確かにメモですが、そのメモは女の子らしいキ
ャラクターが描かれていて、それ用に用意されたもの思われますが?」
未来の僕「そうだ。これは、明らかに僕の気を引こうとする演出に違いない。明るい未来の
ためにも、ここはより親密になるため、お礼の手紙を書くべきだ」
過去の僕「二人とも、思い出せ! 自意識過剰が元で、僕に気が在ると勝手に思い込んで、女の子の気を引こうとした数々の黒歴史。それがことごとく無意味なものに終わった後の悶えるような羞恥心を!」
現在の僕「……」
未来の僕「あの過去が、未来でまた繰り返されるのか……」
過去の僕「いいか。今までの経験上、僕ごときに優しい人は、誰に対しても優しかたんだー!」
現在の僕「そうだった。あのやさしさは、決して僕だけのものではなかったんだ……」
未来の僕「あ、明るい未来が……」
膝から崩れ落ちる三人。
現在の僕「と、とりあえず、美晴さんの言う通り、休み時間はこの席を女子から死守する
ことにします……」
和田君の脳内で繰り広げられた会議は、明るい未来を臨む案が否決され、現在の僕が暴走してさらに黒歴史を量産することなく、一般的な結論に達し、閉会するのであった。
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