第7話 私はしかたなく、自分の机に向かって歩いていき

 私はしかたなく、自分の机に向かって歩いていき、そこでカバンを机の上に置きます。

 すると、私の周りに女の子が集まってきました。私の横の長田君の席が空いているのをいいことに、誰かが座って話し掛けてきます。

「美晴さん。貴方はね、話し掛けられた時だけ、返事をすればいいのよ! この身の程知らずが……」

「あっ、はい」

 あーあっ、思わず返事をしちゃったけど、最後の部分もしっかり聞こえたわ。

 身の程知らずってなによ。これはあれかしら、身分の高い者が話しかけた時のみ、身分の低い者が発言を許されて、発言をすることができるって言う貴族の作法かしら?

 前世では、私がマリアにそう言った時、「えーっ、それっておかしくないですか? わたし誰とでも、なかよくお話したいのに」って言って、さらに、私たちの反感を買っていたわ。

 反発してマリアと同じ轍は、踏まないのよね。この世界には身分差は建前上は無いようだし、これは正味、嫌がらせですよね。

 あーあっ、また始まった。異分子の脅威のための排除行動。私は、バイ菌じゃないって言いたいわ。

 それにしても、この声、この態度、これはきっとゴシック三国ね。その席は長田君の席でしょ。そちらこそ、作法をわきまえなさいっていうのよ。

 ドアのところで、カバンを抱えた長田君、顔の見分けがつかないけど、きっと長田君よね。席が占領されて、おろおろしているようだし。

 仕方ない。伝家の宝刀を抜きますか! 

私は、内ポケットに入れている扇子を抜き出すと、優雅に扇子を広げ、口元を隠す。

「ほほほっ、そうでしたわ。人と話す時は扇子を口元に隠して話すのが、礼儀でしたわ」

 ゴシック三国の隣にいる明朝江坂が驚いて話し掛けてくる。

「はーっ、美晴さん、それってどこの礼儀ですか?!」

「えっ、御存じない。これは、山の手の内側や、田園調布なんかの高級住宅街では、婦人たちがお互いに話す時の常識ですわ」

「……?!……」

 どうだ、明朝江坂。この情報はさすがに掴んでないだろうって、そんな事実は有りませんから。大体、扇子広げて話をする人なんて、昭和の時代にいた、小太りのおっさんが、顔中に汗を流しながら、「よっしゃ、よっしゃ」とか言って、煽っていたおっさんしか私だって知らないわよ。

 目を見開いて、口をパクパクしている周りのみんなを見て、私はさらに畳み掛けます。

「三国さん。そこは長田君の席でしょ。迷惑ですから、おどきになったら?」


 私はピッシッと音を発てて、扇子を畳むと、その先を三国さんの鼻先に向ける。

 気持ちいいー! 前世ではマリア相手によくやったわ。あまりいう事を聞かないと、首筋にあてがったりして、恐れさせてやりました。

 扇子の扱いにブランクはありません。

 ゴシック三国は、私の攻撃に思わず腰を浮かします。

 でも、そこで私は背後から、いきなり肩を掴まれました。反射的に返す扇子で、その手を打ちつけてしまいます。

「痛ったーいー!! 何も叩かなくてもいいでしょ。先生に言い付けるから!」

 この声、この雰囲気。崩し書きの山中か。しまった。こいつ、チビ、デブ、ブスの見た目はいじめられ子のはずです。ゴシック三国に保護される代わりに、その容姿を使って、あることないことを先生にチクって、敵対する相手を排除する。

 忍びです……、くノ一。身分の高い貴族なら警戒して当然なのに……。この世界の私には、護衛が付いていません。

 内心焦る私。しかし、扇子を持った無敵の私は、この程度で動揺を表には出しません。

「あら、私は肩が凝ったので、扇子で肩を叩こうとしただけよ。たまたま、後ろから山中さんが、私の肩を掴んだからでしょ」

「なにを言い分けしているのよ。扇子で山中さんの手を叩いたでしょ!」

「だから、偶然起こった不可抗力だって言ってるのよ。山中さんが私の肩を押さえつけるなんて、予測不可能なんだから」

「でもその扇子で、三国さんを刺そうとしたじゃない!」

「扇子で人が刺せるわけ無いでしょ? 冗談じゃないわ!」

 もっとも、扇子は殺(や)ろうと思えば、いつでも、殺(や)れるの意思表示なんですけどね。

 そんな小競り合いが、五分ぐらい続いたでしょうか? 予鈴が鳴って、山本先生が教室に入って来ました。がやがやとしていた教室は、みんな席に戻り静かになっていきました。

そして、先生は出席を取り、今日の予定を話すと、教室を出て行かれました。


 その先生を、後ろの出入り口から追っかけて行く草書の山中。きっと、さっき私がしたことを先生に言いつけているのでしょう。出て行ったはずの先生が教室に戻ってきて、私を名指しします。

「一限目が終わったら、職員室に来るように」

 くそ、草書山中に嵌められた。この社会の時間中に言い訳を考えておかなければ……。それにしても、やはり四面楚歌の状態では、さすがに私も防御しきれません。

 昨日の夜、考えたように長田君を味方に引き入れておかないといけません。そう考えた私は、早速、昨日用意した可愛いメモに「長田君、休み時間に自分の席を離れないようにして、お願い♡」と書く。そして、ちまちまと折ると、先生の目を盗んで長田君の机にそっと置く。

 メモを置かれた長田君は、びっくりして私の方を見た。私はウインクをして、にっこりほほ笑み返してあげた。

 さあ、早く中身を読みなさい!

 私の願いが通じたのか、長田君はメモを開いて読みだした。そして、メモを綺麗に折り直し、上着のポケットに大事そうにしまった。

 普通、指令書は読み終わったら燃やすのが基本です。まあ、教室で燃やすわけにはいかないから、ビリビリに破って捨てるのが定石ですが……。

 でも、失顔症のため、長田君が何を考えているのか表情から読み取れません。まあお願いだけは聞いてもらえるでしょう。

 さてチャイムが鳴って、授業も終わったことだし、職員室に行きますか。私は心の中でそう言って、重い腰を上げた。

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