第2話 廊下の一番奥、二年四組

 廊下の一番奥、二年四組、ここが私の教室です。美晴の記憶では、前の学校では同学年は八クラス在ったはず。それから考えれば生徒数は半分だ。しかも、クラスの人数は私を入れてたった三二人。半端だった人数に、わたしが転校してきて、ちょうどいい数になったんです。


 先生が先に入り、私の名前を黒板に書いている。

 そして転校生として、私は名前を呼ばれ、中に招き入れられた。

 俯き加減に歩みを進める私。そして先生の横、教壇の前に立った。

「自己紹介をお願いするわ」

 ここまでは職員室で聞かされている打合せの通り。

先生に言われて、私は俯き加減から、顔を起こして、にっこりしながら前を見据えます。

 えーっ!!!! ドウイウコト?! 

教室のみんなの顔が同じに見える。いや、その違いがまったくわからない。さらに教室がざわざわとし、みんな何かを言っているようだが、その表情からは感情が全く読み取れない。

 能面のような仮面をかぶったスポーツ刈りの男子と、おかっぱあたまの女子。


 私はあまりの風景に、考えていた自己紹介のセリフをすっかり飛んでしまった。

「……あの、美晴杏奈です。よろしくお願いします」

 私は、挨拶をすると、そそくさと先生が指定した一番後ろの席に移動したのです。


 私は、いまだに混乱する頭で、さっきの自己紹介の失敗を思い返していた。

 ああっ、せっかく東京から来たことを話して、田舎者の度胆を抜いてやろうと思ったのに。それに私のこと、かわいいとか、美人とか、さすが都会の人は違うとか、こそこそ言っていたようですけど……。そこに、羨望なのか悪意があるのかどうかが、表情から読み取れませんでした。

 悪意があったのなら、へたにかわい子ぶりっこをすると、かえって反感を買うことになるし……。

 大体、みんなの顔「へのへのもへじ」だし、これはあれかしら、昔から閉鎖的な地域で近親婚を繰り返して、遺伝子が濃くなったせいかしら? 


 私のせいで、ホームルームが伸びたためでしょう。担任の山本先生が教室を出ると入れ替わりに、次の授業の先生が入って来ます。そのまま、このクラスはホームルームから、続けて数学の授業に入っていきました。

やっぱり、トイレに行っていて正解だったわ。

 私は数学の教科書を開いて、先生の顔を見ます。使っている教科書は前の学校と同じ。これなら授業については問題ありません。

しかし、先生の顔はやっぱり表情がないし、そもそも顔の特徴が分からなくて、他の生徒と見分けがつかない。もちろん、背格好や着ている物で先生だと分かるけど……。もし、同じような大人が居たら見分けがつく自信がホントないです。


 どうしてこうなってしまったのか? 転校によるストレス? でも昨日までは、この町の駅でちゃんと顔の違いが分かったわ。じゃあ今日、突然あった私の前世を思い出したことが引き金になっているのかしら?


 私が思い出したこと、それは私の前世の記憶、アンナ・ガレシアの記憶です。いや昔から、私はアンナ・ガレシアと、この頭と体を共有していたようで、昔から自己顕示欲が強くて、人を見下す高飛車な態度は間違いなくアンナ・ガレシアの態度に近いものです。でも私は都会育ちの優等生。そこまで、ひどいものではなかったと思いたいのですが……。


 私は、ついさっき思い出したアンナ・ガレシアの過去世の記憶と、もう一つの手がかりを結び付けながらノートに整理してみます。


 先生の話を聞けって? 大丈夫、私は小学校の時から進学塾に通っていて、中学受験のために中学校で習う範囲はすでに学習済み。教科書をパラパラと見て、まったく問題の無いことは確認しているわ。

 それにしても思い出したアンナの人生は、悲惨だった。

 私は、6人の剣の使い手、6星剣聖が建国したと言われたアメリーナ王国の最大の侯爵家のガレシア家の長女として生まれた。そして、ガレシア侯爵家は建国に貢献した6星剣聖の血筋として、小さいころちやほやされ、わがままし放題で育ったみたいです。記憶の中で、欲しい物は何でも手に入れてきたって自分で自慢してたし。

 それで、一五歳で王都にある貴族が通う学校に入学して、そこで知り合ったケルン王子に一目ぼれ。お父様の公爵に無理やりおねだりして、ケルン王子の婚約者にして貰った。さすがに、王家もアメリーナ王国最大の公爵家で、貴族の中で最大の派閥であるガルシア公爵のごり押しは無視できなかったみたい。

 それに、私自身も美人で、(高飛車な)貴族としての振る舞いは完璧でしたし。

 ケルン王子は……。どういうふうに私の婚約について考えていたかは、分からなかったわ。だって、私とは公式の場ではそれなりに、プライベートでは距離を置いていたみたいだったし。ガルシア公爵家のメンツを潰さない程度に、私は軽くあしらわれていたみたい。

 そして、そこに現れたのがマリア・シャロン、シャロン男爵家の娘。明るくて、天真爛漫、誰にも優しくて、ちょっと貴族にいない感じの幼気(いたいけ)な感じ。

 そのマリアをケルンが気にしだしたことで、私は面白くない。

 

 それで、取り巻きの令嬢たち使って、シカトそして無視、雑用を全部押し付けて、影で笑っていたんですけど……。でも一人でもくもくと雑用をしている姿を見て、ケルン王子はますますマリアが気になりだすのです。

(それは、確実に、いじめですね)


 さらに、灰の中に豆をばらまいて、無理やり拾わせたりって、これどこかのおとぎ話に有りますよね。それからわざとぶつかって、持っていた食事をひっくり返したりしても、まったく反発することなく、黙々と後かたづけをしていた。

 むっとして、今度は取り巻きといっしょに、女子トイレに引きずり込んで、頭から水をぶっかけたりしたあたりから、ケルンはマリアを庇い始めました。

(そこまで行くと、暴行罪に当たります。もう、完全に犯罪ですね)

 仕方ないから、マリアを亡き者にしようと、階段から突き落としたのに、奇跡的に足をくじくだけの軽傷でしたし……。

(軽くて傷害罪、運が悪ければ殺人未遂が成立します。懲役一直線です)


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