Say So

ももくり

Say So



 特出した成功者には、変人が多いらしい。


 徳岡銀次郎もその例に漏れず、完全無欠の変人であった。元々は小さな食品加工会社の跡取り息子として生まれたそうだが、その会社は彼が25歳の時に取引先の不正に巻き込まれ呆気なく倒産。その際に周囲から酷い扱いを受けたとかで、一時期は自ら命を断とうとまで思い詰めたのだと。


 ところがそこから心機一転、昼は肉体労働、夜は大手チェーンのファミレスでバイトと寝る暇も惜しんで働くうちにメキメキと頭角を現す。バイトから正社員になり、数年で支店長へと昇り詰め、そこで地域統轄も一任されるほどの功績をあげた彼は、やがて本部へと招かれて恐ろしいほどの速さで社長の座へと辿り着く。


 快進撃はここで終わらない。若き社長として様々な集まりに顔を出していたところ、財閥を前身とする大手グループの会長からいたく気に入られ、ぜひ自分の後継者にと望まれる。しかし、その条件は孫娘との結婚。勿論、野心に溢れた美丈夫の銀次郎がモテなかったはずが無い。


 当時、彼には結婚を約束していた女性がいたが、強大な権力を手に入れられるという魅力には抗えず、ひたすら謝ることでその関係を清算。百合の花の様に清楚で美しかった彼女は、泣く泣く彼の元を去り、ほどなくして別の男性と見合い結婚をしたのだと言う。


 ──ってか、

 それが私の曾祖母ひいおばあちゃんなんですけどね。


 いったいいつの話なんだよ!と突っ込みたくもなるが、とにかくそんな日本昔ばなし風の恋愛を死ぬ間際に思い出した銀次郎さんは、弁護士を呼んでハチャメチャな一文を遺言書に付け加えさせた。


 >徳岡家を継ぐ者は、

 >左衛門さえもん家と結びつく様に取り計らえ。


 …と、まあ要するに両家の人間を誰でもいいから適当に結婚させろという意味らしく。残念ながら次世代は既に結婚済で、その子供達も男児しかいなかったためスグには実現はせず。それから長い年月を経て、漸く左衛門家に誕生したこの私が対象となった次第である。




 


 許婚に初めて会ったのは、小学6年の春だった。


 というのもウチの両親がずっと抵抗していたそうで、先方から使者が訪れるたび、『娘には本当に愛している男と結婚させてあげたい』というポエミーなことを長時間語って追い返していたらしい。そんなこんなで最初は友好的だった徳岡家も、そのうち痺れを切らして強硬手段に出始める。


 ある日突然、父が勤務先の会社から解雇されてしまったのだ。しかも次の仕事がいつまで経っても見つからず、続けてパートをしていた母も同じ状態に。このまま路頭に迷うのかと震えていると、徳岡家から系列会社への再就職を打診され、それには勿論、私と御曹司との婚約がセットになっていたというワケだ。


「こちらがご子息の宗栄そうえい様です」


 2歳年上の彼は、私なんかが相手では不満だという表情を隠しもせずに、ひたすら無言でこちらを睨むだけ。まあ、それもそうだろう、中学生と小学生との差は非常に大きい。ただでさえ大人びていた彼が、ランドセルを背負ったお子様を結婚相手どころか恋愛対象としても見ることが出来なかったのは、ごく当たり前のことだと思う。


 一方の私も、徳岡家のゴリ押しで纏まった話なのにと理不尽さは感じていたが、再び父が失職すれば生活が立ち行かなくなるし、頑張って愛想を振るしか選択肢は無かった。そうさ笑顔なんて安いもんだ、欲しけりゃどんどんくれてやろう!とばかりにひたすら笑っていると、有り得ない言葉がヤツの口から飛び出てくる。


「ふん、ひと目で俺に惚れてしまったか。ガキの癖して気持ち悪いな!これだけは伝えておこう。俺はお前なんかと結婚したく無い。だが、徳岡家は当主に忠実な一族だ。俺はまだ若く、そのせいで拒否できない立場にある。だから今は取り敢えずこの婚約を受けておくが、いつか必ず解消させて貰うぞ!」


 あー、はい。

 どうぞどうぞ。

 

 即答したい気持ちを必死で抑え、つくり笑顔のまま薄目を開けて私は敵を観察した。なるほど、自信満々なのも頷ける。たぶん世間一般ではコレを美形と称するのだろう。…意志の強そうな眉、思慮深さと憂いが混ざり合った瞳、それとは対照的にほんのりと官能を匂わせる唇。


 こりゃあ、モテモテだろうな。


 ただでさえ男前なのに、付加価値として御曹司という肩書まで加わっているのだ。しかも、聞くところに寄れば頭脳明晰で運動神経も抜群なのだと。へえ、ほお、そうですか。


 そんなアナタに朗報がありまあす。


 残念ながら、大嫌いなタイプですわ。

 だって、私は紛うことなきジミ専だもの!


 ふざけんなよ!世の中の女が全員、イケメン好きとか思い込み激し過ぎるだろ!もっと多種多様の人間がいることを認めろよ!世界は広いんだぞ!ぽっちゃり好きな人もいれば、オッサン好きな人もいるっての!そして私は


 平々凡々とした男が大好きなんだあああッ。


 『ドラえもん』で例えると、のび太。

 『サザエさん』なら中島くん。

 『かぐや様は告らせたい』なら石上優。


 えっ、知らない?

 それなら勉強しろ、私はそんなに甘くない!


 ──などと、言えるワケも無く。お山の大将を怒らせまいと、どんな言葉にもハイハイと肯定していたら、いつの間にか私は許婚LOVEで彼に恋焦がれた乙女という位置づけになっていた。


 はうううっ、合掌。







「えっ、本気なの愛華まなかちゃん?!」

「ええ、冗談でこんなこと言いませんよ」


 ここで受付嬢として働き出したのは、徳岡グループとは全く無関係な会社だったからだ。もうあと3カ月で私も24歳。このままでは確実にあの暴君と結婚させられてしまう。だからこそ、少しずつコツコツと準備を進めてきた。両親は早々にリタイアして離島へと移り住み、のんびり農業生活を楽しんでいるし、懇意にしている親戚縁者も今はいない。


 だから誰にも迷惑を掛けず、

 堂々と婚約解消を言い出せるはずだ。


 そのことを受付業務の相棒である黒川さんに報告したところ、何故か物凄く驚かれてしまった。いやいや、そんなに見開いたら目玉が落っこちてしまいますよ…という意味を込めて、手の平を差し出すと目の前を憧れの彼が通り過ぎて行く。


「あ、おつかれさまです」

「あは、ただいま~」


 営業部の友井さんだ。

 ああ、今日も地味カワイイ。


 いつでもどこでも笑顔なところも愛くるしい。

 いつでもどこでも仏頂面のアイツとは大違いだ。


 宗栄…ソウはこの婚約を『必ず解消させて貰うぞ!』などと豪語しておきながら、未だにそれを実行していない。しかも、自分はあちこちの女と浮名を流している癖に、私にはそれを許さなかった。お陰で中学高校と女子校に入れられ、大学は共学だったもののサークル入会や飲み会参加は原則禁止。就職することだって猛反対されてしまったが、聞こえないフリで強行突破してやった。


 くそ、こんな箱入り状態にしやがって。

 今では異性と喋るだけで赤面するんですけど!

 

「超イケメンの御曹司を捨てるなんて、スゴイ」

「人の幸せはお金じゃ買えないですし、そもそも私、イケメンが苦手ですからね」


「でも、仲良さそうに見えたけどなあ。週イチで一緒に過ごしたりしてさあ」

「いやあ、あんなの義務ですよ、義務!」


 ガハハと豪快に笑っていると、正面からチャラそうなイケメンが入って来たので、真顔を作り直す。


「いらっしゃいませ。ご用件をどうぞ」

「河合商事の池端と申しますが、えっと営業部の…申し訳ありません、名前を失念してしまって…」


「そういうことって、たまに有りますよね。どうぞゆっくり思い出してください」

「いやあ、すみません、最近、物忘れが激しくて。あはは、もうトシかなあ~」


 おちょぼ口で微笑み返してみるが、どうにも間が持たない。残念ながら相棒の黒川さんは電話中なので、この場は1人で乗り越えるしかない様だ。ええ、確かに男性は苦手ですが、仕事だと思えばどうにか頑張れますから。


「営業部のどこの課か、お分かりですか?」

「えっと、第一だったかな…」


「でしたら、内線で問い合わせてみます」

「それには及びません、あの、もう少し悩ませてください」


 面倒臭いな、早く思い出しやがれ。それに『トシかな』って、アンタどう見ても20代だろうが。そういうのは年齢のせいじゃなく、忘れっぽいだけだっつうの!…胸の内でそんな悪態をつきながらも、グイと顔を寄せられたせいで反射的に赤面してしまう。くそ、何のつもりだ?!近い、近過ぎるぞ!


「はああ、やっぱり綺麗だなあ」

「な、何がでしょうか?」


「受付の左衛門さんと言えば、有名なんですよ!一部では『地上に舞い降りた女神』とか『翼の折れたエンジェル』とか呼ばれてて」

「えっと、…そうなんですか?」


 おい、2つ目のはアユミ中村のヒット曲だよな?絶対にそれ言ったのオッサンだろ!ウチのお母さんがよくカラオケで歌うから知ってるんだよッ。


「ほんと、肌とか透き通るみたいに白いんだなあ。その睫毛、エクステじゃなくて天然でしょう?ふわあ、唇とか小さくてプルップル!すげえ、冗談みたいによく出来てる顔ですね!」

「いえ、そんなこと…あの…有難うございます」


 だから!慣れてないのッ。仕事モードの仮面を剥がさないでってば!ほんと自分でも驚くほど真っ赤になってるのが分かる。ついでに耳も焼けそうに熱い。うわあ、誰か助けて、お願いいいい。


「あのう、今日って仕事、何時に終わりますか?」

「えっ、どういう意味でしょう?」


 グイグイ、グイグイ。

 ただでさえ近いのに、更に接近して来た。


「食事に誘いたいな~とか思って」

「まあ!お食事に?」


 無いわ~。イケメンでチャラいとか無理だわ~。


「イヤですか?これでも結構モテるんだけどな」

「こ、困ります」


 ここで他の来客が有れば上手く断れたのだろうが、こんな時に限って誰も来ない。しかもこの男、妙に誘い慣れていると言うか、肝が据わっているせいで箱入り娘の私では太刀打ち出来そうにない。


「左衛門さん、困る姿も、またカワイイ」

「さり気なく俳句調?!」


「何が食べたいですか?希望が有れば言ってね」

「え、あの」


 おととい来な!


 …と言いたいところだが、残念ながら私は赤面したまま次の言葉が紡げない。威勢が良いのは内側だけで、それを表面化させることが出来ない自分がもどかしい。


「真っ赤になってるね、そっか純情なんだなあ」

「や、やめて…く…ださい」


 ひたすら困っていると、

 目の前に誰かが立ちはだかった。


「おいこら、俺の女に何してるッ」

 

 オレの女?

 そう言っていいのは、えっと、たぶん…。


「はああ?!アンタ誰だよ」

「知らないのか?なら、教えてやろう。俺は天下の徳岡宗栄だ!」


「はあん?なあにが天下…って、ん?徳岡…ああっ、し、失礼致しましたッ!」

「ほお、さすがに知っていたか。まさか俺の婚約者と知りながら狼藉を働いていたのか?」


「こ、婚約者?!左衛門さんが…、い、いいえっ、知りませんでした!知っていたら絶対に口説いたりしませんでしたので、どうか今回だけは穏便に…」

「ふんっ、サッサと消えろ!この雑魚が!」


 恥ずかしい。

 こういうの、悪目立ちっていうんだわ。

 

 来て欲しい時には誰も来なかったのに、残念ながらこんな時に限って一気に来客が押し寄せてきて。ヤジ馬根性丸出しの彼等に向けて私は、生温い笑みを浮かべることしか出来なかった。







「なっ、やあ、ソウ?!何するのよ」

「は?!愚問すぎて引くわ」


 どうなってんの??


 あれから終業を待たずに連れ出され、

 そのままソウの家で監禁状態。


 そして今なぜかベッドの上で押し倒されている。


「痛い、手首、離して」

「あのさ、逃げようとしても無駄だから。お前は絶対に俺と結婚するんだよ!」


 会社を出る時に黒川さんが小声で『ごめん』と言ったので、どうやら彼女はソウの手の内の者だったらしい。そっか、そう考えれば何もかも納得だ。前からおかしいと思ってたんだよ、飲み会の話が有るたびソウから呼び出しが掛ってキャンセルすることが続いたりとかさ。なるほど、彼女経由で何もかも筒抜けだったのか。


「あのね、ソウ。仕事、途中で抜け出しちゃったから、せめて会社に連絡させてちょうだい」

「そんなもん、俺がしておいたっつうの」


「ソウが?なんで?」

「あの会社と提携してるからだよ!お前が意地でも働くって言うから、色々と便宜を図らせる為に仕方なくな!ほんと迷惑な女だ!」


 えっ、何だソレ。

 そんな私的な理由で会社を運営して許されるの?


 という顔をしたら、また『バカか?』という表情で首を傾げられた。いや、バカはどっちなんでしょうね。あの、だってアナタ、凄く忙しいはずでしょう?なのに私なんかの為にそんな労力を使うとか、意味ワカンナイ。


「結婚するの?だって私のことが大嫌いなのに?」

「あ?!もう一回言ってみろ」


「結婚…本当にしちゃうの?」

「する!」


「だって、ソウ、絶対に婚約解消するって…」

「あああああああっ、くそおおおっ」


 絶叫に近いその声に、思わず怯えてしまう。

 ご近所さん、ごめんなさい。


 高級住宅街の一等地だから、きっとハイソで穏やかな住人ばかりなんだろうけど。…って、あ、たぶん防音になってるんだろうな。うん、そうに違いない。でもこの家はソウ専用とは言え、住み込みの家政婦さんが何人かいたはず。じゃあ、えっと、家政婦さん、ごめんなさいということで。


「ソウ、怖いよ」

「最悪だ、ほんと最悪!あの初対面の時の台詞は俺の黒歴史だ!あんなの全部忘れろ!いいな?!」


「う、うん」

「あのさ、本当は気付いてるんだろ?なあ、そう言えよ!くそっ、俺のこと弄びやがって」


 何のことやら、サッパリ。


 だけど長年培われた主従関係のせいで、分からないままでも平気で『YES』と答えてしまう私。だってもうコレ、習性だから!下手に『NO』なんて言うとずっと怒り続けるからね、この男。


「あー、うん」

「やっぱりそうか!はあああ、マジで安心したよ。だよな~、幾らなんでも気付くと思ってた」


 もう一度言おう。

 何のことやら、サッパリ。


「う、うん、その通りだよ」

「こう見えて一途だし、死ぬまで想いは貫くぞ!」


 主語は何?誰への想いを貫くの?

 …と今更、訊くに訊けない感じだ。


 えっと、たぶん誰かの事をすごく好きなんだよね?だけど結婚するには銀次郎さんの遺言が障害になってて、だから取り敢えず私と結婚しておいて、すぐに離婚して本命と結ばれるって算段か!やだもう、それならそうと早く言ってよ!


「そっか、すごく好きなんだね」

「…!ああ、もう、大好きだ!」


 嘘、これ本当にソウなの?


 いつでも冷静で、どんな時にも表情を崩したことが無かったのに。うわああ、恋する男ってスゴイ。なんかもう、甘くてトロトロの顔してる。


「ふふ、ソウったら」

「くそう、はああ、もう我慢出来ない」


 そっか、ソウをこんな風にメロメロにしちゃう女性がこの世に存在するんだね。なんかちょっと羨ましいというか、凄いなあというか…ああ、そうだ、


 寂しい。


 うん、これが一番ピッタリ嵌る。虐げられながらも、なんだかんだとずっと一緒にいたのに、ソウは私じゃない誰かを好きになってしまったんだね。


 ──本当は知ってるよ、誰よりも努力家で傷付き易い男だってこと。生まれながらの統治者だと周囲に認めさせる為に、必死で虚勢を張って。私と2人きりになるとその張り詰めた神経を思いっきり緩ませてたことも本当は分かってる。


 もしかして私、ソウのことが好きだったのかな?

 あはは、だけど気持ちを自覚した途端に失恋だ。


 ずっと怖かった。


 最初に拒絶されていたし、この先も愛される望みなんか抱かない様にって、必死で溢れそうな気持ちに蓋をして。だけどどんどん好きになっていく自分を『そうじゃない』って騙し続けていたのかもしれない。あーそっか、私ってなかなかいじらしいな。


 うん、いいよ、協力してあげる

 …ソウの幸せの為に。


「分かった、結婚しよう」

「…!あ、当たり前だろ?!愛華とじゃなきゃ、他の誰と結婚するってんだよッ」


「んむっ、いた、ちょ、ソウ?!初心者じゃあるまいし、キスで鼻をぶつけて来ないでよ」

「煩い!黙って受け入れろ!きょ、今日は最後まで頂くからなっ」


 えと、なんで?


 他に好きな人がいるんだよね、だったら私とエッチしちゃダメなんじゃ?いや、でも愛情と性欲は別物だと誰かが言ってたし、もしかして感謝の気持ちを体で表現しようとしたらセックスに辿り着いてしまったのかもしれない。


 だって、ソウってば考え方が独特だから。


 というか、今までこの人の思考を一度でも読めたことは無いし、何なら宇宙人の方がよっぽど分かり易いんじゃないかと思う。って、おい、ボタンを引きちぎるな!鼻息荒すぎ!痛い、ちょっ、キス下手過ぎるよ!歯をガンガン当てないでっ。


「ソウ、お願い、もっと優しくして」

「…まな…か。俺、もう死にそう…」


 なぜ死ぬ?あの華麗なる女性遍歴はいったいどうした?!


「痛いってば、そんなに力強く抱きしめなくても逃げないよ」

「うん、それは分かってるんだけど」


 ガツガツガツと歯の当たるキスを体中にされて、

 違う意味で初体験は痛かった。


 どうやらこの男、私で童貞を卒業しやがったらしい。なるほど、そういうことか。本命と付き合う前に私で慣れておこうという考えだったか。そう思ったら、ちょっとだけ泣けてきた。だけどまあ、初めてが好きな男とだなんて幸せなことじゃないか、…それが心の伴わない行為だったとしても。


 そう、思うことにした。







 ──そして半年後。

 

 徳岡家の意向どおりに盛大な披露宴をすることになって、私は今、ウエディングドレス姿のまま控室で黒川さんと雑談している。


「驚きの完成度!さすが天下の左衛門愛華!」

「よきにはからえ~って、わざわざ来てくださって有難うございます、黒川さん」


「いいのよお、だって私もこの結婚に微力ながら関わっていますからね…っていうか、微力じゃないよね?!むしろ私のお陰でしょ?!すれ違っていた両片想いの2人を最後にくっつけたのは黒川・キューピッド・フォン・涼花の尽力の賜物だと早く言いなさい!思いっきり感謝される覚悟は出来てるわ」

「黒川さん、あのう、フォンって何ですか?」


 ん?そこじゃなくてもっと引っ掛かる言葉が有ったような…。脳内で記憶を巻き戻していると黒川さんが『フォン』について説明を始める。


「ドイツ語の前置詞なんだけどさ、王侯や貴族なんかの称号としても使われるのよ。何となくカッコ良くない?」

「あはは、そうなんですか…両片想いの2人…って、えええええっ?!」


 まさか、そんな、有り得ない!

 だってあのソウがこの私を??


「ま、愛華ちゃん、もしかして気付いて無かったの?!宗栄様があれほど心血を注いで愛情表現をしてたのに!だって、結果的には良い方向に進んだけど、愛華ちゃん可愛さに我が社と提携しちゃうほどの溺愛っぷりだよ?!それじゃあ余りにも報われないわ、お願い、嘘だと言ってッ」

「まさかあ、き、気付いてましたよ」


 いや、これ絶対にバレてるな。

 黒川さんって、結構鋭いから。


 コンコン


 抜群のタイミングでノックの音が。誰だよお前、ほんと助かりました!有難う!とばかりにドレスの裾をバサバサ鳴らしながら自らドアへと向かう。


「来てやったぞ」

「…ソウ?!」


 ふああっ。白いタキシードがこんなに似合うのは、広い世の中どこを探してもアナタ様しかいませんわ。てな感じで目をハートにする私。


「愛華、廻れ」

「へ?」


「とにかく廻れ」

「あー、うん」


 素直に一周すると、何故か眉間に深い皺を刻んだままで頷かれてしまった。


「分かった、じゃあ、後でな」

「は?もう行っちゃうの?」


「花婿は、挙式前に花嫁を見てはならないそうだ」

「えっ、今更?!」


 パタンと目の前でドアが閉まったので、ブリキの玩具みたくギギギと振り返ればそこにいた黒川さんが陽気に解説してくれる。


「たぶん、余りにも嬉しくて夢じゃないかと思い始めてしまったんでしょうね。で、愛華ちゃんのドレス姿を見て、現実だと分かったからホッとして自分の控室に戻ったんだと思う」

「凄い!黒川さんって名探偵なの?!」


「いや、アナタの方が鈍いだけだって。私から見ればあんなに分かり易い男はいないよ~。言い寄る女を全部バッサバッサと斬り捨てて、ずっと愛華ちゃん一筋の忠犬ハチ公みたいな男じゃないの」

「そ、そうなんですか?!」


 なぜ驚く?という表情をされたので、

 申し訳なさそうな表情で返してみる。


「ふふ、とにかくお幸せにね」

「はい!頑張ります」


 最初から上手くいく恋愛なんて、そんなに多くないとは思うけれど。人生の半分をあの男がモジモジしていたせいで無駄に過ごしてしまったらしい。


「愛華ちゃん、悪い顔してる」

「教育してやらねば、とにかくあの重い口をもっと軽やかにさせないと」


「いや、それはきっと無理だから。宗栄様の口の重さは気持ちの重さに比例しているんだもの」

「なんですかその謎の法則!」


「いいじゃないの、愛されてるんだから!」

「ま、それもそうですね」



 その後バージンロードを静々と歩きながら、やっぱりもう少しだけ喋る様に教育しようと決心する私なのでした。





 ──おしまい──



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Say So ももくり @momokuri11

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ