第52話 優先順位
『で、どうする?本当にやるのか?俺は絶対イヤだぞ、俺には嫁も子供もいるんだ!こんなとこで身を危険にさらせるか!』
『俺も絶対無理だ、そんなの出来るわけないし。そっそう俺も家族、子供がいるからな』
隊長からの命令を受け、活動に戻るためホテルの部屋から外に出ると、
年長の隊員2名がさっそく命令を断固拒否する姿勢を示していた。
言い訳としてはどちらも家族がいるからというのが建前だったが、自分を護りたい一心だったろうと思う。
『なら僕も無理です。まだ結婚もしてないし、だっ大事な彼女もいるんで』
私より年下の隊員もそれならと、家族が出来る予定を言い訳として拒んだ。
最年長で独身の隊員が一人いて、その人がいいのではないかと、
暗黙の了解でみんなが何となくその人の方をお願いする姿勢で見つめていたが。
『ダメだぜ!俺はめっちゃ不器用だから外す可能性が高い、なんせこれまでの人生、何やっても上手くいった試しがないからな・・・・・ウソじゃないぜ!もしそうなったらお前ら全員の責任だぞ』
そう言われては何とも否定のしようがなかった。
確かにその人では上手くいきそうになかったが、それならここにいる人たち誰がやっても上手く出来る保証もない。
もはやキリがない言い争いで、どこかコントじみたやり取りになっていた。
結局私ともう一人、羽村くんという同年代の大人しそうな男が言いくるめられて、どちらかがその場の流れで実行役を務めることになった。
両方独身だし彼女もいない。それになんとなく要領良さそうで、隊での見込みも2人ならありそうだ!そうだそうだ!と、
引きつった笑顔のシールドメンバーたちに必死で励まされて、その場の雰囲気でどちらか撃てるタイミングになった方がやろう!ということに決まってしまった。
『げえっ!まっマジっすか!?何でウソでも私の名前出して彼女がいるとか言わなかったんすか?そんなに私のこと女性として、相手として見られるの嫌っすか?』
この斥候任務のことをさっそく安西さんに愚痴っぽく吐き出すと、
彼女には珍しくあきれられてしまった。
『うんそうだね。安西さんは大事な人なんだけど。まだその、互いの関係がはっきりしてないってか、君の意思も確認してない気がして言えなかった、ゴメン』
『まあ、それは・・・・・うん。
なんとかなるように私がするってか願っておきます、五島さんの無事を。まあ無理ならいっそやめちまうことっすよね。命あってのなんとやらって、五島さんには小説を書かなきゃって大事な役割があるんすから』
それでも彼女は案外飄々と受け答えてくれるものだから、
私もそんな彼女の様子を見てるうちになんとかキリ抜けられそうな予感も感じていた。
『そうとなったら今のうちに小説書いとかなきゃですよね?だってもし何か不測の・・・・・、ってアハハハ冗談っすよ。いやマジで、私そんなヒドイ性格してないんで、分かってくれますよね愛する五島さん』
「いや愛するって・・・・・。うん、でも分かってるよ。
どっちにしたって僕は今の作品を仕上げるため書かなきゃならないんだし。まあ任務のことはなるようになるさ。あっはは、ところで、え~っとまた小説のことなんだけど、この前のとこで読んだ部分、なんか気になるところあった?」
『あっえーっと、確か妹の瑠璃ちゃんと電車で再会したとこまでっすよね?あの時の麻里香なんすけど、どういう状態になってるんすか?反応が分からないってか、瑠璃ちゃんとの対決姿勢をもっと示した方がよくないっすか?』
「なるほどね・・・・」
普段生きていて、近いうちの死を予感することなんてまだあまりないが、この時はハッキリ切迫感が感じられていた。
それはせめて今書いている小説を仕上げてから死にたいという、己の使命感にも似た切迫感だったんだと思う。
――――――――――――――――――――
『ううっ兄さん、兄さぁん私、ホントに心配してたのよぉ!もう会えないんじゃないかって・・・・・、それならわたしも』
いつどこへ発進するかも分からない電車の座席に腰掛け、瑠璃の涙をしばらく膝枕で受け入れる三島。
その横では冷めた表情をした麻里香が、瑠璃の姿を横目で見ていた。
『うっ、ひっく・・・・。で兄さん、その人が恩田さん、同じ劇団の女優さんだよね?その人に唆されて兄さんはB面の世界に来ちゃったんだよね?』
『いや、それは違うよ瑠璃。こっちへ麻里香さんとやって来たのは全て僕自身がそうしたいと思って決めたことだ、そそのかされたとかじゃないんだ』
しばらくして落ち着くと、瑠璃は三島を挟んで反対側にいる麻里香をきつく睨みつけながら、三島へ向けて問いかける。
『でも誘ったのは事実なんでしょ、ここへ?危険でおぞましい論理に支配されたこのB面の世界があるのを知ってたのその人は!』
『それがなにか?三島くんはそんな執着深い、恋人みたいなフリをする貴方がイヤで、私を選んだのじゃないかしら?それに何故あなたがB面と呼ぶこの世界のことを熟知しているのか、私はそのことを不気味に感じるのだけど』
三島を挟んで両側に座る女性が、険悪なムードで互いをにらみ合う
『そっ、そうだ瑠璃。ずっとメッセージでやり取りしている時も気になってたけど、何でそんなに瑠璃はこの、B面だとかいう世界について知ってたんだ・・・・?』
『それは・・・・・・』
下を向いて答えにくそうにする瑠璃。
立ち上がり三島から離れていくような素振りさえ見せる。
『まっ待って瑠璃。悪かった、言いたくないならもういい、聞かないから。だからもう行かないで、僕のそばにいてくれ!』
必死の思いで瑠璃を呼び止めようとする三島。
ただ麻里香の手を離せず、脚は動かせなかった。
車両のドアの部分で、三島たちに背を向けて立つ瑠璃。
いつここからいなくなってもおかしくない、そんな雰囲気を漂わせている。
『はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・。だめだ瑠璃。もう絶対離れないでくれぇ!』
三島は再びパニック状態に陥りかけて、段々と息が荒くなってくる。
『じゃあ、答えるね。・・・・・でも、その後で兄さんにも覚悟を決めてもらう』
『えっ、なにを・・・・・、覚悟するんだ?』
『これから私が言う真実を全てを知った上で、それでも私を選ぶか、それともそこにいる人形である恩田麻里香さんを選ぶか、兄さんには答えてほしい。
私が告げる事実によって、兄さんはこの先どちらか一人としか人生を歩んで生きていけないことを知る。その覚悟をしておいてね』
『はぁ、はぁ、なんでだよ瑠璃!はうぁ・・・・うっ!やめてくれっ。そんなことは、ぼくにわぁ、はぁ・・・・・できなっはぁぁ・・・・』
『もう遅いよ。兄さんは私を一度捨てたじゃない?それでダメだと思いながらも、コッチの世界に来て生活をしてしまった。その時点で兄さんはもう心の中で何かを失っていたのだと、元いた世界へは普通には戻っていけないと知るべきだったの』
そう言うとようやくこちらをを向き、
ドア部分から三島たちの前の座席までゆっくり戻ってくる。
いつもの瑠璃とは明らかに雰囲気が変わる。
表情はどこか穏やかで、三島を試すような不敵な笑みを浮かべているようにも見えた。
『兄さん、そして恩田さん。二人とも少し私のこと気付いているかもしれないね・・・・』
『やめろぉやめてくれ・・・・・何も、なにもいわなくていいんだ!ぼくたち辛いことがあっても受け入れるから、色んな感情を受け入れる世界に戻ろお』
三島は耳をふさぎたかった。
これから告げられるであろう真実に自分が耐えられるかどうか、泣きださんばかりに動揺していた。
『そうだよ、私はもともとコチラ側の住人だったの』
『うっううっ・・・・言うな、聞きたくないぃ』
『B面で生みだされ、システムに従い育った人間未満の存在。ずっと何年も何時間も人間の動きを模倣するだけの人形だった』
恰好だけは下を向いて耳を抑えるフリをしていたが、しっかり瑠璃の言葉は逃さず三島に伝わっていた。
瑠璃の告白を聞き、その心境を想像すると、三島は自分の犯してしまった罪の重さを知るのだった。
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