第50話 ガレキの中で
被災地での復旧活動が始まる。
まずは重機で大まかにガレキを取り除いてから、その中を大勢の隊員たちによるマンパワーを生かして、ガレキを種類ごとに選別していく。
潰れた家屋の中からは、住民の思い出の品や貴重品などを丹念に拾い集め、一か所に集めていった。
またそれ以外の単純なゴミやガレキなどの不用品と思えるものは、また別の収集場所へとそれぞれとり分けていく作業をする。
こうした撤去作業では、ガラス片や木くずなどによるケガの恐れもあり、また感染症の危険性もあることから、みんな緊張感をもって軍手にマスクとゴーグル、ヘルメット着用の上で作業にあたる。
曇りガラスのような視界の中で、ガレキを漁り人の思い出を探し当てる作業は、
精神的にも肉体的にもつらく堪えることだったろうと思う。
それでも誰も文句も言わず一所懸命に、家があった場所が更地になるまで作業をやめなかった。
そしてお昼の休憩時や、一日の作業が終わった際の隊員たちの顔色は、皆どことなく明るかった。
それは地域の住民たちの存在によるものが大きかったんだろう。
『ありがとうね隊員さんたち。私らもうここに住めるかよう分からんだけども、
キレイに片付けてくれるだけでほっと落ち着ける気分がするよ。ホントご先祖様から私たちみーんながアンタたちに感謝しております、ご苦労様です』
近隣の漁港に勤める方々やお年寄り、その子供たち。この街に長いこと住んで愛着を持っている人たちが時折復旧作業の様子を見に訪れ、感謝の言葉を涙ながらに述べてくれる。
そしてこの街への愛着を表現し、もう一度復興できるものならこんなに嬉しいことはないと、我らの作業に微力ながらも手伝いを申し出る様にもなっていた。
避難所から重たい足を引きずって毎日のように様子を見に来る、おばさんやおじさんたち。その人たちからの冷たいおしぼりやお茶やスポーツドリンクの差し入れ、激励の言葉に、隊員たちはどれほどやる気がみなぎり、励まされただろう。
『ううっ五島くんさあ。俺ってばさ今までロクな仕事やったことねえしな、やった仕事でこんな母ちゃんみたいな人たちにお礼まで言われて、やってよかったって思ったことねえよ。死んだおふくろに伝えてやりたいよ、生きてて良かったって』
中にはしきりに汗をぬぐうふりをして、泣いている隊員すらいたほどだ。
私はそんな日和見主義の隊員たちの姿を、若干冷めた目で見ていたが。
一日のガレキ収集から選別、街の清掃作業など一通りの作業工程が終わると、
毎日汗と泥にまみれてクタクタな状態でホテルに戻ることになる。
まずは体の汗と泥をシャワーで丹念に洗い落とすため風呂場へと直行する。
すでにその時点で誰もがそのまま永眠してしまうのではないかと感じるほど、安らかな表情で湯船につかっていた。
その後夕食の時間にホテルで出てくる海産物あふれるメニューと、ビールの味が身に沁みて美味しく、それぞれ食べる量やビールの本数などは限定されていたが、
その味を皆かみしめながら味わい、堪能して疲れを癒した。
おそらくほとんどの隊員たちは週末を除いては遊び歩くこともなく、
夕食後すぐ明日の作業に備えてベッドに転がっていたのだろうが、
私にはまだやるべきことがあった。
何度となく繰り返してきた日常の作業だから。
言わずもがな、小説の執筆だ。
これが終わらないことにはこの生活から抜け出せず、抜け出すための意欲も失う。
それに佳境に入った今の作品を仕上げないことには、この先ずっともやもやに捉われるような気がしたのだ。
―――――――――――――――――
従業員用通路に入るとかなり入り組んだ細い道や部屋が連なっており、どこに行くべきか度々迷う。
だがそのたびに腕につけたデバイスを見て、瑠璃からの道案内のメッセージを待った。
『M-2の通路に』
その通りに従う。
怪しさは感じなかったといえばウソになるが、もうその時の三島にはそれしか従う指針がなかった。
『そのまま右の方へ、A-5の通路へ』
『そのまま今度はE、そこからUへ』
『V1と書かれた標識を見つけたら、その先にエレベーターがある。それに乗って』
フラフラと歩く麻里香を引きずるようにして、三島は指示に従って進んだ。
気付くと追っ手の足音は聞こえなくなり、言われた通りエレベーターを見つけ
それに乗りこむことが出来た。
ボタンは押さずとも一つしか行き先はないようで、自然に戸が閉まり下へと降りていく感覚が伝わってくる。
『麻里香さん、あと少しで元の世界に帰れるかもしれません・・・・。そしたらもう一度僕ら、ちゃんとやり直しましょうね』
『・・・・・誰が帰りたいなんて言ったよ?覚悟決めてこっちは来てんだよぉ!このシステムに縛られた世界にさあぁ!アタシみたいな空っぽな人間にはこの世界が合ってるのにぃ!アンタだけ帰ってよ三島ぁ!』
突如気が狂ったように歯をむき出しにして怒る麻里香。また別の人格が乗り移っているように人が変わっている。
正直見ているのもツラかったが、三島は麻里香の体をそっと引き寄せ抱きしめた。
『落ち着いて麻里香さん。アナタにはボクが人間の感情を、これから一生かけて注ぎ込みます。・・・・だからその、もう誰かの言うとおりになんてならなくていい。
そしてもう生きてて虚しいなんて、何が楽しいのかなんて、病気でどうせ死ぬんだからなんて言わせやしません。ボクがあなたの体と心を支える一つの存在になります』
『うっウソだあ!私はぁ何もない。自由なんてよく分かりもしない人形なんだあ・・・・・。うあっ、うあぁ~~~ん!』
『そうです麻里香さん。そういうのも、アナタのあなただけが感じる自由な感情なんです。いい事も嫌なことも、我慢せずいっこずつ感じていきましょう』
エレベーターから降りると、そこには駅のプラットフォームのような巨大な空間が広がっていた。
人の姿はどこにもなく、電車はそれぞれレールごとに止まっているが動き出す気配もない。
辺りを探りながら一つずつ電車の様子を探り近付いてみると、ある一つの車両から明かりが漏れているのが分かった。
赤茶色の電車で、先頭にはRESSと行き先が表示されている。
その明かりがついている車両を先頭から順番に探っていくと、ドアが開いている車両が一つあることに気付く。
そこへゆっくり近づいていていき、中を確認する。
『ああっ、はははぁ・・・・・』
懐かしい横顔につい笑みがこぼれる。
ずっと恋焦がれていた存在がそこに立っていた。
その確信が強まっていくと三島の胸の中は暖かい感情に包まれていき、
久しく味わったことのない落ち着きを感じていた。
『ああっ瑠璃・・・・・!どれだけ君のことを思い続けていただろう』
『やっと、やっとだね兄さん・・・・・、
会いたかったよ!』
コチラに気付きドアの方まで駆け寄ってくる姿を、三島は手を広げて迎え入れる。
『ああ僕もだ。ずっと会いたかった瑠璃。
ゴメンよ、許してくれ』
ずっと想いを寄せ合った家族との再会に、顔を寄せ合い感動を分ちあう三島。
片手で瑠璃の頭と頬を撫でて愛情をしめす。
だがもう一方の手では力ない麻里香の手を離すことができず、微妙な緊張感も感じていた。
―――――――――――――――――
毎晩小説の執筆に入るのは9時頃で、
その時にはほとんどいつも安西さんは部屋に姿を見せにやって来てくれた。
規則として男女の隊員が特別な関係性もなく行き来することは禁じられていたが、毎晩安西さんはお咎めも気にせず堂々と私の部屋へと入ってきた。
「なんすか、ダメっすか?私たちけっこう特別な関係だと思うんすけど・・・・・」
そう頬を染めた女性に言われてしまうと、私もぐうの音も出ず、ただ当たり前のように彼女を部屋に招き入れる。
当然後ろめたいことをしていないという自負もあったからだ。
小説を執筆する私のそばにいながら、彼女はスマホやテレビを見ていて、
執筆の合間にたまに雑談をしたり意見をもらう程度だった。
毎晩それだけで落ち着いて、執筆作業に不思議と集中することができ、
12時前後に私が作業を切り上げると彼女もやや物憂げな表情をして自分の部屋に戻っていった。
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