第35話 俗物

 最初の女性との会話が始まってから少しすると、私の横に座っていた男からコチラにまではっきり伝わるほど大声での会話が聞こえてくる。


「ねえ君さあ、瀬沼さんだっけ?下の名前はアカリちゃんか~。ぶっちゃけどうよ男には何求めてるの?お金それともたくましい体とか、どう?」

 あまりにぶしつけな、ド直球の質問だった。


「え~っと私はその~がっつりしてなくて配慮があって、優しい人がいいですね」

「あっそう。じゃあ俺でも気が合えば問題ないわけねオッケー・・・・」

 問題は大アリだろう。おそらくその女性はお前とは気が合わないと言っている。


 お気の毒に、相手をしている女性はうつむきながらため息をついていた。

見ると髪をアップにして気は強そうな女性だが、さすがに目の前の男にはタジタジといった様子だ。


「ねえじゃあさ、お隣の坂巻さんちょっといいかな?君はぶっちゃけ男には何求めてる?お金、それとも逞しさ?今まで付き合ったのは何人?」

 ついには隣の席にいる私の相手にまで介入してくる。


「えっアタシですか?でも順番じゃないの・・・・・、なんでそんなこと急に横から?」

 その男は歌舞伎役者のエビゾーみたいな見た目で、目を血走らせていた。

ハンマーで叩かれたかのように、おデコが出っ張り頭がデカいエビゾー。


「じゃあさ、これはどうかな?君はさあこれまで付き合った人で相性良かったのは何人いた?ぶっちゃけ結婚とかまだしたことないよね?」

 まずは目の前の女性と順番に会話していくという基本的なルールさえ守らず、目の前の女性にウザがられると次は隣と、周りの女性全てに対してちょっかいを出そうとする迷惑極まりない男、エビゾー。


「ってか何、ひょっとして男性陣はみんな知ってるんですか?

ええ確かにアタシは結婚してましたよ。去年別れちゃったんですけど子供もいますし。・・・・・でもそれが何か悪いんですか?」


 事前に講師が匂わせていたのは坂巻さんのことだった。

一番見た目が若くて可愛らしくギャップがあるからこんなしょうもないことを、講師はあんなに嬉しそうに匂わせていたのかと、あまりに下世話な男どもの魂胆が見えてしまい私は胸糞が悪かった。


 あまり乗り気ではなかったとはいえ、こんなことで会の雰囲気がぶちこわしになるのも不快だった。 


「へへっそうなんだ。別に悪くないよ~だって俺っちバツイチ気にしないしー!お子ちゃまもだぜー。で坂巻ちゃんはどうよ、俺みたいなガッチリ系男子は?」

「・・・・・うぅ何でよ・・・・」

「えっどしたん?坂巻ちゃ~ん。なんか気ぃ悪くすること俺言っちった?」


 言ったも何もそのものだろう。

お前の存在自体に、ここにいる男女問わず皆が気を悪くしている。


「あっアタシ、気分悪くなったから・・・・帰ります!」

目元をハンカチで押さえた坂巻さんは、そのまま去っていってしまった。


 場の空気がさらに極端に悪くなる。

エビゾーの前にいる瀬沼さんが、呆れた様子でコチラに笑いかけていた。

私も調子を合わせて肩をすくめながら、軽く微笑みを返す。


 呆然と肩を落としているエビゾーから、一個飛ばした先に座っている太った男が俺にひっそり問いかけてくる。

「何だよ、どうしちゃったのあの子?」

コイツはタランティーノみたいな顔で、喋りやすそうな見た目だ。

「さあ・・・・?まあ色々ありますよね」

「そうか、まっ良かったらあとで教えて」


 そのさらにもう一つ向こうの席では、我関せずとばかりにムッスリとした男が、目の前の女性と会話もせずにただ座っている。

数年前アカデミー賞をとった韓国映画のソンガンホみたいな、威厳のある立派なおっさん顔だ。


 どうやら目の前の女性が気に入らずムッスリしてるようだが、ただ相手の女性もおっさんの威圧感に押されもせず、どうぞご勝手にとばかりに時間が経つのをパスタを啜り、ワインを飲みながら平然とやり過ごしている。


 けっこうやるじゃん。と思ってその相手の女性を見ていると、そのソンガンホ顔の前に座っている女性というのが、以前説明会で一度顔を会わせ、仁村くんによろしくといわれた、あっさり顔の安西さんだった。


 その時よりはやや化粧っけはあるが、やはり一重で腫れぼったい顔という印象は変わらない。


 

 いきなり目の前の女性がいなくなった私を気遣って、司会役の女性講師が時間前だが適当なタイミングで席の移動するよう促す。


 私は横にずれ、まずは瀬沼さんと会話をし、その後はまた違う女性とそれぞれありふれた会話を繰り返していった。


『女性の任務は医療関係が多いらしくって、難しいんだけどそういう勉強をしましたよ。今度五島さんの体も診てあげますね』と優しい言葉の瀬沼さん。


『ごはんはよく食べる方ですか?私は女なのに食べ過ぎだってよく言われます』

少しぽっちゃりさんで照れ屋な江川さん。


『五島さんはどんな女性がタイプですか?私は男の人にはあまり慣れてなくて、合わせられるかなあ?』

髪を明らかに染め過ぎで傷みまくっている、ギャルっぽい見た目の40歳仲川さん。


 私から聞いてみたり、または女性から聞かれたり、いたってシンプルなやり取りを繰り返す。お世辞にも盛り上がっているとは言えなかった。


 その間にもまたソンガンホ顔がムッスリ不機嫌を気取っていたせいで、相手の女性が気を悪くして一人この場を立ち去っていた。

 結果としては普通に男女5人ずつのコンパとなったわけだ。


 そうして順番ずつの交流が進んでいき、私にも最後の5人目の相手が回ってくる。


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