第16話 芸道

 事前の予定通り、イベントはまずサノワキの漫才へと進む。


『えー皆さんこんにちは。僕らサノワキと言います。よろしくお願いします!ボクが佐野と言いまして、こっちの坊主頭がイワキです。

まあ人相悪いが大目に見てやってください。いや~でも若い子が多いわーみんな泣かんでよー!』

 客席の子供連中からの反応は薄い。私も警戒を緩めて漫才を聞くことができた。


『え~、ここにUチューバー来とるんですけどもー、

今の子たち将来なりたい職業1位らしいですわUチューバーが。まーあ時代ですわ。ちなみにイワキは何なりたかったん?ちっちゃい頃』


『そやなーワシは寿司屋かのー』

『そうか、ほなちょっとやってみようか』

 子供相手にはウケるとは思えないが、もはややっつけ仕事と判断したのか、サノワキは寿司屋のシチュエーションコントへ入った。


『大将!ウニ二巻!』

『はいよ!そちらのタブレットとペンを使って入力してくださぁい。ウニの写真のところで、バフン2つとお書きくだぁい』


『いやどういうことじゃあい!?それ回転寿司ちゃうんかい?それならもうバイトじゃ!』

 ≪あははははは!≫

 

 漫才を聞いていると私もどこかで見たことがあるコンビだと気付き、サノワキへの親近感が沸いた。ネタのランクを落とし子供相手に合わせてきていることにも、彼らなりのプロっぽさを感じさせた。


『ならホンマはお前何なりたかったんや~!?』

『そりゃ楽して稼げる、Uチューバーじゃっ!』

『もうええわ!ありがとうございましたー!』


 拍手に包まれ、サノワキの漫才が終わる。

警戒中の私でもクスっと笑えるぐらいだからそこそこの実力があるコンビだと思えた。いずれテレビで観ることもあるだろう。


 

 サノワキをステージに残したままで、続いて群青パインの三人が登場する。


 ステージにやかましい音響が響き、派手にライトアップされた中で、さらにシャボン玉がステージ上に吹き飛んでいる。

そこへいたって変哲の無い三人の若者が「どーもどーも!」というUチューバーお決まりの挨拶を連呼しながら登場した。


 それぞれにキャップを被ったり、眼鏡を変えていたり、多少の衣装で着飾っているがやはり凡庸感は否めず、過剰なライトアップなどで演出された3人の姿はカラフルな光を当てられたマネキンといった姿で滑稽だった。


『キャー!ケントくーん!リョウガくーん!こっち向いてーイヤー向いた!』

『ナナミちゃーん、その服めっちゃ可愛い!』


 しかし会場に集った中学生ぐらいのガキの感性には何か訴えかけるものがあるらしく、ステージに押し寄せ歓声を浴びせていた。

 私はあまりのあほらしさに集うガキ達を制御せず、ただステージ脇で傍観していた。


『ちょっとキミ!危ないだろうが!前に来ないようちゃんと整理やってくれよ!』

その時、裏で観ていたはずの群青パインのマネージャーが私にクレームを入れる。


「はいすいません、ただ今。・・・・・えー皆さん危ないのであまり前に詰めかけずにおちついてその場で観覧ください」


 しょせん子供たちが騒いでいるだけだ。

力づくで抑え込むのも親御さんたちへの見た目が悪いと考え、私は軽く声での警戒自制を促した。

 

  『おらぁ!』

 すると怒声と共にポンッ!といい音を弾ませ私の頭に何かが当たった。見るとそのマネージャーが台本を丸めて私の頭を叩いたようだった。


『おらっバイト!しっかり押さえろって言ってんだろう!もしこれで演者やお客さんがケガしたらお前責任取れんのか!ああん!?』

 

 顎ヒゲの汚らしいマネージャーは、私の仕事に不備があると直接的に訴えかけてきた。

怒りによって額に汗が浮かび、そのニンニク交じりの体臭と口臭がより際立っていた。私は息を止めたくなった。


「はいすいません。しっかり押さえます。」

 鼻をつまみ、一応言葉ではそう言いながらも、私はこの男にいかに反撃してやろうかと頭で考えていた。


『まあまあ。お子さんたち見てらっしゃいますよ。二人ともまだステージ中ですので落ち着いてください』

 司会役のお姉さんが寄ってきて、

マネージャーの背へそっと手を当て落ち着かせる。


 その言葉で我に返った私も、

体を使って子供たちの前へ歩み出て制御を開始した。


 前の方にいた小学生ぐらいの女の子が一人、騒ぎに気付いて泣いていたが私の責任ではない以上どうしようもなかった。


 ただ少し笑みを見せると、

何故か泣き止んでくれたのでホッとすることができた。



『どーもー!では群青によるイベントを始めていきまーす!』

群青の三人によるゲームコーナーが始まる。


『まずはこのおもちゃ、このピストルのカタチしたおもちゃなんですけど~、水鉄砲に見えるんですけどー実は打つとほらー、シャボン玉出てくるんですよー!ほらー!』

 またシャボン玉だった。

それもまた市販のおもちゃを紹介して遊んでいる。こいつらは本当に芸がない。


『そしてーこの銃、それぞれ色がついたシャボン玉を発射できたりもするんだぜーほらーケントに打っちゃえー!いえーい黄色―!』

『ばかっお前やめろよー!だったら俺も打つからなー!青色だー!』


 三人でシャボン玉が出る水鉄砲を打ち合って遊ぶ群青パイン。熱狂する一部のお客をよそに、ステージ上のサノワキやお姉さんは、苦笑いを浮かべながら推移を見守っていた。


『きゃーこっちかけてー!ケントーリョウガ―!イヤーホント来たー!』

『ナナミちゃん私にもかけていいよー!きゃーきゃーうれしいー!』


 相も変わらず、中学生ぐらいの女子たちは泣き叫んで喜んでいたが、こいつらは感性がどこか狂っているのではないか?

もはやこの国も末期だなと思わずにはいられなかった。


 やがてバカ騒ぎが終わり、演者たちがイスに座ってのトークショーが始まる。


『えーっとでは皆さんに聞いていきますが、ここにいるタレントの方々は大変お忙しいとは思うのですが、休日などは何をなさっていますか?』


 本人はそんなことには興味はないだろうに、お姉さんは台本通りのトークを質疑をおこなう。


『ワシはもっぱら酒飲んでますね。なあ?

毎日吐いてるもんなワシ、今日もやけど』

『やめい!ここお子さん多いんじゃ!もっとオブラートに包め。何でもええから適当なウソをつけばええんじゃ、家族と過ごすとかでいい!』

 ≪あははははは!≫

サノワキの二人はさすがに芸人らしくボケで返している。


 一方の群青パインの三人はというと。

『どうだろう?私らは休日も動画撮ってるかな?家で。あっ私たちずっと今でも三人で住んでるんですけどねー』

『ああだねー。それぞれの部屋で何か面白いネタ考えて、

集まって動画撮るって感じかな?だよねリョウガ?』

『あん?んっまあねそだねー』


 いっこも面白くない単なる会話に、

さすがにイラつきを感じたのかサノワキがかます。


『じゃあさー、おもろいネタってのどんなん?

今日やったのとかも一応考えてアレなん?』


『・・・・まあ、ハイ』

 サノワキのちょっとしたかましに、群青の3人はまさかの軽く肯定の返事をしただけだった。


『いやっハイって。もうちょい何か言えや!』

 ≪あははははは!≫

 一応笑いがあったのでオチがついたと判断したサノワキも、あえてそれ以上は何も突っ込まなかった。


 客席からの質問コーナーに入る。

『リョウガくんに質問です、好きな女性のタイプはどんなんですか?』


『えーっとキレイな人、君みたいな子かな?』

リョウガと呼ばれる群青のメガネは真顔でその返答を返す。


『やーっめっちゃうれしい。ありがとうございましたー』

 少しヤバめの香りを感じさせる会話だが、トークとしてお客が満足しているならそれでいいのだろう。


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