第15話 イベント警備
小説の作業そっちのけでモールにおける治安監視の仕事に精を出していた私に、戒めとも思える出来事が起こった。
ある日のこと警備主任に呼ばれ、明日は別の仕事をやってもらうということで、私はイベント警備の任務に当たることを通達された。
なんでも若手芸人と、動画配信を生業としているUチューバー数人がこのモールを訪れファンと交流するイベントのようだった。
『客数はおよそ150~200程度、それも若い子ばかりだ。これならキミ一人でも大丈夫だよな?』と
本来なら2,3人でやる仕事を、周りの警備スタッフに言われ最初のイベント回は私1人でお客への警戒誘導に当たることになった。
このふがいない中年スタッフばかりの警備の中で、真面目に職務をこなす私への依存度が高まってしまうのは仕方のない事だろうと、気を強くして任務にあたることにした。
イベントの資料を渡されたので目を通しておくと、
今日訪れるのはナニワ演芸グランプリ新人賞コンビの漫才芸人サノワキ。そしてUチューバーは、男2人女1人のメンバー構成による群青(ぐんじょう)パインというユニットのようだった。
職務として決まったものはプロとしてしっかりやり遂げるが、私はこの仕事自体に全く乗り気ではなかった。
それは今回の警護対象が芸人の類、ましてやUチューバーなんていうもはや芸すらもまともに習得もしていない、世間知らずのうぬぼれた若者に過ぎなかったからだ。
一応、群青パインという連中の映像をチェックしてみると、単にふざけて遊んでいる小学生の放課後といった様子で、市販されているおもちゃゲームなどの商品を宣伝しながら楽しく遊んでいるだけだった。
こんなことで収入を得ているとは、まともな大人のやることではない。自分では特に何も生みださず、人様の作り出した製品を利用して自らの私腹を肥やす存在、正にハエ。
人に群がって小銭をかすめ取るハエのごとき存在ではないかと。映像を見ながら何度も憤りの感情を覚えた。
私が日夜苦労して執筆にあたっている小説は人目にも触れず、稼ぎもしないかもしれないが、自分自身でしか創り出せない唯一無二のものであるし、人々の感情に訴えかけ心を揺るがす芸術作品と呼べるものの一端を担っている。
なのにこの輩どもといったら、たまたま運よくネットの意見を全て鵜呑みにする愚かな企業の目に留まって商品宣伝には都合のいいアホ連中だと、ビジネスに利用されていることにも気づかず、子供相手に同レベルの滑稽な姿を晒すことで大金を得ているという。
私はこのような連中の警護などしてやるものかと、
むしろ何か災いめいたことでも起きないかなと、妬みが籠ってそのような感情を抱いていたのだが、それが少々行き過ぎた結果を招いたのかもしれない。
翌日―イベントの開催日。
会場設営に何故か私まで駆り出され、重たい機器などを運びだしていた。
その準備もろもろが終わって少し休憩していたタイミングで、今回のイベントのまず1組の演者が姿を現した。
『よろしくお願いしまーす!よろしくっすー!よろしくお願いしまーす!』
芸人サノワキの2人だった。
マネージャーに先導されて、周りのスタッフに念入りに挨拶を繰り返す。
『お願いしゃーっす!』
私の前を通った際も、コチラの顔を見て軽く挨拶をしてから通り過ぎていく。
見た感じは金髪と坊主という、どこにでもいそうなガラの悪そうな若者だが、なるほどこうして見るとどこか野心的な目つきをしていて、芸人らしきオーラが無くはないと感じさせた。
その後イベントまで間もなく15分と迫ったタイミングで、ようやくUチューバーグループの群青パインの3人が姿を見せた。
『お願いいたします~!どうぞよろしくお願いいたします~!』
薄汚いマネージャーらしき男性が挨拶を繰り返す後ろから、群青パインを名乗る連中がだらだら歩いてくる。
髪を金や緑にカラフルに染めた女と、覇気のない眼鏡の男。もう一人に至っては描写する特長らしきものさえ感じさせない。
ただのバカな大学生かフリーターといった風体だった。
3人とも周りのスタッフへの挨拶は一切せず、顔を下に向けてスマホを見たまま、あっさり通り過ぎていった。
主に子供から中高生の若年層に人気で、市販されているオモチャやゲームを使って楽しく無邪気に三人で遊びまわる様子が親しまれているとのことだが、少なくとも今見た感じではただの覇気のないニート予備軍という印象でしかなかった。
そして少なくとも、そこに集う中年スタッフの関心は全く得られていなかった。
今回のイベント主催者の男性から、スタッフを集めての説明が始まる。
『えー私、株式会社ワームの杉田と申します。
え~ではまずですが、今回のイベントでは大人数のお子様、若者の到来が予想されます。安全第一パニックにならないようお願いいたします・・・・」
そのアゴヒゲ黒縁メガネの男性からの説明では、まずは演者紹介、軽く雑談から入ってサノワキのお二人による漫才をやる。
その後群青パインの3人が入っての短いゲームコーナー、そしてトークコーナーをおこない、握手写真撮影等おこなって終了という流れだった。
安全面にはくれぐれご配慮をお願いします、ということを何度も注意喚起していた。
そんなことはコイツに言われるまでもない。
プロなら当然認識していることで、私はアホらしくて終始欠伸をしながら聞いていた。
モール内の開けたスペースにて、午前のイベントが始まる。
『皆さまこんにちはー!大変長らくお待たせいたしましたー。本日のこのウエンモールのイベントには、皆さんに大人気のUチューバーと、芸人の皆さまがやって来てくれましたよー!』
伸びやかな声を発するキレイなお姉さんが、司会進行役を務める。
私は一段高いステージ下の端っこの方に位置取り、お客の方を向いて警戒監視に当たる。
聞いていた通り、前列には小中学生ら子供が多く、あとは後ろにその親や野次馬たちが集まっていた。120人前後といったところだろうか。
『ではさっそくお呼びしましょう。まずは芸人のサノワキー!そしてUチューバーの群青パンダの皆さん、どうぞー!』
さっそく司会の女性が群青パインの名前を、”パンダ”と言い間違えたことに気付いて、私はほくそ笑んだ。
しかしそんな間違いを一見意に介していないように、群青のメンバーと、不気味な笑顔をしたサノワキらが姿を現す。
『ちょっとーオバサンー!ウチら群青パ・イ・ン!パンダじゃなくてパインですからねー!』
『アハハ、まあいいんじゃないどっちでも。今日からパンダに代えちゃおっか?』
先ほどの控室での無愛想な態度とは打って変わって、明るさを前面に出し振舞っている群青パンダじゃなくパインの連中は、さっそく司会のお姉さんの間違いをイジって会場の笑いを誘っていた。
『そうだよーオバサン!パインに謝れよー!パインパイン!オバサン引っ込めー
群青が司会やってよー!』
会場の小学生ぐらいのガキからもお姉さんへのブーイングが少し飛んでいた。
群青パインのまだ二十歳だというカラフル髪の女から、まだ美麗な30代半ばの司会の女性をオバサンだと呼んでいるのはおそらく名前を間違えたことへの意趣返しだろう。
たが私的にはこの司会役のスーツ姿の女性の方が、群青のイカレ頭の女よりは、何倍もキレイに見えたし性的にもタイプだった。
個人的にはこのお姉さんを演者としてカメラ撮影のイベントをやってもらった方がまだ見れるなと、その太ももからお尻辺りにずっと見とれていた。
会場に集まった親世代の男性も同意見のようで、カメラを群青パインへ向けるふりをして、司会のお姉さんがイスに座った際にはそのスカートの隙間を狙ってこっそり撮っていることに、私は何度も気付いていた。
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