第17話 幕間

 もう少しでこのイベントも終わりが見えようかという頃、トラブルが発生する。


『あのー純情パインさん?俺らも一応動画上げてんすけど全然なんすよー。ぶっちゃけどうすれば楽に稼げます?』

 

 子供に与えられた質問のマイクを強引に奪い取り、ヤンキー丸出しの二十歳前後の若者4、5人のグループが、ガラの悪さ全開にした態度で挑発的な質問を繰り出してきた。


『えっと、ちなみに今はどんな動画上げてます?』

ヤンキーの質問に普通に答えようとする群青のナナミ。


『主に侵入系ですかねー。夜中の学校とかスーパーとか、こことは違うけどモールに侵入したこともありますねー単車に乗ってさ。あの時はけっこうバズったよ、なあ?』

 Uチューバーを模倣するヤンキーどもの、犯罪の自白を引き出しただけだった。


『おいっ警備バイトのお前、マイク取り上げてこいよ!てめえ警備の責任者だろうが!あんなクソな輩どもにいつまでも喋らせてんじゃねえよ!なんかあったらどうする?責任取れよ!』


 またも群青のマネージャーが、私の頭を本でポンポンと叩きながら

事態を収拾させることを求めていた。

もはや私にとってはコイツもクソな輩とそう変わらなかった。


 不承不承ながら私はヤンキーどもに近付いていく。

「あのーすいませんが時間ですので、別のお客さんに質問変わっていただけますか?」

『あっそうっすか。うす分かりやっした』

 相手を刺激しないようなるべく低姿勢で促したことで、ヤンキーどもも案外すんなり引き下がろうとしたのだが。

 ・・・・・その時。


『ヤンキーの犯罪動画で稼げるわけないだろ。もっと清潔感を出せよ。』

棒読みでヤンキーを挑発するセリフが、群青のナナミから発せられていた。


 その隣では耳打ちしているサノワキの一人が見える。芸人らしくまた余計なことを吹き込んでくれたらしい。


『おらあ何だと!今何つったあコラァ!俺ら舐めてんのか!てめぇヤっちまうぞ!おおぅ!』


 制御しようとする私を押しのけて前へ進んでいこうとするヤンキーども。二人押さえているだけでも必死だった。

 

 周りの子供たちが泣き叫んでいるのが見える。

それに伴い親たちが我が子を連れて離れていった。

周りのお客たちもただ興味本位で傍観しているだけで、誰も間に入ろうとしない。


 前列に陣取っていた中学生たちをかき分けヤンキーたちがステージに上がろうとする。

しかし群青のメンバーやサノワキたちの姿はもうどこにも見えなかった。


 そこで私の同僚の警備スタッフがかけつけると、ヤンキーたちの前に立ちふさがって押さえてくれたのが見えた。

 

 そこで私は、ようやく少しホッとしたのを覚えている。とりあえずはこれで誰にも大きなケガはなくイベントを終えることが出来ると。

 

 その後、当然握手や写真撮影も行われず、

騒然とした雰囲気のままでイベントは終了した。



『てめぇこら警備バイトぉ!なんてことしてくれたんだぁええコラァ!もう少しでウチの大事なタレントが傷つくとこだったんだぞぉ、責任取れんのか!?』


「いや僕はバイトではなく、このモールの治安を監視する業務を与えられている契約社員です」


『はあ?そんなのどっちでもいいんだよぉ!

それならそれでしっかり業務を果たせや!バイトでもまだもうちょい使えるわ!』


『もういい君は黙ってろ。いや申し訳ない。

本当にこの度はウチのスタッフの不始末、誠に申し訳ございませんでした』

 

 控室に呼ばれると、またも怒り狂った群青のマネージャーに叱責を受けた。

それを警備主任と共に、ただひたすら頭を下げて甘んじて受け続けることしかできなかった。


 いくつも言いたいことはあった。

だがこの場は黙ってクライアントの気分を収めるのがプロとしての仕事だと思ったから黙って受け入れた。


 ミスは仕方がない、誰にでもあることだ。

取り返すチャンスはいくらでもある。

私は何度も聞いたその言葉を、自分に言い聞かせるように念じていた。

 

 これまでも何度か失敗する度に、親や教師、職場の先輩に教わった言葉だ


私はまだ信じていたのかもしれない。取り返すチャンスがあると。


 今までそんなチャンス、一度すらまともになかったのに。


 群青パインにも、離れた位置から頭を下げろとマネージャーに言われ、椅子に座ってスマホを眺めていたメンバーたちに向けて私は頭を下げた。


「あのぉ、この度は私のミスにより、皆さまにご迷惑をおかけしました。本当に、まことに申し訳ありませんでした」


『・・・・・・でさー、何だ?さっきのハメツのゲームに出てたキャラって・・・・』

 

 全くの無視だった。

心にぽっかり穴が空いた気がした。

下を向きながら、何をやっているんだろう私は?と思えた。


 小説家になるはずが、どこをどうしたらこんなUチューバ―ごとき馬鹿どもに頭を下げることになってしまったのか。

もう一度原点に戻りたい。

まだチャンスがあるのなら。いやあってほしい。


『どんまい兄ちゃん!俺ら全然気にしてないって、踏ん張りや!』

その時ポンと肩を叩かれ励ましの言葉を掛けられたことに気付く。


 見るとサノワキの二人が立っていた。

『俺ら怒られるなんてしょっちゅうやから、もう気にしてへんけどな』

『いやお前は気にせえや、少しは』

 

 こんな裏で漫才めいた掛け合いをするなんて、こいつらは根っからの芸人なんだなと、私の固まっていた心をすこしほぐしてくれた。


「うるせぇわ!お前らがこのUチューバーを煽ったせいもあるだろうが!」


 自分でもよく分からないが、私はサノワキの二人に向けてついたまっていたうっぷんをはきだしてしまう。


 励まされて勇気づけられた心が、思いもしないところで反作用してしまったのかもしれない。


 『・・・・・すまん』

 サノワキの二人が謝り、群青パインのメンバーもポカンと引いた目で私を眺めていた。


 

 その後にあった午後のイベントでは、私は警備任務を外された。


 今日はもう帰っていいと言われスタッフたちの控室へ戻ろうとすると、休憩室から男女のひそひそ話す声が聞こえた。


 こっそり覗くと、群青パインのあのクソ忌々しいマネージャーが司会役の美しい女性にちょっかいを出しているのが分かった。


『ねえ佐々木さん、この後食事でもどうかな?ねえせめてメアド教えて』

『え~でもちょっと。渡辺さんって結婚してますよねー?いいんですかー?』

『いいんじゃないの~?ちょっとぐらいさ~。また今度割りがいい仕事回してあげるから、ねえどう、いい?』

『え~それ本当ですかー?どうしようかなー・・・・・、じゃあ連絡先だけですよー』


 余りのやりきれなさや理不尽さに、その時私は頭にカっと血が上りつい感情に任せた行動をとってしまう。


 勢いよく休憩室のドアを押し開けると、

もっていた警備用のこん棒を群青のマネージャーへ向けて思いっきりブン投げた。


 後から考えれば、せめて上手く外れてくれたのだけは幸いだった。


 勢いよく回転しながらカベに当たったこん棒は、跳ね返って後ろからマネージャーの後頭部を叩いた。


 『いったー!』


 私はその勢いに任せてマネージャーへ罵声を浴びせた。


「ふざけたことしてんじゃねぇぞ!この腐れ男がぁ!」


『きゃっきゃー血が出てる』

司会のお姉さんがおびえながら叫んでいた。


『えっうそマジで?うわぁ本当だ!』

後頭部に手を当てたマネージャーの男が、自分から出た血を見て騒いだ。


 私は怖くなって自分の荷物をさっと取ると、その場を離れて家に帰った。


「大丈夫、大したことなかった。意識はあったから」

 そう願いながら、一晩をおびえて過ごした。



 翌日いつも通り出勤すると、すぐに警備主任から呼び出される。


 君は職務上重大な規律違反をしたので契約解除でクビですと、あっさり言われてしまう。


 ケガの件は大したことないので、相手方は事件にはしないと言っていると聞けて、解雇のショックはあるが私は安堵した。


 退職用の書類へ記入をさっさとすませ、速やかに荷物を整理すると、そのまま帰宅して三日間は特に何もせず、ただぼんやりと空想をして過ごした。


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