第10話 声なき声

 『ミシマさんアンタ頭をツッコミすぎましたですヨ。

コノ商売我々のモノ、要らぬチョッカイカケナイでもらいたいヨ。

じゃないとアナタ、お先なくナルかもネ』

 

 三島は身を固くする。

アジア系外国人による片言の脅しにプレッシャーは感じなかったが、彼の身の回りには既に制御不能な異変が相次いで起きていたからだ。


『ヤンさんこれは手だしするとかじゃないんです。俺の今扱っている案件と偶然噛み合っちゃってるだけなんで、別にアンタらの島をどうこうなんて・・・・グフッ!』

 突然後ろから後頭部を殴打された衝撃で、三島は膝から崩れ落ちる。


『ダメね三島君。貴方にやってほしかったことよりちょっと出過ぎてるわ。

やる気のない貴方らしく、もう少し遠慮してくれてたらよかったのに』


 薄れゆく意識の中でその人物が視界に入った。

そこにいたのは、先月失踪したとして捜索中の木島真理子であった。


 どうやら最初から自分は誰か大きな存在の手のひらでただ転がされていたのだと、三島は思い知った。

 

 その安らぎの感情を得ると、間もなく意識は途絶えた。


―――――――――――――――

 

 集中しておこなっていた執筆作業をいったん止め、ふと時計を見ると夜11時を過ぎていた。

ぶっ続けで5時間も作業していたことに、若干の虚しさや後ろめたさを感じ、私は一度パソコンの電源を落とす。

 

 文芸誌の新人賞を狙うための、何でも屋の青年を主人公とした純文学小説を創り始めて既に1か月、物語構成としては山場に差し掛かっていた。


 ここにきて街中で行っていた作業は再び家に籠っておこなうようになっていた。


 世間の情勢が変化して、その空気感へ自分なりに敏感に反応し忖度したつもりだった。実際、こんな夜中に用もなく街をふらつく人間はもはや人間とはみなされず、戦前で言うところの非国民に過ぎない。


 総選挙は大方の予想では与野党の争いは僅差とみなされていたが、結局は政権幹部の読み通り、現政権側が安定過半数を握り、引き続きこの国の運営を担うことになった。

 

 投票率は極めて低く、民意なき政権内閣と揶揄はされていたが、それでも誰かが言ったように、”サイレントマジョリティーは賛成です”の言葉が導いた結果なのだろう。


 私自身もおおむね同感だった。

無駄な時間をとられる投票なんて行く気はなかった。

今と同じく凡庸だが無難にこなしてくれる政権であればいいのだ。

 

 来年にはいよいよオリンピックがやってくる、その数年後には万博も。


 株価は一定のラインで安定し経済もいずれ活性化してくる。とりあえず今と同じ現状維持の明日があるのならその希望だけで充分、曖昧な不安は忘れてまだ見ぬ夢や希望に縋ろう。

 

 私もじっくり夢に縋り続けて幾時過ごし続けたか分からないが、まだこの時点では心地よかったのだけは覚えている。


  

 過去の例をなぞるように、国民に信託されたことで政権は威勢よく動き出す。


 無事通過儀礼としての選挙を終えたということで、さっそくこのタイミングで再び総理大臣はウイルス感染拡大による緊急事態宣言を発出した。

 今までずっと感染は広がり続けていたにも関わらずだ。


 そして私権を制限する条項をともなう法律も速やかに提出し、通過させるという。


 世間でさかんに言われていたのは、ルールや決まりを守らない人たちには欧米のような厳しい公権力の取り締まりを受ける。

つまり政府や自治体の指示を守らない人たちは即逮捕、拘留、それに罰金10万円を取られるというものだった。


 私はほくそ笑んだ。

なんだ、ここにきて以前一律に配った10万円を取り返そうということか。

元々金持ちには必要なかったんだから、そうだもっとやれと。


 私はもう街には出ない、必要以上には。

ただ執筆さえできていればいいのだ。


 それまでは水やカップラーメンをすすって生きていこう。


 いずれ賞が向こう側からやってきて、

ずっとただひたすら小説を書き続けていればいい、そんな存在になれるのだから。

 

 そうきっと世間から認められる、そんな小説家に私はなる!



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