第7話 フラストレーション
全然自分の人生に関係のない人の意見に左右されるほどアホなことはない。
自分の人生でしたいことを貫き通し、後悔も憐みも諦念も悔恨も無念や悔しさも虚しさも、全部我が事として受け入れられるなら受け入れられるだけ好きなことをやり通したらいいのだ。
まあ誰も勧めないし、お勧めもされないだろうが。
私は次作の小説の執筆に取り掛かり始めていた。当然仕事は退職したうえでだ。
あれから何度か後悔をした。性欲をプライドが上回ってしまった自分に。
なんであの時、一時の憂さ晴らしだとしても彼女の誘いに乗って女性の体を求めなかったのかと。
金での繋がりでもいいじゃないか、どうせこうして仕事を辞めるのなら。
一晩共に過ごした女性のことを良い思い出として、結果的に小説に対してもっと前向きになれたかもしれない。
あの時オフィスで誘ってきた彼女、いや別のもっとタイプの魅力的な女性と出会う可能性もあり得た。
飲み会に参加し、感性が合う女性と知り合いそのまま体を重ね合わせれば、
その高揚感を元に今頃また別の小説のアイデアが浮かんでいたのかもしれないのに。
しょせんもう失われた可能性のことだからなのか、現状に不満があるからなのか、無駄なことばかりが頭をよぎってしまう。
季節は秋に差し掛かり、ウイルスによる感染者拡大のニュースをあえて無視するかのように騒ぎはしゃいでいた人たちも、すっかり姿を見せなくなっていた。
街からはにぎわいが消え去り、ただスーパーやホームセンターのみが混雑し、
我先にと必需品を買いあさる人たちだけが目立っている。
そんなムードに乗せられた私も、再び家にこもり作業に励むことになった
次作は仕事中構想していた通りの、異世界探偵もの、名付けて
『異世界探偵、志堂究(しどうきゅう)』
~ファンタジー世界で頑張るアナタ、やり直せます~
書いてみる前にはけっこう自信があったはずなのだが、ただ実際書いてみると、イマイチ手ごたえが感じられずにいる。
――――――――――――
『やはり君だったんだなカズト。この村では不審な住民の移動があって、そのたびに魔獣に襲われていた。もう君は何度もセレーナお嬢さまやルーナくん、そして村人を救っているヒーローだ。一体どういうトリックを使ったんだ?』
『志堂さん・・・・・、もう分かってるんでしょ?俺はね、この世界では、何度でも巻き戻す能力があるんだ』
『巻き戻す能力?不死身、それともリセットという意味か?』
この世界にきて一週間、彼の足跡をたどっていた志堂にとってすでに理解していることだが、カズトからの言葉を促すためあえてトボケてみる。
『まあ簡単にいえばリトライ能力です。過去一日の範囲でリトライポイントを3つ設定できて、俺はそのポイントへ戻って何度でもやり直すことが出来るんです。
その代わり死ぬのはダメらしい、そう女神には聞いてます』
『女神か、そんな崇高なものにまで君が加護を受けていたとは』
これもすでにカズトへのプロファイルをかける過程で知っていたことだった。
カズトがこの世界に初めてやって来た時、時の女神サーニャにより能力を授けられたことを。そして彼はサーニャに密かに憧れていて、彼女を凌辱したいという不純な感情を抱いていることも。
ちなみにこの情報は志堂が大地の女神アクナ・ミコリスとの三日三晩の濃厚なセックスをした上で引き出したものだ。
――――――――――――
『死ぬ気になれば何度でもやり直せる。そういうことなんじゃないのか?君がここへきた意味は。なんでその気持ちをもって現実世界でトライしなかった? 失敗しても君ぐらいの根性があれば、何度でもやり直せるはずだ』
『いやダメなんです。現実世界では、頑張っても報われないことが多すぎた』
『報われないというのは、異性関係でという意味でか?』
本題に入るため、志堂は彼が鬱屈することになった元の感情に触れる。
『そうです。アッチの世界ではこんな俺のことを慕ってくれる女の子、巨乳メイドもパンツ丸見えの銀髪お嬢様も、お尻がエロ美しいサーニャさんもいなかったし・・・・・・、頑張り甲斐がないんだよおっ!』
現実世界のことをアッチと呼び、この世界で共に生きる女性たちを性のはけ口としてしか見ていない彼のことをこのまま現実世界に引き戻して良いものかと、志堂は自分の任務への決意がしばし揺らぐ。
そしてどうするべきかしばし頭を悩まし、持っていたとっておきのカードをここで繰り出すことにした。
『しかし君はここにいるキャラたちと身体の関係は持っていないようだが、それでもその頑張り甲斐とやらはあるというのか』
この世界で過ごすことの虚しさを理解させ、全ては彼の心を入れ替え、現実へと向けさせるために。
『おっ俺はそのっコッチのキャラとは、そっそういう行為が、せっセックスができないみたいなんですよぉ・・・・・!』
『ほおっ。そりゃ難儀なことだが、どういうことだ?」
あえて意地悪い聞き方をして カズトの口から想いを吐き出させる。
『くそっ、そのぉ行為自体は何度もやろうとしたんです。そりゃ俺はそのことばっかだったし彼女たちもまんざらじゃなかったから。
でもしょせんはキャラクターだからなのか、女性としての機能が感じられないっていうか、そのっ重要な部分がなかったり、逆におかしなものがついていたりして、そんなのもう全然やる気なんて起こらなくなっちゃうでしょおぉ!』
「ふっそうか。そりゃ悪いことを聞いた」
思わず志堂から笑いがこぼれる。
こっちの世界の住人と行為をおこなうために、彼に重要な加護が与えられていないことを知っていたから、その哀れさに。
『俺って女の子大好きなはずなんですけど、何でかなあ?罰が当たったのかなあ』
カズトは欲望の女神アグエラから、この世界での性行為ロックをかけられていたのだ。
それは彼の不純な動機がバレていたからだし、彼のこの世界での役割も考慮されてのことだ。
カズトはこの異世界へはトリックスターの役割を演じるため女神に召喚されていた。役割としては気ままに振舞うこと、言わば自由に好きなことをして楽しんでくれということだ。
その結果この世界の住民たちに危機感を与え、進化を促せればよかったのだ。
『君はそれでも、この世界で彼女たちを愛しつづけることが出来ると言うのか?』
『ええまあ、愛するっていうか。パンツが見えたりオッパイ軽く触るぐらいはオッケーらしいんで、あとは言葉遊びで我慢してます。
ただこれが永遠と考えるとキツくて、エサの前でずっとお預け食らってるのはサイアクな気分です・・・・・』
現世では鬱屈していて二次元好きだった彼なら、放っておいてもファンタジー世界では奔放に振舞うだろうと、女神に見込まれ呼び出されただけだ。
実際その通りやっていたらしい。
だがそれ以上のことをして彼が狂ってしまわないよう、カズトにはこの世界の女性の裸を見て欲情したり、性行為をしようとする際には相手の体を見えなくしたり、興奮を鎮める術が作用する体にされてしまっていたのだ。
『どうだろう?カズト君。その想いがあるなら現実に帰ってみるというのは?』
私は捜査の過程でそれらの情報を得ていたので、カズトはいずれ現実へ帰ると確信できていた。
『でもアッチの世界ではセレーナもルーナもいなんです。現実に戻ればまたくだらない日常が待ってるし、ファンタジーな女の子がいないのはかなりツラすぎます』
『創ってみたらどうだ?君はアニメや漫画が好きなんだし、セレーナやルーナをいっそ創作物として描いてみるというのは?
そうすれば彼女らといつでも会えるし、なんなら疑似的にセックスが出来るかもしれない。既にアッチはそんな社会になってるぞ』
『それマジっすか!?そんなスゲエこと出来るんすか!なら帰ります。俺もう現実に戻ってもう一回やり直して見せます!この世界でけっこう成長できていると思うんで、それなりには頑張れると思うんです』
短絡的な思考のカズトのあまりの変わり身の早さに、またしても志堂から笑みがこぼれる。
『ハハッそうだ、その根性だ。諦めず、何度でもしつこくやり通す気持ちが必要なんだ。カズト君がこの世界で時を巻き戻したようにな。
諦めずにやり通せばきっと現実でも夢は叶う。好きなキャラを嫁にしてセックスがしたいだけなら君の夢はもう叶ったようなものだ』
『はいっありがとうございます。俺アッチに戻ったら漫画とか小説書いて、ルーナとセレーナをきっと召喚してみせます!』
期待していたセリフがカズトから聞けたことで、志堂は胸のつっかえが取れ、ようやく彼を現実へと帰還させるための段取りに入る。
村の教会の裏へとカズトを連れて行き、時空の特異点を魔方陣を使って導き出すと、出現したその穴へと彼を押し込んだ。
『じゃあな、頑張って彼女の・・・・、いや彼女と仲良く小説を書けよ』
『はい志堂さん。またどこかで会いましょう』
『失敗を恐れるなよ。頑張れカズト』
志堂が励ましの言葉をかけると、青年は時空のはざまへと消えていった。
そう“失敗を恐れず、続けることが大事なんだ”
これは志堂が一貫して異世界に転生した若者たちに伝えたいセリフであった。
だから任務が成功し、無事帰還する際には必ず最後にいつもこの言葉をかけることにしていた。諦めずにしつこく、やり続けることが大事なんだ。
『状況終了。カズトは心を入れ替え帰還する。私は例の場所で待ってる』
志堂は依頼主であるカズトの姉、ミサキへと任務完了のメッセージを送る。
そして報酬を受け取るため、現世で志堂が情事のために使っているウインストンホテルの709号室部屋へと向かった・・・・・・。
――――――――――――――
異世界探偵、志堂究・・・・・・。
とりあえず1話分ほど書いてみたが、何だろうこれは?
実際書いたものを読んでみると、
やはり全くと言っていいほど面白みを感じなかった。
単純なパロディになってしまっているからだろう。
これでは異世界もののパロディにすぎない。なおかつ質が低く、探偵のせいで説教じみてる。
そもそもこれは異世界ものをある程度好きでないと通じない話なのに異世界ものをどこか小馬鹿にしている。
つまり誰も喜ばない、イコール面白くない。
それに凌辱やらセックスやらの言葉が何度も出てきて、自分のたまっている鬱憤が作品に表に出すぎている。もはやラノベにも定義できない。
パロディの時点でオリジナリティーは無いし、売れる要素としての伸びしろも無いのに、何故もっと早くそのことに気づかなかったのだろう?
ここでようやく自分の適性というものを思い知った。
どうやら私は異世界ものを書くには向いていなかった。
ジャンルとしてあふれすぎている分、異世界ジャンルをどこか冷めた目で見ていた節はあったが、あれでもそれなりに描く上でのセンスは必要なことに気付いてしまった。
人生にうらぶれて、もはやファンタジー世界にすがるしかない人たちへ向けて、
貴方じゃなくて世界が悪いんだよと、たとえ物語上であっても別のパラレルワールドを提示してあげられる、
そんな愚直なまでに徹底したサービス精神が必要だったのだ。
だからこそある一定の層には好んで読まれているのだ。
ここでキッパリ思い至った。
私には小説投稿サイトで人気が取れるような作品は書けない。
私は生き方としてはバカだが、小説では筋の通っていないバカを描きたくはなかったのだ。
自分の書きたい作風とは合わない、
過度な誇張にあふれた作品は書けるわけがなかった。
もし投稿サイトで受け入れられる作品が私には書けないのなら、もうここできっぱり大きな方針転換をするしかない。
それは書く上でのジャンルを切り替え、出版社への投稿に切り替えることだ。
書くものはそう、今という時代を切り取った・・・・・純文学とする。
アレは過度な脚色は必要ではなく、なんとなく雰囲気さえ醸し出していればいいのだから、
それで何かしらの新人賞を狙ってみるとしよう。
できれば新人作家の登竜門を、そう芥川だ!
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