第6話 高慢と偏見

  「それって小説ですか?」

 集中して画面を眺めながら空想していたせいで、後ろから声を掛けられていることに最初は気付かなかった。


 「あの聞いてますぅ、それって小説のやつですよね?」

 

 振り向くとオフィスにいた若い女性、マスクをしているのではっきりとは分からないが、三十前後のまつげと鼻の長い女性が、私の見ているパソコン画面を指して声をかけていた。


「あっああハイ、そうですね。小説の投稿サイトみたいですハハハ」

「ですよね~。私も小説とか結構読むんで、そういうの前にいっかい見たことあるんで~、いや~やっぱりですか」

 

 いきなり自分の内面を覗き見られた気がしたうえに、このオフィスに来て初めて女性に話しかけられたせいもあってか、私は顔が真っ赤になっているのを感じその女性の方をまともに見ることも出来ずにいる。


「でも、なんか全然面白くないんですよね~やっぱそういうのって。

いかにも素人のはきだめってか」

「えっ、なっなんです?」


「そういう小説のサイトですよ。

私も前に一回見たことあるって言ったじゃないですか~?

その時トップページにあった人気作ってのちょっと読んだんですけど、

マジでキモくて~ですよね~?人バカにしてんのかって感じてすぐ読むのやめちゃいました~アハハハ」


「あっははは、そうですよね。ちなみにどんな・・・・?」


「なんか~私が読んだのは~異世界?に行った主人公が超おっぱい大きい女戦士を仲間にして、ド淫乱なメスとかいってたかな?あと女の子モンスターとか幼女の妖精キャラを奴隷にする話だったような・・・・・?

あっこれ別に私の意見とか入ってないですよ、あらすじをパッと思い出していっただけなんで、私は別に変な奴じゃないんで」


「・・・・はい、分かってます。」


 確かに私自身もそういった作品を引いた目で眺めていたことは否めないが、一度はその手の作品に憧れを抱き構想を練って手掛けている以上、私も彼女の言うところのおかしな人間に属するんだろう。


 現実的な目線を持った人からの辛辣な意見を聞くと、とたんに胸が苦しくなって変な汗をかいてしまっている

 

 私はいったん空想するのをやめ、仕事モードに切り替え作業を再開する。

 

「やっぱ~私が読むならキミスイとか~、あとは~世界観さんのとか~純文学系かな?どうです?あの~何さんでしたっけ、まあいいですけど、君は一体どういうの普段読むんですか、読書好きなんですよね?」


 まだ何か言い足りないのか、目を血走らせた女性はなおも私に問いかけてくる。


「う~ん、僕はハルヒとか、かな?」

「は?」

「・・・・・いや、ハルキです」

「・・・・ああ村上のね」


 ついさっきまで浮かべていたはずの異世界探偵のプランは、すでに遠くの過去のように感じられてしまっていた。



「で、続けるんですか?」

「えっ?」


 唐突に続けるのかと聞かれて、自分の小説ことを聞かれているのかと勘違いした私は、かなり焦った調子で彼女の方を振り向き聞き直してしまった。


 訝し気な目つきで見られている。


「いやこの仕事ですよ。

もう辞めたいなって顔してるから、気持ちは分かりますけどね」


「いやいやそんな・・・・・」


「ふ~ん、そんなマジに深刻な顔しなくても。ちょっとフザけて聞いただけなのに、はんっ」

 

 明確な否定をできなかった私のことは、

すぐ仕事を辞める類の軟弱な男と思われているに違いない。

 彼女は呆れたように苦笑いを浮かべていた。


「ああそうだ、これ言っとかなきゃだ。

実はこの仕事の仲間で飲み会やることになったんで~、

なんかゴートーイートキャンペーンってのが今使えるらしいんで、ウイルスとかは怖いんですけど、安く済むしまあ少しなら大丈夫だろってことでみんな行くらしいですけど、君はどうしますか?

知らない人ばっかなんで別に気兼ねしなくていいと思うけど」

 

 ここで即参加しないと言ったら、臆病で意気地のない男同然だ。

返す言葉に少し迷う。


「えっと、どうしよっかなあ・・・・・」


「私はそんな積極的でもないんですけど~、なんか聞くところによるとカップルとかよく出来てるみたいですね~。知らない人同士でも、会ってすぐ?もあるとか。で君はどうします?」

「カップルですかぁ・・・・いいですね」

 

 出会ってすぐに出来るという言葉の響きに、全て小説のことなど忘れて引き寄せられたくなる自分がいた。

女性の胸に吸い付く自分の姿を、漠然とイメージしてしまっている。


「でもダメですよ一回だけとか考えない方が。ヤリ目的の人はすぐ分かるんで~。

いくらこの手の仕事に集った女子でも、一回だけのヤリ目的の人は相手してくれませんて~」


 女性から発せられるにはあまりの直接的な表現に、膨らんだ期待は即座にしぼむ。

 

 もうきっぱり断ろう、そして仕事も辞めようと考えふたたびパソコンのモニターへと向き直ると、彼女の顔が息が感じられるぐらいの距離まで近づき、私の耳元に向けて何かをささやきかけてくる。 


「3万くらいならオッケーかな、どう?」

「・・・・いや、どうって言われても」

 彼女は私のことを明らかに軽く見ていて、誘いをかけてきているようだった。


「君ムッツリくんですよね?はっきり感情や言葉に出せなくて悶々とするタイプでしょ。どう、ほら?」

 

 彼女はスカートのすそを少しまくり上げると、ストッキング越しの太ももを覗かせていた。


 ちょうどそこには伝線が入っていて、

私は自分のことがこのストッキング同様の安物だとみなされているようで不快な感情を覚えた。


「別に辞めてもいいんですよ仕事ぐらい。実際そういう人もいますし~。ヒドイのではヤッて金だけ置いてすぐ逃げる人とかいますし~。で~君はどうします?」


「・・・・・いや、やめときます。今お金ないんで」

「ああそうですか、ふんっ。じゃあお疲れ~。・・・・・あっ今のことは内緒で。言ったら探し出してボコボコにしますから。知り合いにいるんでけっこうヤバ目の奴」


「もちろん、言いませんよそんなの」

「じゃあいいですお疲れ~。一人でどうぞ頑張って~」


 もやもやした感情に引きずられて、その後しばらく小説のことは考えられなくなった。


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