第5話 トリクルダウン

 私が座っているデスクの列には6個ほど席があるが、座っているのは2人だけだ。


 2席ほど開けて左端に1人男が座っているだけ。それでも不快な香水の匂いがプ~ンと漂ってくる。


 

 一体この会社は元々どんな会社だったのだろう?

よく分からないが、このオフィスにいた課長らしき人物に指示されて私は黙々と仕事をこなしている。

 

 本来請負だからこの知らない人物に仕事のことをいちいち指図されるいわれはない。だがそうしなければ何していいか分からんから、とりあえず言われた通りの仕事をこなすだけだ。


 今やっている仕事は、聞くところによるとパンデミックによる産物らしかった。

どうりで不況の入り口に立っている状況でもすんなり仕事が見つかったわけだ。


 ウイルスにより事業継続困難になった会社向けへの持続化給付金というものがあって、そのために申請された会社からの書類に不備がないか照合して、データ入力していくのがこの度用意された仕事だった。

 

 なんでも官公庁よりこの事業を受注した企業から、2段階ぐらい下っ端へ落っこちてきたのが、今私がやっている仕事らしい。いわゆる孫請けというやつだ。

 

 あまり周りに口外するなとは釘を刺された、言ったら暗にクビだと。

まあそんなこと私は気にしない、何故ならもう辞める気満々だからだ。


 私はまた密かに小説を構想し書き始めていた。

自分でも意外にタフだと思う。

書くためには集中した時間と環境が必要だ。

そのための資金を、この度の仕事によってまた少し手にすることになる。


 2か月ほどデータを見比べる仕事をしながら、合間に小説を構想してなんなら仕事中こっそり執筆してしまえ。席もスペースも多めに空いていることだし。


 そして機を見て辞めてしまおう。

 

 どこぞの分からん企業より、自分自身の気持ちを持続化させる方がよっぽど重要なのだから。


 

 今度の作品はある程度ベタで人気の取れそうなジャンルを選びながら、なおかつ定番である異世界ものをしつこく押さえることにする。


  名付けて、異世界探偵!

それぞれ人気がある探偵ものと、異世界ものによる相乗効果が狙えるわけだ。


 もちろんタイトルはもう少し興味を引くものを考えるとして、

内容としては異世界へ自在にワープができる探偵が、その世界を捜査をしながら冒険をする話を描くつもりだ。


 そこで何を捜査するかというのがポイントで、私は基本探偵に人を捜索させようと考えている。

非常にありがちな異世界転生を利用しつつ、それを逆手に取った話を描くというわけだ


 異世界ものではほとんどの主人公が、冴えないニートやフリーターなどの若者であり、現世に憂いを抱いた末の、事故や失踪という形で異世界へ旅立つ形式を多くとっている

 

 異世界探偵ではそういった異世界へ転生した若者を捜索し、見つけ出したうえで現世の家族の元へと無事復帰させるストーリーを、感動仕立てで描こうと考えている。


 もちろん現実がイヤすぎて、死んだも同然で異世界へ旅立った若者が、ただ説得しただけで帰還させられるような安易な話にはしたくない。

 

 異世界へ旅立ったキャラたちは、現実世界で叶わなかった異性との触れ合いや強い敵を打ち倒す冒険、はたまた道具や武器をクラフトしたりする金稼ぎなど、充実した異世界ライフを送っているのだから、元の世界になんて戻りたいわけがない。


 そこでまずは苦難の捜索の果てに、それぞれの世界で転生人と出会えたなら、まずは一緒に旅をして苦楽を共にし、好きな子の話をネタに酒を酌み交わしたりしながら、場合によっては対決もしたりなんかして、互いの心を充分に通いあわせたうえで、自然と現実への復帰を促す方向へともっていく。


 異世界でそれだけ活躍できたなら、きっと現実世界に戻っても

何かしら出来るはずだし、なんでそのやる気を現世で見せなかったのかと。


 彼らの異世界での冒険の記録を取っていた探偵が、それを回想ストーリーにして読み聞かせてあげることで相手の心を揺り動かし、ファンタジー世界でやり残したことはないと理解させた結果の、成仏という形で現実世界へと帰還させてあげるストーリーにしたい。

 

 余計なお世話かもしれないが、そのような諭すシーンも盛り込みたい。

 どうだろう?


 これなら推理しながら冒険する話で緊張感を味わえるし、転生者を追跡する過程では異世界ものが好きな人もあるある話として楽しめる。

 

 さらに転生者を説得し、現実へと復帰させる場面はおのずと卒業式的なものになり、キャラの人生ごと回想する感動シーンを

描くことになるのではないか?


 まだはっきりとした確信は持てないが、とりあえず構想をして設定は考えたので、あとは書いてみて判断することにしよう。

 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る