栗きんとん

 結婚の許しを得るために、彼女の実家を訪れた。手土産は僕の地元岐阜の郷土菓子、栗きんとん。

 彼女の父親は典型的な九州男児、しかも頑固な寿司職人。舌が肥えていそうで、お土産を喜んでもらえるのか心配だ。


 居間に通された僕は逃げたくなった。彼女は母親と一緒に台所に引っ込んでしまったのだ。

 居間には、僕と父親の二人きり。  

 なんという拷問シチュエーション。

 天気の話題をだしたが父親は答えない。眉間の皺が消えない。

 僕は手汗をズボンで拭った。


「お気に召してもらえるか、分からないのですが……」


 場がもたずに、彼女の母親に渡そうと思っていた栗きんとんを差し出す。すると、険しかった父親の顔が破顔した。


「○○店の栗きんとん! 食べてみたいと思っていたんだ。嬉しいなぁ」


 その後、僕は父親にお酌されるがままに呑み、酔いつぶれてしまった。

 彼女の案内で寝室へと向かうことにする。居間の戸を閉めようとして、父親の太い声が聞こえてきた。


「いいヤツじゃないか」


 どうやら僕は合格したらしい。安堵して彼女のお腹に目をやる。

 来春、僕は父親になる。産まれてくる子は、皆に祝福してもらえる。

 僕と彼女は顔を見合わせ、笑みをこぼした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る