4月11日(木):イブとクララ
【京一】
昼休み。僕は晃と共に食堂の隅のテーブルで日替わり定食をむさぼっていた。
悲しきかな昼食を共にする相手は決まってこの腐れ縁なのである。
「あ、やっと見つけたー。こんな隅っこで食べてるなんて、なんか暗いよ!」
かと思っていたところ、ふと明るい声がかけられる。女子の声だ。
僕らの座るテーブルの方へと歩み寄って来たのは、二人の女生徒。
明るいブラウンのロングヘアをなびかせ、同じくブラウンの色をした瞳でこちらを見る少女。
その後ろに一歩下がって隠れるようにしている幼い見た目のもう一人の少女。
「おー。イブとクララじゃん。よお」
晃が片手をひらりと上げる。
「イブって呼ぶな!」
彼女の風貌は割と目立つ。本来なら校則違反に当たる明るい茶髪だが、彼女が指導を受けることはない。
その面立ちを見ればそれが染髪でないと察せられる。――彼女はハーフなのだ。
「……ここ、座らせてもらうからね」
「どうぞお好きに、イブちゃん」
「だからやめろってば!」
そう言って晃の頭をばしんと叩き、彼女――イブは、彼の隣に座った。
「いってえ。なんでだよ、昔っからそう呼んでたじゃん」
「ま、まあ、そう呼ぶのはいいんだけどっ……こんなとこで呼ばないで。中学の時みたく広まっちゃうでしょ」
「いいじゃねえか別に」
「やだよ。もう高校生なんだよ? 子供じゃないんだから、変なあだ名で呼ばれたくないじゃん、ねえ
「? 私は別にいいけど」
イブはもう一人の女生徒へと同意を求めるが、彼女はあっさりと否定する。
「隣いいかな、京一君」
「いいよ。くら、……じゃなくて蘭子」
小さな彼女はちょこんと僕の隣に座った。
きめ細かな黒髪のショートボブが、日本人形のような雰囲気を思わせ、テーブルを挟んで座るハーフ少女とはまるで対照的だ。
背が低く、童顔。
まだ入学したばかりとはいえ、とても高校生には見えない。
では間違えられるべくは中学生かと言うとそれも少々言い難い。
一見で判断するなら、小学生だ。それほど幼い外見なのである。制服姿が、どこかインモラルにさえ見えて来る。
「えへへ、クララでいいよ。あ、ていうか、私たちの方こそ先輩って呼ばなくちゃいけないよね」
「えっ。やだよ」
イブが即答する。
「おいこら待てやイブ。子供じゃないとかいうなら、ちゃんと先輩への礼儀も……」
「うっさい!」
「…………」
あだ名はそれぞれ『イブ』と『クララ』。
二人は、僕らの一つ年下で、小・中学校とずっと同じだった。去年、僕らが中学を卒業してこの高校に入学し、今年になって彼女らも同じ高校に入学してきたというわけだ。
小学生の頃は、ここに凛を含めた五人でよく遊んでいた。
「ふう。ごっそさん」
定食を平らげた晃。昼時のラーメン屋にいる中年オヤジみたいな言い方だ。
「ときにイブよ」
「だからイブって呼ぶな」
「食堂でわざわざ俺らを探しに来るなんて、……お前たち、さてはまだ友達作れてないのか?」
「はあ? そんなわけないじゃん何言ってんの」
「いやいや、隠さなくてもいい。よくある話だからな。昔からの仲良しと同じ高校で同じクラスになって、出だしボッチじゃなくてよかったと安心してたら、結局その他に友達が作れなくて寂しい想いをするなんてこと」
「それってあんたら二人のことでしょ」
「はあ? そんなわけねえだろ何言ってんだ。俺らだって他に友達がいないわけじゃねえぞ! なあ京一! 同じクラスの山本っていうやつがいて、三人でよくつるんでるんだよ。いやあ山本はおもしれえやつで――、」
「じゃあなんで二人でこんな食堂の隅っこで食べてんのさ。その山本って人は?」
不実な旦那を咎める妻のような目つきで、イブは晃に問う。
三人でつるんでいると言うなら、今この場に山本がいないのはおかしいじゃないか、と言いたいのだ。確かにそうだが……それには、事情があるのだ。僕がそれを伝えてやる。
「……山本には、彼女がいるんだ。いつも、昼休みには彼女と一緒にいるんだよ……」
「あ。なるほど、ごめん……」
少し気まずそうな顔をするイブ。
晃が言ったのは事実だ。同じクラスに
彼は、他クラスに交際相手がいる。
ちなみに部活が一緒らしい。新聞部だ。今はその部室にて、彼女と昼食をとっているはずだ。まったく恨めしい。
「で、結局君らはどうなんだよ、他に友達はいねえのか」
半ばヤケクソ気味に、晃がイブに食ってかかる。
「……別に、友達作れてないとかじゃないよ。蘭子以外にも同じクラスに友達はいる、けど、なんていうかさ……」
むむ、と少し言い淀むようにしてから、イブは続ける。
「あーもう、ぶっちゃけめんどいんだよね!
わあハーフなんだあ、とか。
どこの国のハーフなの、とか。
でも名前は普通なんだねえ、とか。
英語しゃべれるの? ――とか!
なんで初っ端からやたらプライベートなこと聞いてくんのよ! ていうか英語なんか喋れるわけないっつーの。パパはドイツ人だし! ドイツ語も喋れないけどっ!」
日独ハーフ十六歳の切なる叫びが、食堂の隅にてひっそりと炸裂した。
……なるほど、彼女なりに苦労はあるようだ。外見こそドイツ人の血を色濃く表しているが、中身は純然たる日本人なのだ。父の故郷には行ったこともないらしい。
「京一君。凛ちゃんと同じクラスなんでしょ?」
晃とイブのやり取りはさておき、といった感じでクララが僕に話しかけてきた。
「あ、うん。そうだけど」
「じゃあ、凛ちゃんとは一緒にお昼食べたりしないの?」
「いや、そんなことしないけど……」
凛は、毎日弁当持参である。わざわざ食堂まで来ずに教室で食べている。同じく弁当持参の宮本と一緒に。
凛と宮本は去年から同じクラスだったようで、仲が良いのだ。
「でも、せっかく五人とも同じ学校なんだし……、昔みたいに楽しくお話ししたいけどなあ……。京一君、凛ちゃんに、お昼一緒に食べようって誘ってみてよ」
「え。蘭子、今なんて? 凛を誘いたいって?」
晃とわちゃわちゃ話していたイブが、クララの言葉に急シフトで反応する。
「うん。だって昔は五人でよく遊んでいたし。お昼ごはんとか一緒に食べたいよね」
クララの言葉に対し、少し考えるようにしてから、イブは言う。
「いやでもさ、食堂のテーブルは四人ずつだし。五人だと一人あぶれちゃうから……」
「えー、でも見て? 余った椅子持ってきて五人で座ってるところ、あるよ? ここみたいに端っこのテーブルだったら邪魔にならないし」
「……それ、いわゆる『お誕生日席』でしょ。そういうとこに座るの、恥ずかしいじゃん。きっと誰がそこに座るかで揉めちゃうよ。だから、やめたほうがいいよ」
「私、お誕生日席でいいよ」
「や、やめなよ。蘭子が座ったら、なんかもう本当に、お誕生日会みたいになるよ」
「それはうれしいな」
「…………」
炸裂するクララの天然に、返す言葉を失うイブ。
そうして、ある種のコントのような空気になって、凛をこの昼食の場へ誘うだかの話はやんわりと空中分解し、そのまま昼休みを終えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます