「みずいろ」について

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054918304018

 ↑本編はこちら


 第一回イトリ川短編小説賞参加作品です。

 テーマは「たったひとつの望み」でした。これが大変に難しかった……。


●テーマから着想まで


「たったひとつの望み」というテーマに数日悩みました。あまりに普遍的すぎると思ったのです。この世の創作の半分くらいはこのテーマに合致するのでは? とさえ……。

「たった」という部分にややネガティブなニュアンスを感じつつ、書くものがなかなか決まりませんでした。

 音楽からヒントを得ようとドレスコーズ「1」というアルバムを聞いていました。

 その中の、「みずいろ」という曲が流れたとき、「あ」と思いました。


 みずいろ

 https://www.uta-net.com/movie/175472/


 ドレスコーズは好きなバンドなのですが、この曲は最初に聞いたときから「幼い少女相手に一方的に語る男」のイメージがあったのです。そのイメージ自体はもちろん好ましくない(勝手に思っておきながらなんですが)のですが、そこからふと、「ペドフィリアの望みはなぜ許されないのか」というようなテーマを思いつきました。


 これには背景があります。この話題で、パートナーとよく揉めるのです。

 わたしは「何があっても幼児への性的接触は許されるべきではない、子供とは合意が取れず大人は子供を保護すべき」という倫理に則った考えなのですが、パートナーは「それは思考停止ではないか?」と疑問を呈する立場です(もちろんおぞましいことだとは思っているそうなのですが……)。

 わたしとしては、犯罪という出来事の観点では決して許されるべきではない、という部分は揺るがないのですが、「人は欲望を持つこと自体をコントロールできるのか?」「欲望を持つことそのものを罰することはできるのか?」「その欲望を矯正することはできるのか?」などの観点では、たしかに疑問があります。

 人生でたったひとつの望みが、他者を侵害していたり非道徳的だったりしてしまう、そういう立場もまた、実際にはあり得るのだろう、と考えました。


 それをふまえて「みずいろ」に立ち返ると、「すごく身勝手なことも、当事者から見たら切なくて美しい可能性もあるよな」と気付きました。第三者がどんなにおぞましいと思っても、当事者からすればこの歌のように美しい物語であることもあるだろうと。そこに果てしない距離と断絶を感じました。それでは、どんなにこちら側から何かを言っても、絶対に通じません。彼岸です。

 この此岸と彼岸を描きたいと思いました。


●執筆にあたって


 書こうと思ったのは、被害者の少女と加害者の男で見えている世界が違う、ということです。

 被害者にとってはただ恐ろしい経験で、「早く逃げたい」ということだけを願っている(=被害者の「たったひとつの望み」)が、加害者にとっては理想の少女と一緒にいることだけが望み(=加害者の「たったひとつの望み」)である、という食い違いです。


 最初は、加害者の日記と、元少女である女性本人の語りの二部構成で考えていました。

 しかし、被害から二十年近く経ってから被害者本人が加害者の日記を読む、というシチュエーションが考えにくかったのと、「此岸と彼岸」を描くに際して、どちらかの立場に視座を置いてしまうのは違うかな、と思い、第三者の視点を用いることにしました。ルポライターである「私」の取材というスタイルにすることで、被害者でも加害者でもない視点からその断絶そのものを浮き立たせようと思いました(できていたかは……)。


 また、当初は1節目が加害者の日記、2節目が「私」の語りの予定で、日記を読み終わった「私」が取材を回想する、という作りでした。

 これは私が得意な反転の手法です。美しい物語と思いきや、それは誘拐犯の日記だった、という話は収まりが良いのですが、意図的な理由とやむにやまれぬ理由でこの方法はやめました。

 意図的な理由としては、このどんでん返しの手法を封印してみたかったという点です。そしてやむにやまれぬ理由は、「私」の物語では、どうしても話を終わらせることができなかったのです。

 最後に何を書いて終わらせるか、どうしても決められなかった。それは、わたしがこの断絶について、まだ明確な意見を持てていないからです。加害者の心情を「歪んでいる、おぞましい」と切り捨てるのは簡単ですし正しいのですが、第三者がなんと言おうと、加害者にとっての世界は揺るがないし、それがある意味で「美しい」ものである、ということもまた逃れられない事実でなのだ、ということにわたしは気付いてしまい、まだその「気付いてしまっただけである」という段階でした。

「私」はわたし、ないし読者の視点を担う役割なのですが、わたしとしての「私」に言わせられることがあるとすれば、「無力」です。でもそれを言葉にしてしまうと、薄っぺらだと思いました。

 そこで、前後を反転させました。「私」が事件の概要を語り、事件の全貌を知った上で加害者の日記に読者自身で向き合ってもらうことにしました。わたしの視点に収斂することなく、オープンにして、感じ方を委ねたいと思いました。


 ですので、この作品は、評価や感じ方が割れるはずだ、と思って書いていました。わたしのように倫理観が強い人は被害者を尊重し、後半の日記はおぞましい、不快なものとして受け取るでしょう。ですが、表現や世界観を重視したり、あるいは創作にそのような倫理観を持ち込む必要がない、とい価値観であれば、日記の文章は美しいと思うはずです。そのために、後半は極力美しく、切なくかなしい物語になるように心がけました。ずっと「みずいろ」を聞きながら、一部内容を反映しつつ書きました。わたしは倫理観が強いタイプなので、これが非常にきつかった……。


 思惑通りに感想が割れたため、「計画通り……」とつぶやいたというわけです。


 ちなみに余談ですが、尾木野が子守唄として口ずさんだ歌は、「みずいろ」の歌詞からとって「恋はみずいろ」です。


「恋はみずいろ」

 https://youtu.be/QnsqBCSBW88


●講評へのお返事


【謎のかわいいちゃんさん】

 まずはわたしの執筆中の呻きへのお気遣い、ありがとうございます! このお題がなければ一生書かなかったであろうテーマだったので、大変貴重な機会を頂きました。


>尾木野の日記の部分はもっと情緒豊かに、執念深く、もっともっと盛ってもよかったかもしれません。まだ2,800字ありますしね。


 この点はおっしゃる通りだと思います。尾木野は「ベロニカ」の気持ちを一切鑑みないのですが、わたしの倫理観がこれ以上書くとどうしてもベロニカの様子に気付いてしまいそうだったのです(なんだか悲しそうなベロニカの描写を何度書きそうになったことか……)。ここはわたしの倫理観が足かせになった部分で、もっと没入して、あるいはドライに切り分けて書ければよかったなと自分でも思います。一方で、


>読み終えたときに「あれっ、でも尾木野は誘拐犯じゃん」というような我に返るような落差があると、かなり印象に残る物語になると思います。

>また構成についてですが、「1」でルポライターが被害者の佐々木さんに取材をし、「2」で尾木野の日記を読むという流れになっていますので、日記のあとに、「3」としてもう一度ルポライターの「私」に戻っても良かったかもしれません。尾木野の日記を読んだその人がどう思ったか。それは作者であるナツメさんの、この作中の事件への見解にもなると思います。ある程度、解釈の方向性を読者に対して示してあげてもいいかと思います。


 このあたりのご指摘については、やや意図したところとはズレるな、という部分になります。今回は「解釈を委ねる」を選択したためです。しかしこれは半ば不可抗力でこの選択になった(わたしに示せる解釈がなかった)とも言えるのですが、やはり人間がこの問題について安易に解釈や方向を示してはならない、とわたしには思えるテーマなのです。「小説」としての体裁はご指摘頂いたような作りのほうが優れているなとわたしも思います。未だに迷いはありますが、評議員3名の解釈もそれぞれ異なる点を見ると、ある程度わたしの意図したように機能しているのかな、と感じました。

「私」に関しても、あくまで読者の目の代わりという立ち位置なので、この人自身についてはあえて深堀りをしていません。日記を手に入れた経緯は……実は調べたのですが(警察における証拠品の保存など)、上手い理屈がつかなかったというのもあります。加害者の遺族から借りたのか……あんまり現実的じゃないですね。そこはちょっとぼかしてごまかしてしまったので、痛いところと突かれた、と思いました。


 自分の小説の構成についてご指摘をいただく機会があまりなかったので、すごく嬉しかったです。上では生意気言ってしまっていますが、意図的な部分も意図しない部分も逃げちゃった部分もありましたので、今後ぜひ頂いたアドバイスを参考にさせていただきます! 企画主催、そして講評おつかれさまでした!


【謎の夜更しさん】

 夜更しさんさん? と思いましたが、夜更しさんでいかせていただきます。


>物語の序盤で被害者の女性にインタビューを試みた主人公は、彼女を普通の女性だと感じ、直後に「私たちが被害者に対してどんなに思い込みが強いのか、改めて思い知らされる」と内省します。またそれは被害者にはこうあってほしい、という願望なのではないかとも考えます。この部分、後半で明かされる誘拐犯が彼のベロニカへ宛てた思いと重ねているのだと思いました。


 この点、実は無意識でして、夜更しさんのご指摘を受けて自分自身で腑に落ちたところがありました。なぜあのフレーズ(私たちがに対してどんなに思い込みが強いのか)を書いたのか、書いたときは必然のように感じていたのですが、その部分を言語化できていませんでした。


>被害者は心に傷を負ってオドオドしていてほしい、誘拐犯は邪悪で身勝手であってほしい、僕の天使は永遠に天使でいてほしい。そういうグロテスクな、しかし誰でもやってしまいかねない行為への批判が本作の趣旨なのだと読みました。


 わたしが意図していたのは「此岸と彼岸」(しかしこの言葉自体は今日この解説を書くにあたってはじめて言語化しましたが)であり、その断絶ではあったのですが、この断絶を「ないことにする」営みが、このような「〇〇は××であるべき」という決めつけと言えるのかもしれません。理解可能な形に押し込めることへの批判といえば批判ですし、わたし自身の観点ではもっと純朴に、「理解可能な形だと思いこんでいたものが全然違って呆然としている」というような感じです。


>主人公がノートを開いたという瞬間こそが本作で最も大事な部分なのではないか


 ですのである意味ではこのご指摘は非常に的を射ているのだと思いました。なんというか、物語のピークはここで、この瞬間に「私」と(読んでいる)わたしが溶け合うような設計にしているつもりなのです。「私」が語った「犯罪者はこうあってほしい」という願望への抵抗をそのまま自分のものとして、物語の後ろ盾のない無防備な状態で加害者の日記へ向き合う、そういう瞬間になっていれば嬉しいです。


 なんといっても2連続での評議員、本当におつかれさまでした! 御調さんの講評は他の方のものもすごく共感できるものが多くて、しかし深いところまで読み込まれてクリアに言語化されているのでとても勉強にもなります! ありがとうございました。


【謎のネオサイタマさん】

>これほんとすごい………物語の構成の上手い下手ってまったくと言っていいほどよくわからないマンなんですが、

>ここまで構成でドストライクが入ることそんなにないです……構成だけで5億点あげちゃう……!!


 やったーーー!!!5億点だ!!!!嬉しい!!!!!!

 5億点にあこがれていたのでめちゃくちゃ嬉しいです!

 ネオサイタマさんはこの作品をすごく気に入ってくださっていて、また尾木野の日記を「美しい」と評価してくださっていたのが本当に嬉しくてですね……あ、ちゃんとそう伝わるように書けたんだ、とホッとしました。


>だって一話目でただのやべー奴だったのが、二話目の語りでもまあ相変わらずというか案の定

>やっべーーーーーーーーーー奴なんですけどこんなに危険で美しい内面世界を潜影蛇手してるなんて思わないじゃないですか!!!やだーーー!!!


 反転の手法はやめたといいつつ、やはりある程度の反転は起きているんですよね。汚らわしい、最低の犯罪者の内面世界がセンチメンタルでポエティックですごく美しいものを見ている……っていう。で、


>でも他の方の感想見たら概ね「はた迷惑で独りよがりなクズ男」としか取られてなくてアルェーーーー!?ってなりました笑

>いや、まあ実際そうなんですけどこのメルヘンと言えるくらい孤独で純粋な内面世界……私は美しいと思ったんだけど……

>やべー奴同士波長が合うからなのか…?(…藤原はどうしたらいいですか…?)


 っておっしゃってるんですけど、あの前提を見た上であの日記を美しいと思えるのって、実は才能がいると思うんですよね。わたしのように倫理観が強いとそれに引っ張られて、あの美しさを「なかったことに」しようとする心の動きもあり得ると思うんです。そんなはずはない、あんな最低の人間の内面が美しくあってはならない、って。

 でも作者としてのわたしはあの日記は、ひどく美しく書いているんです。尾木野の目で見る海はきっと薄ら寒いながらもくすんだ水色が美しかったと思うのですが、実際にはビーチみたいなところじゃなくて、うらぶれた磯臭い場所だと思うんです。そういう物事を美しく見てしまう目を、意味の影響なく美しいと思えるのってすごい才能だと思うんですよね……ってなんか偉そうになってしまいました、すみません!


 まだ途中までしか読めていないのですが、藤原さんの講評、ほとばしる愛を感じてニコニコしてしまいます。おつかれさまでした!

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