1-6
エスカレーターで前に乗る、真宮の萎んだ背中を見ながら、少し考える。
リクエストボックスの横にはリクエストカード用のメモとペンが置かれていた。それなのに例の青年、チェックさんはわざわざ便箋を購入した。
「ねえ、例のリクエストカード、見せてもらっていい?」
「……え? ああ」
まだ気落ちしている真宮は、ポケットからリクエストカードを取り出した。
受け取って、見る。やっぱりサイズが違う。上の方がいくらか切り取られているのだ。
便箋とは手紙を書くものだ。そして、手紙の上には相手の名前を書くものだと思う。
切り口が綺麗なことを考えると、ハサミで切ったのだろう。確か、例の文房具屋の前にはペン立てとレシート入れがあったはず。もしかしたら、あるかもしれない。
私は真宮を追い越して、エスカレーターを駆け下り始める。
「え、どうしたんだ?」
真宮の声を無視して、そのまま一直線にレシート入れに向かった。
行儀は良くないが、しょうがない。
私はレシート入れをひっくり返した。
「え、何してんだ⁉︎ 古谷」
追いついた真宮がぎょっとした様子で言う。私はレシートやら紙ゴミを避けながら、目当てのものを探す。
「あった」
「何が……あ」
そこには「木原様」と書かれた、便箋の上部があった。
「え、ど、どういうことだ?」
うろたえる真宮に説明する。
「あの例のチェックさんは、備え付けのメモがあるのに、あえて便箋を買った」
「ほお」
「だから便箋じゃないといけない理由があったのかなって思って。便箋って手紙を書くものでしょ?そして、手紙には送る相手がいる」
「ほお」
「あのリクエストカードはもともと誰かに当てられたものだったんだよ。その相手が香菜さんだったってこと」
多分、チェックさんは最初は相手の名前を書いて箱に入れるつもりだったのだろう。しかし、なんらかの心変わりがあって、名前を書いた上側を切り落とした。ボールペンは消せないし、修正テープは裏側から見えるし、切り落とすしか無かったのだろう。
「じゃあ、あれは何のメッセージなんだ?」
「それは……」
もう一度考えてみる。
「こころの病〜その原因と直し方〜」に「坂巻ミカコの恋愛中毒」、「愛——化けの皮とその正体」、そして「人形浄瑠璃に見る男女関係」。
香菜さん。太宰治が好きなゆるふわ美人。そう言えば、香菜さんの喋り方はどこか掴みどころがなかった。あれは何でなんだろう。……もしかして。
私は走って、エスカレーターを上る。
「え、どうしたんだ⁉︎」
検索用コンピューターの前に立ち、リクエストカードに書かれていた本の名前を打ち込む。そして、あらすじをざっと見た。
「こころの病〜その原因と直し方〜」は家族、友人、恋人それぞれとの間に発生する問題に触れている。
「坂巻ミカコの恋愛中毒」はかつて付き合っていたダメ男とのエピソードについて書かれている。金を無心されたり、一緒に死のうと言われたり。
「愛——化けの皮とその正体」は、世間で「愛」と呼ばれるものに対して批判的な意見を書いていて、特に盲目的な愛に対して否定的。
そして「人形浄瑠璃に見る男女関係」は、日本の伝統的な人形浄瑠璃に見る男女関係に否定的な意見を書いている。
うん。
それから、森瑛堂の店内で香菜さんを探す。いた。
迷惑を承知で駆け寄った。
「どうしたの?」
こてん、と首を傾げる香菜さんに言う。
「太宰について喋ってください」
「え?」
香菜さんは、最初こそ戸惑っていたものの、嬉々として語り始めた。
「実はね、大学を落第してて、新聞社の入社試験にも落ちてるの。しかも、入院中に麻薬中毒になっちゃって。でも、そういう人の方が好きなんだよね〜。頼られると、もう嬉しくなっちゃうから」
やっぱり。
頷いた私に、真宮が不思議そうな目を向ける。
「古谷、どうしたんだ?」
「分かった、かも。あのリクエストカードの目的」
とは言え、できることなど何もない。チェックさんにはどこで会えるか分からないし、会えたとしても言うことなどない。それに基本的には無害なのだ。放っておいても問題はない。
しかし、真宮はそんなことで納得するような奴ではなかった。
「俺は何すればいい?」
「会えるかどうかも分かんないし、別に何もしなくていいと思うけど」
「もし、会えたら?」
「その時も別に何もしなくても」
「いーや!ちゃんと話しは付けた方がいい」
「えー……」
多分真宮は何を言っても折れない。だから私が折れることにした。これ以上戦えば、見苦しい泥仕合だ。
「分かった。もしいたら声掛けてくる」
「いや、俺がやる」
「別に私やるけど」
そう言うと、真宮は馬鹿真面目な顔で、
「相手は曲がりなりにも見知らぬ男なんだぞ。もし何かあったらどうする」
これはもしや女子として大事にされて……
「大事な結社のメンバーだからな」
なかった。まあ、予想内だ。
それは、さておき。まあ、会えないだろう。たかを括って、駅ビルの出口に向かっていると、
「あ」
いた。
駅ビルを出てすぐのところを歩いていた。
真宮が私の視線の先を追って、声を上げる。
「もしかして、あれ、チェックさんか? チェックの服着てるし」
「あー、まー、その」
「よっしゃ! 行ってくる‼︎」
行ってしまった。あいつは猪か。
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