第31話 劇団エルフォード 1
ベルと一緒に暮らすようになって数日。
俺はいつものようにレインさんの店の手伝いに行く。
「それじゃ、ベル。行ってくるね」
「いってらっしゃい」
レインさんの店に着くと、レインさんが何やら男の人と話していた。
「ええ。私達のですか?……ま、まあ別に構いませんけど。店が終わった夜でしたら時間取れるので大丈夫です」
男は店を出て行った。
「レインさん。今の人は?」
「うん。ヒカルさんは、劇団エルフォードを知ってる?」
「いえ、分からないです」
「劇団エルフォードっていうのはね、世界を旅して公演して回っている旅芸人の一座なの。それでさっきの人は、劇団エルフォードの演劇の脚本家さんらしいの」
「へぇ、そんなのがあるんですね。それでその脚本家さんがどうしてレインさんに?」
「実はね、二ヶ月後に劇団エルフォードが、このボルフェルの町に来るみたいなの。それでこの町の人の恋愛の馴れ初めをヒントにして作った新作の脚本で演劇をしたいから私達の恋愛の馴れ初めを教えて欲しいって言われたの。あの人は、一足先に来て脚本を作ってるんだってさ」
「ええ!?つまり取材って事ですか!?」
「そうね。そうなるのかしら……。でも私達のでいいのかしら」
「俺もマリオさんとレインさんの馴れ初めとかは聞いたことがないから、ちょっと聞いてみたい気もしますね」
「そ、そんなに良いものじゃないわよ。でも聞きたいなら夜、話を一緒に聞く?」
「はい。是非」
そして店が終わり、今朝の男がやってきた。男はAkiyuと名乗った。
名乗ると早速、レインさん達の馴れ初めを教えて欲しいと言った。
「まあそうだなぁ。馴れ初めっていうと……。俺は職人をやっているんだが、そもそもはレインが昔、働いていた食堂によく客として食いに行っていたんだ。味は普通だが、値段が安いのが魅力的だった。若い時だからあまり稼ぎもよくなかったから、ほぼ毎日のように行ってたんだ。それで可愛いウェイトレスがいるなと思ってたんだが、話すタイミングがなかなかなかった。どう話していいか分からなくてな」
マリオさんが頭を掻きながら話した。
「私はよく来るお客さんだなーくらいにしか思ってなかったわ」
レインさんが言った。
「それである日、料理を注文したら味がいつもと違った。なんかいつもより少しだけど不味い気がしたんだ。それで会計する時にウェイトレスに言ったんだ。これ、いつもよりちょっと不味いって。そうしたらさ、レインが不機嫌そうな顔をして言ったんだ。それは私が作りましたって言ったんだ。すみませんって。しまったと思ったさ。俺は居たたまれなくなって、何も言わず急いで店を出たんだ。出てきた後、凄く後悔したさ」
「私は嫌な客だって思ったわ」
「それで俺は、来る日も来る日も何度も同じ料理を注文して食べた。そうしているうちに少しずつだけど、料理の味が美味くなってきたんだ」
「私も不味いって言われて悔しかったから料理の練習したの」
「それで俺は、なんとかウェイトレスの気を引こうと思い、綺麗な黄色いレインの花を持って行った。あいつにぴったりなんじゃないかと思って。それでレインの花を渡したら、なぜかレインが怒ったんだ」
「レインの花言葉はね、普通。平凡。って意味なの。あんなに頑張って料理の腕を上げたのに、私の料理は普通で平凡なのかってね。それで怒ったの」
「俺はただ綺麗な花だったからさ。それをお前にプレゼントしたかっただけなんだ。花言葉なんて知らんって言ってさ。料理は美味かった。最高だったって言ったんだ」
「それから私達は、よく店で話をするようになったの。それが馴れ初めかしら」
レインさんは照れながら言った。
「なるほど。それでレインさんの店には、レインの花が置いてあるんですね。マリオさんとレインさんが仲良くなるきっかけになった花なんですね」
「まあそうだな。そういうことだ。懐かしい話だな」
マリオさんも照れながら言った。
ふたりにも色々あったんだな。
二人の話を聞いた脚本家のAkiyuは……
「ありがとうございました。参考にします」とメモを取りながら言った。
「なぁ。脚本家さん。俺達の馴れ初めよりも、こっちのヒカルの馴れ初めの方が面白いと思うぞ。なにせ、あのグレンヴィル家のベルナデッタ様と結婚したんだ」
「えっ……。いや、俺!?」
「是非聞かせてください」というような目でAkiyuは、黙ってこっちを見た。
「じゃあ今日はもう夜遅いので、明日にでも俺の屋敷に来てください」
Akiyuは「わかりました」とだけ答えて、マリオさん達にお礼を言うと店を出て行った。
次の日。
「ベル。劇団エルフォードって知ってる?」
「ええ、知っていますわ。グレンヴィル家が昔、世界を回る劇団を立ち上げたいという人に出資しましたの。グレンヴィル家が出資したお金を使って劇団員を雇ったり、機材を揃えたりしたみたいですわ」
「そうだったのか。グレンヴィル家は、そんなところにも出資してるのか」
「それで劇団エルフォードがどうかなさいましたの?」
「その劇団エルフォードの脚本家のAkiyuさんって人が、俺とベルの馴れ初めを聞いて次の演劇の物語の参考にしたいから話を聞きたいって言うんだ。それで今日、この屋敷に来る事になってる」
「な、馴れ初めですか……。それはその……なかなか恥ずかしい話ですわ……」
Akiyuが屋敷を訪ねてきた。
「今日はよろしくお願いします。早速ですが――」と言い、すぐに本題に入り、馴れ初めを説明する事になった。
ケインの妹として紹介されたベルとの最初の出会いから、ベルが家出をして皆で探し回った時の事。そして結婚。全てをAkiyuに話した。
Akiyuは黙ってメモをすると「ありがとうございました。参考にします」と言った。
そして部屋を出る時、Akiyuは俺の方を振り返って……
「ヒカルさん。あなたの物語は、これから先もまだまだ続きます。あなたに一目会えてよかった。演劇とちょっとしたサプライズもありますので、楽しみにしていてください。……それでは」
と言って出て行った。
何だろう……。ちょっとしたサプライズって。
それにしても脚本の仕事の事以外、必要最低限の事しか喋らない人だったな。
それから2カ月が過ぎた。
いよいよ劇団エルフォードが、ボルフェルにやってくる。
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