第17話 ベルナデッタ危機一髪 3
「おかえりー」
「アルト、良い子にお留守番してた?」
「うん!ヒカルとベルお姉ちゃんと一緒にかくれんぼして遊んでたよ。すごく楽しかった」
「よかったわね。んー、かくれんぼって?」
「うん、でもベルお姉ちゃんが大変なんだ」
レインさんの声が聞こえてきた。
「大変?ベルがどうしたって?」
ケインの声も聞こえてきた。
「皆、来てー。助けてー」
レインさん、アリス、ケイン、マリーさんがアルトによって調理室に誘導される。
四人は、その光景を見ても全く状況が分からなかった。
散らばった調理道具の数々と空になった油のボトルもある。
疲れ切った表情で座りつくす俺。
そして大きな樽に入って首と頭を出して、疲れ切っているベルナデッタの姿があった。
「こ、これは……。一体何があったの?」
散らばった料理道具を見つめるレインさん。
「おい、ヒカル!しっかりしろ!ここで何があった!?」
ケインが俺の肩を揺する。
「ベル!!ベル!!生きてる!?」
アリスがベルナデッタの顔を触り、生死を確認する。
「ケイン、マリーさんもアリスもレインさんも皆おかえりなさい・・・。ベルが樽から出れなくなって……」
「何だ!?何を言ってるのか分からない。僕たちにも分かるようにきちんと説明しろ」
俺たちはかくれんぼをしていた最中に、ベルが樽に隠れて出れなくなってしまい、今まで必死に救出しようとしていた経緯を話した。
「いろいろ試したんだ。ほんと……。でもだめで……」
「ぷっ……くくっ……あはははは……あははは……ははは……あははは……。ベルちゃんかわいすぎるぅ……。だめっ……あははははは……」
マリーさんが大爆笑した。
「それでいろいろな道具を試したから、こんなに散らかってるのね……」
レインさんは、やれやれという表情をしている。
「あれぇ?そもそもこの酒樽、何なんですかー?なんでベルがぴったり入るようなサイズなんですか?こんなの見た事がないんですけど」
アリスが不思議そうに言う。
そういえばそうだ。
そもそもこの酒樽は、何なのか。
「その酒樽、そろそろ新しいのにしようと思ってたの。それで私、良い事を思いついたの。捨てるんじゃなくてゴミ箱にして使おうかなって。それでマリオに、ゴミ箱にしたいから穴を広げてってお願いしたの」
レインさんが説明してくれた。
「そうだったんですね……。じゃあベルは……ゴミ箱の中にずっと……」
「うう……聞きたくなかったです……」
「ぷっ……くくっ……あははは……ははは……やめてぇ……あははははは……」
マリーの爆笑は、一切止まらない。
「でも本当にいろいろ試したけど抜けないんだ。もう打つ手がないんだ……」
「ヒカル。もう打つ手がないだと?あきらめるのか?」
「えっ?」
「おまえは、頭が固いやつだな。なぜ酒樽から抜く事ばかり考える」
「おまえ、何を……あっ……!!」
「樽から抜けないなら、樽の方を壊せばいいんだ。どうせゴミ箱だろう?この酒樽が壊れたとしても、ゴミ箱の代わりの酒樽なんて僕が何百個でも送ってやる」
俺は、レインさんの方を振り返って言った。
「レインさん!!何か酒樽を壊せる道具はないですか?」
「マリオの工具で余ってるのがあるかどうか見てくるわ。待ってて」
レインは2階へと上がっていった。
戻ってきたレインは、剣を持ってきた。
「ごめんなさい……。いろいろ探したんだけど、マリオが今日のボーリング場の作業にほとんど工具を持って行っちゃってて、こんなのしかなかったわ。使えるかしら?」
工具じゃないよね、武器だよね?
……ってか、よく見たら、これ聖剣ライオスじゃない!?
「これは……聖剣ライオス!?ええ!?いや、でも本物……じゃないんだよな?」
「僕が結婚式で出したのは、間違いなく本物の聖剣ライオスだ。これはレプリカだ。しかし確かに装飾も重量感も同じだ。本物と区別がまるでつかない」
「なんで聖剣ライオスのレプリカがマリオさんのところに……?まさか本当にライオスの子孫なんじゃ……?レインさん、何か知ってますか?」
「さあ私は何も。聖剣ライオスって?この剣なんなの?」
「えっと……国宝の剣です。昔、ドラゴンを倒した英雄ライオスが、実際にドラゴン討伐に使った剣です。まあレプリカみたいですけど」
「ええ!?あの絵本のライオス!?アルトが眠れない時に読んであげてた本のお話よね?男の子に読み聞かせる定番のお話よ。あー、剣もライオスって言うのね」
「うん!僕、ライオスのお話好きー!」
「どうしてマリオがそんなものを持ってたのかしら……」
「あ、あのぅ……。聖剣ライオスのお話は、また後でお願いしてもよろしいですか……?早く出してください……ううっ……」
ベルナデッタが助けを求める。
「ああ、そっか。忘れた。聖剣ライオスに気を取られてた……。俺もほしかったなぁ……。本物の聖剣ライオス……」
「このレプリカは、本物に忠実に再現されている。頑丈にできてるはずだ。危険だから慎重にやるんだ。ベルを絶対傷つけるなよ」
「ああ、もちろんだ。ベル、いくよ。樽を壊すよ」
俺は聖剣ライオスのレプリカを使って、樽をたたき壊そうとする。
しかし全く壊れなかった。
「ダメだ。全然壊れない」
「引っ張り出せない。壊せない。道具もない今、僕たちが次にできる手は、マリオの帰りを待つことだ」
「そうだね……。マリオさんが帰ってくるまで待とうか」
「うううっ……そんなっ……」
「あははははは……あはははは……はははははは」
マリーは、ずーっと爆笑し続けている。
この人もダメだ……。
空が暗くなってきた頃、店の入り口のドアが開いた。
「いやー、参ったな。すっかり遅くなっちまった。悪かったな。帰ったぞ」
マリオさんが帰ってきた。
「父さんだーー!!」
「マリオ!!待ってたわ!!早く調理室に来て!!」
アルトとレインさんが帰ってきたマリオさんの元に走っていく。
「調理室?どうした?何があった?」
マリオさんが慌てて調理室に行くと、酒樽から首と頭を出したベルナデッタの姿を見て最初に出だ言葉は……
「ベ、ベルナデッタ様!?一体これは何だ?どうしてゴミ箱に……」
「ハマッて抜けられないのです……。ううっ……」
「事情は後でいいが、まずはここから出せばいいんだな?」
「はい」
マリオさんは、ノミのような道具と金槌を使って、酒樽をコンコンと叩いて穴をさらに広げて十分なスペースを作った。
「よし。ベルナデッタ様。これで大丈夫です」
「ううう……。本当にありがとうございます。もう一生、出られないのかと思いました……。怖かったです……。もう二度とかくれんぼは……うわあああああ」
そう言いながら酒樽から自力で出ようとしたベルナデッタは、派手に転倒した。
全身、油だらけでぐちゃぐちゃになったベルナデッタが、地面をうつぶせの態勢でツルツルと滑りながら移動していく。
「あっ……。そうだった。揚げたこ焼きで使う油が……」
「ぷっ……くくっ……あははは……あはははは……も、もうだめぇ……。最後の最後まで……あははは……あはははは……」
マリーの爆笑は、全然止まらない。
「うう……服もひどい事になってますわ……」
「ベル、2階でシャワーを浴びて着替えてこよう。おいでー」
アリスがベルを連れていく。
こうしてベルナデッタは、危機を脱する事ができた。
ベルがシャワーを浴びに行ってる間、俺はマリオさんに聞いた。
「マリオさん。この聖剣ライオスは……?レプリカなんですよね?」
俺は、手に持った聖剣ライオスのレプリカをマリオさんの手に渡した。
「あー、それ、見つけちまったか。まあバレちまったしいいか。アルトが6歳になったら渡そうと思ったんだけどな。何も斬れないただのおもちゃさ」
「えー!?僕にくれるのー?」
「ああ、そうだ。アルト。これをおまえにやろうと思ってた。実はな、父さんには秘密があるんだ。父さんは英雄ライオスの子孫なんだ。おまえもそうなんだぞ、アルト」
「えええええ!?やっぱり!!」
「な、なんだと!?マリオ、それは本当か!?」
俺とケインが驚いてる中、無視してマリオはアルトに続きを語った。
「俺とおまえのご先祖様のライオスさんは、人を笑わせるのが大好きな人だったんだ。皆に愛される明るい人だった。笑いの剣を持った立派な英雄だ。まあ……なんだ。ライオスさんの事を調べたら、そのうちいろいろ分かるだろう。別に知らなくてもいいんだけどな。もし英雄ライオスについて調べたら……。もしかしたらその時、おまえがいろいろ考えるかもしれない。だから父さんが作った剣をおまえにやる。ライオスさんがいたから、今の父さんがいる。父さんがいたからおまえがいるんだ。おまえが迷った時は、父さんの事を思い出せ。父さんも英雄なんだぞ。アルト、おまえも大きくなったら父さんみたいな立派な男になるんだ。父さんとの約束だぞ」
「うん!父さんは英雄だよ!いつも僕と母さんを守ってくれるし、今日だってベルお姉ちゃんを助けてくれた!」
「はははっ、そうだ!父さんは偉いんだぞ!この剣は重いぞ!いつか大きくなって力をつけたら、おまえも扱えるようになれる。その日まで、おまえは好き嫌いせずに母さんのご飯をいっぱい食べて元気に育ってくれ。母さんや大事な人たちを守ってやれ。それだけだ」
「うん。僕いっぱい食べて大きくなる」
そう言うとマリオさんは、アルトを抱き上げた。
なんかよく分からないけど、まあ要はあれか。
お父さんが息子にプレゼントしようとしてて隠してた英雄の剣のおもちゃの存在がバレちゃったから、先にプレゼントしたって話か。
アリスとベルナデッタが2階から降りてきた。
ベルナデッタがサイズの合っていないぶかぶかの男性用の服を着ている。
俺の服……。
「ううっ……ああ……あうあう……」
ベルナデッタの顔が真っ赤だ。
「師匠ー、ベルにこの服、あげてもいいですよね?」
「えっ?まあいいけど……」
「よかったね、ベル。もらえたね」
「あ、ありがとうございます……」
二人とも……俺の服を持っていくんだね……。
服、また買いに行かなきゃな……。
「ぷっく……くっ……くく……あはははは……あはははははは」
マリーさんは、収まったと思ったらすぐ笑い出した。
「マリーさん。今日はいつも以上に笑いますね」
「だって……だってぇ……。あははは……。ねぇねぇ、ヒカルさんにお願いがあるんだけど聞いてもらえるかなー?私のわがままを聞いてもらってもいいー?」
「えっ?お願い?何ですか?」
マリーさんから頼み事をされるなんて初めてだ。
何だろう……。わがままって。
「今日、すごく楽しかったんだー。友達の結婚式があって幸せな気持ちになれたし、ベルちゃんもすごく面白いし。この日を忘れたくないから何か思い出に残せるようなげえむとかないかなー?」
「そりゃ……ベルナデッタ危機一髪で決まりですよ」
「あはははは……。即答だなんて、さすがはヒカルさんだねー。名前を聞いただけで絶対楽しそう。すごく楽しみにしてるー。あはははは……」
マリーさんは、また笑い出した。
マリーさんの爆笑する姿。それを見て皆で笑った。
ベルナデッタにとって最悪の一日となったけど、最後にほんの少しだけ良い事もあった。
それは、皆の笑い話になった。
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