第23話 グレンヴィルの家紋の意味を探せ 2
ケインは考えていた。
グレンヴィル家の家紋が、なぜトカゲなのか……。
そのヒントとして祖父アーノルドから言われたのが聖剣ライオスとドラゴンの鱗。
聖剣ライオス伝説の真実を知る事はできた。
しかし疑問が残る。
ならばドラゴンの鱗とは、一体何なのだ?
聖剣ライオスに付着していたドラゴンの鱗。
それは、ライオスがドラゴンと戦った時についたドラゴンの鱗だという。
ドラゴンの正体は大きなトカゲであったはずなのに、なぜドラゴンの鱗が実際に付いているのか。
やはりドラゴンは実在し、この剣で戦ったのでないだろうか。
あるいは、ライオスではない別の勇者がいて、ドラゴンを倒したとか……。
ビンゴ大会の前にドラゴンの鱗には触れたけど、柔らかくて大きな鱗だった。
あれは大きなトカゲではない。別の何かだ。巨大な何かの鱗だった。
ひとまず聖剣ライオスについては、一旦置いておこう。
次は、ドラゴンの鱗について調べてみる必要がある。
ドラゴンの鱗は、確か海を統括する貴族の若い男のニックが、ビンゴで当てたんだったな。
「おい、出かけるぞ。馬車を出せ」
出かけた先は、港町だった。
漁業が盛んで、新鮮な魚の数々が毎日、市場に並んでいる。
食材にこだわる料理人達で、毎日賑わっている。
海の近くにある大きな屋敷を訪ねた。
近くにいた若い女に話しかける。
「ニックはいるか?ケイン・グレンヴィルが訪ねて来たと伝えてくれ」
「ケイン様!!わ、分かりました。急いで伝えてきます」
若い女は、急いで走っていった。
しばらくすると、若い男が走ってきた。
この男がニックだ。
「ケイン様。結婚式以来ですね。今日はこんなところまでどうされたのですか?」
「実は、ドラゴンの鱗について調べているんだ。今も手元にあるのか?」
「ええ、もちろんです」
「少し見せてもらいたいのだが、かまわないだろうか?」
「わかりました。どうぞ、中へ。座ってお待ちください」
ケインは、屋敷の広い部屋の中に通されて、ソファに座って待っていた。
「お待たせしました。ドラゴンの鱗です」
ニックから渡されたドラゴンの鱗をじっと見つめるケイン。
「改めて見ると、柔らかくて大きな鱗だな。ドラゴンの鱗か……。これが本当にドラゴンの鱗なのか、あるいは何か違うものなのか……。僕では判断できないな」
その時、ドアが開いた。
青髪をした中年の男が入ってきた。
「これはこれはケイン様。ようこそいらっしゃいました。ニックの父のロベルトです。ケイン様がいらっしゃっていると聞いたものですから、是非ご挨拶にと思いまして。……おや、それはムーの鱗ですか?また随分と大きな鱗ですね」
「ムー?これはムーという生物の鱗なのか?」
「ええ、間違いないですね。この色合いと透明感、その特殊な鱗は、ムーで間違いないでしょうね。私は海を専門として何十年とやってきてますから」
「親父!!これはドラゴンの鱗だぞ!!海の生物な訳ないだろう!!」
「この馬鹿息子が!!何がドラゴンの鱗だ!!これはムーの鱗だ!!海の事をろくに勉強しようともせず、世界を冒険したいだなんて馬鹿な事ばかり言いおって!!」
「海なんて魚ばっかりでつまらないだろう!!俺は世界中の土地を冒険したいんだ!」
ニックとロベルトの口論が続いた。
「……それで、ムーとは、海の生き物なのか?」
「ええ、とても厄介な生き物です。海の悪魔と呼ばれています。足が八本あり、その体に骨はなく、奇妙にウネウネと動き回ります。足には吸盤があり、まとわりついてきます。黒い液体を吐きますが、黒い液体に毒性はなく、無害です。魚ではないので、一体何なのか生態がよく分かっていないのです。なので黒い液体を吐かせて、それを黒いインクとして使用するくらいの用途しかありません。獲れても全部、墨を吐かせたら生きているうちに海に逃がしているのです」
「足が八本で、足に吸盤……。さっぱり分からないが、奇妙な生物であるという事だけはよくわかった。ムーは、よく獲れるのか?」
「沖まで行くと網にかかったりする事は、よくありますね。時期として一年中獲れますが、夏場が特に多い気がします。たまに近場でも見かけるので、そこまで珍しい生物ではないですが……」
「ムーか……。ロベルトよ、頼みがある。僕を船に乗せてムーを捕まえるのを手伝ってもらえないだろうか?」
「それは構いませんが……。船は荒波で揺られて結構しんどいですよ。船酔いしてしまうかもしれませんが大丈夫ですか?何なら私が捕まえてきても……」
「いや、船でのパーティーは何度も経験している。大丈夫だ。船に乗ってムーを実際に獲っている過程を見てみたい。これは、自分の目で見てみなければならないんだ」
「わかりました。では明日、朝日が出始める暗いうちから出発しましょう。部屋は手配させますので、今日は泊まっていってください」
「すまない。よろしく頼む」
午前3時。
まだ辺りは薄暗い中、ケインは声をかけられる。
「ケイン様。ケイン様。起きて下さい。そろそろ支度してムーを捕まえに行きましょう」
「うう……ん……。もう行くのか……。ふわああ……」
大きなあくびをして、眠い目をこすりながら服を着替えるケイン。
用意された服は、汚れても良いような作業着だった。
朝食を済ませ、船に乗り込んだ。
船に乗ってしばらく進んでいると、ケインは顔が青白くなっていた。
「うっ……き、気分が……悪くなってきた……」
「ケイン様、大丈夫ですか?顔が白くなってきてますよ?」
「えっ……!?ぼ、僕は……おかめさんに……?何も間違った事はしていないと思う……うぷっ……思うんだけど……」
「すみません。ちょっと何を言ってるのか分かりませんが……」
「……うっ……おええええええ」
ケインは、ついに船酔いから海に向かって嘔吐してしまった。
「ああ……。すまない……。少しだけ横にならせてもらう……」
「もうすぐ着きますからね。頑張って下さい」
ケインは、青白い顔をして横になっているまま、ついに船が沖に到着した。
「ケイン様。着きました。ここから網を投げ入れたり、罠を使ったりしてムーを狙います。後は竿でも釣れることがあります。奴らは海底に潜んでいます。深いところにいます。浅いところにはいません」
「……うぷっ……。な、なるほど」
「大丈夫ですか?休みますか?それとも竿で釣ってみますか?」
「……ああ、ここまできたんだ。当然やるさ。……うっ」
疑似餌の先に針を付けた仕掛けを底に沈める。
竿をしばらく放置して、糸を巻き上げる。
重い感覚があったら、もしかしたらムーが来ているかもしれないらしい。
1時間が経過した。
ケインは船酔いと戦いながら、ムー釣りを続ける。
その時、ケインは自分が持っている竿に違和感を感じた。
「なんだ?何か重たいような気がするぞ」
「もしかしたらムーがかかっているかもしれません。ゆっくりリールを巻いてください」
恐る恐るリールを巻くケイン。
海の悪魔とは、一体どんな怪物なんだろうか。
ついにムーが姿を現した。
足が八本あるくねくねした奇妙な茶色い生物が姿を現した。
「な、な、なんだこれは!?海の底にこんな生物がいるのか!?」
「これがムーです。不気味でしょう?」
「ああ、これは本当に触っても平気なのか?」
「ええ、大丈夫です。触るだけで危険な毒を持つ種類のムーも存在するみたいです。斑点模様のムーは、ヒョウモンムーと呼ばれて危険生物に指定されています。絶対に触らないように注意喚起がされていますが、この種類は、マムーと呼ばれているので平気です」
「そ、そうか……」
恐る恐るムーに触るケイン。
触ると柔らかく、同時にポロポロと鱗が落ちてきた。
「これがムーの鱗なのか。鱗の形状も模様も柔らかい感触も、確かにドラゴンの鱗にそっくりだ。しかし鱗の大きさは、全然違うようだ」
「いいえ、大物のムーだとあれくらいのサイズの鱗を落とします。あの鱗は、かなりのサイズでしたね。釣りあげた時は、さぞ重かった事でしょう。それは容易に想像がつきます」
「ロベルトよ。ムーをサンプルとして持って帰ってもいいだろうか?」
「ええ、それは構いませんよ」
「そうか。なら……ぶはっ!!」
ケインは、顔面にムーの墨が直撃して真っ黒になった。
ケインの顔は、船酔いで青白くなったと思ったら、今度はムーの墨で真っ黒になった。
「大丈夫ですか!?このタオルを使って拭いてください」
その後、数十匹のムーを釣り上げて引き上げる事になった。
帰りの船の上でもケインは、また船酔いで青白い顔をして、横になっていた。
ケインにとっては、船酔いにムーの墨で顔が真っ黒になったりと、顔の色が変化して忘れられない大変な思いをした経験となった。
「や、やっと船を降りられる……」
ケインは船から降りて、揺れない大地のありがたみを知った。
「おかえりなさい。ケイン様。ムーは釣れましたか?」
ニックがケインに声をかける。
「ああ、数十匹釣れて持って帰ってきた」
ケインはクーラーボックスを開けて、中を見せてあげた。
「こ、これがムー!?初めて見ました!墨を吐かせて逃がすって話しか聞いた事ないから興味ありませんでした。全然魚じゃない!!海の中には、こんな生物がいるんですか!?」
「この馬鹿息子が!!海を統括する貴族が、ムーさえも知らないとは情けない。鱗をよく見てみろ。お前がドラゴンの鱗なんて言ってるのは、ムーの鱗だ」
ニックは、クーラーボックスに付着していた小さなムーの鱗を手に取って、形状と硬さを確認する。
「本当だ……。同じだ……。でも大きさが全然違う……」
「あのくらいの鱗を持った大型のムーが引きあがる事もある。海には、まだまだ未知な事が多い。お前、海を勉強する気はないか?興味がないか?それでも海に興味を持てないなら、お前の好きにするがいい。大地で冒険してドラゴンを探してきてもいい。お前の人生だ。お前が決めろ」
「親父……。俺、間違っていた。大地で冒険する聖剣ライオスの話に憧れがないかと言えば、うそになる。でも海について勉強してみたい。海にもこんな奇妙な生物がいる事も知らなかった。明日から俺も船に乗せて、漁に連れて行ってくれ」
「そうか。ならお前のサイズの作業服、用意しておくぞ。朝は早いぞ。しっかり早寝して寝て体の調子を整えておけ。船の上での作業はハードだぞ」
「ああ。いつか大地で冒険しようと思って、体は鍛えてきたからな。体力には自信がある。望むところだ」
結局、ドラゴンの鱗は、海の悪魔である大型のムーの鱗だった。
ニックは、ビンゴ大会でドラゴンの鱗を手に入れた事で、海の仕事の魅力に気づけた。彼もまたビンゴ大会で良い景品を引き当てた強運の持ち主だったのだ。
ケインは、青白い顔をしたまま馬車に乗り、数十匹のムーを生きたまま持って帰った。
研究者達を呼び集め、ムーを解剖して生態の謎を解き明かそうと考えていた。
屋敷に到着すると、ヒカル、アリス、ベルの三人がいた。
「ケイン。帰ったのか。ベルから聞いたんだけど、家紋の意味を探すために、あっちこっち走り回っているんだって?」
ヒカルが話しかけてくる。
「ヒカル。来ていたのか。どうした?僕に何か用があったのか?」
「いや、アリスと一緒にベルに新作のチーズたこ焼きを食べて感想を聞かせてもらおうと思って届けに来たんだ」
「チーズたこ焼きだと?」
「たこ焼きなのにたこが入ってないから、チーズを入れてみたんだ。やっぱりたこが欲しいけどな。市場に行っても、たこは見た事ないからな。……それでお前、そのクーラーボックスには、何が入ってるんだ?何を持って帰ってきたんだ」
「聞いて驚け。この中には、海の悪魔のムーが入っている。僕が荒波の船に乗り、釣り上げてきたものだ」
「う、海の悪魔……!?ムー!?」
海の悪魔ムー。
ついにこの異世界で、ファンタジーらしい生物が出てくるのかと思ったヒカル。
ケインの手がクーラーボックスのロックを外し、蓋を開けようとする。
おそるおそるクーラーボックスを見つめるヒカル。
中から現れたのは、足が八本あり、その体に骨はなく、奇妙にウネウネと動き回る。足には吸盤があり、まとわりついている茶色い生物ムーが大量にいた。
「きゃあああああ!!!気持ち悪いですわ!!お兄様!!早く蓋を閉めてください!!」
ベルが悲鳴を上げた。
「うわああああ!!何これ!!くねくねしてるー。気持ち悪い……」
アリスもどん引きだった。
「どうだ!!これがムーだ。見た事がないだろう?」
「た、た、たこだ!!たこだ!!おおおおおお!!!!ケイン、これどうしたんだ?」
「僕は、ドラゴンの鱗が別の生物なのではないかという仮説を立てた。ビンゴ大会でドラゴンの鱗を手に入れたニックの元に行っていた。そして調べていたら、このムーの大型の鱗であることがわかったんだ」
「いや、たこに鱗はないぞ」
「たこじゃない。ムーだ」
「いやいや、どう見てもたこだって」
「だからムーだと言っている。ムーは墨を吐く。墨に毒性はなく、黒いインク代わりに使用される」
「いやいや、だから足八本、吸盤、軟体動物、墨を吐く。鱗がある事以外は、どう考えてもその特徴は、たこだ。見た目も形も完全にたこだ」
「墨を吐かせて海に逃がしている。一年中釣れる珍しい生物ではないらしい。だが漁をする者にとっては、外道と呼ばれているそうだ」
「逃がしてる……?そうか、だから市場に出回らなかったのか。食えるよ!!たこ……いや、ムーは食えるよ!!」
「な、なに!?こ、これを食うと言うのか……!?」
ムーを食べる。
考えもしなかった予想外の答えに戸惑うケイン。
「ケイン。ちょっと調理場を貸してくれ。試してみたい」
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