第19話 福笑いのグリモア 1
「マリーさん、戻りました。さっき、言ってた友達の結婚式の話を聞かせてください」
「ヒカルさん。ありがとうー。面倒な事を頼んでごめんねー」
「いえいえ。でもどうしてケインは呼ばず、2人きりなんですか?面白い話ならケインやベルも呼んであげたらいいのに」
「うん。でもこれは、私の頼み事を聞いてもらったヒカルさんへのお礼だから。私とヒカルさんだけでいいかなって。それにケインもベルちゃんもいない方が面白いの。ぷっ……くくっ……あはははは……」
「まあいない方が話が面白くなるなら、それはそれでいいですけど」
「うんうん。特に深い意味はないから気にしないでー」
「わかりました」
そう言うと俺とマリーさんは、テーブルを挟んで向かい合ってそれぞれの椅子に座った。
マリーさんが大量の紙と少量の紙を分けて、テーブルの上に出した。
「ねぇ、ヒカルさん。私とケインの結婚式で、ビンゴをしたじゃない?あれで一番最初に出た景品、何だったか覚えてる?」
「えーと、確か福笑いのグリモアですよね。福笑いの儀式を記した貴重なグリモアです。世界に一冊しかありませんって紹介してた分厚い本だ」
「そうそう。私が福笑いのやり方を教えてあげる景品を作ろうって提案したの。でも福笑いのやり方を説明するだけであんな分厚い本になると思う?」
「まあならないですよね」
「でね。私が福笑いの遊び方を図解付きで書いたんだけど、それがこれだけなの」
少量の紙の方を指差した。
「こんなに少ないんですか。じゃあこっちの大量の紙の方は?」
「これはね……ぷっ……あははっ……全部ケインが書いたの」
「ケインが?……あいつ何をこんなに書いたんだ?」
「ヒカルさん。ケインって馬鹿だよね。遊び方を書くならこれだけで終わるのに。ぷっ……くくくっ……あははは」
「えっ……いや、それは……まあ馬鹿なのは否定しないけど、マリーさんの前でケインの事を悪く言うのは、マリーさんに悪いから……」
「あははは……ヒカルさん正直だなぁ。大丈夫だよ。私は全然怒ってないから」
「そ、そうですか……。ま、まあアイツは馬鹿だと思います……」
「僕は、いつ顔が白くなってしまうか分からない。マリー、もし僕がおかめさんになったらすまない……って言う時、あるんだよー。あははははは。馬鹿だよねー。あははは」
「……ま、まあ」
あー、すまん。ケイン。
俺の冗談をずっと間に受けてるんだな……。
おまえ、マリーさんに馬鹿にされてたんだな……。
「それで話が戻るんだけど、この大量の紙。……これ全部、私と初めて出会った時の事から福笑いを持ってくる日までの12年間の出来事が書かれてるの。ケインの日記を元に作ってるの。ヒカルさんにこれを見せたくって。読んでみて」
「ああ、はい……」
福笑いのグリモア。著者ケイン・グレンヴィル。
このグリモアは、福笑いの儀式の方法についての詳細を記した世界に一冊しか存在しないものである。本書を読み進める前に伝えたい事がある。著者である僕ケイン・グレンヴィルは、この先を読まない事を強く勧める。福笑いは、未だかつて見た事がない奇妙なおかめさんという神に念を送り、おかめさんの解明されていない未知の力を得る非常に強力な儀式だ。僕自身も初めて福笑いの儀式を行った時、その絶大な効果を身を持って体験する事となった。しかし福笑いには、大きな代償が存在する。福笑いの儀式を行った後、儀式を行った者は、一生、幸せである事を約束しなければならない。もしそれが破られた時には、顔がおかめさんになってしまう。顔が白くなり、輪郭は膨れてくるだろう。二度と人の姿ではいられなくなってしまう。おかめさんに取り込まれてしまう。僕に福笑いの儀式を教えてくれた人物は、名をヒカルと言う。彼の家族は、すでにこの世にいない。絶望の淵にいたヒカルは、幸せを求めておかめさんの儀式で救われた。もうそれしか方法がなかったからだ。しかしヒカルは、自分が幸せになる事を求めたにも関わらず、初対面の僕にこれだけの大きな代償を支払ってまで、福笑いの儀式と大きな代償について僕に教えてくれた。これは僕が12年間、力の限り、足掻き続けた結果、ヒカルに出会い、福笑いの儀式を会得し、婚約者マリーの中に眠る心の闇を福笑いの儀式によって消し去ってもらうまでの真実の話である。この著書の内容に偽りの気持ちが一切ない事を貴族グレンヴィル家の将来の後継者である僕が約束する。この先を読む前にもう一度確認したい。福笑いの儀式は、大変危険なものだ。幸せになりたいか?幸せになりたいなら全てを犠牲にして背負う覚悟はあるか?最後まで自分の力で足掻き続けたか?覚悟がないのならば、本書を今すぐ閉じて、真に福笑いを求める者に譲り渡してほしい。なお、本書を燃やした場合も顔がおかめさんになる。取扱いには十分気をつけてほしい。次項から福笑いの儀式に関する全てを語る。
前置きが長いな……。
……まあいい。とりあえず続きを読んでみるか。
次のページから記されていたのは、初めてマリーさんと出会って物すごく笑顔がかわいくて明るい子だったという事が書いてあった。会う度にかわいい、かわいい。かわいい。明るくて笑顔がかわいいという言葉が何度も出てきた。日常での何気ない会話、とにかくマリーさんが好きすぎる。だけどうまく伝えられない事。読んでいて、ただただ恥ずかしいケインの一方的な恋心がひたすら書いてある。ずっとラブレターである。ついにマリーさんが母親を亡くしてショックを受けて泣いてしまった出来事が出てきた。もう一度笑ってほしくて、一生懸命励まし続けていろいろな言葉をかけ続けたけどダメだった。苦しい、つらい。つらい。必死にもがき苦しみながら考えるケインの言葉が並んでいた。ついに何も言葉が出なくなった幼いケインは、覚悟を決めて、厳格な祖父であり、尊敬するアーノルド・グレンヴィルさんに相談した。黙ってケインの話をじっくりと聞いたアーノルドさんは、長い沈黙があった末に……。
「…………ケイン。最後まで貴族として頑張りなさい」
と、窓から外を見ながら一言だけ言ったらしい。アーノルドさんの言葉を受け、ケインは、あらゆる分野の貴族としての教養を身につけた。その全てがマリーさんの笑顔をもう一度見るためだった。そして12年が経過し、福笑いの儀式を身につけたと書いてあった。次のページからは、マリーさんが作った福笑いの遊び方が載っている。
「うわぁ……。大変だったんだなぁ……。へぇ、ケインのお爺ちゃん、アーノルドさんって言うのかぁ……。すごく怖そうだな……。なんか一言しか喋ってないのに、読むだけでちょっとビビッちゃったよ。迫力がありそうだ。たった一言でケインをあそこまで突き動かすなんて、大物感がすごいんだけど」
「ぷっ……くくくっ……あははは……。うんうん。あるある!あははははは……。私も結婚式を挙げる前に、この福笑いのグリモアを持って、ケインと一緒に、あいさつに行ったけど迫力があったなぁ。あはははは」
「そうなんですね。マリーさんも大変そうだなー……」
「ううん、ビックリしただけだよー。ぷっ……くくくっ……あははは」
何だろう……。何がおかしいんだろう。
多分、緊張しすぎて面白くなって笑うの我慢してたのを今、思い出してるんだろうなぁ。
まあマリーさん、いつでも笑いのツボが浅いしなぁ。
深い意味はないよな……。
「でもこんな怖そうなお爺ちゃんに小さい時に相談に行く覚悟までしたんですね。マリーさんの笑顔を見るためにとにかく必死だったわけだ。それで貴族の教養を身につけるために猛勉強して……。あいつ、馬鹿だと思ったけどすごい男だね。俺、あいつの事を見直した。あいつは、良い男だ。本当に立派な貴族だ」
「うんうん。毎回、会う度にとにかくしつこくてねー。ケインが12年間、勉強したいろいろな事を話しに会いに来てくれたの。商人としての仕事のやり方とか勉強になるような話もあったし、芸術の話もあったよ。絵とか音楽とか。いろいろ勉強して頑張って話してくれたの。いつかマリーにもう一回笑ってほしいから、次は、もっと面白い話を持ってくるよっていつもいつも……。でもね、私もつらかったんだ。笑ってあげたかったけど笑えなかったの。お母さん、大好きだったから。ケインは、ずっと私を諦めずにいつまでも追いかけてくるし、でも私は笑いたくても笑えないし、かわいそうになってもうやめてほしいなって思ってたんだ」
「これだけ好きでいてくれる人がいても、自分は応える自信がない。……それはつらいですよね」
「それであの大笑いしちゃった日だよー。ケインは、覚悟を決めた顔で私のところに来たの。僕にとってこれが最後の光なんだ。これでマリーを笑わせる事ができないなら、僕は……って言って言葉が詰まったの。ああ、やっと終わるんだ。でももうケインに会えないんだって思ったらすごく怖くなったの。ケインの心が折れてしまって、もう私は完全に一人ぼっちになるんだって思った。私は笑えなくて、自分の事をこんなに笑わせようとしてくれて自分の事を好きでいてくれる一生懸命な人も離れていく。そう思ったら本当に怖かった。そしたらね。ケインは、顔が白くなっておかめさんになってしまうんだって言ったの」
「………………」
「何を言ってるのか全然分からなかった。そしたらいきなり、これがおかめさん。おかめさんを見て念じてほしいって言われて、訳も分からず従う事しかできなかったの。そしたら布で目を隠されて、おかめさんを感じながら鼻のパーツを置いてって言われて。全部終わって目を開けたら、そこにはひどい顔したおかめさんの顔があった。これを見た瞬間ね。なんだかヒカルさんからメッセージをもらえたような気がしたの。こんにちは、マリーさん。早く笑わないと、ケインがこんな顔になっちゃいますよ。マリーさんがついてなきゃ、ケインはだめになっちゃいますよ。笑ってくださいって言われた気がしたの。そしたね、なんか分からないまま気がついたら家の外まで聞こえちゃうくらい吹き出して笑っちゃったの」
「そうでしたか」
いや……。
実は、そんな事は全く考えてなかったなんて言えない。
「私ね、まっすぐで一途で馬鹿なケインが恰好良くて、かわいくて大好きなんだー。これをケインに聞かれたくなくて、ヒカルさんと二人っきりで話したかったの」
「言ってあげれば良いじゃないですか。ケインも喜びますよ」
「良い女はね、男をよく見て伸ばしてあげなきゃだめなの。馬鹿な生き物だから。お母さんがよく言ってたんだぁ。ケインは、いろいろな事を一生懸命やって私に笑われてたらいいの。私が笑ったらケインが幸せになれるから。私がケインに大好きなんて言ったら、ケインが満足しちゃうでしょ?だから死ぬまでずっと私を追いかけらせるの。あははは」
……女の人、怖い。
「さて私たちの話は、まず前置きは、ここでまで。これを聞いてもらってからじゃないとダメだったからさー。ここからいよいよ本番だよー。面白いよー」
「はい」
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