第12話 ゲーム大会を教えてしまいました
その日、早めに会場に入った。とてつもなく広い土地には、かなりの数のボーリングのレーンが並んでいる。飲食スペースとして椅子とテーブルが数多くあり、奥の広い調理室では、料理人達の声や料理を作る音が聞こえてくる。ボーリングの最終チェックをする職人達のやり取り、あちこちを走り回る人々。まだ関係者しかいないはずなのに、すでにお祭り状態である。
結局、俺はボーリングというアイデアをケインに提案しただけで、他の事は何にもしていない。任せっきりだからどんな流れなのか全然わからない。情報量は、何も知らない参加者とほぼ変わらない。ボーリングの情報をケインに教えたら、わかった。おまえの仕事はもう終わりだと言われた。手伝おうかと言ったが、おまえの快気祝いだから黙って見てればいいんだと言われた。当日まで俺の生活は、何も変わらなかった。いつもどおり店に出て掃除したり接客したりする。それだけだった。
俺は会場を一回りした。調理室では忙しそうに他の料理人に指示を出したり、作ったりしているレインさんの姿を目撃した。うん、とても話しかけられる雰囲気じゃないな。ボーリングのレーンのところでは、マリオさんが図面を持った職人に話しかけられていて、こちらもかなり忙しそうだ。話しかけられない。ステージの上を見るとケインがいた。ケインに報告したり相談したりする人で溢れている。忙しそうにしているが、隙を見て話しかける。
「なんだかとんでもない事になっているな……」
「早いな。おまえは、時間通りで良いと言ってあっただろう」
「まあそうなんだけど、やっぱ気になるからさ」
「ヒカル、おまえは、ただ参加してればいいんだ。おまえにできる事はない」
「まあそんな感じだな……」
「ならベルに会いに行ってこい。もう着替えも終わって、待機室でゆっくり暇しているはずだ。話し相手にでもなってやってくれ。僕はとても忙しい。邪魔するな」
追い出されるようにステージから降りた俺は、ベルナデッタの待つ待機室へ行く事にした。待機室のドアをノックして「どうぞ」というベルナデッタの声が聞こえたので、ドアを開けた。
「こんにちは、ベルナデッタさん。それにマリーさんも」
「ヒカル様。随分早いですわね」
「ヒカルさーん。こんにちはー」
華やかなドレスを身にまとったベルナデッタとマリーの姿があった。
「うわぁ、二人とも奇麗なドレスですね。とてもよく似合ってます」
「えー?ほんとー?嬉しいなー、ありがとうー」
「うっ……えっ……あ、ありがとう……ございます……」
顔が赤くなっているベルナデッタ。
それを横で見たマリーが、ベルナデッタに抱き着く。
「マ、マリー様!?ちょっ!?ちょっと!!」
「ああー、もう!!ベルちゃんかわいいー!!かわいすぎて抱きしめたくなっちゃう」
「や、やめてください……」
「ええー、良いじゃんー。私、もうお姉ちゃんなんだからー。いつもやってるじゃない」
「そ、それはそうですけど……。ヒ、ヒカル様もいるのですから……。貴族として恥ずかしいですわ……。人前であまりそのようなことは……」
「ベルちゃんは、ヒカルさんの前では、普通の女の子でいていいんだよー」
抱きしめたまま、ベルナデッタの頭を撫でるマリー。
「仲が良さそうでいいですね」
「あっ、そうだ。私、ケインに話があったんだ。ちょっと行ってくるね。二人で仲良くお喋りしててね」
マリーは、ドアを開けて行ってしまった。
「ああ……。行ってしまいましたね」
「そっ……そうですわね……」
「ベルナデッタさん」
「は、はい!?」
顔が赤くなるベルナデッタ。
「今日は本当にありがとうございます」
「いいえ、私は何も。お兄様がヒカル様のためにした事ですから」
「今日は一人の参加者として精一杯楽しませてもらいます。ベルナデッタさんとも一緒に楽しい時間を過ごせたら嬉しいです。よろしくお願いします」
「えっ!?あっ……えっ!?よ、よろしく……お願いします」
顔が赤くなったベルナデッタ。
時間が来た。いよいよ俺の快気祝いが始まった。
会場には驚くほどの人が来た。店のお客さんやその家族達。
一体何百人いるんだ……!?
ステージの上にケビンが上がる。
「ケイン・グレンヴィルだ。知ってのとおり、僕の親友ヒカルが毒入りの酒を飲んでしまって倒れてしまった。しかしヒカルは回復した。大事な友を失う結果にならなくて、僕は安心と嬉しさの気持ちで心が満ちている。皆も僕と同じ気持ちだろう。今日は僕の提案で、皆がヒカルの回復を祝いながら楽しめる場を用意した。料理にボーリングというげえむ。貴族、平民の垣根を越えて、お互い思う存分楽しもうではないか。ヒカル、前へ来い。今日の主役は、おまえだ。あいさつしろ」
全然聞いてないし何も考えてないんだけど、まあ俺の快気祝いだし、やっぱそうなるわな……。
考えておけばよかった……。
ステージの上に上がり、マイクを渡される。
「えー……皆さん、こんにちは。ヒカルです」
「今更名前言うなー。おまえの快気祝いだろ。皆、そんな事くらい知ってるぞー!」
「ヒカル、回復おめでとうー!」
「なんか面白い事、言えよー」
いろいろな声が聞こえてくる。
「えっ!?面白い事!?ああー……そうだな……。いろいろな事を考えたんですけど……俺はもう、酒はこりごりですね。皆も飲みすぎないようにね」
「おまえが言うと、説得力がありすぎて、すごく怖いぞ」
「やめろよ、せっかく好きなのに酒飲めなくなっちまうだろう」
「わはははは」
「ははははははは」
「ああ、ごめん。ごめん。怖がらせるつもりじゃなかったんだ。まあ大変な目には遭ったけど、俺はなんとか生きてます。人生って何があるか分からないよね。俺は今、目の前にこんなにたくさんの人が来てくれて、自分の回復を祝ってくれている事に感謝の気持ちでいっぱいです。本当に生きててよかったなって思う。本当にありがとうございます。今日はケインやたくさんの人たちが頑張ってくれて用意してくれた場です。ありがとう。料理とボーリング、楽しみだね。皆、一緒に全力で楽しもう」
大歓声があがった。
何も考えてなくて正直な気持ちをそのまま言ったんだけど、なんとかなったかな……。
「それでは、ボーリング大会に移りたいと思います。ルールは簡単。球を投げて10本のピンを倒すだけ。その合計点を競います。100位以内に入賞すれば景品がありますので、どんどん参加してください。それぞれの部で一位になると驚きの豪華景品があります。それでは、ここから詳しいルール説明です。まず……」
司会者の女性によるルール説明があった。
ボーリングを2ゲーム行い、2ゲームでの合計スコアで競い合う。
男性の部、女性の部、子供の部があって、それぞれの部で入賞すれば景品をもらえる。
「ヒカル。おまえはこっちだ。ヒカル、僕、ベル、マリーの四人で一緒のレーンでやるぞ」
「えっ!?おまえも出るの!?ベルナデッタさんやマリーさんまで!?大丈夫?ドレスじゃ動きにくいよ?危ないよ?」
「僕たちが参加しないでどうする。それに一位になるとアレがもらえるんだ。魅力的じゃないか。だから僕は全力でやる」
「何もらえるんだ?」
「そんなのおまえに教えないさ。あれは絶対僕が手に入れる」
なんだよ。ケイン。かなりやる気満々だけど、一位の景品って何?
貴族が欲しがる豪華景品ってなんだ!?
ボーリングに使う球も重さの種類が沢山あった。
本物と変わらない出来栄えだ。
「それでは皆さん。ボウリング大会の始まりです。よーい、スタート!」
参加者達の盛り上がる声がいろいろなところから聞こえてきた。
「始まったな。俺たちは誰から投げる?」
「ヒカル、当然おまえだ。まずは手本を見せろ。僕が投げる前に、おまえからボーリングの極意を盗んでやる」
「いや、俺別にうまくないぞ。遊び方を知ってるだけだし。まあいってくるわ」
「ヒカルさーん。がんばってー」
「ヒカル様、頑張ってください」
おっ……。ちゃんとレーンに目印も付いてるな。
この辺りを立ち位置になるように、少し離れて助走をつけてっと……。
奇麗なフォームを意識して投げる!!
ストンッと8本倒れて左端に2本残った。
続いて投げた2投目で残りを倒してスペアになった。
「うん、まあまあかな」
「すごい!ヒカルさん、上手ー!」
マリーが拍手する。
「ヒカル様、お見事ですわ」
「なるほど……。足と手の動作を……」
ケインは独り言をブツブツ呟きながら深く考えている。
「次はベルだ」
「頑張りますわ」
「ベルナデッタさん、頑張ってください」
「は、はい」
ベルナデッタの顔が赤くなった。
初めてのボーリングに戸惑いながら、ベルナデッタの手から球が離れていった。
投げた球は、端っこに寄っていき、ストンッと3本倒れた。
次の2投目でも端っこにいき、2本。合計5本倒れた。
「なかなか難しいですわ……」
「これからですよ。倒しただけでもすごいですよ!」
「え、ええ。次はもっと倒せるように頑張ります」
「じゃあー、次は私だねー。……えいっ!」
マリーの独特なフォームから投げられた球は、のろのろとスローペースで進んでいき、全てのピンを倒した。
「おお、ストライクですよ!マリーさん、やりましたね」
「やったー。あははー」
「ふふ。わかったぞ。完璧だ。僕は必ず一位になってみせる」
自信満々のケインの投球フォームは、奇麗で理想的な形だった。
……そのはずなのに、その球は連続でガーターへと吸い寄せられた。
「ど、どうして……」
暗い顔をして帰ってくるケイン。
「なんであんなに奇麗なフォームでガーターになるんだよ!どうなってんだよ」
「どうしてだ!?なぁ教えてくれ、ヒカル!!」
「知らん!!」
「ぷっ……。……くくっ。……あはははは……あはははは……」
マリーは大爆笑した。
5フレームが終わった。
俺は、大体スペアやストライクでまあ悪くない形で進んでいる。
ベルナデッタは、あまりスコアが変わらず、5、6本を繰り返しながら一度もストライク、スペアはない。
マリーは独特の投球フォーム、のろのろボールでストライク以外取っていない。
ケインは鮮やかな投球フォームでガーターを量産し続けた。1本も倒していない。
6フレームが終わり、ベルナデッタの番。
「ベルナデッタさん。ちょっといいですか?」
「はい?」
「球は重く感じますか?」
「いえ、ちょうど良いと思います」
「球が自分に合わないと思ったら変えてみるのもいいかもしれないです」
「ええ、では試しに、さっきよりも少しだけ軽い球に変えてみます」
球を変えたベルナデッタは、7本取る事ができた。
「やりました。7本倒せました。この球の方が使いやすいですわ」
「良い感じですね」
「なるほど。僕も球が悪いのかもしれないな。変えてこよう」
「あっ、また全部倒れたー。やったー」
「ま、またストライク……。マリーさん、すごいですね」
「球を変えてきた。ここから僕の反撃が始まるのだよ」
奇麗な投球フォームから放たれた球は、奇麗にガーターへと吸い寄せられた。
「どうして……」
「あははは……あははははは……」
マリーが爆笑する。
7フレーム目。
俺はストライク。
続いてベルナデッタ。
「ベルナデッタさん、ちょっといいですか?」
「はい?」
「投げ始める位置と助走する歩数を意識してみて下さい」
「分かりました」
ベルナデッタは8本倒した。
「やりました!また伸びましたわ!」
「おお、その調子です!」
「なるほど。僕も位置と助走する歩数を再度、修正するべきか・・・」
マリーは、またのろのろボールでストライク。
「やったー。いえーい」
「位置……助走……歩数……」
さっきまで奇麗で完璧だったケインの投球フォームは崩れ、乱れて投げる前に転んだ。
「痛いっ……」
「あはははは……あはははは。やめて……!!ケイン!!もうっ……。もうっ……。あははは」
マリーの爆笑は止まらない。
8フレーム目。
俺は2連続ストライク。
続いてベルナデッタ。
「ベルナデッタさん。レーンを見て下さい。三角の矢印があるの見えますか?」
「ええ。あれは何のデザインですの?」
「あれはデザインじゃないんです。目印なんです。あれを参考にして投げると、精度が安定しやすくなりますよ。ボーリングのちょっとしたコツです」
「目印ですか。分かりました。あれを参考にしてみます」
ベルナデッタは9本倒した。
「やりましたわ。初めて9本倒せました」
「伸びてきてますね。あと1本ですよ。頑張ってください」
「ほう……。良い事を聞いた。僕もあれはデザインだと思っていたが、まさか目印だったとは。今度こそ間違いない情報だ」
マリーは、またストライク。
どこまでいくんだ、この人。
「正しい情報があればできる」
自信満々のケインは、見事にガーターを出して戻ってきた。
「俺も今、正しい情報を手に入れた」
「なんだ?」
「おまえにボーリングの才能を一切感じない」
「なっ……!?」
「あははは……あはははは……」
マリーは、ひらすら腹を抱えて笑っている。
9フレーム。
俺はスペアだった。さすがに3連続ストライクは無理か。
続いてベルナデッタ。
できるアドバイスはしたし、後はベルナデッタさん次第かな。
結果、9本だった。
「ダメでしたわ……」
「次がありますよ」
マリーは、やはりストライク。9連続ストライクだ。
「やったぁ!」
マリーは、笑顔で戻ってきた。
ケインは、やはりガーターだった。
「才能……才能って……何だ……」
落ち込んでいるケイン。
10フレーム目。
俺はスペアと8本倒しで終わった。
続いてベルナデッタ。
俺はある事に気が付いた。
ああ、そうか……。もしかしたら……。
ベルナデッタが球を持って立ち上がる。
「ベルナデッタさん」
「はい?」
ベルナデッタの肩を両手で掴んだ。
「えっ!?あっ!?えっ!?あの!?」
ベルナデッタの顔が真っ赤になっている。
ベルナデッタ、なぜか目を閉じている。
「一番大事な事をすっかり忘れてました」
「は、はい……」
「やっぱりそうだ。肩に力が入っちゃってますよ。肩の力を抜いてリラックスして自然体で投げて下さい」
「ふぇっ!?は、はい……」
ベルナデッタの顔が、さらに真っ赤になる。
ベルナデッタの投げた球は、まっすぐで奇麗な理想的なコースを進んでいきストライクだった。
「ベルちゃん!!やったぁ!!ストライクだよ!!おめでとう!!」
「すごいじゃないか、ベル!!そうか、僕も肩の力が抜けてなかったんだ。精神状態の問題だったのか」
「ベルナデッタさん。やりましたね。おめでとうございます」
俺も嬉しくて笑顔になった。
「ありがとうございます……」
ベルナデッタは、顔を真っ赤にして恥ずかしそうに視線をそらした。
マリーは、またストライク。パーフェクトゲームを達成した。
ケインの番。
「僕が今まで培ってきた全ての情報と経験をフルに使う。球を変え、位置と歩数。助走。レーンの三角の目印。肩の力を抜いてリラックス。ふぅ……」
慎重に呼吸を整えるケイン。
早く投げろよ。
おまえ、もう何やってもどうしようもないって……。
奇麗で完璧なフォームで投げられてケインの手から離れていった球は、ぎりぎりでガーターを免れて左端の1本のピンを倒した。
「うおおおおーーーーー!!!!どうだ!!ヒカル!!見たか!!」
「やっと倒したか……」
「この1点は、大きな1点だ。いいか、ヒカル。1は始まりの数字だ」
「あー、すごいすごい。さっきは、才能ないなんて言って悪かったよ」
「才能なんてない。でも努力すれば報われるんだ。その結果が1だ」
「報われてよかったな」
「ボーリングは奥が深い。諦めない事の大切さを教えてくれる」
「まあ1点でおまえが楽しんでるならよかったよ」
「あははははは……あはははは……うんうん。よ、よかったね、ケイン。あはははは……」
マリーは、また大爆笑している。
1ゲームが終わり、続いて2ゲームもラスト。
最後だし、ちょっとふざけちゃおうかな。
「最後だし、1回くらいあれ、やってみようかな……」
「ヒカル様、あれとは何ですの?」
「ヒカルさん、何するのー?」
「おい、ヒカル。何をする気だ?」
コツは……
ボールを持つ親指は軽く……手のひらで包み込むように持って……投げる!!
「ああ、ガーターだ」
「ああ、ヒカル様。おしい!!……ええ!?」
球は、ガーターに落ちるギリギリで曲がって軌道を変え、巻き込むように全てのピンを倒した。
「あっ……。できた」
なんか珍しくうまくできてしまった。フックボール。
憧れてやってみようと練習するけど、難しくてなかなか成功しないんだよね。
「な、なんだ!?ヒカル!!今のは!?」
「ヒカルさん、すごい!!」
「どうなってますの!?球が曲がりましたわ!!まるで球が生きてるみたいに」
「これはフックボールっていう技です。たまにやるけど難しくてめったに成功しないんですよ。でもうまくいきました。あはは」
「まさか最後の最後まで切り札を隠していたとはな……。フックボールとやらのやり方を僕にも教えろ!!」
「いや、おまえは、まず1本以上倒せよ。結局あれだけじゃないか」
俺は合計352点。
ベルナデッタさんは2ゲーム目から安定してきて、合計204点。
マリーさんは、合計600点。パーフェクトゲーム達成。優勝が確定した。
ケインは合計1点だった。
結果発表になった。
俺は男性の部で49位だった。
100位以内なので、何か景品はもらえる。やったね。
ベルナデッタさんは、女性の部で76位だった。
100位以内なので、何か景品をもらえる。
マリーさんは、女性の部で優勝した。
ケインは、言うまでもなく最下位だ。
男性の部の1位から50位には、酒が贈られた。
50位から100位は、お菓子の詰め合わせだった。
酒……。なんで酒なんだよ……。よりにもよって……。
後1つでも順位が低かったらお菓子だったのに運が悪い。
女性の部と子供の部は、100位以内の景品は、全てお菓子の詰め合わせだった。
結構いっぱい入っている。
「えー、優勝賞品は、なんと!!レインさんのお店のたこ焼き一年分食べ放題です!!マリー様、おめでとうございます!!」
女性司会者が優勝景品を発表する。
「ありがとうー。やったー!また皆で食べに行くねー」
マリーが笑顔で答えた。
子供達がけんかをしている光景が目に入った。
お菓子の詰め合わせをもらえなかった子供達が、入賞してお菓子の詰め合わせをもらった子供達のお菓子を奪おうとしていたのである。
「おーい、こらこら。人の物を盗ったらダメじゃないか」
俺は、けんかしている子供達に声をかけた。
「だって僕も頑張ったのに……」
「おまえの力が足りなかったのが悪いんだぞ」
「ううっ……ううっ……うわああああん」
子供達は泣いた。
「そうかぁ……。そりゃ残念だったな。一生懸命頑張ったのに手に入らなかったら悔しいよな。誰だってそうさ。でもボーリングには、もうひとつブービー賞っていう賞があるんだ」
「ううっ……ううっ……ぶーびー?」
「一生懸命頑張ったけどダメだった人に、次は頑張れよって応援する気持ちを込めて贈られる優しい賞の事だよ。ちょっと待ってて」
俺は、ちょうど良さそうな人を探した。
「あっ、ロイさん。いつもうちの店でお酒注文して頼んでくれてますよね。俺、酒は怖いのでお菓子の詰め合わせと交換してくれたら嬉しいなーなんて。ダメですか?」
「いや、そりゃー別にいいけど。俺は酒の方が嬉しいから、むしろありがたい話だ」
「ありがとうございます」
俺は酒とお菓子の詰め合わせを交換してもらって、お菓子の詰め合わせの袋を開けた。
一つのお菓子を取り出して子供に渡す。
「はい。これ。俺からのブービー賞。人が頑張って手に入れた物を盗るのは悪い事だ。それはやっちゃいけない。次、頑張ればいいんだよ。また一緒にボーリングやろうな」
「ありがとう……」
「お菓子をもらえなかった子達、皆おいで。俺からのブービー賞だよ」
お菓子をもらえなかった子供達が、俺の所に集まってくる。
「君は何点だったの?」
「40点」
「すごいじゃないか。ケインなんか1点だぞ。ケインに勝ってる。子供の部はレベルが高いな。はい、ブービー賞。次は頑張れよ」
「ありがとう」
俺は子供達一人一人と会話して、お菓子の詰め合わせの中身を全部渡した。
「あっ……。まずい。お菓子がなくなった」
もらえなかった子供達ががっかりしている。
その様子を見ていたベルナデッタが近づいてくる。
「あっ、あの……。これも子供達に……」
ベルナデッタさんが、お菓子の詰め合わせを差し出してきた。
「ベルナデッタさん、いいんですか?せっかくベルナデッタさんが頑張ったのに」
「ヒカル様が私にボーリングのコツを教えてくれたおかげで取れたものですから」
「ああ、それはベルナデッタさんの呑み込みの早さのおかげですよ。実力です」
「ヒ、ヒカル様のおかげです。子供達にあげてください」
「皆、ごめんねー。俺からのブービー賞はもう終わり。でもベルナデッタ様がブービー賞をくれるみたいだよ。まだの子は、ベルナデッタ様にもらってね」
「ヒ、ヒカル様から渡してください」
「いいえ、ベルナデッタさんから直接渡してあげて下さい」
「……わかりました。もらってない方は順番に並んで下さい」
ベルナデッタさんが子供達にお菓子を配っていく。
「ありがとうございます。ベルナデッタ様」
「お姉ちゃん、ありがとう」
「ありがとう。大きくなったら僕、ベルナデッタ様と結婚してあげる!」
「えっ、あ、ありがとうございます……」
その日、お菓子を配り、慣れない子供達とたどたどしく会話するベルナデッタの姿があった。
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