第9話 サプライズを教えてしまいました
レインさんの店で起きた大騒動。その余りにも多くの情報量に人々は混乱した。まず何の前触れもなく突然、貴族の美少女ベルナデッタ・グレンヴィルが来店した事。ベルナデッタがたこ焼きを食べて、料理の対価として金貨を出しても良いと絶賛した事。男性物のぶかぶかの服を着た明るくて人気者の女性従業員アリスと口論になり、ベルナデッタがその場でアリスに決闘を申し込んだ事。後日、どこかで秘密裏にダーツと呼ばれる謎の決闘が行われたらしい事。何事もなかったかのようにいつもどおり明るく店で働くアリスに決闘がどうなったのかを聞いた客は、アリスにはぐらかされて真実は分からなかったらしい。
「じゃあ全部うそだったんじゃないのか?ベルナデッタ様が来たなんて話は、最初からなかったんだ。実際はベルナデッタ様は来てないし、たこ焼きも食べてないんだ。たこ焼きが好きなやつらが流した噂話だよ」
さらに謎は謎を呼んだ。決闘を言い出した張本人であるはずのベルナデッタ・グレンヴィルが、度々来店しているのである。さらにアリスと親しく話していてベルナデッタの事をベルと呼び、ベルナデッタもアリスを親しい友人のように接しているというのが今の状況である。
「じゃあ決闘するなんて話自体、デタラメだったんじゃないのか。普通に仲が良さそうじゃないか。単純にこの店が、ベルナデッタ様のお気に入りの店になったんだ」
「いや、俺はあの場にいたぞ。絶対、どっちかが死ぬかと思ったぞ。それぐらい激しいけんかだった。ダーツの話が出てその場は収まったが、ダーツって何なんだよ」
「どうなってんだ……?ダーツって何なんだよ……」
皆、幻を見たのだ。
「師匠……。聞いてください……」
「アリス。何を落ち込んでいるんだ?」
「カウントアップの上達するコツを教えてください……。あれからよく、ベルと一緒にダーツをして遊ぶようになったんですけど、全然うまくならなくて……」
「まあ練習してたらそのうちうまくなるんじゃないか?」
「師匠、初心者の平均点は、300点だって言ってましたよね……?私たち、あれ以来一度も200点にも届かないんです。的にすら当たらない時もあるんです……」
「二人とも?」
「はい……」
「842点。あれは何だったんだ……」
「あれは何だったんでしょうか……」
俺たちも皆、幻を見たんだ。
ダーツって何なんだ……。
「私たちの決闘を見てたケインさんもダーツをやってみたくなって、時々やってるらしいんですけど、ケインさんは、あまり練習していないのにいつも600点以上取れるんです。どうして……」
どうしてだろうな……。
イケメンがダーツがうまい姿を想像すると、ちょっと腹立たしい気持ちになるのは……。えっ?これ嫉妬?
ケインから屋敷に来てほしいという連絡があった。
やっぱり大きな屋敷だなと思いながら中に入った。
「よく来たな。ヒカル」
「呼び出して何の用だよ」
「ダーツは見ていても面白いし、自分でやってみても面白いものだな。屋敷内にダーツができる場所を作ってしまったぞ。見ていってくれ」
「おい、まさかそんな事のためにわざわざ俺を呼びだしたのか?」
「そうだ」
「暇じゃないんだ、帰るぞ」
「冗談だ、そう怒るな。まあ座れよ」
紅茶とお菓子が運ばれてきた。
「それで何だよ」
「あのダーツの決闘の一件なんだが、おまえはベルとアリスが引き分けになる結果が分かっていたのか?僕は何度もダーツをやってみたが、引き分けになるなんて事、めったにない事は分かる。ましてやお互いが初めてダーツをした。なのにいきなり引き分けだ。これは偶然なのか?おまえは引き分けになるように仕組んでいたのではないのか?」
「本当に偶然だ。俺だってビックリしてる。引き分けを仕組むって……俺がそんな器用なまねできる訳がないだろう。俺は、ルール説明と点数計算しかしていない」
「ならおまえは、どっちかが勝つと思っていたという訳か。ベルが最後の矢を投げる時、手が震えてた事には気づいていたか?」
「ああ、震えてたな」
「もしあの時、ベルが緊張してミスして負けていたらおまえはどうしてた?ベルに謝らせたか?」
「同じだよ。アリスが勝ってベルナデッタさんがアリスに謝ったとしたら、俺はアリスにもベルナデッタさんに謝るように言うつもりだった」
「つまり勝っても負けても引き分けても同じ事を言ったわけか。その結果、偶然にもどちらも説得する必要がない引き分けになった。おまえが決闘にダーツを提案して二人が乗った時点で、全部おまえの手の内だったという訳か。はははっ……どこまでも面白いやつだな、おまえは」
「それを聞きたかったのか?」
「正直少しおまえを疑ってしまった。ベルに謝らせるつもりなのかと思った。僕は決して裏切らない親友になると誓ったはずなのに、おまえを完全に信じ切れていなかった。本当にすまない」
「なんだよ、ベルナデッタさんに負けろ、負けろって言ってたくせに、なんだかんだでおまえ、ベルナデッタさんに勝ってほしかったんじゃないか」
「ああ。なんだかんだで妹は、兄にとってかわいい存在なんだよ」
「そっか」
「改めて兄として頼むよ。ベルをよろしく頼む」
「よろしくって言われてもな……。まだ知り合い程度だしな……」
ケインが頭を抱えた。
「……おまえ、やっぱり鈍いやつだな。ベルの頭を触った時の事を思い出してみろ」
「えっ?頭?引き分けでアリスの頭だけ触った事に対して、それじゃ不平等だってベルナデッタさんに怒られた時のやつか?」
「そうだ」
「まあ女の人の頭を撫でるって……緊張するな……。初めてだったし……」
「はぁ……。ベルも苦労するな……」
「苦労?なんで?」
「もういい。それからもう一つ話がある。こっちが本題だ」
「何だよ」
「ある貴族の婚約発表パーティーをこの屋敷で行う事になっている。マリーとベル、僕の三人はパーティーに出る訳だ。とても深い関係の貴族だからな」
「それで俺になんか盛り上がるゲームでも教えてくれって話か?」
「まあそれもあるが、マリーにおまえを紹介したい。マリーがずっと前からおまえに会いたがっている。良い機会だ。それからベルに求婚を迫ってきそうな不届き者の男がいたら、そいつらからベルを守ってほしい」
「お兄様なら妹を守ってやればいいだろ?知らない貴族のパーティーに俺が行くのもおかしいだろう」
「僕はマリーと過ごす楽しいひと時を満喫したい。ベルの事を頼むよ。分かってくれ、親友だろ?衣装なら全てこちらで用意してやるから頼むぞ。後、面白いげえむも頼むぞ」
「勝手なやつだな……」
パーティーの日がやってきた。
中学生の頃、一度だけ親戚の結婚式に出席した事がある。
周りは大人ばかりで話が合う年の近い人はいなかったし、慣れないネクタイで首元がきつくて息苦しいし。全然パーティーに対して良い思い出がない。
今回も知り合いなんてほぼいないパーティーだから似たようなものだろう。
まあ夜に開かれる婚約発表のパーティーな訳だし、結婚式の時と違って一日中いるわけじゃないからな。そこまで長い時間、いるわけではないだろう。
俺は衣装に着替えるため、パーティー開始の時間よりも早めにケインの屋敷に来た。
豪華な衣装に着替えて使用人に髪も整えてもらった。
ケインと違って顔が良い訳でもないし、衣装が似合っているのか正直分からない。
いや、多分似合ってない。
その予感は、ケインの衣装を見たら確信に変わった。
ダメだ、やっぱ俺浮くわ。隅っこの方で料理を食べて過ごすことにしよう。
「ヒカル様、今日はようこそお越しくださいました」
振り向くと華やかなドレスを身にまとったベルナデッタの姿があった。
「ベルナデッタさん、すごく奇麗ですね。よく似合っています」
ベルナデッタの顔が赤くなった。
「えっ……あっ……ありがとうござい……ます……」
「ヒカル。ベルの事を頼むぞ。求婚しようとしてくる不届き者から守ってやってくれ」
「お、お兄様!?わ、わ、私は大丈夫ですわ」
「ベル。ヒカルが守ってくれるからヒカルのそばを離れるんじゃないぞ」
「……ううっ……は、はい……」
ベルナデッタの顔がまた赤くなった。
婚約発表パーティーが始まった。
ケインから聞いた話によると、パーティーの時間は2時間らしい。
何かの発表がある事だけは、参加者に伝えているらしい。
1時間経過した時、照明が落ちてサプライズで婚約発表があるそうだ。
「僕は出席者達にあいさつ周りに行ってくるよ。別行動だ。ベルを頼む」
俺にそう告げるとケインは行ってしまった。
「ああ……。ベルナデッタさん、何か飲みますか?俺、取ってきますよ」
ベルナデッタに衣装の裾をくいっと掴まれた。
「……い、一緒に……取りに行きます……」
またベルナデッタの顔が赤くなった。
「じゃあ行きましょうか」
ベルナデッタと二人で、グラスに入ったオレンジジュースのような飲み物を飲んだ。
「あ、おいしい。さっぱりしてて飲みやすいですね」
「はい……」
「それにしてもサプライズだなんて、イキな演出する貴族もいるものですね」
「そ、そうですわね……」
「といっても俺は部外者なので、何も驚かないですけどね。ははは」
「……え、ええ……」
「食べる物もいろいろありますね。見た事がない料理ばっかりだ。おなか、空きません?せっかくなので何か食べませんか?」
「そ、そうですわね……」
ベルナデッタと一緒に適当に料理をいろいろ食べてみる。
「ベルナデッタさん。最近、うちの店にたまに来てくれてますよね。アリスとも仲良くしてもらってるみたいで、本当にありがとうございます。良い友達ができたって喜んでますよ」
「いえ……」
「そういえばアリスから聞きましたけど」
「あっ!?えっ!?な、なんですの!?聞いたって!?」
ベルナデッタは、何やらすごく慌てている。
「ん?どうしたんですか?」
「えっ!?なっ!!なっ……あっ……あのっ……そのっ……」
「ダーツが全然上達しないんだとか」
「……ダーツ。え、ええ……。そ、そうですわね……」
「まあ何事も練習してたら少しずつうまくなっていくと思います。焦らず頑張ってください。ダーツは調子にも影響されるし、難しいゲームなんですよ」
「はい……」
「それから、たこ焼きを気に入ってくれたみたいで良かったです。実はたこ焼きって他にもいろいろ味を変えて楽しむ事もできるんです。それ以外のすごいやつもありましてね。今度はぜひ、それも食べてみてください。絶対に驚かせます。約束します」
「……ええ」
「って、こんな豪華な貴族のパーティーでたこ焼きの話なんておかしいですよね。ははは」
「い、いえ……」
その時、会場がざわついた。
「一体なんだ、これは!?」
「こんな料理、見た事がない」
「丸くて小さい。柔らかい!!」
「うまい!!なんだ、これは!!」
その声のする方を見ると、テーブルの上に大量のたこ焼きが置かれ、人だかりができていた。
「……えっ?まさか……」
「たこ焼きですわ……。レインさんにお願いして、ここでも出させていただいたんですの」
「ええ!?……あっ、すみません。俺、ちょっとトイレに。すぐ戻ります」
「あ、あの!!ヒカル様!!もうすぐ発表の時間ですわ!!急いでください!!」
「わかりました」
トイレというのはうそだ。
俺は猛ダッシュで調理室に向かった。
レインさんは、今日店にいるはずだ。
一体、誰がたこ焼きを作ってるんだ?
「あ、師匠ー!!どうしたんですか!?パーティーの最中ですよね?」
「アリス!!おまえがたこ焼きを焼いてたのか!!」
「そうですよー。ベルに頼まれたんです。見てください。マリオさんお手製の巨大たこ焼きプレートです。店のやつより、一度にいっぱい作れますよ!」
「アリスもレインさんもマリオさんも知ってたのか?」
「はい。ケイン様とマリー様の婚約発表パーティーの事ですよね?」
「えっ!?ケインとマリーさんの婚約発表?」
「あっ……しまった……。師匠にだけは絶対秘密って言われてたのに……。驚いて焦る顔が見たいからって。皆、ごめんなさい。やっちゃったー!!」
「……そういう事か。よし、アリス。良い事を思いついた。手を貸してくれ」
「はい!!師匠のためなら喜んで!!」
俺はアリスにある事を指示して、会場に戻ってきた。
するとベルナデッタが、貴族の男数人に囲まれていた。
そうか。ケインのやつ、あいつが主役だから、こうならないように俺にベルナデッタさんを守ってくれって言ったんだ。
まずいぞ……。ケインに何やってたんだって怒られぞ……。
「ベルナデッタ様。今日もまた一段とお美しい」
「ありがとうございます」
「ベルナデッタ様。うちの息子を婿にどうですか?」
「少しだけ考えさせてください」
「ベルナデッタ様。私と結婚すれば必ず幸せにしてみせます」
「たくさんの方にお声をかけていただいて、私はすでに幸せですわ」
バンッ!!
照明が消えて真っ暗になった。
音楽隊の演奏が始まり、会場に音楽が響き渡る。
部屋の最前列のステージ上だけ明かりがつく。
パーティーの参加者達、皆の視線が一気に注目する。
そこにはケインと女性の姿があった。なるほど、この人がマリーさんか。
「皆様、本日は遠路はるばるお越しくださり、本当にありがとうございます。さて本日は、私から皆様に発表させていただきたい大事な事があります。と言いましても、隣にいる人を見れば皆様、すでにお察しの事かと思われます。私、ケイン・グレンヴィルは、この度マリー・モルフォードと婚約いたしました」
会場からは大きな拍手がわき起こる。
「皆様、温かい拍手をありがとうございます。ご存じの方もおられると思いますが、マリーは12年間の間、母を失った悲しみの傷が癒えず、心をずっと閉ざしていました。僕はマリーのそばで12年間、話しかけ続けてきましたが、彼女の心の傷を癒やせずにいました。とても悩んでいました。そんな僕に救いの手を差し伸べてくれた人物が、今日この会場に来てくれています。紹介します。僕の親友、ヒカルです」
俺に向かって、ライトが照らされる。
参加者達が一斉に俺の方に注目する。
「えっ……」
はぁ!?なにこれ!?
隅っこで料理を食べるどころか、思いっきり晒し者じゃないか。
衣装だって似合ってないし、完全に場違いな俺を照らすこの光は何なの!?
やめて!!皆、俺を見ないで!!恥ずかしい!!
「皆様、彼がヒカルです。彼は貴族ではありません。平民です。食堂の従業員として働いている男です」
会場がざわつく。
やめて!!もうやめて!!
衣装も似合わないし、不細工な顔してる平民の俺を照らさないで!!
「ですが、ただの平民ではありません。皆様はすでに、彼に魅了されています。あちらに奇妙な料理がある事、皆様はお気づきですよね?多くの方が口にされていました。その名もたこ焼き。彼がレシピを考案し、彼の働く食堂で提供されている大人気メニューです。僕の妹ベルナデッタ・グレンヴィルもたこ焼きのとりこになりました。今日のたこ焼きは、妹のリクエストで特別に手配しました。包み込んで抱きしめてくれるようなとても優しい味が特徴です。彼は、まさにたこ焼きのような男です」
誰がだこ焼きだよ!!
人をいきなりライトで照らして、言いたい放題だな。
「今日、僕はとても忙しい。本来なら兄である僕が妹を守るべきですが、僕はヒカルに妹ベルナデッタ・グレンヴィルに求婚しようとするような不届き者の男たちから守ってくれと頼んで、婚約の事を知らせず、騙して彼をここに連れてきました。ヒカル。騙してすまない。ん?何か僕に言いたい事がありそうだな。言ってくれ。彼にマイクを」
にやりとほほ笑むケイン。
いや、何も言いたい事ないし。
ねぇ何これ?マイクパフォーマンス?
昔、父さんがテレビで見てたボクシングの試合でチラッと見たことがあるよ。こういうの。風呂上りにジュースを飲んで休憩してた時、リビングのテレビの画面に映ってたよ。相手を右ストレート一発でKO勝ちで、試合に勝った大阪出身の浪花の狼って言われてる血の気の多いプロボクサーが、マイクを向けられて言うんだよ。おい!こらぁ!チャンピオン!次はワイとやれや!おまえのベルトを奪ったるわ。おまえみたいな弱そうなやつが、あんな重そうなベルト腰に巻くんかわいそうやからな。心の優しいワイが、おまえを早く楽にしたるわ。1RでKOや。かかってこいや!!
ワイは、まだヨダレ垂れへんねん。ちゃんと覚えとけや!
って言って、テレビの方を見てチャンピオンを挑発するメッセージを送るんだよ。
それで本当に次の試合で、1Rで勝ってチャンピオンになったんだよ。
「皆、ありがとう。河堀口の皆、ほんまありがとう。河堀口の事、汚いイメージにさせてしもて、今まで散々言うてごめんな。ほんまごめん。許してくれ。これからは、河堀口が良いイメージになるように全力で頑張る。皆、見といてくれ。ワイは日本チャンピオンや!!見たか!!河堀口は日本一や!!ワイが証明したんや!!」
って泣きながら答えるんだよ。
さすがだ。有言実行のボクサーは、格好良いね。
父さんがそれを見ながら感動しながら熱く語るんだよな。
「浪花の狼なぁ……。狼なのは分かるんだよ。ぴったりだよ。怖そうなんだよ。でもアイツ、大阪出身なのは本当だけど、浪花じゃなくて河堀口なんだよ。狼なのは最初に決まってたらしいけど、こぼれぐちの狼って聞くと、なんか口からヨダレがこぼれてる汚い狼を連想させるから、浪花にしたらしいぞ。そのエピソードを先に公開しておいて、試合が終わる度に、ワイはまだヨダレ垂れへんねん!って持ちネタがあるんだよ。引退後のバラエティー番組も視野に入れて狙ってるんだろうな。勝ったら応援してくれる大阪の皆、河堀口の皆ありがとう。まだヨダレ垂れへんねん!負けたらヨダレ垂れてしもた!堪忍してや!汚い姿を見せてほんまに申し訳ない。次は絶対負けへん!って言うんだ。汚いネタだけどしたたかなんだよ。いや、汚いか。汚いよな、こぼれぐちの狼。まあでもボクサーとしても人間としても体も心も強い。あいつは心技体全部持ってる。泥臭くなりながら全力でやる。ださくて格好良い姿を見せてやる。こんなやつがいるから格闘技の世界は面白いんだ」
そうか……。
父さん、俺、東京生まれ東京育ちだけど今、大阪のために戦うよ。
俺もさっき、こいつにたこ焼きって言われたし。
けんか売ってるんだよね?そうだよね?
人を騙して連れてきて、挙句の果てにマイクパフォーマンスをしろ?
俺は、衣装はださいし顔も不細工だし、貴族じゃなくて平民だし浮いてるよ。
俺は、今まさに河堀口の狼だよ。
頭にきた。いいだろう、やってやろうじゃないか。
使用人からマイクを手渡される。
「ケイン、何か言いたい事があるかだって?ああ、言ってやるよ。おまえというやつは人を騙して連れてきて、ついにはマイクを渡して言いたい事を言えなんて、むちゃな事を言う。突然婚約するだなんて聞かされるし、いつの間にかたこ焼きも会場にあるし、なんかベルナデッタさんの様子もおかしいなと思ってたのも理解した。ベルナデッタさんも周りの人も、そして俺も、おまえのイタズラに振り回されたんだ。サプライズのつもりだったか?ケイン、おまえに教えてやるよ。サプライズっていうのはな、こうやるんだよ」
「お待たせしましたー!揚げたこ焼きです!!」
扉が開いて大量の揚げたこ焼きが会場に運ばれてきた。
「アリス。ナイスタイミングだ。よくやった」
「はい!次の揚げたこ焼きを作ってきますね!!」
「ケイン。おまえが俺にイタズラなんかせずに婚約パーティーの事を正直に話してくれていたら、俺はおまえに婚約祝いとして世界で初めて揚げたこ焼きを食わせてやっても良かった。残念だったな。俺は別におまえが一番に食べなくても全然良いんだ。いいか、おまえは二番目に食わしてやる。一番最初は、ベルナデッタさんに食べてもらいたい。ベルナデッタさん。さっき言った事ですが、今すぐ約束を果たそうと思います。絶対に驚かせます。たこ焼きのもう一つの楽しみ方。それが揚げたこ焼きです。一番最初に食べてください」
ベルナデッタのところまで歩いていき、ベルナデッタの手を掴んだ。
手を掴んだまま、ついさっきまでベルナデッタを取り囲んでいた男たちの間を抜けて、大量の揚げたこ焼きの前に連れてきた。
揚げたこ焼きを皿の上に乗せて、ベルナデッタに皿を渡した。
「熱いので気を付けてください」
「……は、はい」
ベルナデッタは顔を真っ赤にしながら、揚げたこ焼きを口の中に入れた。
「ぜ、全然違いますわ!!このカリッとした触感は、同じたこ焼きですの!?」
「はい。おいしかったですか?」
「ええ。すごくおいしいですわ」
「今、世界で初めて揚げたこ焼きをベルナデッタさんが食べたんです」
「驚きましたわ。たこ焼きの食感が、まさかこんなにも変わるだなんて……」
「ベルナデッタさんの驚く顔が見えて俺は満足です。ありがとうございました」
ベルナデッタの顔がまた赤くなった。
「あー……ヒカル……。すまない。次は僕たちにもその揚げたこ焼きをもらえないか?」
前からマイクを使い、ケインが話しかけてきた。
「ケイン。そういえばおまえ、婚約したんだってな。今更だけどおめでとう。婚約祝いに揚げたこ焼きを用意した。そっちに何個持っていこうか?とりあえず10個くらい持って行ってやるよ」
10個の揚げたこ焼きを皿に乗せて、前まで持って行ってやった。
揚げたこ焼きを口の中に運んだケインは、驚きの声をあげた。
「な、なんだこれは!?どうなっているんだ!?さっきと同じたこ焼きなのか!?」
「ほらよ。これは全部芝居だって言え。揚げたこ焼きを盛り上げる演出だって一言、言うだけでいいんだよ。うまい事言って丸く収めてみせろよ。揚げたこ焼きさん」
ケインの耳元でこっそり言って、俺はマイクを手に取ってケインに渡した。
「えー……皆様、以上が揚げたこ焼きを盛り上げるためのサプライズ演出でした。僕たちの婚約という日に、皆様の心の中に驚きを残したかった。そこでヒカルとともに、揚げたこ焼きの芝居をさせていただきました。ショーは、お楽しみいただけましたでしょうか?今日は、たこ焼き、そして揚げたこ焼きも、ぜひ皆様に食べていただきまして、引き続きパーティーを最後までお楽しみください」
会場の拍手は、なかなか鳴りやまなかった。
ケインとマリーさんの揚げたこ焼き付き婚約発表パーティーは、大成功に終わった。
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