第8話 ダーツを教えてしまいました

アリスから師匠と呼ばれるようになり、店でもすっかりアリスは人気者になっていった。アリスファンのお客さんも多い。サイズの合っていないぶかぶかの男性用の服を着たショートヘアーのかわいくて明るい女の子。もっと女の子らしいかわいい服を買えと何度も言ったが、師匠の服を着たい。常に師匠のパワーを感じていたい。とかたくなに拒否するアリスに、俺はもう諦めてしまった。ベッドを取られただけではなく、服まで取られてしまった。たまに夜、気が付くと俺が着てた服の匂いを嗅いだりしているアリスの姿を目撃したりする事もあるので、油断ができないでいる。日を増す毎に俺への尊敬度が増してきていて、崇拝されているとすら感じている。もう何も遠慮する事がなくズバズバ言い合える仲ではある。


その日、いつものようにお客さん達の明るい話声や笑い声が絶えない騒がしい店内が、一気に静かになった。皆が固まって同じ方向を見ている。店の入り口だ。

そこには金髪の奇麗でふわりとした柔らかそうな長い髪。かわいらしさがあり、品のある奇麗な服を身にまとい、かわいらしさの中に美しさのようなものも感じる貴族の美少女、ベルナデッタ・グレンヴィルの姿があった。貴族であり親友になったケイン・グレンヴィルの妹だ。


「ベ、ベルナデッタ様!?」

「ベルナデッタ様だ!!なぜここに!?」

「奇麗!!私、初めて見た!!」


驚きで固まっていたお客さん達の時は動き出し、ベルナデッタ来店という目の前の衝撃に、驚きの言葉を口にする。


「いらっしゃいませ。空いてる席にどうぞ」

アリスがベルナデッタに声をかける。


「ねぇ、あなた。ヒカル様はいらっしゃいますか?」

「えっ?師匠ですか?いますけど」

「師匠?」


ベルナデッタは、顔をしかめた。


「師匠ー!!お客様です!!」


俺はアリスの大きな声に対して、奥から大きな声で返す。


「だーかーらー!!店では師匠じゃなくて先輩って呼びなさいって!!」

「わははははは」


お客さん達の笑い声が聞こえる。

いつものアリスと俺のやり取りだ。


「いらっしゃいま……せ……って、ええ!?ベルナデッタさん!?お久しぶりです。体の調子はもう良いんですか?」


ベルナデッタの顔が赤くなった。


「だ、大丈夫です……。その節はまたお世話になりました」

「今日はどうされたんですか?わざわざ店まで来て」

「たこ焼きを食べに来ましたの。ヒカル様からの私への命令でしたわよね」

「……ああ、そうでしたね。でもまさか本当に来てくれるとは思いませんでした。どうぞ、お好きな席へ。すぐたこ焼き、作ってもらいますね」


調理室にいるレインさんに、たこ焼きを1つと伝える。


「ねぇ、ヒカルさん。ベルナデッタ様よ。本物よね?私、あいさつに行った方がいいわよね……。な、なんて言えばいいの……?」


こんなにうろたえるレインさん、初めてみた。


「とりあえずレインさんは、いつもの美味しいたこ焼きを作ってください。で、ベルナデッタさんが美味しいって言えば出てきて、あいさつしてください。もしも万が一、ベルナデッタさんの口に合わない感じだったら、奥でひっそり身を潜めててください。俺が合図を出しますから」

「わ、わかったわ。こんなに緊張しながらたこ焼きを焼くなんて、初めて店でたこ焼きを出した日の何倍も緊張するわ……」


レインさん、ごめんなさい……。

俺の罰ゲームに付き合わせちゃって……。


ベルナデッタの元に戻った。


「頼んできたので、出来上がったらすぐお持ちしますね。待っていてください」

「たこ焼き。全く想像ができない名前ですわ。私に何でも命令できる権利を使ってまで食べさせたいだなんて、どんな物が出てくるのか楽しみですわ」


そしてベルナデッタが座る席のテーブルに、たこ焼きが出された。


「お待たせしました。たこ焼きです」

「これがたこ焼きですか?随分丸くて小さいのですね。香りは魚の出汁を使ったような感じがしますわ」

「正解です。さすがはベルナデッタさん」

「と、当然ですわ。この程度の食の知識くらい貴族として知ってて当たり前です」

「こちらの爪楊枝を使って食べてください。たこ焼きは、これで食べるんです。突き刺して口に運んでください。熱いのでお気をつけて」

「わかりました」


ベルナデッタがたこ焼きを口に運ぶ。

レインさん、俺、アリス、アルト。来ているお客さん。

全ての人がベルナデッタがたこ焼きを口に入れる瞬間を瞬きする事も忘れて見入ってしまう。

ベルナデッタが口を動かし、彼女の口の中にあるたこ焼きが喉を通っていった。


「…………」

「……………………」

「美味しいですわ。今までに食べた事がない味です。触感は柔らかく、口の中で広がる上品で臭みが全くない淡い魚の出汁の味。ふわふわの生地の中にも細かく刻まれた野菜が入っていて、その野菜が持つ本来の甘味が魚の出汁と合わさっていて、お互いの存在を主張しすぎて邪魔する事もなく、調和を保とうする。まるで世界の平和を願い、表現して作られているかのような味わい。この丸くて小さな形は、もしかして私たちの住む惑星を表現しているのかしら。緑の野菜を使っているのは、大地を表しているのかしら?もしかして魚の出汁は、海を表現しているのかしら?これは芸術的な食の作品ですわ。深いわ、驚きの連続よ。これはこの場だけでとても語りつくせるような簡単な話じゃないわ。……この料理を作ったオーナーを呼んでくださる?」


俺は調理室の方を向いて、笑顔で頭の上で手で大きく丸の合図を出して、レインさんを呼んだ。レインさんが急いで調理室から出てきた。


「ベルナデッタ・グレンヴィル様。お会いできて光栄です。店のオーナーのレインと申します。お気に召していただけましたでしょうか?」

「ええ、驚いたわ。これは相当手が込んだ料理に間違いないですわ。私はこの料理に対してどれ程の対価をお支払いすれば宜しいかしら?」

「たこ焼きでしたら、いつでも銅貨20枚で提供させていただいております」

「銅貨20枚!?この料理が、たったこれ程の価値で提供されるなんてあり得ませんわ!!金貨を取られても文句を言えませんわ!!」


店内がざわついた。

貴族ベルナデッタ・グレンヴィルが突如来店し、その対価として金貨を出してもいいと言い放ったたこ焼きという料理。この事件は後に、ベルナデッタのたこ焼き事件として人々との間で語られていく事になる。


「あなた、レインと言ったわね。あなたがたこ焼きを生み出したのね?」

「いいえ、私はヒカルさんに教えてもらったものを作っただけです」

「……あ、あなたがこれを!?聞いてませんわよ、そんな話!!」

「レシピは俺ですけど、作ったのはレインさんですから。レインさんの料理の腕前がすごいんですよ」

「いいえ、師匠は偉大なお方です!!師匠はいつだって自分の功績は、人のおかげなんだと言っておられる神のような方です。いや、神です。たまには自分の功績なんだって誇ってください」


隣からアリスが言う。

それは、たこ焼きを初めて作った地球の人に、ぜひ聞かせてあげたいよ。


「アリス。他のお客さんの料理は?まだだろう?」

「ないですよ。皆、この女の人に注目してるから何も注文なんてないですから。師匠、この人誰なんですか?師匠の何なんですか?」

「ベルナデッタ・グレンヴィルさんだよ。貴族の人だよ。友達の妹だ」

「騒がしい方ですわね。あまり女性としての品がありませんわね」

「何?私にけんか売ってる?貴族か何か知らないけど偉そうに」

「それに何ですの、そのだらしのない格好は。だぶだぶの服を着て。全然あなたの服のサイズに合ってませんわ」

「この服は師匠の服なの!!師匠の服を馬鹿にするやつだけは許さない!!」

「ええっ!?こ、こ、この服はヒカル様の服なんですの!?」

「そうよ!!私が師匠からもらったんだから!!」


いや、あげてないんだけど……。

奪われたんだけど……。

ただの追いはぎだよ……。


「服をもらった!?しかもそれを着てる!?あ、あ、あ、あなた!!ヒ、ヒカル様とどういった関係なんですの!?」

「毎日、一緒の部屋で寝てる関係だよ!!」


いや、間違ってはないけど!!

部屋がないだけ!!

誤解を招くような言い方をするなー!!


「なっ、な、な、な、なっ!?ななな……!?ヒカル様!!どういう事ですの!?私はたこ焼きを口実にあなたにお会いしたくて来たのに……」

「いや、誤解ですって。空き部屋がなくて一緒の部屋では寝てますけど、俺は床でアリスはベッドですから……ほんと何もないですから……」

「あれぇ?貴族様、今なんて?」

「……な、な、なんでもありません」

「ねぇねぇ。貴族様ぁ。師匠の服、良い匂いがするんですよお?嗅いでみたくないですかぁ?」

「……………………け、け、結構です」


ベルナデッタの耳元で、アリスが何やらヒソヒソと語りかけた。


「な、な、な、なっ……!!あ、あ、あなた何を……!!」


ベルナデッタの顔が真っ赤になる。


「貴族様分かりやすいなぁ。師匠に言っちゃおうかな。ねぇねぇ、師匠ー!!うぐっ……」


ベルナデッタがアリスの口元を手で押さえつける。


「ちょ、ちょっと!!黙りなさい!!」


口元を押さえつけられたアリスが、ベルナデッタの手を退ける。


「じゃあ謝ってよ。師匠の服を馬鹿にした事」

「嫌ですわ」

「じゃあ貴族様の秘密を師匠に言っちゃうもんね」

「私を脅迫するつもりですか?私は貴族。脅しなんかには屈しません」

「ねぇねぇ、師匠。この貴族様、実は師匠の……」

「あなた、いい加減にしなさい!!もう私、怒りましたわ。あなたに決闘を申し込みます。正々堂々、剣で決着を付けましょう」

「ええーーー!?決闘だって!?」

店内がざわつきだした。


「決闘?いいよ。貴族様みたいな色白で細い女の人が剣だなんて無理無理。私に勝てるわけがないよ。いろいろな危険な場所を旅してきた私を見くびってたら痛い目に遭うよ。貧乏旅人の私のサバイバル術を見せてあげる」


と言って、くるりっとその場で宙返りして、アリスが身体能力の高さを見せつける。

えっ!?おまえ、そんな強かったの!?

あっ、やばい。これ、マジで強いやつだ……。

ベルナデッタさん、逃げて!!

相手が悪すぎるよ!!


「貴族の女性をあまり見くびらない事ですわ。私、護身術として幼い頃から騎士団の優秀な先生の元で剣術を教わっていますの。けがしないうちに謝罪された方が身のためですわよ」


あの宙返りを見て全然ビビってないの!?

騎士団の先生の元で剣術を教わってる!?

なんか全然分からないけど、雰囲気の感じからして、こっちも超強そうなんだけど!?


「けがするのは貴族様だよ。せっかく奇麗な顔してるのに顔に傷がついたら勿体ないよ」


これは死人が出るぞ!?

睨み合う二人を見て、俺は割って入る。


「ちょ、ちょっと待って!!ベルナデッタさんもアリスも!!二人とも落ち着いて!!」

「いいえ、ヒカル様。あなたには、関係がありませんわ!!これは私と彼女の問題です」

「そうです。師匠の服を馬鹿にしたこの女には、泣いて謝らせます」

「ダメだ。剣なんて危ない。二人ともけがしたらどうするんだ。お互いが傷つけ合う事に何の意味がある!!絶対ダメだ!!」

「じゃあどうやって決着をつけろとおっしゃるのですか?」

「そうですよ、師匠。何かお互いが納得する決着の付け方、考えてください」

「わかった。わかったから……。じゃ、じゃあ……ダーツとかどうだ?」

「ダーツ?」

「それは何ですの?」

「順番に矢を投げて的に当てるゲームだ。これならお互いに傷つける事がなく、平等に戦える。俺はベルナデッタさんもアリスもけがするところなんて見たくない」

「師匠……」

「ヒカル様……」

「二人とも剣じゃなくてダーツでいいね?」

「はい……」

「わかりました……」


なんとかその場は収まった。

後日、俺はケインに連絡を取り、事情を説明して協力を仰いだ。

ダーツを置く広めの部屋を用意してほしかったからだ。

ケインは、妹が決闘をすると言うのに、なぜか妙に楽しそうでノリノリだった。


「くっ……はははは。ベルが……くくっ……決闘。笑わせないでくれ。は、腹が……。く、苦しい……。笑いすぎて涙が……涙が出てきた」

「妹が決闘するのってのに、よく笑ってられるな」

「ヒカル。おまえというやつは、どこまでも僕を楽しませてくれる男だな。部屋くらいいくらでも用意してやる。他には?何が必要だ?何でも言ってくれ」

「もう大丈夫だ。ダーツならマリオさんが作ってくれる。マリオさんも自分のところの店で働く従業員が起こした騒ぎだから、今回の事に対して申し訳ない気持ちを感じているんだ。せめて良いダーツを自分に作らせてくれと言っている。だから部屋を貸してくれるだけでもありがたいよ」

「マリオという男も相変わらず律義な男だな」

「そういう人だから」


公平性を保つため、当事者の二人にはダーツについての情報を一切与えないようにした。ダーツは完成し、ついに決闘当日がやってきた。


「……で、ケイン。なんでおまえも来てるんだよ」

「こんな面白そうな事、放っておけるわけがないだろう。あのベルが決闘だぞ。貴族の茶会なんかよりずっと魅力的だ。キャンセルだ、キャンセル。僕は腹の具合が悪い事にする。実際、笑いすぎて腹の具合が悪いんだよ。まあうそではないさ」

「いや、貴族同志の交流してこいよ。笑いすぎが原因の腹痛なんて病気、初めて聞いたぞ」

「ベルが勝ってアリスって子に謝らせるか、ベルが負けてアリスって子に謝る姿を見られるのか。ベル、負けろ。ベル、負けろ。ベル、負けろ。ぷっ……くくくっ……」

「ひどい兄貴だな……」


ベルナデッタとアリス。

二人は時間通りにやってきた。


「逃げずによく来ましたわね。その勇気だけは褒めてあげますわ」

「そりゃー、貴族様は逃げたくても逃げれないよね。ねぇねぇ。逃げたいって正直に言っても言いんだよ?」

「絶対にあなたに謝罪させますわ」

「あー、貴族様に頭を下げさせる未来が見えてて楽しみだなぁ」


二人は、闘争心がむき出しだ。


「そこのアリスって子。頑張りたまえ。応援してるぞ」

「誰だか分からないけど応援ありがとうー。頑張るー」

「お兄様!!お兄様は、私の味方ではないのですか?私は貴族の名誉のために戦います」

「ん?ベル。僕はおまえが勝つって信じてるよ。だからアリスを応援するんだ」

「もう!!どっちなんですの!!」


俺はベルナデッタとアリス。

二人に近づいて、それぞれに矢を三本ずつ渡した。


「じゃあルール説明しますね。これがダーツの矢です」

「随分小さな矢ですわね。もっと本格的な矢を使うのかと思ってましたのに」

「師匠、こんな小さな矢だと森で動物を仕留められないですよ」

「うん、動物は……仕留めないな」

「それでこの矢を飛ばす弓は、どこにありますの?」

「ありません。それは手で投げます」

「手で矢を直接投げるのですか!?そんなの聞いた事ありません」

「へぇー、手で投げるのかー」

「次は、的を見に行きましょう」


皆で的の前まで移動し、俺は的を指差しながら説明した。


「ここに数字が書いてます。これがそれぞれの点数に対応しています。こんな感じ。外側のこの部分は、2倍の点数のダブルです。内側のこの部分は、3倍の点数のトリプルです。真ん中はダブルブル。50点です。今回はシングルブルも50点とします」

「なるほど。得点の付け方も理解しましたわ」

「うん。わかった」

「今回はダーツの最も基本的なカウントアップで決着をつけます。1ラウンドにつき3本ずつ矢を投げて交代。8ラウンド終了した時点での合計得点の多い方が勝ちです」

「理解しましたわ」

「うん」

「足は、この白い線を越えて投げないようにしてください。それでは始めます」


1ラウンド。

先行はアリス。三本投げて合計28点。

後攻はベルナデッタ。三本投げて合計40点。


2ラウンド。

アリス合計74点。

ベルナデッタ合計80点。


3ラウンド。

アリス合計150点。

ベルナデッタ合計147点。


4ラウンド。

アリス合計242点。

ベルナデッタ合計222点。


「中間発表します。アリス242点。ベルナデッタさん222点。残り4ラウンドです。続けて頑張ってください」


俺は声に出して二人に伝えた。


「このまま私が逃げ切って勝ちね」

「たった20点差でもう勝った気でいるなんて、考えが甘いですわね」

「絶対負けない!!師匠の服の事、謝ってもらうから!!」

「あなたこそ私の気持ちをからかうなんて絶対に許しませんわ!!」


再び凄い闘志を燃やす二人。


5ラウンド。

アリスが一本目でブルを出す。続いて二本目もブル。三本目もブル。


おいおい、初めてダーツをやってハットトリックだって!?

うそだろ……。


「どうだ、これで勝ったね」


ベルナデッタ。

負けじと放った一本目の矢は、20点のトリプル。60点。

更に二本目はブル。三本目は、また20点のトリプル。60点。


6ラウンド目からは、もっと信じられないことが起こった。

二人ともがブルばかり当たる。


6ラウンド、7ラウンド。お互いハットトリック。

息をするのを忘れてしまいそうになるほど、迫力がある展開が続いていく。


「おおおおおお!!!!凄いぞ!!二人とも頑張れ!!!!!」


ケインが興奮して叫ぶ。

最終ラウンド。ここで全てが決まる。


アリス。ふぅっと呼吸を整える。

一本目で投げた矢は、またしてもブルに吸い寄せられた。

再び呼吸を整えて二本目で投げた矢もブルへと吸い込まれた。

最後の矢。三本目もブルに吸い込まれていった。


「よしっ!!!はぁ……はぁ……はぁ……」

アリスの息が乱れている。

極限の緊張感の中、アリスはやりきった。


続いてベルナデッタ。ふぅっと呼吸を整える。

一本目で投げた矢は、こちらもまたしてもブルに吸い寄せられた。

再び呼吸を整えて投げた二本目の矢もブルへと吸い寄せられた。

最後の矢。お互い一歩も引かぬブル合戦の激闘。

これで終わりというゴールが見える安心感と絶対に外したくないというプレッシャーのはざまの中、後攻である事は、心理的にも大きなダメージになる。

よく見るとベルナデッタの手が震えていた。

ベルナデッタが目を閉じた。なかなか目を開けない。

精神統一が終わり、ついにベルナデッタが目を開いた。

そして最後の矢がベルナデッタの手から離れて、的へと吸い寄せられていく。

そして矢は、ブルに突き刺さった。


「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」

ベルナデッタも息を乱している。

ベルナデッタもまた極限の緊張感の中、やり遂げた。


俺は二人の点数を集計して驚いた。

アリスもベルナデッタも全くの同点であり、842点というダーツ上級者レベルの高得点を叩き出していた。


「お疲れさまでした。結果発表します。二人とも心の準備は良いですか?」

「は、はい……」

「う、うん……」

「アリス合計842点。ベルナデッタさん合計842点。同点です。引き分けです」

「えっ……そんなっ……」

「これでは勝負がつきませんわ……」

「ダーツ初心者のカウントアップの平均点は、大体どれくらいだと思いますか?……およそ300点です。800点あれば上級者レベルです。この意味は分かりますか?」

「どういう事ですの?」

「アリスもベルナデッタさんもお互いに自分の譲れないもののため、相手に絶対負けないという気持ちで全力で戦いました。アリスは大事な物を、ベルナデッタさんは大事な誇りを。その結果、引き分けです。どっちも同じ大切な思いなんです。初めてのダーツにも関わらず、二人共が842点なんです。お互いがお互いを意識して戦った結果、凄い力になりました。……アリスの負けだよ」

「えっ?」

「でもアリスの勝ちでもあるんだよ。よく頑張ったな」


アリスの頭をぽんぽんと触った。

「師匠……」


ベルナデッタさんの方を向いた。

「ベルナデッタさんの負けです。……でもベルナデッタさんの勝ちです」

「……はい」


ベルナデッタさんの頭は……うん、触れない。


「あの……」

「はい?」

「ヒ、ヒカル様は……そのっ……私の頭を……触ってくれませんの……?」


ベルナデッタの顔が赤くなった。


「そ、それはちょっと抵抗がありますね……。貴族の女の人の頭を触るっていうのは……ね?」

「不公平です。引き分けなら私にも同じようにしてください」

「ええ……あっ……はい……。わ、わかりました……」


ベルナデッタの頭をぽんぽんと触った。

は、恥ずかしい……。ドキドキする……。


ベルナデッタの顔がさらに赤くなった。


「あの……ベルナデッタ様……。ベルナデッタ様の大切な気持ちを私……ひどい事を言いました。本当にごめんなさい」


アリスはベルナデッタに深く頭を下げた。


「アリスさん……。顔を挙げてください。私もアリスさんに謝らなくてはいけません。アリスさんの大切にしている服は、アリスさんにとっての大事な宝物。それを私は、だらしのない服だなんて言ってしまいました。申し訳ありませんでした」


ベルナデッタもアリスに深く頭を下げた。


「ベルナデッタ様……私の事、許してくださいますか?」

「アリスさん……。私の事はベル……そう呼んでください。言葉遣いも丁寧な言い方をしなくても今までどおりでお願いします」

「私もアリスでいいよ。……ベル」

「わかりました、アリス」


こうして二人は和解した。

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