第7話 双六を教えてしまいました
その日は、朝から激しい雨が降っていた。こんな雨の日に、わざわざ立地条件が悪い食堂に足を運ぶ人は、そこまでいないだろうと思っていた。
しかしそうでもなかった。連日、多くのお客さんで賑わうレインさんの店は、立地条件だけではなく、悪天候の条件さえもカバーできてしまう。これはやはりレインさんの料理がおいしい事や看板息子アルト、人柄の良いマリオさんという家族の力があってこその結果なのだろう。
「おーい!!大変だ!!店の前で女の子が倒れてたぞ!!助けてやってくれ」
雨で全身の服がずぶ濡れになった常連客の男が、女の子をお姫様抱っこした形で、店の入り口から入ったすぐの所に立っている姿が目に入った。
お客さん達も入り口に注目する。
「大丈夫ですか!?その子、二階の部屋に運んでもらっていいですか!?こっちです」
手に持っていた料理を注文したお客さんのテーブルに置いて、女の子を抱えたずぶ濡れの男を二階の俺が使ってる部屋へと誘導した。
「ありがとうございます。タオルをどうぞ」
「ああ、ありがとう。ビックリしたぜ。飯を食って外出たらこの子が倒れてたんだ。俺もこの後、仕事があって急いで行かなきゃならない。押し付けるような形になってすまないが、後は頼む」
「わかりました。雨なのでお客さんも気を付けて」
「ありがとうよ。今日も飯、おいしかったってレインさんに伝えといてくれ」
「はい。ありがとうございました」
客の男が出て行った。
ショートヘアーのかわいらしく整った顔立ちをした女の子が目を閉じている。
女の子は、やはりずぶ濡れになっている。
ひとまず濡れた服を着替えさせないとなければ……。
意識がない女の子の服を脱がせる事に抵抗を感じた俺は、レインさんを呼びに行こうとした。しかしレインさんも調理場が忙しい事を考えると、呼びに行くのもな……。
マリオさんもいないし、アルトじゃ無理だし……。
やっぱ俺しかいないよな。
腹をくくって女の子の服を脱がせる。上の服と下の服。
下着姿になった女の子を見て、さすがにこれ以上は無理だと思い断念する。
下着姿の女の子の体を、乾いたタオルを使って全身を拭いてあげる。
「ううっ……ん……」
ヤバい、起きた……。
「ここは……。寒っ……なんで!?下着だし……」
「あのっ……大丈夫ですか?」
「きゃああああああああ。変態!!なんで男がいるの!?」
「違う、違う!!落ち着いて!!」
「動かないで!!一歩でも動いたら殺す」
「わかった。わかった。動かない。何もしない。タオルで体を拭いて」
俺はタオルを女の子に投げて、見ないように後ろを向いた。
「うちの店のお客さんがね。雨の中で倒れてた君を、うちの店の前で見つけて運んでくれたんだ。濡れてたから服を脱がせたんだ。風邪を引くと思って。うちの店、女の人はレインさんっていう調理場で料理を作ってる人だけしかいないからさ。今、店が忙しくてね。勝手に服、脱がせてごめん。やらしい気持ちじゃなかった。悪気はなかったんだ」
後ろを向いたまま、女の子に向かって説明した。
「くしゅん……」
女の子がくしゃみをした。
「シャワー、浴びてきなよ。部屋を出て右の奥に行ったところにあるからさ」
「……うん。シャワー、借りるね。ありがとう」
女の子がシャワーを浴びてる間、着替えに俺の服を置いた。
「タオルと着替え置いておくね。俺の服だからサイズが合わないだろうけど、悪いけどこれで我慢して」
その間に俺は、1階に行ってレインさんに女の子が目を覚まして、今シャワーを浴びている事を伝えて、温かいスープを作ってあげてほしいと伝えた。
スープを持って部屋に戻ると、女の子がベッドの上に座っていた。
「体、冷えてるでしょ?レインさんに言って温かいスープを作ってもらったからさ。飲みなよ」
「いい……。お金、払えないから」
「お金なんていらないよ」
「……いいの?」
「うん。冷える前に飲みな」
「……うん」
女の子はスープを飲んだ。
「おいしい……。こんなにおいしいスープ、初めて……ううっ……ううっ……」
「おいしいだろ?レインさんのスープ」
「うん……ぐすっ……」
女の子は涙を流しながらスープを食べた。
ぐうう……と女の子のおなかが鳴った。
「けがしてるところはない?痛いところはない?大丈夫?」
「うん……」
「じゃあ1階降りてきなよ。おなか、空いてるでしょ?もっとレインさんに食べる物を作ってもらおう」
「いい……。お金、払えないから……」
「いいよ。レインさんはそんな事、言わないよ。それにここの家の主人のマリオさんはね、人助けが家訓なんだ。そんな事は言わないし、もし払えって言われたら、俺が出すから。ね?いこうよ」
「……うん」
二人で1階に降りていき、女の子と一緒にカウンター席に座った。
「レインさん。このとおり、女の子は、けがもないみたいです。ただおなかが空いてるみたいなので、なんか作ってあげてください」
「よし、きた。任せておきな。何食べたい?そこにメニューがあるから何でも言って」
女の子は無言でメニューを見つめる。
「……たこ焼き?」
「ああ、それはうちのオリジナルメニュー。人気メニューだけど軽食なんだよ。もっとおなかがいっぱいになるやつを頼みなよ。肉料理も魚料理もおいしいよ」
「じゃあ……肉料理……でも……たこ焼きも気になる……」
「やっぱり気になるか。たこ焼きは、人を惹きつける魅力があるよね。じゃあレインさん。両方お願いします」
肉料理とたこ焼きを作ってもらい、料理を待ってる間に話をした。
「そういえば名前、聞いてなかったね。俺はヒカル。ここの従業員。住み込みで働いてる。君は?」
「アリス。私は自分探しの旅をしてるの。自分の居場所を探してるの」
「なんであんなところで倒れてたの?」
「お金がなくて食べる物を買えないから、森に何か食べ物があるか探しに行こうとして力尽きた……」
「そっか。今は雨も降ってるし、まあゆっくりしていきなよ」
「うん……」
肉料理とたこ焼きが運ばれてきた。
「これが……たこ焼き……。いただきます」
アリスはたこ焼きを口に運んだ。
「おいしい。ふわふわで……包み込んでくれるような優しい味……」
「気に入った?」
「うん。すごくおいしい。この肉料理もおいしい」
アリスが料理を食べ終えると、後ろから声が聞こえてきた。
「あああーーー。またアルトちゃんの勝ちだ。アルトちゃん、手加減してよー」
「おじさん、僕、次、負けてあげようか?」
「うっ……。それはそれでおじさん、傷ついちゃうな……。ごめん、今のなし。本気で頼むよ」
「わはははは。いいぞー、アルトちゃん」
今日も盛り上がってるな。
「あの小さなかわいい男の子は?」
「レインさんの息子のアルト。ここの看板息子だよ。かわいいしゲームが強いしお客さんの人気者なんだ」
「げえむ?」
「あれはオセロ。こっちがトランプ。ここで遊べるんだ」
「オセロ?トランプ?」
「やってみる?」
「うん」
テーブルに置いてあるレイン柄のトランプを手に取る。
カードの種類を説明して、ババ抜きをやってみる。
「はい。ジョーカーを最後に持ってたから俺の負け」
「面白い」
「次は大富豪でもやってみる?」
「他にもあるの?」
「トランプはいろいろなルールで遊べるんだ」
「すごいね。こんなの聞いた事がないよ。大富豪、やってみたい」
大富豪、ポーカー、ブラックジャック、七並べ。いろいろ遊んだ。
「すごい!こんなにたくさんの遊び方があるんだ」
「ヒカルさん。悪いんだけど、ちょっと料理を運ぶの手伝ってくれない?」
「わかりました。ごめん、忙しそうだから店を手伝ってくるよ。2階のさっきの部屋で適当に休んでてくれていいから」
「あ、あの……私もお手伝いしていい?料理も作ってもらったし」
「体は大丈夫なの?」
「おなかが空いてただけだから、もう大丈夫」
「そっか。じゃあ手伝って。いろいろ教えるからさ」
「うん」
その日、アリスが手伝ってくれたおかげで、仕事は物すごく楽だった。
「お疲れさま。今日はもう店が終わりだから。手伝ってくれて助かったよ。ありがとう。皆でご飯、食べようか」
「お疲れさまでした。仕事、楽しかった」
マリオさんが帰ってきて、全員がそろった。
マリオさんに事の経緯を説明した。
「そうか。そりゃ大変な一日だったな。しかしこの調子だと、明日も雨なんじゃないか?アリスさん、雨が終わるまでうちに泊まっていくといい。……あっ、でも空き部屋がないな。ヒカル。おまえさんの部屋で一緒に寝たらどうだ?」
「まあ……そうなりますよね。俺は床で寝るから、アリスが嫌じゃなければ。嫌なら俺、廊下で寝るよ」
アリスの方を見た。
「ごめん……ベッドを奪ってしまって……。廊下は、さすがに悪いから……床で……」
「いいよ。気にしないで」
その日、同じ部屋で、俺は床で、アリスがベッドで寝た。
朝、起きたらベッドで寝ていたはずのアリスが隣にいた。
目が覚めたら目の前にアリスの顔があった。
お互いに目が合う。
「うわっ……。えっ……?」
「う……ううん……。……ん?」
「えっ……」
「きゃあああああ。なんでベッドに!?」
「違う違う。床だって。ベッドじゃない」
「ああ、そっか……。おはよう。私、寝相が悪いんだった。落ちたのか」
いや、ベッドから落ちてるの気づかずに寝てるのかよ。
まあ俺も案外、熟睡してたけど。
床で寝るのも悪くない。良い発見をした。
外を見ると、やはりまだ激しい雨が降っていた。
「やっぱ雨か。ああ、適当に俺の服、好きなの選んでいいよ」
「うん」
脱衣所に行って着替えを済ませ、皆で朝食を済ませた後、店の開店前に入り口の掃除をする。
「どうして店の前を掃除してるの?」
「ここは料理を出す店だからね。入り口が汚いと、お客さんは嫌な気分になって入りにくいだろう?だから奇麗にするんだ」
「そっかぁ」
店が始まってお客さんと話してる様子を見た時も……
「トムさん。いらっしゃいませ。今日は何にします?」
「フォーシュと酒」
「分かりました」
「アンナさん。こんにちは」
「ヒカルちゃん。こんにちは」
「アンナさん。ちょっと痩せたんじゃないですか?ダイエット効果が出てきたんじゃないですか?」
「えっ!?そうかなぁ?最近、頑張ってるから効果が出てきたのかな?」
「何にします?いつもの野菜メニュー?それともちょっと誘惑されて肉料理?」
「もう、ヒカルちゃん。ダイエットしてるのに、お肉を勧めないでよー。あはは。いつもの野菜でお願いね」
「あははは。ごめんなさい。野菜ですね。分かりました」
奥に行ったらアリスに話しかけられた。
「ねぇ、さっきより笑顔だね」
「明るい雰囲気でご飯を食べられる方が皆、楽しいだろう?」
「なんで人によって話し方とか変えてるの?」
「常連のお客さんとは、仲良くなってその人の事がいろいろ分かってくるようになるからだよ」
「そっかぁ」
一日中、アリスが疑問に思った事について聞かれ、その度、答えてあげた。
「お疲れさま。アリスも手伝ってくれてありがとう」
「お疲れさまでした。仕事、楽しかった」
その日の夜、寝る前にアリスが話しかけてきた。
「ヒカルにとって、ここは自分の居場所なの?」
「うん。そうだな」
「居場所ってどうやって見つけたの?」
「いいなって思った所にいたら、気が付いたら居場所になってたって感じかな」
「そっかぁ……。私もう少し、ここにいたら迷惑?」
「いいんじゃない?マリオさん達なら反対しないと思うけど」
「ヒカルは私がいたら迷惑?」
「別にいいよ。寝る場所が床になっただけで何も変わらないし。もう明かり、消すよ?おやすみ」
「おやすみ……」
次の日から雨は上がったけど、アリスはしばらく店にいる事になった。
アリスは店の事に興味を持ち、料理を運んだり接客したり掃除をするだけでなく、レインさんの調理場を手伝ったり、幅広い仕事をするようになった。
真面目に働いていて明るい性格な事もあり、レインさん達だけではなく、お客さん達からの評判も良い。
ある日の夜、寝る前にアリスが話しかけてきた。
「たこ焼きってヒカルが考えたの?オセロもトランプも」
「まあ考えたのは俺だけど、作ったのはマリオさんとレインさんだよ」
「たこ焼き誕生秘話も聞いちゃって……。私、感動して涙が出ちゃって……。家族皆で力を合わせて完成させたんだって……それであんな優しい味に……」
うっ、なんか罪悪感が……。
本当に初めてたこ焼きを作った偉大な人に全力で謝りたい……。
誕生秘話を勝手に塗り替えてしまって……本当にごめんなさい……。
「……あっ、いや……そ、そんな……」
「師匠って呼んでいいですか?」
なんで今までタメ語だったのに敬語になるんだよ。
順番が逆だよ。
「い、いや……今までどおりでいいよ」
「師匠。人生とは何ですか?師匠の考えるげえむで人生の答えって見つかりますか?」
何だろうな……。
アリスってなんか放っておけないんだよ……。
俺もアリスも倒れてて、目が覚めたら同じベッドに寝てて……。
俺は自分の居場所を失って目が覚めたら、この店にいて……。
アリスは自分の居場所を探してて気を失って目が覚めたら、この店にいて……。
似てるんだよな。
人生をゲームでか……。
んー……人生ゲーム……?
ん?……双六?
「双六なら……」
「すごろく……?」
「また近いうちに作ってあげるから待ってな」
「おお。さすがは師匠!!よろしくお願いします」
翌日、俺は双六を作った。
仕事が終わり、部屋でアリスに声をかけた。
「アリス。これが双六だ」
「これが……?」
「これがサイコロだ。これを使う」
「さいころ?」
「スタート地点はここ。サイコロには、1~6の出目がある。お互いにサイコロを振ってゴールを目指す」
「わかりました」
アリスの出目は4。
俺の出目は2。
続いてアリスが6。
俺の出目は3。
「私の方が早いですね。私が先にゴールしますね」
「まあそううまくいくかな?」
アリスの出目は1。
このマスには、5マス戻ると書いてある。
「ここに止まると5マス戻るんだ」
「ええ!?そんな、せっかく進んだのに」
俺の出目は2。
このマスには、10マス進むと書いてある。
「ここに止まったから、10マス進む。これは大きいな」
「ええ!?そんなー、ずるいですよ!!」
そして二人ともゴール直前。
アリス。残り3マスというところで6を出す。
「やった!ゴール!」
「違う。3マス多いからゴールから3マス戻す。ぴったりじゃないとダメだ」
「ええ!?」
そして先に俺がゴールし、アリスが続いてゴールする。
「やっとできた……。ゴールできそうで、なかなかうまくいかなかった……」
「サイコロは自分の人生の選択と同じだ。選んだ結果、過去を振り返る時もある。選んだ結果、一気に進める事もある。押し戻されたり進んだりしながら前を向いて生きていくしかない。ゴール直前、手が届きそうでなかなか届かない。そんな時もある。その選択が正しいかどうかは運次第。だけどサイコロを諦めずに振り続ければ、いつか必ずゴールする事ができる。これが双六だ。諦めずに頑張るんだよ」
「感動しました!!師匠、私一生付いていきます!」
……実は、ゴールしたらそれで終わりのつもりだったけど先にゴールされて、ちょっとムカついたから勝手に作っただけで後から付け加えたルールにしたなんて言えない。
師匠と呼ばれてちょっと良い気になって、16歳のくせに偉そうに人生を語ってみたかったのは内緒だ。
こうして俺にとって、初めての後輩従業員が出来た。
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