第2話 オセロを教えてしまいました

体を見てみるが、どこにも傷はなかった。

体中、あれだけの激痛があったのに。

どこにも硝子は突き刺さっていなかった。


ドアの開く音がした。

大人の男の人が入ってきた。


「起きたか。どこか体が痛むところはないか?」

「……はい。特に痛いところはないです」

「おまえさん。森で倒れてたんだ。木を伐りに行ってたら見つけた。心臓は動いてたから医者に診せようと思って連れて帰ってきたんだ」

「えっ……?森……?」

「なんだ?おまえさん、記憶がないのか?自分の名前は分かるか?」

「坂城光」

「そうか。名前は分かるんだな。なぁ、ヒカル。おまえさん、どこから来た?」

「東京」

「トーキョー?聞いた事がないな。どこの国だ?」

「日本です」

「ニホン?そんな国、聞いた事がないな」

「えっ?でも日本語……」

「ニホンゴ?」

「地球は!?地球は大丈夫なんですか?」

「チキュウ?おまえさん、記憶が混乱しているみたいだな。頭を強く打ったんじゃないか?」

「ここはどこですか?」

「ボルフェルだ。俺の名前は、マリオだ。ここは俺の家。嫁と息子が一人。三人家族だ」


ボルフェル。全然聞いたことがない名前だ。

東京、日本、地球。全部知らないって言われた。

でも日本語は通じる。何がどうなってんだ。

ここは天国なんだろうか?

しかし天国ってのは、こんなにも生活感があるのだろうか。

天国というと神聖な楽園のようなイメージがあるけど、これが天国?

まさか地獄……?


「マリオさん。助けてくれてありがとうございます。俺やっぱ多分、頭を打ったんでしょうね。全然痛まないですけど。……まあそのうち思い出すと思います」

「念の為に医者に診てもらえ。呼んでやるから待ってろ」

「あ、でも俺……。お金がないし、治療費が払えないですし。痛みも全然ないし大丈夫ですから。ありがとうございます」

「ダメだ。なんかあったら大変だ。治療費なら俺が出してやる。気にするな」

「いえいえ、そんな。助けてもらって治療費まで出してもらうなんてできませんよ」

「何言ってんだ。人を助けて生きないでどうする。人を助けるってのが我が家の家訓だ。少しの間、寝てろ」


マリオさんは、ドアを開けて部屋を出て行ってしまった。


「ああ……」

どうやら親切な人に助けてもらえたみたいだな。

それだけは確かな事だ。

まあせっかくの人からの好意だ。少しだけ甘えさせてもらうか。


ギィイイイ……と音がして、ドアが少しだけ開いた。

小さな男の子が俺をじっと見ていた。


「ん?」


目が合うと、男の子はすぐにドアを閉じた。

何だろう……。


少し時間が経ったところで医者がきた。やはり日本語は通じる。

診察してくれた結果、記憶の混乱があるだけで脳の機能に問題はない。

体は健康体だと言われた。


「では、私はこれで」

「ありがとうございました」


部屋のドアが開いて、マリオさんが入ってきた。


「どこも悪くなかったみたいだな。安心したぞ」

「本当に何から何までありがとうございます」

「なぁ、ヒカル。おまえさん、腹が減ってるだろ?長い事、寝てたから何も食ってないだろ。階段を降りて下に来い。うちは1階で嫁さんが食堂をやってるんだ。何か作らせるよ」

「いえいえ。治療費まで払ってもらったのに、ご飯までなんて、さすがにこれ以上は……」

「遠慮するな。これも何かの縁だ。栄養を取らないとだめだ。今度は本当に体を壊しちまうぞ。黙って食っとけ。心配するな。うちの嫁さんの料理はうまいぞ」


マリオさんは、笑顔でそう言った。

マリオさん。あんた、どこまで良い人なんだよ……。


「……わかりました。じゃあお言葉に甘えて……」


階段を下りて1階に行ったら広い食堂になっていた。


「レイン。ヒカルに何か食わしてやってくれ」

「おっ、目が覚めたかい?どこも異常なくてよかったね。美味しい物を作ってあげるから待っててね。適当な席に座って待ってて」


客はあまりいない。客の服装は、スーツや作業着なんかではない。

なんかファンタジー系の話に出てきそうな格好の人。

うーん、コスプレ?

まさに村人って感じの人もいるな。

やっぱり天国って感じじゃないんだよな……。地獄でもないけど。

外国は外国なんだけど、この格好はなぁ。

まあこの店が外国のコスプレカフェとかだって言うならなんとかって感じ。

うーん、でも異世界って言われた方がしっくりくる。

分からない世界だ。


料理が運ばれてきた。

サラダ、肉料理、スープ、パン。

見た事がない料理だけど、そんな感じだ。

さっきまで特におなかが空いたななんて考えもしなかったけど、目の前に出された料理を見ると思い出したかのように空腹感が襲ってきた。良い匂いだ。

一体何の肉なのかも分からないけど、人間食欲には勝てない。

おいしそうだし良いか。料理を食べた。


「すごくおいしいです!肉料理もスープも全部!」


お世辞とかではなく、本当にすごくおいしかった。


「ははははは。美味いだろ?レインの料理は世界一だ」


マリオさんは笑顔で言った。

全ての料理を食べ終わって、俺は改めてお礼を言った。


「助けて頂いて医者にまで診せてもらって、その上こんなおいしい物まで作ってくれて。本当になんとお礼をすればいいか。……あの、お礼に俺が何かできる事はありませんか?」


「いいよ。お礼なんて。おまえさんが困ったら今度誰かを代わりに助けてやってくれ」


マリオさんが笑顔で言った。

ドタドタと足音が聞こえ、小さな男の子が走ってきて、マリオさんに抱き着いてきた。

さっき俺の部屋を覗いてた子だ。


「おお、アルト。ビックリしたぞ。どうした?」

「父さん、遊ぼう」

「ごめんな、アルト。父さん今から仕事なんだ。母さんも店がある」

「えー。父さんが店にいるから遊べると思ったのに」

「仕事が終わってからな」


ぷぅっと顔を膨らませて、拗ねているアルト。


「あの……。俺で良かったら、マリオさんの仕事が終わるまでアルト君の相手しましょうか?」

「いいのか?」

「はい」

「アルト。良かったな。ヒカルがおまえと遊んでくれるらしいぞ」

「うん、遊ぼうか。アルト君」

「やったー!ヒカル、遊ぼう!」


さっきまで寝ていた2階の部屋に戻ってきた。


「アルト君。何して遊ぼうか?」

「ヒカルが誘ってきたんだから、ヒカルが決めていいよ」

「うーん……。そうだな……。ゲームとかする?」

「げえむって何?」


ゲームは知らないか。小さな子供だからなのか。

ゲームって言葉が、そもそも存在しないのか。


「あー……。うーん……。そうだなぁ……。例えばオセロとか?」

「オセロ?」

「紙とペンはある?」

「あるよ」


紙とペンを渡してもらって、8×8のマスを書いた。

続いて小さな丸い形に紙を切り、裏面だけ黒く塗りつぶして石に見立てた。

興味深そうに俺の作業を見るアルト。


「何してるの?」

「オセロを作ってるんだよ。まあこんなもんかな」


紙だけで作った簡単なオセロが完成した。


「真ん中にこうやって石を置く。白と黒を斜めに2個ずつ。これで準備できた」

「うん」

「まずは黒からね。隣に置いたら、この白は挟まれて裏返って黒になる」

「うん」

「次は白の番。アルト君の番だよ」

「えっと……こう?」

「そうそう。そしたらこの黒は挟まれて白になっちゃう。次は俺の番」

「うん」

「縦、横、斜めで挟んだ石が裏返る。それで全部埋めて最後に石が多い方が勝ち」

「わかった」


中盤。アルトの方が石の数が多い。

「いっぱい取ったー」

「ふふふ。まだまだ」


終盤。俺が一気に裏返して逆転する。

「ああー!!うー……」


結果は当然俺が勝つ。


「これがオセロだよ。面白い?」

「うん!もう一回しよう!」


オセロを初めて知ってキラキラした表情のアルト。

小さい子ってかわいいなぁ。


「よーし、やるか。また勝ってやるからな」

「負けないぞー。次はヒカルに勝つ」


今度は勝たせてあげようかな。


「あー、まずいなー。すごい取られるなー。負けちゃうー」

「ここだ」

「あー、それはだめー。そこを取られたら俺、困っちゃうな」

「それで……。ここだ」

「あー、もうだめだー」


結果、アルトが勝った。

まあ接待プレーというやつだ。


「やったー。勝ったー」

「負けちゃったなぁ」

「もう一回しよう!」

「いいよ」


それからは勝ったり負けたりを適当に繰り返して、何回もオセロをやり続けた。

ドアが開く音がした。


「アルト。帰ったぞー。ん?二人で何をしてるんだ?」

「げえむだよ」

「げえむ?」

「これはオセロっていうげえむなんだ。すごく面白いよ」

「どれ。ちょっと父さんにも教えてくれ」


5歳の息子にオセロのルールを教えてもらう父か。

なんか面白い光景だな。


「これは面白いな。ヒカル、これおまえさんが考えたのか?」


19世紀にイギリスのロンドンで発明されたとか言っても、訳が分からないよな。

でも地球は滅んじゃったし、人類の文明は跡形もなく消えてしまったわけで……。


「えっ……。ああ……。うん、まあ……」

「これはすごいな!」

「本当は、紙じゃなくて木とかで小さな台を作って、石も掴みやすいようにするんです」

「ふむ……。なるほど。よし、早速、明日にでも作ってみよう。なあヒカル。落ち着くまで、しばらくうちに泊まっていかないか?記憶が戻らないと困るだろう。空き部屋はあるんだ。好きに使ってくれていい」

「えっ?」

「アルトもおまえさんが気に入ってる。俺もおまえさんが悪い奴には見えない。俺や嫁が仕事してる間、アルトは寂しい思いをしてるから少しの間、遊んでやってもらえないか?おまえさんの都合が悪くなるまででいい。子守りの仕事、三食宿付きでどうだ?」

「わかりました。命の恩人であるマリオさんの頼みですから引き受けます」

「助かるよ」


こうして俺は、マリオさんの家で、マリオさんの息子アルト君の子守りの仕事をする事になった。


次の日。

「ねぇ、ヒカル。オセロやろう!」

「やるか?」

「うん!」


「もう一回!」

「いいよ」


「もう一回!」

「うん」


「もう一回!」

「……う、うん」


「もう一回!」

「……なぁ、アルト君。オセロばっかりで飽きない?」

「楽しい」

「他のゲームやらない?」

「オセロがいい」

「……そ、そっかぁ」


それから何度、打ったのか分からない。覚えていない。

でも気づいた事がある。

アルトが尋常じゃないスピードで成長している。

俺は昨日手抜きで勝ちを譲っていたのに、いつの間にか本気で戦っていた事に気づいた。

そしてついに本気で戦って負けた。

5歳児相手に本気を出して負けた。


「アルト君……。つ、強くなったね」

「ヒカルもなかなか強いよ」


ぐっ……。悲しい……。


ギイイーと音がして、ドアが開いた。


「ただいま。ヒカル、これを見てくれ。オセロを作ってみたんだ」


木で出来た8×8の盤。小石を丸く平らに削って出来た黒と白の色を塗った石。


「す、すごい!!こんな感じです!!オセロだ!!これマリオさんが?」

「ああ、俺は職人だからな。何でも設計図があれば、大抵の物は作れるぞ」

「腕の良い職人なんですね」

「手先は昔から器用な方でな。飯は食ったか?」

「いや、まだですね」

「なら下に降りて食ってきな。アルトも一緒に行ってきな」

「うん!」


アルトと下に降りると、何やら人が集まって騒がしかった。


「違う!!そこに白を置いたら後で黒に取られるだろう!!」

「そうじゃない!!黒は先にこっちを攻めた方がいい」

「おまえら気づかないのか?この手は、最初は良く見えても、後から悪い手になる」


「……な、なんだ?」

「旦那がね、オセロを食堂で遊べるようにしたら面白いんじゃないか?って言って作ったのよ。そしたら常連さんに大人気なの」


レインさんが料理を持ってきて言った。


「な、なるほど……」


「おじさん達。オセロのルール、分かるの?」

アルトが歩いて行って、盤面を覗き込む。


「おっ、アルトちゃん。分かるよー。おじさん達、オセロのルール、覚えたよ」

「僕もできるよ!ヒカルより強いんだよ!」

「よし、誰かアルトちゃんと打ってやれよ」


常連客らしきおじさん達は、次々にアルトに負けていった。


「……つ、強いね。アルトちゃん」

「アルトちゃん。今度はおじさんと打とうよ」

「アルトちゃん。その次、俺と打とうよ」


アルトは色んな人とオセロが出来て楽しそうだった。

全部の勝負に勝ってたけど。


「くー、負けちゃった。アルトちゃん強いなー。次、店に来た時、また遊ぼうよ」

「うん!おじさん、約束だよ!」


それ以来、味は良いのに立地が悪くて、そこまで人が入っていなかった食堂は、オセロが遊べて可愛らしい小さなオセロのチャンピオンがいて飯が美味い食堂として、お客さんが増えていった。

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