突然な話だがくだんにあった。

 件というのは人面牛身の化物で、生まれて三日のうちに予言を告げて死ぬという。そんな大層な化物にどこで出会ったのかというと、近くに来ていた見世物小屋だ。ここに件の木乃伊みいらが飾られていた。骨と皮の牛の身体に干した豆のようなしなびた人の頭が付いている。もう十数年も前に予言を残して死んだ件という話だが、この見世物小屋、弘法大師の使った筆だとか、浦島太郎が乗った亀の甲羅だとか、平将門の首を落とした太刀だとか、ぬえの尻尾であったという大蛇の骨だとか、いかがわしいものなら限りがない。こいつもおそらくどこぞかでこしらえた紛い物だろうと思いながら眺めていたのだ。

 しかしこの件の干からびた顔を見ていると、どうにもどこかで見た覚えがある気がしてならない。はて、どこで見たか。こうしてしばし件とにらめっこをしていたら、熱心な客とでも思われたか見世物小屋の老爺が声をかけてきた。


「旦那は件に興味がおありで?」


「興味というか、どうにもこの顔に見覚えがあるのです。そんなことなどあるわけはないのですが、なんとも気になりまして」


 白髯白髪のこの老爺は、ぎょろりとした丸い目を細め、その歯抜け口をにたりと開いて笑った。


「ははは、旦那。件というのは人が化けるものなのです。もしかするとお知り合いが化けた件であるかもしれませんよ」


「はあ、なるほど」


 それは初耳であった。そのようなことがあるのなら、記憶の定まらない幼少の時分にでも見た顔が、この件の木乃伊の元となった人間であったと考えることもできるだろう。あらためて件の顔を見る。窪んだ眼窩がんかに削ぎ落ちた鼻。失われた唇に剥き出しの歯。不思議と気を引くその顔の正体を見極めようとしたが、その顔は記憶の中の誰とも重ならない。それでいて私はこの顔を確かに知っているのだ。なんとも不思議な顔だった。

 件から目を離すと老爺はまだ横にいてにたにたと笑っている。


「ところで旦那。件という化物は予言をすることで有名です。これがどんな予言をしたか気になりませんか?」


 老爺が言う。確かに件といえば予言である。


「そうですね。しかし件の予言というものは、本当に当たるものなのですか? この件はどんな予言をしたのです」


 私の問いに老爺は嬉しそうにこくこくと頷く。どうやらこの老爺は、人にこの話をするのを楽しみにしているようだった。


「なんとも不思議な予言です。『私は私の顔を見る。そして災厄を語ろう』と。件は件に会うと予言したのです。まだこの予言は果たされておりませぬが、いつかこの件を求めてどこからか件が訪れる日が来るかもしれません。しかし語られるのは災厄と予言されておりますので、この予言が外れてしまった方が喜ばしいことではあると思いますが……」


 老爺の声は途中から遠くなった。なんということだろう。私は気づいてしまった。老爺の話した件の残した予言を聞いて、私は気づいてしまったのだ。ほら、件が私を見ている。その虚ろな眼窩をこちらに向けて、件が私を見ているではないか。なんということだ。見覚えのないわけがない。その顔を私はいつも見ているではないか。私は気づいてしまった。ああ、件が笑う。乾き失せた唇を薄く歪めて件が笑う。そして件が口を開いた。


「さあ、語れ」


 鏡写しのような私の顔をした件が私に言った。私の手足はすでに蹄に変わっている。私は首を振り、己の身体に目をやった。黒い毛並みの牛身の向こうに振れる尻尾の房が見えた。


 ――私は件になったのだ。


 老爺がその大きな丸い目をいよいよ大きく見張り、私を見ている。私も老爺を見返した。老爺は痩せ削げた頬を弛め、その歯抜け口を大きく開き、笑った。件となった私が、これから災厄を語ると知っているにも拘わらず。


「――――」


 その言葉は私の耳には入らなかった。私の口を借り、何者かが語ったその言葉を私は知ることができなかった。そしてその言葉を言い終えたとき、私の意識は急激に薄れ、私はその場に倒れ伏した。

 最後その瞬間、私が見ていたのは老爺の顔だった。満悦の老爺の顔を。災厄の言葉を聞いた老爺の顔を。

 予言は災厄ではなかったのだろうか? いや、件の予言は当たる。件となった私にはその確信があった。では何故、老爺の表情に悦びがあったのだろうか?

 しかしそれも混濁の意識の中。私は件としての使命を果たした自分に満足を得ながら事切れた。

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